第一話
この作品はフィクションです。実際の人物、団体等とは一切関係ありません。
「入ったぁーー!逆転3ラン!」
6回裏2アウト1、2塁からの主砲の3ランで試合がひっくり返り、水道橋駅前のドームが熱狂に包まれているようだが、俺は今空虚な気持ちに包まれている。決してみなとみらいの球団が好きだからとか、そういう理由ではない。(一応言っておくが、嫌いではない)
いつもならばスマホで野球中継を見て、「よっしゃー!」とか叫ぶところなのだが、残念ながら僕は現在葬儀屋にいるためそれは叶わない。葬儀屋の前には、僕の兄の葬儀であることを示す看板が立っている。
ほとんどの人が椅子に座って涙をこぼしている。泣いていないのは、僕だけだ。複雑な思いを交錯させつつ、棺桶の前に立つ。兄の顔を見ていると、とたんに吐きそうになってしまい、慌てて目をそらす。ふと
友人席の方に目をやると、葉月と皐月がしゃくりあげていた。今ここに銃があるのならば、僕は迷わず自分の口に入れて引き金を引いているだろう。しかし、それと同時に、僕の心には妙な高揚感があるのだから、不思議なものだ。さて、教戒室に座るシスターのような、あるいは取り調べ室の刑事のような、そんな気持ちで聞いてほしい。懺悔というやつだ。カツ丼はないが、まあ葬儀ということでそれなりの料理はある。
「皆さん、本日はご参加誠にありがとうございました。少しではありますがお食事をご用意させて頂きました。」
司会役の人がそう言い終わるや否や、椅子から立ち上ってマイクをひったくった。
僕たちは、いつも一緒だった。双子の兄弟と、双子の姉妹。幼馴染として育った。お互いの家でよく遊び、海やらキャンプやら、いつも一緒に行った。小学校はもちろん中学校でも仲良くしていた。そこに下心は、少なくとも僕が覚えている限りではーー存在していなかったように思う。
「遊園地行こうぜ!」
「明日カラオケ行こう!」
そんな提案をするのはいつも兄だった。兄が言ったことに、僕がうなずく。ただ同調しているだけではあったが、別に自分がみんなを先導しようとは微塵も思わなかったし、葉月と皐月も、きっとそれで満足だったんだろう。文化祭も4人で回った。繰り返しになるが、下心はなかったように思う。いや、なかった。この際断定しよう。言い切る。下心は、全くなかった。高校に入るまでは。
「どっちが先に彼女できるか競争しようぜ!」
兄が上記の文章を天真爛漫な笑みと共に言ったのは、入学式で兄が首席入学の証である新入生代表挨拶を終え、1A出席番号1番安藤和樹として席に座り、出席番号2番安藤和也、つまり僕に話しかけた時である。僕ら兄弟は色恋沙汰とは無縁だったので、兄の口からそんな言葉が出るとは信じられなかった。
「え?」
状況を飲み込めずに聞き返すと、兄は冷静に言った。
「だから、俺は葉月を、お前は皐月を彼女にしようとする。どっちが早く彼女できるか、競争な」
「やだよ」
いつもの冗談か。きっと、どっかのドラマにでも影響されたのだろう。明日になったら元に戻るはずだ。
「そうか、まあ考えといてくれよ」
兄はそう言うと、どこかへ行ってしまった。
そして予想に反して、兄は1週間たってもまだ同じ話をしていた。改めて兄の目を見る。真剣だ。真っすぐな目。こんな目の兄を見て、どうして拒否できようか。俺は提案を了承した。
「おはよ、和樹と和也」
「おはよう、葉月と皐月」
そして翌日。俺はとりあえず3人と普通に接することにした。
「そしたらそいつがキモイメッセ送ってきてさ~」
「マジか」
他愛のない世間話。そもそも恋愛対象として見られていない状態をどうするかと考えながら過ごした。
「ふう・・・・・・」
「お昼食べよう」
そう言って話かけてきたのは皐月。まあ、まずは高校でもこの関係を維持するところからか。焦らずに頑張るとしよう。
読んで下さりありがとうございました。