69.序章 聖都奪還・前哨戦
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ベンガーナ攻防戦における聖王国の圧勝。
一見して遭遇戦に近い緒戦で大勢を決した聖戦軍は、昼夜を問わず三日三晩追撃を繰り返して計八度。徹底的に帝国軍を壊滅へ追い込んだ。
体勢の立て直しが出来ずに敗走し続けた当初十二万で出陣した帝国軍は、聖都に逃げ戻った時には二万を切る程の大損害となっていた。
これにより帝国中央方面軍の取れる選択肢は、帝国本国からの救援を待つ以外に選択肢は無く、極めて苦しい戦いを強いられる事になる。
その一方で聖戦軍は長期駐屯が可能な三つの砦を築いて包囲、聖都の流通を完全に遮断して長期戦の構えを取る。
これは援軍を待つ帝国軍に有利な戦術であり、聖戦軍には余裕が無いのだと。
今の内に打って出て包囲網を破るべきだとの意見が守兵側から上がったが、当のダンタリオン皇太子は断固として退け、負傷兵の治療を優先させた。
事実。義勇軍は城壁の無い野外での小競り合いこそ一番望んでおり、包囲網は次の一手の為の下準備でしか無かった……。
聖戦軍仮設本陣。
ベンガーナ攻防戦で活躍した全軍が聖都に到着し、包囲網を完成させた翌日。
今後の指針を話し合う軍議では、諸侯が驚く様な提案がなされた。
「何だと?!貴様、聖都奪還前に軍を減らせと言うのかッ!!」
「落ち着かれよ。別に聖都攻略を諦めるという話では無いんです。
そもそも聖都は数さえ多ければ落ちるという場所では無い。」
「そんな事は言われずとも分かってる!だが数すら不足してい「不足する程減らせとは一言も言ってません。包囲中交代で休ませる数は必須です。」……おおう。」
カトブレス大公の抗議が収まり、諸侯揃って微妙にアレスを見る目が変わる。
アレスは話の分かり易さを優先し、最初に要点を話す方針を取っているが、長くアレスと接する諸侯は絶対に最初の話だけでは口を挟もうとはしたがらない。
結果的に会議中の反応は、アレスに慣れた諸侯と慣れてない諸侯で二分される傾向があった。
(おい。コイツいつもこうなのか?)
(ええ。絶対に最初の提案で議論を始めてはなりません。アレス王子が爆弾発言をする時は絶対に裏があるんです。
ある程度考えが読める前に口を挟むと絶対に恥を掻きますよ?)
(経験者の言葉は本気で重いのぅ……。)
見えない様にとは言わんが、せめて聞こえない様にね?
アレスが提案したのは各軍上限を一万として、それ以下の兵を一旦領地に戻すという方針だ。何せ今籠城している帝国軍は、実の所五万程度。
脱走者が増える事はあるだろうが、外部以外からこの総数を増やすのは難しい。
徴用兵を集めたところでそれは聖王国民だ、裏切りを警戒するなというのは無理な話だ。というかやったら絶対ダモクレス兵を混ぜる。
グラッキー公の処分は正式に決まり、当面はパトリック王子の旗下に参入する形で領民達の罪状を軽減する事に決まった。
直系一族は既に謀反直後に討伐されており、大公領の三分の二はパトリック殿下の所領となる事が暫定的に決まった。
残った三分の一が傍流一族達のグラッキー伯爵領となる。
これで事実上三大公体制は消滅し、しかし二大公の立場は維持される。
彼らには聖王国領として各一万ずつの出兵を求めた。勿論残すのは精鋭だけだ。
クラウゼンはドールドーラに合わせ五千ずつを残して帰国許可を出す形になる。
現状残る兵は、二大公パトリック王子の計三万、中央二大国の計一万、旧義勇軍は変わらず、というか今後は二大国と合同にする予定だが今は一万五千。
ここにベンガーナ含めた聖王国諸侯軍五千が加わる。王家近衛は三千だ。
合わせて約六万三千。単純計算では聖都に籠っている数より多い。
「ふむ。野戦なら確かに普通に勝算がある数だな。
だが敢えてすぐに攻めないのは何故だ?負傷兵の治療が終わるのを待つのは得策とは思えんし、まさか聖都の兵糧が一年で尽きるとは思うまい?」
訊ねたのはクラウゼン騎士王国のレオナルド王子だ。彼の国は長年聖王国の盟友を務めていただけあって、聖都の堅牢さをよく知る一人だ。
「ええ。逆に言えば、治療中に中央方面軍が動けるとは思えません。
我々の目的は、聖都封鎖中の〔中央部〕完全開放にあります。」
「「「〔中央部〕完全解放だと?!」」」
諸侯が驚いた声を上げる中、聖王家の面々は平然としている。アレスの今の立場は軍師なので、今回の草案も事前に彼らに説明済みだ。
「な、何を言うか!それは今の状況でやる様な話ではあるまい!
急ぎ聖都を奪還せねば、帝国からの増援がいつ来るか分からぬのだぞ!」
「聖都は容易く落ちる場所ではありません。
直ぐに増援が来るなら先にそちらから対処すべきです。急ぎで出せる増援が十万を超える事はありませんよ。」
ラッドネル東西王太子が慌てて口を挟むが、実際帝国の内情は宜しくない。
敗戦の一報が届いたからと言って、直ぐに親征が出来る様な国情では無いのだ。
メタ的な視点でも帝国は結局、最後まで他大陸に援軍を出す事は無かった。現状と似た様な情勢なら単に国力が衰えている所為なのだろうが、過信は禁物か。
「……完全開放というが、まるで儂らの領内の帝国軍を聖戦軍で討伐してくれる様に聞こえるのぅ。一体何故今なのかね?」
カトブレス公の感覚では他国の治安を回復させたいと言われた様な感覚なのか。
だとしたら少々甘いと言わざるを得ない。だが大公であるならある意味当然の反応だとも思う。
「帝国軍は聖都以外にも多数散らばっているからです。
今のままではいつ背後を突かれるかは分からない。例え背後を脅かさずとも周辺の治安を荒らす事は出来る。そうなれば国力も補給も覚束無い。
ですが今なら、中央方面軍の邪魔が入る余地無く帝国軍を各個撃破出来ます。」
(ふむぅ、確かに今なら帝国軍は戦力を散らしている。
集結にはある程度連絡を取り合う必要があるが、肝心の音頭を取る大将がおらん訳か。時間が経てば本国と連絡を取ったり独自に動く事もあるだろうが……。)
言われると確かに今しか無い様に感じる。
「だが聖都は包囲軍を動かせば背後を突くだろう?」
イストリア王が確認のために口を挟む。どうやらアレスの意図を察した様だ。
「その為に包囲網の兵を再編成するのです。
草案として北回りと南回りの二手に分かれようと思いますが、両大公方は帰国させる方の軍を同行させて頂けば一石二鳥かな、と。
ああ率いるのはお二方でも構いませんよ?その場合軍を置いた後は聖戦軍と共に戻って頂く形になりますが。」
イメージ的には北と南で半円を描いて中央で合流し戻って来る形だ。これなら包囲網の兵をほぼ減らす必要も無い。
「儂等はそれで良いとして、聖戦軍はどう配分する気だい?
クラウゼンの五千は一塊なら、聖戦諸侯からは五千かい?それともグラッキーの兵だけを動かすのかね?」
「聖王家のお二方は何処で指揮を取られるのかも議題に挙げて頂かねばな。」
「あ。私は今後、ダモクレスに従軍する事になります。」
「「「…………。」」」
ニコニコ笑顔のミレイユ王女を前に、軍議場全体から沈黙が下りる。
聖戦軍諸侯は愚か、老獪な二大公ですら戸惑い顔で口を噤んでしまう。
正直言って、皆が何を言えば良いのか分からなかった。
というか。ずっと触れるのを必死で避けていた話題だった。
ミレイユ王女は、アレス王子の隣に控えていた。
反対側にはヴェルーゼ皇女が参加している。
(((いや。本当に何を言えば良いのか分からない……。)))
この二人仲が良いのだろうか。それとも既に鞘当ては始まっているのだろうか。
ていうか二人とも身分はアレス王子より遥かに高いのだが。
いや、確かに二人と婚約したとは伝えられたが。
「リシャール殿下は包囲網の指揮官を務めて頂きます。
パトリック殿下と私が南北どちらかの総大将を務める形が良いかなと思っておりますが、実際三手にして中央を殿下が、という案もありますね。」
(((す、スルー?!)))
頼む。それは止めてくれ。せめてもう一言何か。
一旦気になりだした諸侯の内心は、既に軍議に集中出来る心境に無かった。
パトリック殿下が三軍目を率い、中央を率いる事に決まった。
クラウゼンはベンガーナを経由してから帰国し、アレスは北回りになった。
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世界最高位の姫君、聖王家の王女が側室という異常事態。しかも正妻は敵国帝国の皇女。第三者的には非道と謗られても当然の扱いですw
事前に聞かされていたとはいえ、こう。ね?
両脇に並ばれると……(胃潰瘍)。
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