66.第十六章 大陸最強の傭兵団
※元旦二日目投稿。12/31日からの一日一話投稿中です。
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両雄の一騎討ちに割って入ったのは、痩身で長身な大男だった。
死角から驚く程の急角度で投げ付けられた〔魔法の手斧〕の威力は弾いたアレス王子の体を宙に浮かせる威力があった。
とはいえあくまで不意の一撃とルトレルの双方に対処するため、体を浮かせたが故の結果。思わぬ立ち位置に着地する羽目になったが怪我はない。
「フランチェスカ。他の連中は?」
「酷いぜ。もう一丸となっての強行突破は無理だな。
壁は維持出来てないし、北軍はもう前列と後列の区別なんか無い。」
鼻で笑うフランチェスカとやらは、まるで慣れた空気で余裕を見せる。
隣で剣を構え直すルトレルも舌打ちして意識を切り換えると、まるで今迄の劣勢など無かったかの様に自信を漂わせ始めた。
「おや、お仲間が来て急に態度が大きくなったな。
もう負けをみとめたのか?」
「ああそうかもな。だからアンタはここで死んでくれ。」
アレスの背後から飛び上がった男が、アレスの剣戟に弾き飛ばされる。
「今のが勝算?あんたより弱そうだったけど。」
「はっ、悪いが傭兵ってのはお行儀が悪くてね。必要が無い限り一対一で戦うのは面倒なのさ。分かるか?傭兵に大事なのは金だ、名誉じゃない。
そうだろ、ザンバルス?」
ルトレルが声をかけたのは、さっきアレスに切り飛ばされた槍使いだ。鉄仮面で顔を隠しているが、飄々とした空気で立ち上がる。
派手に吹き飛びこそすれ傷は浅い、それ自体は重要じゃない。問題は今この場の三人がアレスを包囲する位置取りをしている点だ。
「アレス王子!ご無事か?!
くそ!おのれ下郎共め、一騎討ちを何と心得る。」
後方のイストリア王が飛来する矢を防ぎながら、味方や敵の陰に隠れる恐らくは数名のアサシンと思しき傭兵達の姿を探す。
だがケラケラと笑う声こそ響くが、その姿までは見つからない。
遠目ではレギル王子、カルヴァン王子と言った古参の武将達も襲撃されていた。
だが戦場は全て疎らであり、兵士達の乱戦とは別に起きている。
まるで将兵だけを狙い撃ちにした様な戦局に、ワイルズ王も自分の周囲を重点的に守りを固めざるを得ない。近場にはいないが、他の諸侯達も同じなのか。
「その程度で不意討ちした心算?!」
【奥義・封神剣】が一撃の下に傭兵を切り倒す。
剣姫レフィーリアはアストリア王子の護衛として傍を固めていたが、妙な連中の突撃によって分断され、他の将兵の元へ駆け付ける事が出来なくなっていた。
そして周囲の傭兵達は何故か一定の距離を取って近付こうとしない。
「アンタが〔剣姫〕レフィーリアかい?
確か以前、〔鮮血魔狼団〕に幹部待遇で勧誘されたと思ってたが。」
「は、冗談はよしなさい。お仲間から聞かなかったの?
略奪上等の盗賊と変わらない連中の仲間入りなんて、死んでもごめんだって。」
「お上品だねぇ、流石は剣姫。傭兵が奇麗事とか世の中舐め切ってんじゃねぇの?
ま、だからあんたはここで死ぬんだけどな。」
現れたのは数人の隊長格と思しき歴戦の戦士達。口調とは裏腹に全員が間合いを慎重に測り、邪魔が入らない様に今迄囲っていた傭兵達に周囲を警戒させる。
(それでいて敵味方の乱戦は維持させる、か。
差し詰めコイツらの戦いは、格上殺しってところかしら?)
警戒しているのは武将の介入だけだ。一般兵はむしろ盾にする心算だろう。
実際今も、こちらに気付いた雑兵が慌ててレフィーリアに剣を向け。
一斉に部隊長達が襲い掛かった。
周囲では包囲を恐れて壁を作っていた筈の傭兵達が、まるで望んでいる様に積極的に義勇軍の中に深入りし乱戦を繰り広げている。
あれでは一部は生き残るかも知れないが、雑兵、特に新兵ほど死ぬだろう。
いや、恐らくそれで構わないのか。彼らは部隊としての脱出を諦めたのだ。
「騎士様は勘違いしているが、傭兵は生き汚くてなんぼなのさ。
敗戦した軍が金を払うなんて信じちゃいけねぇ。国家の口約束なんて真に受ける方が馬鹿らしい。生き残って金を手にした奴だけが俺達の正義だ。
俺達が何人死のうがお偉いさんは気にしないし、俺達が取った首の数だけで手柄を決める。分かるかい、お優しいアレス王子様?」
味方の犠牲を最小に抑える事を揶揄しているのだろう。ルトレルは隙を伺いながらも挑発を繰り返す。
「え?嫉妬?負け惜しみ?剣腕に自信のあったチキンちゃんはドコでしゅか?
負け犬の泣き言なんて聴こえませんでちゅよ~~?(とっても美しい声音)」
「「「ッッッッ!?!?!?!」」」
満面のさわやかな笑顔から放たれる暴言は、一瞬で彼らに青筋を走らせた。
見る者がみれば美しい、可憐だとすら錯覚させるアレスのしなは、伊達に女装で敵地に侵入出来る領域に達していないのだ。
まぁしょうがないわねと言わんばかりの温かい声は、間違っても敵に囲まれた側が囁いていい声音ではない。
「ばぁかが!!お優しいだと?!貴様らは捕虜として大事にされると思ったか?
く!び!を!寄越せと言ったのだ!!何なら貴様の頭蓋骨でもいいぞ!?
俺が欲しいのは下らん依頼を受けた、貴様の命だッ!!(野太いヤクザ声)」
全員の動きが固まった一瞬で、バックステップ気味の『神速』でザンバルスとやらの斬首を試みるが、流石に慌てて転がる程度の警戒はしていたらしい。
そのまま【炎舞薙ぎ】に全員を巻き込むが、痩身の大男が相殺した傍らで他二人は即座にアレスの挟み撃ちを狙うが、アレスは更に後ろの乱戦に紛れようとする。
「なっ!くそがッ!!」
慌てて追い縋ろうとする二人が周囲を巻き込む様に【バスター】を放つ。残りのルトレルはアレスが反撃した時の備えなのだろうが。
「【落雷剣】「【真空斬り】ッ!!」ッ!!」
アレスが衝撃波を落雷で薙ぎ払いながら、頭上を通り過ぎる様に斬撃が飛ぶ。
「ほい、ゴール。」
「おいおい、俺が巻き込まれたらどうするんだよ。」
溜め息を吐きながら〔飛燕剣〕を肩に担ぐのは、既に北部最強と呼ぶ者も減った義勇軍最強の一角、〔剣鬼〕スカサハだ。
己の傍らに飛び退いたアレスに呆れた声で、しかし自然と空気が引き締まる。
「そんな間抜けじゃないだろ相棒?」
「へいへい。それで?三対二なら素直に負けを認めるのかアンタらは。」
挑発に他の二人が反応するより先に、ルトレルは舌打ちと構えで警戒を促し苛立たしさを前面に出しながら剣を構え直す。
「ほんっとうに面倒な奴だなアレス王子。
これでもオレぁお前を散々煽って挑発した心算なんだぜ?にも拘らずお前はやり返す振りして仲間との合流を優先しやがった。
一騎討ちを仕掛けた側なんだぜ?お前はよぅ?」
ルトレルがさも忌々し気に説明をしたのは、フランチェスカとザンバルスだったかの警戒心を煽るためだ。言ってる事に嘘は無い。ただそれ以上に、上辺の態度に騙されるなと警告するためだ。この会話は主導権を取り戻す時間稼ぎだ。
実に、その考え方は分かり易い。とても良く分かる。
「何を勘違いしているんだ?俺が仕掛けたのは一騎討ちじゃない。
足止めだ。乱戦だよ。お前達が全力で逃げに徹すれば、何割かは逃げ延びるかも知れないだろう?
俺の目的はお前達〔鮮血魔狼団〕の幹部級を、この場で確実に仕留める事さ。」
「「「っ?!?!」」」
(お前、ホントはルトレル以外眼中に無いよな?)
(まぁね?)
◇◆◇◆◇◆◇◆
戦場に響く甲高い笑い声は、魔法でヴェルーゼの周りの護衛達を攪乱した双子のドルイド魔女達の嘲笑だ。
【高位地盤崩壊】。
地面一帯を割り、岩盤を隆起させる地殻変動の様な破壊魔法。
『魔障壁』により傷こそ無いが、陥没した地面の中心で左右から見下ろす双子を前に、ヴェルーゼは〔神憑りの太刀〕を構えながら機を伺う。
「ねぇねぇどんな気持ち?愛しい王子様が殺されるのを、黙って見ている事しか出来ない無力なお姫様って!」
「あら?まさか追い詰めた心算だったんですか?たったの二人で。」
分かり易く二人の表情が引きつり、序でにお互いの背後を警戒していた二人の注意が自分に向いた事を自覚し、深い溜息を吐く。
成程、底が知れる。この二人は弱い者虐めしかする気が無い訳だ。
「――実に、生温い。」
「「っ?!」」
「【【下位落電】】。」
『連撃』による放電を二人へ続け様に放ち、魔狼ガルムに真上に跳躍させる。
片方は僅かに手傷を負いつつ、双方が反撃を狙うもお互いが射線に入ると気付いて頭上を越えるまで反撃を遅らせる。
「【中位爆裂闇】。」
「「ッ【中位砂嵐鑢】ッ!!」」
空から降り注ぐ闇の球体を二つの砂嵐が押し戻し、互いに弾けて衝撃波を辺りに巻き散らす。爆風に圧されるも好機と次の呪文を構える魔女達に対し。
「【中位爆裂闇】ッ!」
爆風で受身を取りながら時間差の『連撃』で放った闇の球体が、魔女達の片割れを包み込んで打ち砕く。
「なっ!お、お姉様?!」
「【中位落雷華】ッ!【中位落雷華】ッ!!」
動揺の隙に更に二度。邪魔さえ入らなければ『連撃』を続け様に放つ程度いとも容易いと、ヴェルーゼは無事な方の魔女に弾ける雷を二度叩きつける。
とはいえ両者共に魔法使い。動揺を突かれたとはいえどちらも高い抵抗力を誇り即死する程の手傷には至らない。
(ば、馬鹿げてる!?『連撃』の拡散に時間差?!
それも殆ど間を置かずに連続で成功させるなんてっ!?!!?)
同じ魔法使いだから分かる力量差、緻密なコントロール。足を止めない『連撃』など下位魔法であっても困難だ。だがそれでも中位魔法の連発だ。
連続で魔法を使い続けた以上、相当な負荷がかかっている筈。
だがそれで構わない。
「総員、突撃!敵将二人を討てっ!!」
戦場にいる以上、魔法使いが矢面に立つ必要は無い。
直ぐに我に返った周囲の兵士達が、一斉に槍を構えて突撃する。
彼女達は恐らくヴェルーゼの暗殺を命じられた刺客だったのだろう。だが獲物を嬲る様な真似をする間に魔法の一つや二つ、叩き込むべきだった。
「せめて抵抗出来ないくらい追い詰めていれば、結末は違ったでしょうに。」
「【下位風刃】ッ!」
「【下位閃光】。」
串刺しになりながら一矢報いようとした魔女の顔を、閃光が撃ち抜く。
間際の鎌鼬は『魔障壁』で傷一つ負わせられず。
「ああ、そう言えばさっき。
『王子様が殺されるのを黙って見ている事しか出来ない』と言ってましたか。
そもそも殺せる心算だったんですか?あなた達如きに。」
〔銀武器〕を手に飛びかかった魔女は、恐らく不意打ちの心算だったのだろう。
だが付き合う義理は無い。〔神憑りの太刀〕は所持者に『心眼』の如き集中力を与え、奇襲や不意打ちに備える力を与える魔剣だ。
「慢心を捨てて出直しなさい。
生まれ変わり、性根を叩き直してからね。」
心臓を貫いた刃が傾き、もう一人の魔女が陥没した穴に落下する。
瓦礫に落ちた衝撃と共に、魔女の視界が暗転した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
対称的且つ、非対称に。
一見して矛盾して聞こえるが、アレスとスカサハの戦い振りは正にその通りだ。
背中合わせに斬り合い隙を埋めたかと思いきや、時間差で走り出し全員を包囲し【魔剣技】に巻き込む。
かと思えば片方が剣戟で動きを封じ、もう一方が纏めて薙ぎ払う。
「くそっ!コイツら本当に北部出身なのかよ?!」
フランチェスカは〔魔法の手斧〕で誤魔化してはいるが、プリーストだ。
最低LV34という歴戦の傭兵には違いないが、この中で最も戦力的に劣る。
如何に守りが厚かろうと手札が怪力と【必殺剣】では、並外れた殺傷力を誇る者達に囲まれては如何にも荷が重かった。
並外れた長躯から繰り出される死角からの攻撃も、理不尽なまでの手の長さも。
『見切り』『神速』相手にはまともに機能しない。
回復役という狙われ易さもあり、瞬く間に深手が積み重なる。腕をへし折られて反応が遅れた瞬間。
「っ何だぁ?!」
真横に飛び退きながら肩を押さえてアレスが叫ぶ。
見切り損ねた動揺を敵に悟らせる迂闊な振る舞いだとせせら笑おうとして。
「……はっ。仲間への警告代わりの怒声とか、お前本当に若造か?
本当は二十歳くらい鯖読んでんじゃねぇの?」
警戒心を最大に強めて間合いを確保するスカサハに気付いたら、流石に下らない挑発で仲間を油断させる訳にはいかない。
好機と見せた隙を狙えば、恐らく仕留められたのはザンバルスの方だ。
「今の単なる背後からの奇襲じゃ無かったよな?
魔槍の伸縮を利用した『連撃』を避ける際、まるで吸い込まれる様な感覚が回避の邪魔をした。
『見切り』切れなかったというより、『神速』だけじゃ対処が追い付かなかったのが正解ってところか?」
分析を語って見せるのはスカサハへの警告――だけが目的ではない。
あっさりと種を見破られたルトレル達が驚いてる隙に――。
「はっ!き、貴様!まさかそれは〔神憑りの太刀〕か?!」
「……あっ?!おまっ!まさかその剣『必中・疾風』対策かよ?!
確かソレ、『心眼』の如く五感が冴え渡るって代物だった筈っ!!」
「うわこっすッ!コイツやる事が狡っ辛いぞ!!」
傭兵達が信じられないと言った顔で、目の色変えて慌て出した。
三人がある意味今までで一番警戒心を煽った気がする、ド派手な動揺を見せる。
……ち。目敏い奴らだ。
こっそりすり替えた心算だったのに。
※元旦二日目投稿。12/31日からの一日一話投稿中です。
尚、アレス王子が裏を掻かれたのが事実です。ただ警戒はしてたので即合流。
スカサハを襲撃しようとした者は足止めを命じられてましたがええ、中央部視点では北部最強如きと秒殺されても不思議は無いですw
ほぼ口先だけで挽回したというのがアレス王子側の真相ですw
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