65.第十六章 ベンガーナ攻防戦
※本年度初投稿です。昨年末12/31日にも投稿しているのでご注意を。
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なお、演説の下書きを用意したのはアルスだ。
帝国とてこれ位は言って貰わねば信用出来ないと告げれば、時間が無かった事もあって公爵はほぼ原文で採用した。
閑話休題。
帝国軍が敵軍の接近に気付くのが遅れたのは、両者共に音を抑えて進んでおり。
一方で聖戦軍だけが帝国が接近してくると思って、先行偵察を出したからだ。
結果偵察が先に気付いて突撃を開始すれば、異変に気付いてから警戒を始めても突撃を留める程の連携は取れなかったという訳だ。
故に戦端が開かれた直後は、全前列で聖戦軍が優位を確保出来た。
だがその一方、混戦だけで敵軍を敗走に導けるほど万単位の軍勢は少なくない。
最前列こそ壊滅状態に陥ったが、二列三列と後続に進むにつれ突撃を食い止め、又は対抗して返り討ちにする者も現れて。
特に後方程組織立って進軍を遮る事で、更なる突撃と浸透を食い止める。
やがて抵抗する側が連携を取り戻すと、突出した者達が孤立する。
精鋭であるが故に無理に進軍せず後続の到達を待てば、若干歪ながら戦線に境界線が引かれ、一進一退の組織戦へと縺れ込む。
だがやはり一度崩れた分、条件が五分なら聖戦軍が有利。
「ふむ、帝国軍も中々に粘りおるわい。
それにどうして捨てたものでもない。この状況できっちり立て直しおった。」
凶眼公ことカトブレス公爵は、笑い声を上げ乍ら旗の位置で戦場を俯瞰する。
霧が晴れる頃には、互いの攻勢を食い止めた両軍の姿が騎乗からも見下ろせる。
やはりどこの戦場も優勢こそ保っているが、突破には至らない。
兵士同士の戦闘であれば、そう簡単に優位不利は現れない。戦況が最も傾き易い要因と言えば、やはり武将達だ。
この世界での武将達の役割は、驚く程に大きい。
「とはいえ、儂の役目はここで強引に押し込む事ではなくてのぅ?」
霧の中の行軍では完全な隊列を守ったまま進軍するのは難しい。
周囲がはっきりと見えぬため、指揮系統の違う部隊と歩調を合わせるのは困難を極める。事実央軍と南軍の間にはそれなりの距離が開いており、帝国軍が横に軍を動かせば南軍の背後を突ける位置にいた。
「当然、それも分かっていたから前列と後列を分けていたんだがのぅ。」
帝国の指揮官は聊か気が回らないらしい。万を超す大軍は一度動き出せば後続が邪魔になり容易に止まる事が出来ない。
だから一部とはいえ、先に動かしてしまえば。
「突撃だ!帝国軍が間抜けにも、無防備な横っ腹を晒してくれたぞ!」
機動力に長けた央軍背後に控えていた、クラウゼン騎士団の餌食になりもする。
「ほほぅ。裏切者達がいる部隊など戦場で当てになるかと思ったが、中々どうして必死ではないか。」
北軍との間が開いているのは央軍も同じだったが、央軍と南軍の違いは別動隊が遅れて参戦した事だ。
聖王国諸侯軍は中小貴族達が集まった小部隊だ。一部が帝国に下る様に唆された事もあり、指揮官の到着が一部他の部隊よりも遅れていた。
だが反逆者の素性がアレス王子に把握された状態で見逃されているため、足並みの乱れが焦りとなって必死で先を進む部隊に追い縋った。
結果彼らは実質八番目の軍勢となり。北軍への合流ではなく央軍側の背後を突こうとする、帝国北軍へ全力の突撃を敢行する。
元より多くは無かった帝国北軍の足を、完全に食い止める事に成功していた。
「となると、だ。
唯一自由に援軍へ出せるのは、南軍後列のみとなるのぅ。」
呵々と笑うカトブレス公爵は戦場を見渡し、全体の隙を悠然と伺い続ける。
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一部帝国央軍が南軍への攻撃を敢行したのはダンタリオン皇子の指示ではない。
数万の大軍ともなれば、複数の将によって指揮を取るしかない。
全員が総大将の傍に侍る訳にもいかないため、混戦が始まると指示を待つ余裕が無くなり、独自に動く者が現れるのだ。
まして帝国軍は敗戦続きであり、汚名を返上する手柄に飢えていた。
そんな中で無防備な隙を晒す部隊があれば、これぞと思う武将も現れる。
当のダンタリオンが帝国北軍にグラッキー大公軍が総力で突撃して来るという、予想外の事態に気を取られていたが故の遅れだった。
「くそ!リヒター将軍、軍を分ければ北軍の援軍に行けると思うか?」
歯軋りしながらの確認に、老将軍リヒターはいいえと苦渋の決断を語る。
「相手は騎士王国クラウゼンです。
ある意味ではこの戦場での脅威度合いは旧義勇軍に次ぐ相手。皇太子殿下の近衛ならともかく、経験不足が祟った者達では荷が重過ぎるかと。」
「北軍前後列だけで、グラッキー軍を抑え切れると思うか。」
「敵に義勇軍がおらぬならば。」
元よりその想定だった。いや、此処は素直に認めよう。
そもそも帝国側は三軍の間に殆ど開きが出ない想定だった。隙間を塞ぐ心算での用兵と、隙間に兵を押し込む心算の用兵。
結果として開きが生じた戦線への備えが、帝国側には足らなかった。
このまま各個に戦わせれば、戦況は各個撃破となる。
「止むを得ん。南軍後列を北軍への援護に回せ。」
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本人にとっては偶然の産物でも、第三者にとっては全て狙い通りとしか思えない様な状況が存在する。
全ての戦況を盤面に描いたと目されるアレス王子にとっては、決して自信も確証もあった訳では無い。
例え前世の知識を参考にしようが、そこは魔法もLVも無い世界の戦術だ。むしろ不測の事態は出て当然として、万一を一番警戒していた。
だが驚く程上手くいった、という戦局なのは疑い様が無い。
「パトリック王子は中々の戦上手だな。
お互いに慣れない軍を率いながら、ああも見事に増援を封じて見せるとは。」
帝国の想定は北軍の突撃を山岳方向、北へ流す心算だった様だ。
グラッキー軍が問題無く離脱出来れば四軍にして、聖戦軍とは逆に北から南へと押し込めばいい。
離脱出来なかったのなら帝国の後ろへは逃がさず、北軍の前で踏み止まらせる。
北軍と央軍の間が開けば後列で塞ぐ。恐らくそれが帝国の戦術。
だが現実の戦線はグラッキー大公軍を丸々パトリック王子が指揮しており、帝国に遠慮する必要が無い。
前列一万の帝国北軍で大公軍三万を止めるのは流石に無理がある。
となれば前列は必死で央軍側に戦力を集中させて、辛うじて半分戦線を維持するのが精一杯。後退気味の北半分は崩壊気味で、長くは保てない。
空いた北半分を受け持つ形で後列が戦力を集中させて突撃を挑んだのだが。
「その場で踏み止まれ!敵の勢いでは我々を圧し切れん!」
最初の突撃で崩れなかった時点で帝国は主導権を失った。
パトリック北軍はじりじりと、圧力は中央側の前進を優先し。
南後列軍による増援が迫ったタイミングで、北後列軍を押し込み帝国南軍の前進方向を味方で塞ぐ。
「そのままだ!この向きのまま抑え込め!」
結果、帝国の南後列はどの戦場にも参戦出来ず。パトリック北軍は帝国北軍だけと交戦し続ける戦局が維持された。
だが流石に北軍全てと南軍後列をパトリック王子だけに任せるのは危険だ。
「あ、アレス王子!このまま見ているだけなのは流石に……。」
北後列を指揮するアレスに声をかけて来たのはワイルズ東央王だ。
現状動いていないのは北後列の旧義勇軍と南後列ドールドーラだけ。戦況が早く推移しているだけで作戦上正しいのは分かっている筈だ。
まあそれでもこのまま勝ってしまうと手柄は無い。気が逸るのも理解出来る。
「ご心配無く、ワイルズ王。まもなく出番が来ます。
北前列に伝令。パトリック殿下に『次戦況が動いた時、南後列軍をお願いする』と伝えてくれ。
それと後詰に伝令。リシャール殿下に『帝国中央に合わせて、南前列軍をお願いする』と。」
「は、はぁ。」
アレス王子は最初の全体像以外は詳細を話さない事が多い。
理由は戦況が流動的であり、複数パターンを想定して考えているからだ。
それに全員の行動を縛ってしまうと不測の事態や咄嗟の判断による独走が、当人の責任にしかならないのも問題だ。
敗戦や被害の責任が一部の者に収束すると、離反を招く程度にはこの時代の諸侯の結束は緩い。忠誠心という考え方もかなり曖昧だ。
アルスから言わせれば、ある程度現場の判断を尊重しつつ臨機応変に指揮を取るしかないという話なので。
(あと伝令に全体像が理解出来ても不味いんだよなぁ……。)
敵の伝令を狙うのも戦術のうちなので。あと命令違反に気付かれても困る。
その点殿下達は大体正確に察してくれるので、とても心臓に優しい。
(やはりアレス王子には、次に何が起こるか既に見えているのか……。)
言葉足らずが神格化を促進していると気付く余裕が、アレス側には割と無い。
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次に動くとアレスが目した戦場。
それは〔裏切り剣士〕ルトレル率いる傭兵部隊〔鮮血魔狼団〕のいる北軍だ。
彼らは最近までグラッキー公に雇われており、大公軍とも連携が取り易い。傭兵という立ち位置を踏まえても、帝国北前列軍に配備されるのは妥当なのだが。
同時に今、最も全滅する可能性が高いのが北の前後列両軍だった。
「くそ!完全な負け戦じゃねぇか!」
ルトレルには既に全体の流れが見えていた。
中央は劣勢、南は聖戦軍のみ余力を残した五分。北はグラッキー軍だけなら南後列と五分に渡り合えるかも知れないが、崩れた北軍諸共削られる現状では無理だ。
加えて北には無傷の義勇軍が待機している。最も早く崩れるのは北だ。
無論帝国にも名将や猛将はいるし、何よりここは皇太子軍だ。文治派が多いとは言え、戦況を変え得る実力者達が六軍全てに配置されていた。
だが遭遇戦では兵の指揮と立て直しを優先するしか無く、霧が明ける頃には既に全軍で優位を取られていた。
そして遂に、その時は同時に訪れた。
レトレル率いる〔鮮血魔狼団〕が横に流れ続け、遂にパトリック軍の南側面に躍り出る事が出来た時。
背後で北軍後列の将がパトリック第三王子に討ち取られたのだ。
「っちぃ!〔鮮血魔狼団〕、このまま北に全力突破!
ラスクーバ高山に逃げ込むぞッ!!」
「お、おい!大公軍の後ろを突くんじゃないのかよ!」
「義勇軍に潰されたいんなら好きにしろ!逃げ切れるのは今しかねぇぞ!!」
長年の戦友だろうと見捨てる覚悟が無ければ傭兵は務まらない。
ルトレルは大公軍の妨害覚悟で馬を走らせるが、彼らは逆に傭兵隊から遠ざかる様に北上し、傭兵団との距離を空ける。
「戦況が動いた時、南後列に集中する。
つまり追い込まれた北軍は捨て置き、南軍を抑えろという意味なのだろう?」
パトリックの呟きは側近達にしか届かない。
だが他の北軍も彼らに釣られて北を目指し始めた事で、味方を斬れない傭兵隊は西寄りに逃げるしかない。
ルトレルは横から感じる圧力に、大公軍迂回の意図を悟る。
「突撃だ!遠慮は要らない、全力で魔法を叩き込め!」
味方を巻き込む心配の無くなった義勇軍が、逃げ腰の〔鮮血魔狼団〕へと横殴りの突撃を仕掛ける。
先頭を突っ切るルトレル目指してアレスも先陣を切って突撃した。
元より中央側に寄っていた傭兵団が北に迂回したところで、元々北軍全てを抑えられる位置に布陣していた旧義勇軍を全て振り切れる筈も無い。
「総員、最大火力!【中位破邪柱】!【中位破邪柱】ッ!!」
「「「【中位落雷華】っ!!」」」
「迎撃だ!【中位氷槍檻】っ!!」
「「「【中位氷槍檻】っ!!」」」
一斉に広がる氷槍の壁が騎馬隊の横一列に広がり、それら全てを爆砕する雷の嵐が弾け散る。数に勝る雷が幾つも氷塊を貫いて騎馬隊を打ち貫き、更に『連撃』で続け様に放たれた光の柱が最前列一帯で次々と噴き出し破裂する。
如何な魔狼部隊と言えど、まともに前進する事も困難だった。
何より。
「打ち据えろ〔雷の魔剣〕ンンンッ!!」
「切り刻め〔風の槍〕ッ!!」
アレスの直剣から弾ける放電球がルトレルの魔狼へと飛来し、手綱から手を離した細身の槍が鎌鼬を翻して撃ち落とす。
同時に躊躇無く伏せたアレスの乗騎ミッドガルを踏み台に跳躍し、〔達人の剣〕を抜き放ちながら【魔力剣】を槍状に伸ばす。
「ちぃ!」
崩れた姿勢では乗騎を庇えず、倒れる前に飛び降りて〔魔人の剣〕を抜き放つ方を優先する。一瞬視線をミッドガルに送り、逃げずに控える様に睨み付ける。
奴は主人を躊躇い無く見捨てる狼だ。人なら舌打ちしたのが態度で分かる。
「よぉよぉ会いたかったぜルトレルぅぅぅ~~~~ッ!!
早速だがアンタの首で〔聖戦軍〕の勝利を飾りたいんだ!このまま俺の手柄首になってくれッ!!」
アレスの距離を詰めてからの鍔迫り合いの如き強引な『連撃』に、切り弾きに繋げた『反撃』で返すルトレル。『神速』の出がかりを体当りの様に狙い澄まして、斬り合いを避けようとする動きを大鎌に形を変え力業で捻じ伏せる。
舌打ちしながら【魔力剣】で曲剣を形作り、逃走を諦めて切り返す。
「はっ!どうだか!女のケツに惑わされただけじゃねぇのかァ?!」
「私達、結婚します【下位火球】ッ!!」
「ふぐォッ!!」
弾かれた両手でハートマークを作りながら火球を飛ばすアレス。
思わぬ隙とマークを直視したルトレルが吹き出し腰を抜かす様に火球を浴びる。
「よく分かってるじゃねぇか〔裏切り剣士〕ィ!!
俺の嫁のために死ねぇッ!!」
翻りの『連撃』に首筋狙いの『必殺』刺突と繋げ、動揺しても急所を防ぎ続けるルトレルに更なる猛攻を仕掛けるアレス。
『奥義・武断剣』こそ二太刀は直撃させたが一太刀は力業で勢いを殺された。
流石に直前の姿勢が無理過ぎたか、だが止まらない。
「私欲に走ってんゃねぇよクソがッ!!」
【炎舞薙ぎ】を躱しながら【真空斬り】を返すが、お互いに直撃せず距離を詰め剣戟を重ね合う。弾いて払う。
現状アレスが優勢なのは間違いないが、決定打には程遠い。
相手は物理半減の『鉄人』に《不死身の紋章》持ち、タフさと生還力にかけては並外れた剛剣士だ。
この場で確実に討ち取らねば、次の機会がいつ訪れるか分からない。
「残念ながら俺の動機はいつだって私欲最優先だよ!
世界を救うのも俺が美人の嫁と幸せに暮らすためでなァッ!!」
「……愛されてますなぁ、ヴェルーゼ皇女。」
「……ノーコメントで。」
アレスの代わりに軍の指揮を取り、〔鮮血魔狼団〕の動きを封じ続けているヴェルーゼと義勇軍の一同には、二人の声が丸聞こえだ。
顔を赤くしながら二人を見ない様にしているヴェルーゼの姿に、義勇軍の一同は生暖かい視線とアレスへの嫉妬で概ね半々といったところか。
割と慣れてる義勇軍と違い、鮮血魔狼団の面々は混乱から中々立ち直れない。
加えて。今や帝国南軍の後列は完全に聖戦軍と衝突し、交戦し始めている。
それは即ち、全ての帝国軍が聖戦軍と交戦し始めたという事だ。
故に。戦局は更に動き続ける。
※本年度初投稿です。昨年末12/31日にも投稿しているのでご注意を。
フランマまでの流れはノンブレスですw
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