64.第十五章 裏切りの惨禍
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帝国軍十二万出陣の一報は、即日ダモクレスから聖王家に届けられた。
当然だが聖都には陥落時からダモクレスの密偵が帝国相手に商売を始め、彼らが市街でもらす雑談は整理して手紙として配達されている。
帝国でも密偵の洗い出しは行っているが、中枢の情報を探っている訳では無い者まで探る筈も無い。
暗黒教団には【闇呪縛】という事実上の自白強要魔法があるため、ダモクレスは最初から深入りせず、第三者が得られる情報のみに的を絞っていた。
むしろ機密情報を探るなら正当法で事務方に雇われた方が早い。例えば輜重隊の報告役とか。武器の手配役とか。
作戦?戦術?そんなの城から出た部隊を見逃さなきゃ良いでしょ?
それより輸送隊の手配序でにダモクレス密偵雇わせたり、追加分の購入手続きに本国系列商会を関わらせた方が確実に帝国の情報が伝わるってものですよ?
兵士には人数分の兵糧や武器が必要なんですぅー。
閑話休題。
帝国軍の出陣に合わせ〔聖戦軍〕がベンガーナを出立し、簡易の防護柵を敷いて平原前に布陣した。
直前まで布陣しなかったのは、帝国軍の動きを制限するためだ。
事前に配置してしまえば迂回する様に移動する事は容易い。単に作戦をバラすか修正するだけで終わってしまう。
だが雑に兵を配置しただけなら例え作戦が漏れていようと問題無い。直前の変更が出来るのはどちらも同じ条件になるからだ。
よって義勇軍が布陣するのは、帝国軍の到着予想日の前日。
これは双方が、帝国軍の移動速度から予想出来ていた。
布陣日の夜。
徐々に霧が平原を満たし、夜の闇を淡く明るいものに変えていく。
強欲公ことグラッキー公爵は十数人の貴族達と共に、陣地から離れて森の中に踏み込み、とあるうち捨てられた石造りの館へと集結していた。
ここに集ったのは全員、何かしら聖王国に対し後ろ暗い事があるか、或いは以前何かしらの失態により居場所が無くなりつつある者達だ。
例えばモルドバル城塞で敗走したカラード東南候や、アカンドリ攻略戦で多大な反感を集めたマンダレイ東南候など。
特に旧義勇軍からもそれなりの相手を集められたのは大きい。彼らに対する影響は計り知れまいと、グラッキー公は自画自賛する。
これならば帝国とて文句は言えまい。彼らは間違いなく自分を歓迎するだろう。
「大公様、揃いました。」
兜で顔を隠した護衛騎士が、賛同者が出揃った事を伝える。視線を後ろに向けると今回の筋書きを描いた女闇司祭が妖艶に頷く。
集まった一同の前で石段に上り、賛同者達に労いと歓迎の言葉をかけるため一同を見回す。これから諸侯は揃って帝国に従い反聖王国の旗を掲げねばならない。
故に彼らには、もう引き返せない事を理解して貰う必要がある。
「諸君、集まって頂けて感謝する。我々は長年聖王国に忠義を尽くして来た。今更その忠義を疑う必要はあるまい。
だが私は皆に、既に正しき聖王国は聖王陛下の死を以って終わったと、この場で告げねばならない。」
何と。そこまで明言するのか。まさかそんな。
皆が呟く声がしかし、まるで賞賛の様だ。その一方で、彼らを逃がさないために内密に周囲を囲ませて退路を断たせている。
一部の者は足音に気付いたが、既に遅い。手遅れだ。
「断言しよう!今や聖王家は辺境の田舎王子アレスの傀儡となった!
聖王国はもう、彼らの意思無くば何一つ決められない有様であると!
故に我々は、苦渋の決断をせねばならない!聖王国の民を守るために!この上は勝者の元に下り、聖王国に有終の美を飾らせねばならないと!
諸君、決断の時だ!聖王国は滅んだのだと「逆賊覚悟ぉッ!!」ッ?!」
突如として抜き放たれた凶刃が背後から刺し抜かれ、鎧の隙間を貫かれた脇腹が血飛沫を床に巻き散らす。
「なっ?!、何だと……?!き、貴様!どういう心算だッ!!
闇司祭アマリリスよッ!!!!」
振り向いた黒ローブ姿の女は口元に嘲笑を浮かべて笑いを堪え。
後ろに飛び退きながらマントを翻す。
「あぁ~~~~っはっはっはっはっは!
何を言っている?このオレの顔を見忘れたかな?グラッキー大公よッ!!」
石柱の上に飛び乗った人影は、金属鎧に身を包んだ金髪碧眼の色男。床に落ちた黒ローブは、塊が入っていたかの様な重い音を立てる。
「貴様の悪事、全てこのアレス・ダモクレスが見聞いたぞッ!!
最早貴様に三大公の資格無し!貴様の悪運も、ここまでだッッッッ!!!」
「ば、馬鹿な?!一体いつから入れ替わっていたというのだッ!!」
「大人しくしろ!貴様らは既に包囲されている!!」
声を上げたのは東南候を始めとした旧義勇軍諸侯達だ。造反諸侯達が動くより前に抜刀し、彼らが動くより先に剣を突き付けていた。
動揺で足がふらつく傍らで、周囲から一斉に近衛騎士達が建物内に踏み込む。
「き、貴様ら?!血迷ったかッ!聖王国に居ても未来など無いのだぞ?!」
驚愕に怯む暇も無く次々と悲鳴が上がり、倒れ伏したのは公爵の脇を固めていた一族の者達だ。己が腹心達があっという間に討ち取られていく。
「未来が無いのは貴様の誘いに乗った時だ。
アレス王子は貴様が我々に誘いをかけると見抜いた上で、お前達を討ち取るための協力を要請していたのだよ。」
「っ?!?!」
『中央にとっては東部とて田舎諸侯。見下されたままで終わりますか?
我々は対等である事を、あなた方の手で示して見せませんか?』
何というえげつない脅迫なのか。己が名誉と失態をチラつかせ、汚名返上の機会を盾に北部を見下す自分達に、今迄と真逆の誇りを選ばせる。
逆らえば生涯愚者の生き様が魂に刻まれる事だろう。従えば栄光の呪いが王子を否定する生き方を許さない。
裏切りの毒を黄金の蜜に変える所業を前に、己の矮小さを思い知る。
――我々は一生、アレス王子に逆らえない――。
恐怖の籠った東南諸侯達の眼差しに気付かず、アレスは誰が反応するよりも先にグラッキー公爵に切りかかる。
彼が慌てて剣を抜くよりも先に、一閃が首を切り落とす。
「謀反人首魁、グラッキー大公討ち取ったりっ!!」
聖王家を裏切る筈だった諸侯達は、高らかに掲げられる首を前に、瞬く間に己の未来が閉ざされたと理解が追い付き、一様に青褪める。
「謀反人の諸君!君達の裏切りは全て、聖王家の知るところである!!
そして同時に、未だ諸君は、未遂でもあるッ!!」
「「「?!?!?!?」」」
「リシャール第二聖王子殿下は告げたッ!!
『諸君らが聖王家の旗で軍功を上げるのであれば、此度一度に限り、その過ちを償ったものとして我が旗に戻る機会を与える。』以上!」
一拍の空白。そしてアレス王子の深呼吸。
「聞こえたな?お前達は今より、我々〔聖戦軍〕の一員として!
一丸となって帝国軍へ進軍を開始する!
此度一度だけだ!今直ぐ陣に戻り、全軍と共に帝国へ突撃を仕掛けた者に限り!
お前達は謀反人では無く、〔聖戦軍〕の一員として扱われるッ!!
復唱せよっ!我々は〔聖戦軍〕である!!」
「「「わ、我々は、聖戦軍である!!」」」
「全力を尽くせ!次の機会など無いと思え!
総員、出陣だ!!駆け足ッ!!」
「「「は、ははぁッ!!!!」」」
◇◆◇◆◇◆◇◆
『霧が出始めたら、帝国軍は緩やかに進軍を開始せよ。』
それがダンタリオン帝国皇太子の出した密命だ。
この霧はラスクーバ高山に潜んだ帝国の魔術師達が【濃霧魔法】で作り出した、グラッキー公爵軍が聖王国諸侯と共に恙無く離反するための下準備だ。
聖王国残党軍は、早朝霧が晴れると共に己が勝機を失った事を知る。
それがこの会戦の幕開けだ。
(この作戦の利点は、敵の内応が漏れたところで結果は変わらないところだな。)
手痛い目に遭うのは精々がグラッキー大公軍。帝国は精々かの軍を避けて残りの残党軍に総力を注ぐだけで良い。
グラッキー軍が抜けるだけで、帝国は正面から策を破れる兵力差を得る。
如何に義勇軍が力を付けていたところで聖王国軍の総力は粗方割れている。元々義勇軍だけでは勝てないのだ。
故に帝国軍は、十二万を六軍に分けた。
前列に北軍一万、央軍三万、南軍三万の計七万。
後列に北軍一万五千、央軍二万、南軍一万五千の計五万。
北軍を大公軍に任せて流し、南軍を物量で押し止め。中央軍を物量で叩き潰す。
聖王国軍は前後列合わせ北四万五千、央三万五千、南三万五千。
グラッキー公を信用する訳では無いが、足止めなら十分な戦力が揃ってる筈だ。
だが兵が騒がしくなったと思った時、軍勢による鬨の声が響くと作戦が失敗したのだと、後列央軍に居たダンタリオンとて悟らされる。
けれど同時におかしくもある。推定される現在位置は未だ敵の陣地より遥か前。
敵軍がグラッキー公の裏切りに気付いて追撃を仕掛けたにしては、余りに接触が早過ぎる。いや、大公軍には不測の事態に備え密偵が見張っていた筈だ。
見張りから伝令が届く前に騒動が起きるのは流石に変だ。
「ほ、報告します!残党軍が霧に紛れて奇襲を仕掛けて来ました!
只今南軍前列と戦端が開かれております!」
「な、何?南軍だと!?北軍の間違いでは無いのか?」
「い、いえ!間違いありません。私は南軍の兵ですので。」
そもそも伝令は北軍の様子は知らなかった。改めて北軍に伝令を走らせて帝国の首脳陣は一旦後列の前進を止めて戦況の確認を優先する。
「報告します!残党軍による霧に紛れての強襲です!
央軍前列、戦端が開かれました!」
「なっ!馬鹿な、南軍の伝令から幾何も経っておらんぞ!」
思わず伝令に怒鳴り返す将軍を手を上げて黙らせる。舌打ちし、読めた構図が既に後手に回っていると気付かされる。
「落ち着け、これでアレス王子の手が読めた。
恐らく聖王国軍はグラッキー公を謀り、霧に紛れて他の軍を動かしたのだ。」
皆が成程と納得する中、いよいよ事前の報告が信用出来なくなったと唇を噛み締めるダンタリオンの傍らから、一歩屈強な老将が進み出た。
「であれば南軍の後列が迂回されない限り、開戦当初の振り出しに戻されたという話になります。問題は北軍をどう動かすか、でしょうか。」
「こうなればグラッキー公は戦場に間に合わないと見るべきか?」
「いや、今まさに追撃を仕掛けられているかも知れん。」
「流石にそれなら伝令が先に届くのではあるまいか?」
一同が相談を始めた頃に、正にそのグラッキー公爵軍を見張っていた密偵からの報告が届いた。
「伝令です!グラッキー公爵軍が、北軍に向かって進軍を開始しました!」
だがその伝令すらも、一歩遅かった。
「で、伝令です!北軍前列に、グラッキー公爵軍が強襲!戦端が開かれました!」
「な、何だとォ!?グラッキー大公が聖王国に寝返ったというのか?!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
暫し前。
霧が広がり始め、グラッキー公爵の指示で石造りの館が包囲された頃。
公爵は知らなかったがこの時包囲に使われた者達は、実のところ変装した義勇軍兵と聖王国近衛だった。
教団兵の振りをして公爵の指示を受けていたのが、アレス旗下の密偵隊である。
そして同時刻。
グラッキー公爵との連絡が絶たれた直後、一斉に動き出した一団があった。
彼らは既に布陣し、大公の密命で移動準備を整えていた前列北グラッキー大公軍の元へ現れると、馬上から高らかに宣言した。
「総員、拝聴!我が名はパトリック・ジュワユーズ第三王子であるッ!!
立った今火急の第一報が入り、グラッキー大公の遺体が確認された!
繰り返す!グラッキー大公の遺体が確認された!」
一般兵にすら聞こえる聖王家王子の宣言に、何事かと動揺した兵士達の間に戦慄が走る。特に驚いたのは造反を聞かされていた大公側近達だ。
一体誰の手にかかったのか。聖王家か、いやそれにしては。
「下手人は不明だが、今は時間が無い!
何より大公の死が暗殺であれば、最も得をするのは帝国軍である!場合によっては既に帝国軍は、こちらへ向けて動き出している可能性がある!」
「「「っ?!?!」」」
「故に緊急措置ではあるが、今よりグラッキー大公軍はこの私パトリック・ジュワユーズが直接指揮を取る!
大公軍指揮官は、即座にこの場に集合せよ!部隊長他兵士達は、号令と共に進軍するため、直ぐに走れ!
聞こえたな?走れッ!!」
「「「は、ははぁっ!!」」」
周辺の兵士や小隊長が慌しく散開する中、混乱し切りの大公側近達は慌てて近衛で固められた王子の元へ集結する。
これはどういう状況か?他の側近達は今何処なのか?まさか事が露見したというのだろうか?自分達は今彼らを襲撃すべきだろうか。
だが当然ながら末端の兵士は裏切りを知らず、聖王子の直轄を伝令して回る。
「大公殿の御子息達の現在位置は分かるか?
残念ながら、長子殿は諦めよ。他の嫡子達で確認出来ている者達は?」
「い、いえ。残念ながら。」
「ち、嫡子以外であれば私他数名が。」
名乗り出るのも勇気が必要だったが、パトリック王子は気にしていなかった。
実の所、パトリック王子も詳細は把握していない。彼自身腹芸は苦手だと知っているので、アレス王子達の謀略には最低限しか関わっていない。
知っている事と言えば、霧が陣地を隠した辺りで他の部隊も動き出したという点だけだ。グラッキー大公が裏切る可能性が高いとは聞いているが、暗殺云々は正直よく分からないと言って良い。
だが実際帝国が信用せず、暗殺する可能性があるとは聞かされていた。
「ならばお前達はそのまま私の配下として動け。指揮系統はそのままだ。
軍の全ての報告は私に届けろ、大公や他の嫡子殿の続報でも良い。」
「「「は、ははぁ!!」」」
「あの、殿下の見解をお聞かせ下さい。
暗殺したのは、アレス王子という可能性はありませんか?」
「わ、分からん?
だがその場合、大公殿が裏切ったという証拠はもうあるんじゃないか?
なら暗殺するより堂々と討ち取って正義を知らしめる気がする。
アレス王子は見つかり次第義勇軍の指揮に向かう筈だ。少なくとも発見したのがアレス王子という事は無い。」
「な、成程。御無礼を申しました。」
「良い。お互い混乱している状況だ。
とにかく我々は帝国が襲撃して来るものとして進軍を開始するぞ。
もし不要であれば、その時は伝令が届く。」
「「「ははっ!!!!」」」
パトリック王子への疑惑が晴れる傍らで。
遠くのアレス王子は、女装を解いて堂々とグラッキー大公を討ち取った。
いつ入れ替わったかが疑問の方は、闇司祭アマリリスちゃんの初登場時を見つければ大体分かりますw
そうだねwあのタイミングからしか有り得ないよねw
あとパトリック殿下が伝令を聞いた時は包囲網完成直後ですw第一報だから誤報も在り得るよなぁ?という罠。
ダモクレス密偵は観測情報の調査に力を入れ、帝国軍は機密情報を盗もうとする輩を城内中心に警戒しているという齟齬があります。
戦術なんて総大将が意見変えればその場で変わるし、手足の数と場所さえ確実に視界に収めておけば良いやという方針。急な進軍には間に合いませんが、大軍ほど確実に動きが伝わります。
戦略重視の軍略には相応の人員と時間が必要ですwええ、北端最辺境国家の所業ですよw!
帝国が諜報戦で優位に立つには、一度国が陥落したダモクレスが大国に比肩する富を持ってる想定が必要ですw
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