3.第一章 ダモクレスの陥落
※お正月連続投稿。元旦1日から4日まで、毎日一遍ずつ投稿致しております。
◇◆◇◆◇◆◇◆
城が燃える。王都が燃える。
何処からともなく現れた軍勢が城門を打ち破り、海岸に二つの帆船が接岸して次々と兵士が上陸する。
バーランドの三千を超す軍勢に対し、ダモクレスの総兵力は、僅か千。
だがそんなどうとでもなる事態より、圧倒的な敗因がそこにあった。
「まさか直接出向いて来るとはね……。
そりゃ打つ手も無く陥落する訳だよ、漆黒騎士団長殿。」
玉座に倒れ伏し、肩から断ち切られて事切れたダモクレス王の傍ら。黒い甲冑を纏った面頬で顔を隠した、黒騎士を見上げてアレスが呟く。
皇帝直属の三大近衛騎士団が一角、漆黒騎士団の精鋭による百人部隊。
騎士団の一人一人がアレスよりも格上と語った、正にその騎士達が先陣を切ってダモクレスの城門を打ち砕き、最速で玉座へ到達せしめた。
「貴様の国だったか。通りで妙に手際が良い訳だ、危うく貴様の部下に先んじられるところだったぞ。」
「おや、漆黒騎士団の団長様に顔を覚えられる事をした覚えは無いがね。」
アレスが冷や汗を流しながら他の騎士団員の様子を伺う。
戻って来た一人が隙一つ見せない団長殿に首を振って端的に報告する。
「既に宝物庫も殆ど空、か。
何謙遜する事は無いぞ。各個撃破間近だったジュワユーズに物資を支援し、分断した筈の連携を繋いで見せた立役者よ。
貴様と剣を交える事は無かったが、部下をあしらった姿だけは遠目に伺えた。
まさかこんな辺境の貴族だとは思わなかったが。」
「大袈裟だな。伝令を引き受けたのは一度だけ、それも遠目の姿だけで突き止めたアンタが何を言っているのやら。」
ヤバイ。ここで長々居残られるとアストリア王子が反撃に転じるかも知れない。
だが兄が既に逃げ切ったという保証も無い。漆黒騎士団がこのタイミングで辺境の戦に参戦する意義が分からない。
まさかアレス一人を追って来た筈も無い、が。
「どうやら、他に質問出来る奴も居ないようだな。
単刀直入に聞こう、我が城から宝剣を盗み出したのはお前か?」
「っ!聖杖ユグドラシルが奪われたのか?!」
「っ!?!」
互いに動揺、漆黒騎士団団長が咄嗟に剣を振るったが、それこそが致命的な隙。
一瞬盾の様な障壁が一撃を凌ぎ、逃げた方角へ視線が追うと退路が無く。
ゆっくりと反対側を見れば、成程最初から開いていた窓がある。
「逃げられた、か。」
外を覗き見ても、逃走に専念したアレスを視界に収める事は叶わなかった。
ハッタリには応じず相手の素性も不確かなまま、情報だけ抜かれて逃走。完敗を認めて団長は兜を脱ぐ。
赤い髪を額から拭い、燃える双眸は得物を見定めた獅子の眼をしていた。
「だ、団長……。!直ぐに追跡を向かわせます!」
「良い。無駄だ、何より目的の物はここに無い。」
向こうは此方の目的を察したが、予想はしていなかった。
「我々が追っていたのは奴の痕跡では無い。
途中で気付かれたか、既に目的地に着いたか。どっちにせよ撒かれたのは諜報側の不始末だ、帰国するぞ。」
「は!」
バーランドの末路はもう見えた。だが好敵手の素性くらい掴めるかも知れない。
そう思うと密偵の手配は早めに済ませないとな、と思い至った。
「簡単に死んでくれるなよ、異郷の騎士。
貴様はこの漆黒騎士団長ベルファレウスの上前を撥ねたのだからな。」
退屈さすら感じていた戦場が楽しくなりそうだと、ベルファレウスは来た時同様に闇世の中へ、従える騎士達と共に消えていった。
(やーめーて~~~~っ!!
ベルファレウス第三皇子とか、帝国最強の剣士じゃないですか!
いやこの段階じゃまだ違ったかも知れないけど!)
そら半端なチートじゃ即積むわ、と納得しながら城を脱出するアレス。
ガタガタ震えながら漆黒騎士団の撤退を確認し、漸く城を目指して進軍し始めたバーランド国軍の布陣をチェックしながら合流地点へ向かう。
実の所、密偵の真似事をしているアレスはガチガチの戦士職だったりする。
むしろ戦士職中心に固めていなければベルファレウスの攻撃を凌ぐ余地は無い。
初期職ファイター、ハイクラスに魔剣士、特殊クラスだけアルケミストというサポート系賢者。ぶっちゃけ魔法具による特殊魔法目当てです。
これで固有魔法以外は全て習得可能。王子に転生すると思い込んでいたアレスは密偵技能は部下に任せる気満々だった。
アレスが逃走に使ったのは《忍術極意絵巻》と《シーカーリング》という、二つの装備アイテムの特殊効果によるものだ。
最初に使った【身代わりの術】は障壁を生じた反動で攻撃を凌ぐ、一撃限定で相手の攻撃を回避する特殊クラス忍者専用の固有魔法『忍術』。
装備アイテム《忍術極意絵巻》により使えるようになった、秘伝魔法の一つだ。
一見して解り難いのは《シーカーリング》の方か。
これは探索技能と呼ばれる密偵系職業が有する『探索技能』を使用出来る。
実際に使用したのは『伏兵』という、相手の認識から外れる特殊技能。
実はコレ、戦闘中には使えない効果だったりする。
手順としては最初に【身代わりの術】で爆発みたいな障壁を出して回避。この時反撃さえしなければ、術者は自分の障壁をすり抜けられる。
割と反応出来たのが奇跡だったので、最初から二の太刀前提で切られてたら即死だった。それだけ向こうは動揺していたのだろう。
実はこの障壁を出た時。アレスは前転しながら倒れ込む様に飛び出して、バックステップで即座に真後ろに反転しながら窓へ走り出している。
『伏兵』コマンドを使ったのはこの時だ。
ベルファレウス皇子が反応したのはバックステップ前。彼の反応がもし一瞬でも遅れていたら、アレスの背中が真横をすり抜ける姿を普通に追えた筈だ。
だがベルファレウスは警戒を優先し、意識を反撃に備えてしまった。
この瞬間『伏兵』効果の対象となってしまい、逃げに徹したアレスを発見するために必要な探索技能『物見』を有さないベルファレウスは、姿を見失ったのだ。
因みに『伏兵』コマンドは、再接近したら普通に誰でも発見可能だったりする。
視界を振り切ったから有効なだけで。意識が切り換わったら発見出来る、いわば猫騙しの様な小細工でしかない。
一度に装備出来るアイテム枠は三つ。残る一つは《マナリング》というMP自動回復アイテムだ。ターン一桁程度だが低レベルの今は、正直ヤバい回復力。
(他の装備アイテムは現状そこまで使い勝手良くないんだよなぁ~。)
シナリオが始まっていない状況下では補正がかかるのか、初期段階で所持していたアイテム以外は魔導具の類は殆ど手に入らなかった。
辛うじて魔導書を購入して下位魔法と一部特殊魔法を習得出来たが、他には回復アイテムくらいしか準備が無い。
初期ユニットなら兎も角、あの手の強敵とは逃げる以外無い。
そういう意味では非売品アイテムの有無は、文字通り生死を分けたと言える。
(けどまぁ、こういう流れで王国は陥落していた訳か。)
まあ元々国力差は圧倒的とは言い難い国が奇襲で即座に陥落する様は、ゲーム時はご都合主義かなと思わなくも無かった。
だが既に後々の伏線となる『聖杖ユグドラシルの盗難事件』と繋がっていたのであれば、納得出来た。
だが父の死を兄に、何と言うべきか。
(くそ!散々下準備して逃走経路まで用意していたのに!)
幸か不幸かバーランド軍は予想以上に疲弊した様子で、数も想定以下。
漆黒騎士団に討たれた兵の数次第だが、撤退した以上は挽回出来る範囲だろう。
やる事は変わらない。師匠グレイズ宮廷伯が予定の場所に居なかったのは気にかかるが、アストリア王子と落ち延びる役目なのも原作と同じ。
だが何故か、進軍予定の場所には騎士団も来ていない。
まだ慌てる程じゃない。進軍が遅れたのなら合流地点に集結中か。
城を見下ろせて兵を隠せる高台。
合流地点に集った兵達の空気は、まるで葬式の様だった。
兵士達に声をかけ、気の緩みと叱責しながら灯りが隠された天幕に入った。
「アレス……、間に合ってくれたか。」
「おい!ちょっと待て一体何があった!」
悲嘆に暮れる騎士達に囲まれているのは、ベットに横たわる第一王子アストリアその人だった。慌てて駆け付け、包帯の上から回復魔法をかける。
「【傷回復】!【解毒魔法】!【病魔治療】!」
光が浸み込み呼吸が一時落ち着くが、少しずつ染み出す血は収まらない。
毒でも病でも無いのなら、単純に高位の回復魔法が必要なのか。
「済まないね、しくじった。……父は、駄目だったんだね。」
「……ああ。帝国の漆黒騎士団がバーランドの襲撃に紛れて仕掛けて来た。
目的は何かの秘宝捜索だったみたいで、見つからずに引き上げて行ったよ。」
ざわりと動揺が広がる中、息絶え絶えのアストリアだけが冷静だった。
「こっちは運が悪かったよ。
遭難した一小隊と遭遇戦を繰り広げて、勝利したまでは良かったんだけど。」
「!敵は!仇は!!」
「猪だ。撤退中に山から暴れ猪に衝突されて、当たり所が悪かったよ。
あ、仇はそこの鍋にある。食べていいよ。」
頭が真っ白になった後、指差した方角に妙に肉厚なスープが用意されていた。
「ば、馬鹿ーーー!!せめてもっと、ていうか食べたのかよアンタ!」
「旨いよ?けど今は後だ。アレス、今後の予定はどうなる?」
誰もが冷汗で目を逸らす愁嘆場から意識を戻し、改めて現状を分析する。
受け取った集結兵の被害も思ったよりは少ない。
「……変更は無い。王の有無に関わらず、王都の維持と出兵の両立は出来ない。
兵が残り、国として成立する限り上納金は要求され続ける。
我々は帝国がトップが居ない土地の管理より周辺国を優先している間に、帝国の戦線自体を後退させるしかない。
それが出来ない限り、いつ王都を復興したところで結果は同じだ。」
「成程。ならアレス、君に王印を譲渡する。君が次期ダモクレス王になれ。」
「!?」
アストリアの言葉に周囲の空気が変わり、一気にざわつく。
半ば予期していた言葉だけに、アレスは反論が出来なかった。
「で、殿下!それはなりません!それだけはなりません!!」
「なら代案はあるか?バーランドを略奪しても先は無い。
なら上納金を支払える規模になるまで近隣諸国を制圧出来るか?
搾取し続ける即席の大国を、維持出来るのか?
どちらの場合も、出来るとしたらアレスだけだ。」
元々、それが出来ない事は思案済みの筈だと一同に告げる。
「し、しかしよりにもよってただの孤児になど!!」
「き、貴様、グラットン将軍!それが陛下に忠誠を誓う者の言葉か!」
激昂したグレイズが思わず剣を抜きかけるが、アストリアが止めよと制止する。
「アレス、上を脱いでこの者達に紋章を見せろ。」
それしか無いかと覚悟を決め、溜息を吐いて鎧を外して上着を脱ぐ。
背中全体と正面の胸元、肩の一部。それら全てを埋め尽くすような一面の、黒い魔術紋がアレスの上半身に刻み込まれていた。
そしてその中には、アストリア王子と同じ、《王家》と《治世》の紋もある。
この二つが揃うのは世界広しと言えど、ダモクレス王家に限られる。それは全ての王家の紋章を記録する、聖王国ジュワユーズが公式に認めた事実だ。
「な、何という事を!陛下は何故このような真似を……!」
王家の紋は王家にしか刻む事が出来ない。それは王家の証であり秘伝でもあるからだ。そして、王位継承権の証でもある。
「誰も刻んでいない、というより刻めない。
我が王家に伝わる紋は二つだけだ。アレスの紋章は私より多いんだ。
恐らくアレスは我が王家と余所の王家の遠戚なんだろうね。王家の紋は稀に先祖返りで子孫に活性化する事がある。
そしてこれが、父がアレスを王家に迎え入れた理由さ。
父は天啓だと言ったよ。」
この二つを持っている以上、アレスは何処でも自分がダモクレス王家の血統だと名乗れる証拠になる。
アレスがその話を知った時、本気で絶句して青褪めたものだ。
(だって、割と作中キャラは大体一つ二つと継承しまくってたんだもん!
そりゃ三分の一くらい貴族や王家所縁の方々だったけどさ!)
隠し子とか庶子とかな!ゲームなのに女キャラの露出少ないのも当然ですよ!
隠し子の証拠見せびらかすとか、暗殺待った無しですわ!
裏設定を察せられるギミックって、リアル化しちゃうと超ドロッドロだね!!
「納得してくれたようだね。アレス、手を。」
グレイズ以外の全員が二の句を告げず、アレスを王の元に届けたグレイズだけがただ顔を背けて天を仰ぐ。
アレスも上着を羽織り直し、立ち膝でアストリアの手を両手で握る。
「我、アストリアが父より託された王印と王位を君に継承する。
……これで、君の宝物庫に王印と私が保管していた品が移った。
この国の命運を君に託すよ、我が弟アレス。」
服の下の紋様が反応し、王家の証や王印を含めた十点の品々が転送される。
中には軍資金や食料の詰まった宝箱もあった。
(そうか。何か原作だと所持品の所有上限は50個なのに、実際は60個とか微妙なラインで多いなとは思ってたけど。
軍資金やら兵糧やらは固定枠で消費していた扱いだったのか。)
成程納得、これなら事実上50個上限になりますね。ん?
あれ?原作ゲームでは全部個別収納だったよな?他のゲームみたいに同名のアイテム全部収納とか出来なかった筈。
(あれ?入れ物に収納する形なら、個数制限も誤魔化せた……り?)
ちょっと裏技に気付いてしまったので、後で検証しよう。
「……確かに受け取りました。後の事は任せて、ゆっくりお休み下さい。」
「ああ。流石にもう疲れた、吉報を待っているよ。」
言いながら目を閉じ、恭しく頷いて立ち上がる。
小声で軍議だ、と告げて視線で一同に退席を促し、アレスが最後尾に続く。
が、師匠グレイズだけが動かず、未だ兄に報告があると視線で語った。
天幕を出て、アレスは深々と溜め息を吐きながら夜空を見上げる。
(これが原作への軌道修正だって言うなら、あんたは余計な事をしたよ神様。)
※お正月連続投稿。元旦1日から4日まで、毎日一遍ずつ投稿致しております。