60.第十四章 始まりの紋章
わぁい。
◇◆◇◆◇◆◇◆
これ以上はどう足掻いても公式の話には出来ないと、一同は聖王家の兄妹が使う私室へと移動した。ここは密談を考慮された防音性の高い一室だ。
だが軽く摘めるめる物を全員が口に含んだ後も、誰も口を開けなかった。
「さて、何から話すべきか……。
いや、やはり先ずは《覇者の紋章》の成り立ちからだろうな。」
リシャール殿下が紅茶を置いて、深々と深呼吸しながら頭の中を整理する間。
アレスを含めた事情を知らない三人は、緊張した面持ちで言葉を待つ。
「そもそも我々王家が持つ《紋章》だが、発祥は実は全くのバラバラでな。
大本は古代王国が存在した、神代の終焉に遡る。」
「神代、ですか?」
「ああ。神代と呼んではいるが正確には、神が地上の管理を大地の者達に任せた頃から我々の歴史は始まっているがな。
そして当時の知性体は、己の種族こそ世界の指導者に相応しいと相争っていたとある。神話によるとその頃は未だ、概ね竜と巨人の二強だったとある。」
この辺りは各地で御伽噺として知られている話だ。
そして人々は団結し、文明を発達させる事で一つの王国を築いて両種族にも対抗する手段を手に入れた。
「――そう。それが古代王国期。
尤もその正式名称は聖王家ですら失伝するくらい昔の話なのだが。
実は現存する魔術や魔導具、《紋章》、果てはクラスチェンジに至るまで。基礎的な魔法技術は全てこの頃に誕生したものだ。
当時の技術を体系化して更に発達させたものが、今も残る【攻撃魔法】を始めとした魔法技術なのだ。」
「古代王国って、本当に実在してたんですね……。
我が祖国ハーネルでは物語の上でしか存在しないため、滅んだ原因もまちまちで空想上の存在だと言われてました。」
マリエル女王が安心したかの様に話に加わって来る。若干不謹慎ながらわくわくした様子だが、正直アレスも同じ気分だ。
「それは止むを得ないだろう。何せ現存する最古の国家である聖王国にすら、正確な滅亡原因は記録に残っていない。
〔邪龍大戦〕によって知識的な断絶が起きた所為でな。」
「〔邪龍大戦〕、という事は魔龍ヨルムンガントが登場した頃ですか。
帝国にも直系王族にのみ伝わる秘伝がある筈なのですが。
生憎皇帝が即位して以来、その手の秘伝は王族だからという理由で知らされる話では無くなってしまいました。」
(詰まり帝国の聖女ですら秘伝を教わる機会は無かったという事か。
という事はやっぱり彼女も皇帝の秘密は知らない訳か。)
「まあ一説によると魔龍自体が古代王国によって産み出されたとも言われている。古代王国は自らが産み出した魔龍に滅ぼされたのだとな。
そして正確なタイミングは不明だが、最初に巨人族が脱落した。
何処かの戦争で数が一気に減り過ぎて覇権争いが出来なくなったらしい。それが現在まで続いていると言われている。」
「そして竜族だが、彼らの栄華は魔龍ヨルムンガントの登場によって終わる。
ある時何処よりか現れたヨルムンガントは己の影から闇竜ダークドラゴンを産み出して世界中のあらゆる種族を襲い、牙を剥いた。
それは当時統一帝国を築いていたと言われる、竜族が衰退する程激しかった。」
「尤もこの竜族達に対抗するために産み出されたのが魔龍ヨルムンガントだという説もあるんだがな。
無論どのような経緯、秘術で生み出されたかは不明だが、ヨルムンガントは余りに他の竜族と比べて異質で、しかも全ての竜と敵対していた。
それは竜の死骸を利用した秘術で産み出されたからでは無いかという話でな。
それを成せるのは古代王国以外に有り得ない、という説だ。」
ここまでは知る人ぞ知る古の歴史だ。
多くの場合は物語として伝わり、時系列がバラバラなものの方が多かった。
「そして大事なのはここからだ。
魔龍ヨルムンガントが襲った相手は決して竜族だけではない。当然、竜すら圧倒する相手に当時の人族が対抗出来る筈も無い。
故に世界中の人族の王は団結し、彼らが有する《紋章》を全て統合しようという計画が持ち上がったのだ。」
「「「?!」」」
「本来《紋章術》とは、己が体に他種族の特徴を宿す事で肉体を強化する秘術だ。
《紋章》をより簡略化し、万人に適応させたものが〔昇格の儀〕となる。
アレは肉体の耐性を現在の体質に合わせて最適化するもの。だからこそ《紋章》の継承者にしか〔昇格〕は行えないのだ。」
「そして当時はこの秘術は独自に伝承されたもの。只の魔法秘術に過ぎん。
共通項は肉体に術を刻む点以外は無いに等しく、殆どの紋章は次世代に継承出来ない上、一人一種しか体得出来ない代物だった。
故に術式を揃え、統合するための新たな《紋章》が編み出された。」
「それらは聖王家では《始まりの紋章》と呼んでいる。
それは《王家》《治世》《鉄血》と呼ばれる三つの紋章の事だ。」
「《始まりの紋章》の血族だけが紋章を次代に継承出来るのだ。
同じ血族であれば両親の紋章だけは継承出来るが、他の紋章を継承する手段は《始まりの紋章》を得る以外に無い。」
「そしてアレス王子、五つの紋章を揃えるためには特別な条件が存在する。
それは《始まりの紋章》を最低二つ継承する事だ。あれば必ず宿せるという代物では無いが、最初から二つを継承する事が絶対条件だ。」
「何故なら最初の《始まりの紋章》は三神具によってもたらされた。
文字通り神から与えられた秘術だからだ。
故に五つ揃えた紋章は正に聖王の証、《覇者の紋章》と呼ばれるのだ。」
「「「なっ?!」」」
この一点はアストリアも知らなかったらしい。
「知っているのは《始まりの紋章》が三神具を扱う資格の一つという所までだよ。
ダモクレスは魔龍が封印され続ける限り《始まりの紋章》の中で特に継承難易度が高いとされる二つの紋章を同時に継承条件と定めた。
これが私が父に託されたダモクレスの秘伝の残り全てです。」
これにリシャール殿下は成程な、と頷く。
聖王家もダモクレスが最後に残った聖王家の予備血族だとは知っていたが、口伝の内容までは残っていなかったらしい。
「実の所、既に聖王家の血は薄くなり、始まりの三紋章全てを継承した者は現れなくなって久しい。辛うじて《鉄血》は兄妹全員が継承出来たが、《治世》に至っては私一人しか成功しなかった。《王家》は兄の死で途絶えてしまった。
故にアレス王子、君とミレイユの子が聖王家は是非とも欲しい。二人の子は特に三紋章が揃い、《覇者の紋章》を完成させる可能性が特に高い。
君達が嫌い合っていないのなら、後の世のために是非婚姻をお願いしたい。」
(ぅぎゃぁぁぁああああ~~~~!!!そ、そういう事か!?
だから《紋章》が自由選択出来たんだ!!ダモクレス王家が元々五つ選べる血族だったから!そして【三神具】が《王家》に収納されてたから!!)
成程ね!神様視点からすれば些細な違いだった訳だ!ダモクレスだろうが聖王家だろうが!というか孤児にしないと歴史が変わっちゃう恐れがあった訳ですね?
《覇者の紋章》の完成、聖王の再来として!そりゃ孤児にもなるわ!!
もうね?血統が火種過ぎてヴェルーゼ様との婚姻もヤバい。コレでミレイユ様と結婚せずに聖王の再来が産まれちゃったらどうなるの?
聖王家の正統性が散るよ?下手したら帝国こそ正当聖王家……。
「あの。まさか他の予備血族って。」
アレスの言葉に聖王家以外が揃って反応し。
「ああ。当然、他の神具継承王族も予備としての資格を失っている。
例えばそちらの皇女殿下もな。そういう意味では、確かに君が彼女と婚姻を結ぶのも実に有難い話だ。聖王家と縁戚でさえあれば。」
他は全部爆弾という言葉が脳裏を過る。
「ではもしや、紋章の数が十種にも関わらず正確な情報が出回っていないのは。」
「ああ、そういう事だ。全ての王家の紋章は実際には九種類しかない。
最後の十番目の紋章とは《覇者の紋章》の事だ。」
ヴェルーゼ皇女の確認にリシャール殿下が頷き。
「え?あるでしょ十種類。」
思わずアレスが口を挟む。
「え、いや。だから無いぞ?全ての王家の紋章は九種類を入れ替えたものだ。」
……え?
「ちょっと待って!始まりの三種《王家》《治世》《鉄血》!
他の紋章は《天稟》《武神》《軍神》に《賢者》《魔王》《不死身》《魔神》!
全部数えたら十種になりますよね?!」
「いや、ちょっと待て。《魔神》なんて紋章は無いぞ?
それは君の勘違いだ。」
「ヴェルーゼ皇女!ヨルムンガント皇帝を『鑑定』した事は?!」
「っ?!あ、ありますが、紋章数はともかく紋章の種類まではって、ああっ!!」
慌てるアレスに対し、遅れてヴェルーゼも驚きの声を上げる。
「こ、皇帝ルシフェルは紋章を五つ持っています!!
けれど恐らく始まりの紋章は《鉄血》のみですッ!!」
(っ?!そ、そうか!普通の『鑑定眼』では紋章の種類まで見分けが付かないから実際に背中を確認するまで分からないのか!?!)
「……どういう事だ、アレス王子。君は何を知っている?」
「私の『鑑定眼』では紋章の種類まで見えます。
そして私が以前盗み見た皇帝の紋章は《鉄血》《魔王》《魔神3》です。」
「は?《魔神3》?いや、それでは三つでは無いのか?
いや、そもそも『鑑定眼』で紋章の種類まで見えるなど有り得ない話だ。」
「リシャール殿下は《治世》《鉄血》《武神》。
パトリック殿下は《鉄血》《武神》《魔王》。
ミレイユ姫は《鉄血》《賢者》《魔王》です。違いますか?」
「「「っ?!」」」
驚き顔を見合わせる三人が徐々に半信半疑から納得、確信へと変わる。
そもそも三人の背中などアレスは確認した事は無い。王族は基本、他人に背中を見せないものだ。
聖王家以外に秘匿している紋章を、全て言い当てられる方が本来有り得ない。
「……確かに、《覇王の紋章》持ちの『鑑定眼』など聞いた事は無い。
とすると、本当に有り得る、のか……?」
「殿下、《紋章》が後付けで開発されたという話は。」
「ある訳が無い。恐らくは古代王国以来《紋章》を新しく産み出す技術は失われている、はず……。」
「……暗黒教団の成立時期は、伝わっていますか?」
「……いや、無い。だが彼らが魔龍の信奉者なら、魔龍と同時期の筈だろう。
つまり、では。可能、なのか……?」
「では《魔神の紋章》は、暗黒教団が後付けで創り出した紋章だと?」
「可能性では有り得る、と考えた方が良さそうですね……。」
帝国と暗黒教団が繋がっているのなら、仮説では成立する。ゲームだからと思考停止するのは思った以上に危険な様だ。いや、むしろさせて?
「思わぬ形で皇帝と暗黒教団の繋がりが発覚しましたね。
いえヨルムンガント皇帝を名乗った時点で既に繋がってるとしか思えなかったのは確かなのですが。ええ。」
口元を抑えているヴェルーゼ皇女に胡乱な目で振り向く。
いや、正直これを今言うべきかと迷う所なんですけどね?
「多分、先王以前だよ?」
「「「は?」」」
周囲の注目が一斉にアレスに集まる。
「前に君が教えてくれたでしょう?『先代皇帝は名簿に載せない側室を多数集めていた』って。
更に『生まれた子供達は今も全員行方不明であり、私はその側室の子、もしくは側室の孫が何らかの魔術実験に用いられていたと睨んでいます。』だっけ?
その魔術実験が《紋章》開発だった可能性、あるんじゃない?」
「「「っっっっ?!?!?」」」
これゲーム知識によるメタ情報なんですが。
皇帝ルシフェルってね?暗黒教皇アルハザードが【神剣ウロボロス】と闇神具の【魔龍冠】を与え、既に魔龍ヨルムンガントに自我を乗っ取られてるんですわ。
何で帝国で継承している筈の【神剣ウロボロス】までって思ってたけどさ。
コレまさか。帝国を名乗ったのは先代皇帝で、現皇帝ルシフェルなの?
「ごめんヴェルーゼ皇女、確認させて?
先代皇帝からルシフェル皇帝が、皇帝位を奪ってたの?
ルシフェル王が、帝国と皇帝を名乗りだしたんじゃなくて?」
「「「ッッッッ?!?!?!?」」」
「い、いえ。十数年前に大災害を起こした元凶である先代トールギス王を、十年前に王弟のルシフェルが討ち取り帝国に改名。
皇帝を名乗ったという流れの筈です。」
じ、十年前か。そうなのか。
えっと。多分儂が転生前の記憶を取り戻したタイミングと一致しますね?
じゃあ王位簒奪のタイミングでアルハザードが【魔龍冠】を与えて?
魔龍ヨルムンガント化した王弟ルシフェルが皇帝を名乗った?
となるとコレ、既に先王段階で皇帝を名乗る流れは出来ていたんじゃない?
本当は先王が皇帝を名乗る筈が、暗黒教団の手に落ちた王弟ルシフェルに簒奪をされて……。
「あ。成程ね?つまり王位簒奪の段階で既に皇帝は暗黒教団側だった訳だ。」
「待て待てマテ!どういう流れでそうなった?!」
ふはははは、リシャール殿下が物凄く動揺しておられる。
「いやつまりコレ、王主導で進めていた帝国化計画を教団主導で進めるルシフェル皇帝が乗っ取ったって話ですよ。
あ!だから〔帝国の聖女〕は邪魔になったんだ!
帝国の聖女自体が暗黒教団への対抗策だったのか!」
「「「ちょ、え?ぇえ~~~~~?!?!?」」」
アレスの発言でヴェルーゼ皇女も気付いたらしい。今迄で一番動揺してる。
繋がっちゃった!何で帝国が『浄化』スキルの研究をしているのか疑問だったんだけど、そういう事か!
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!と周囲に緊迫感が走る。
表情を見る限り、全員が事態の深刻さを感じ取った様だ。
「いやコレ君の胃音。
つまりアレス、君は暗黒教団が帝国で暗躍しているんじゃなくて、暗黒教団の方が帝国化を進めている、と言いたいのかい?」
「待て!それなら帝国は今、総力を挙げて魔龍ヨルムンガントの復活を目論んでいるという話になるぞ!!」
「追い付いて下さい皆さん!
どのみち我々のすべき事は変わりません!皇帝の目的が世界征服だろうと、魔龍復活だろうと、帝国の中央方面軍に勝利しないと何も出来ません!
我々の優先順位は、帝国中央方面軍に勝利して次に繋げる事です!!」
ミレイユ王女が割って入り、取り乱していた一同が我に返る。
……やっべ。この流れで【三神具】とかメタ視点の話するとか地獄じゃねぇかな?
「そ、そうだな。それに教会総本山に居た筈のイザベラ大司教の事もある。
あの方を救出せねば進まない話もある。」
…………うん。話すタイミング、露骨に逃した気配がしますよ?
「そうですね。取り合えず今は進められる話を進めましょう。
先ずアレスとミレイユ王女、ヴェルーゼ皇女の婚姻は既定路線で良いとして。」
ん?
「そうですね。思うところが無いとは言いませんが、選択の余地は無いかと。」
え?
「済まない、こちらも配慮は約束しよう。ミレイユも、それでいいか?」
「はい。それと私はやはり側室の方が良いと思います。
皇女殿下との婚姻を許可する代わりに私を正妻に立てる許可を出さない、の方が周囲の反発を抑え易いかと。」
「しかし、良いのかミレイユ?
というか俺には逆の方が他の貴族が同意し易いと思えるんだが?」
んん?
「いやそれではミレイユを聖王家のトップにしたい連中を抑えられなくなる。
特に三大公は、我々二人よりミレイユを主と仰いだ方が動き易い。
ヴェルーゼ皇女を瑕疵として扱わせて頂く事で、帝国を一段下に扱いミレイユを中核から遠ざける。
そう言う意図で良いんだな?」
あの?
「はい、お兄様。ただアレス王子を露骨に不遇に扱っては、やはりそれも後々火種になると思いますので……。」
「分かってます。ダモクレス王位はアレスに。
元々私はハーネル女王と婚姻を結ぶつもりでしたから。」
「おーい。アレス王子の御希望はー?」
「「「申し訳ないけど、考慮している余裕が無い。」」」
「それとミレイユ王女にもお願いしておきたいのですが。
正式に次代の聖王家の王位継承権を放棄する事にも同意頂きたいのです。」
「勿論分かってます。
その上で私達の子供が、お兄様方の子供達と婚姻を結べる様に計らう。
そういう方針ですね?」
「ご理解頂けて助かります。」
「……今更ですけど、アレス王子がルシフェル皇帝を『鑑定』している事には誰も疑問を抱かないんですね……。」
マリエル女王も口を挟めない側だが、傍観者顔をしている点が明確なアレスとの相違点だろう。
(……だ、大丈夫だアレス。良いところを探すんだ。
大陸有数、トップクラスの美姫二人と揉める事無く結婚出来るんだ!
こんなの他の誰にも出来ないぞ!?何せ身分迄最高峰だ?!?!)
(…………うん!それを考えれば安い絶望、気苦、苦な、障g、……。)
「お、男の甲斐性の魅せドコロじゃぁあああああ~~~~ッッッッ!!!!!!」
正直ヒロインは一人の予定でしたけど、王子でこの希少価値は無理だな、とw
この物語は、敷設地雷の数を予想しながら読むとより楽しめると思いますw
※《魔神1~3》は事実上のボス専用紋章ですwでもゲームでは帝国か暗黒教団関係者以外も所持している事があったので、アレスは気付きませんでしたw
つまりゲームで帝国や教団と無関係な顔してた連中は……?
※Q.先代は未だ皇帝宣言前では……?
A.宣言前に聞かされてたって事だよw見落とした理由?当時の皇女は何歳頃?
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