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ジュワユーズの救国王子~転生王子の胃痛奇譚~  作者: 夕霧湖畔
第三部 聖都奪還前婚約闘争
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58.第十四章 聖王国軍集結

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「何だと?!あの悪党が真っ先に旗色を宣言したって言うのかい?!」


 ブラキオン公爵が此処まで驚愕を顔に出したのは初めてかも知れない。

 周囲が一大事を感じ取る傍らで、ブラキオン家の頂点に立つ老婆は今後の展望を脳裏で模索し筋道を辿る。


(いくらカトブレス家が大きくったって単独では帝国と勝負になんかならない。

 義勇軍だって精々数万程度なんだ、大して違いは無い筈だよ。

 なら何らかの勝算を聞かされた?有り得ないね。)


 そんなものを口走れるような場所じゃない。そもそもそんなものを口に出したが最後、あの老翁なら躊躇無く帝国に寝返った筈だ。

 軽々しく秘策を語る相手に命運を託せる筈もない。場所を考えればカトブレス公は帝国寄りに傾いていただろう。

 問答無用で上陸されたぐらいで済し崩し的に従うくらいなら、意趣返しの一つや二つ実行に移しただろうに。


(いや思考が反れているの。問題は連中の動きではなく我がブラキオン公爵家。

 三大公の一つが流れたところで聖王家の苦境は変わらない筈。

 なら帝国、も……?)


「畜生めッ!そういう事かよクソ爺めが!

 儂等も直ぐに出陣するよ!絶対にグラッキー家に遅れを取るんじゃないよ!」


「お、お婆様?!一体何が?!」




 グラッキー公爵は怒り任せに酒杯を壁に叩きつけた。


「くそが!カトブレス家が聖王国に参陣しただと?!貴様は忠誠心など欠片も持ち合わせておらんだろうがっ!!」


「ち、父上!落ち着いて下さい!」


 報告した息子の姿など忘れて、グラッキー公爵は周囲に当たり散らす。

 以下に嫡子と言えど未成年、まだ経験の浅い彼には突然の狂乱としか思えない。


 最悪だ。帝国に対し兵の代わりと散々に軍糧を提供し続けたあのカトブレス大公が此処まで派手に聖王国支持を打ち出すとは思わなかった。

 グラッキー大公は帝国に、最も高く売り込める機会を伺っている筈だったのだ。


 三大公が揃って中立ならば何も問題は無かったのだ。三家揃ってなら帝国に匹敵する軍を用意出来る。帝国とて片手間では戦えない。

 だが二家と一家では駄目だ、帝国が強気に出れば二家は対抗出来ない。聖王家と一家を放置して先に二家を潰す手が選べる。


――なら、対聖王家に全力を尽くすか?


「馬鹿な!あの皇帝がそこまで信用出来るものかよッ!!」


 カトブレス家は北西、ブラキオン家は南西、ベンガーナは西だ。

 対してグラッキー家は北東。

 カトブレスを攻めるには北のラスクーバ高山が障害として立ち塞がり、帝国を無視するには南に帝国の手に落ちた聖都がある。

 聖王国中央部を抜けるには、先ず帝国に単独撃破される恐れがある。今更敗れた聖王国に属するなど――。


「違う!そういう事か狸共め!」


 そうだ、最も帝国に残らねばならないとしたらグラッキー家だ。

 逆に言えば、二公爵家が早々に聖王国へ参戦してしまえば帝国は聖王家軍を無視して両公爵家を討つ事は難しい。


 グラッキー公爵家は聖都陥落後には孤立状態となり、先代聖王が討たれた因縁の地アルサンドル大渓谷が程近く、最初に帝国に屈服した疑惑の地だ。

 最も帝国寄りが疑われ、帝国の名で重税が課せられている現状に不満を抱く民も多い。いわば帝国が勝った方が利益は大きい土地。

 それが央北東グラッキー大公領だ。


 つまりグラッキー家を使い潰す心算なら、聖王家はグラッキーへの帝国軍の出陣を見送った状態で聖都奪還に乗り出せる。

 一大公家を捨て駒にする代わり、帝国の戦力を分割出来るのだ。

 そうなれば確かに、聖都奪還と帝国への勝利は見えて来る。二面作戦を選ばないならグラッキーが背後を突かない限り、大公家の地位を剥奪すると言えばいい。


 逆に帝国がグラッキー家を信用する可能性は無い。今迄旗色を示さなかった時点で裏切りを警戒し、先陣を切らせる方を選ぶ筈。

 大公家を先に撃破出来る状況は決して悪くない。少なくともグラッキーと帝国が協調を取った状態で襲って来るより遥かにマシだ。


「ッそうか!それが狙いかアルス王子とやら!

 貴様この儂を無理矢理聖王国に頭を下げさせる心算かッ!!」


 三大公なら帝国に匹敵するなら、そこに聖王家と義勇軍が加われば条件は五分。

 帝国がその状況下でグラッキー公爵領を攻め落とすか?

 否だ、帝国の戦力が足らず、聖都が陥落する。

 いっそグラッキー家への救援を優先しても良い。各個撃破出来る。


(グラッキー家が泥を被るという可能性に目を瞑りさえすれば、聖王国は十二分に勝利の芽がある!

 三大公は全て、聖王国に味方せざるを得ない!)


 とにかく帝国が中央を塞ぐ前に兵を進めなければならない。兵の数は少なくても良い、大公たる自分さえ駆け付ける事が出来れば……。


(違う!最低二万だ!相手は同格の三大公なのだぞ!

 他の二人に対抗出来る兵力が無ければ発言力など無いに等しい!)


 短期決戦で攻めて貰わなければ、グラッキー公爵領が帝国に襲われる。だが他の二大公は帝国にグラッキー領を襲わせた方が自分を弱体化させられる。

 二万を引き抜いて領地にどれだけ残せるか?いや、そもそもブラキオン家は何万を用意する?二万以上では無いか?


(クソがぁ!!領地に兵を残しては発言力も何も無いでは無いか!!)


 不意に息子の姿が目に入る。そうだ、いや。駄目だ役には立たない。

 歯軋りしながら部下を呼ぶ様に息子を怒鳴り散らす。


「三万だ!領都に集結させた全ての兵を動かしてベンガーナに向かう!

 お前は儂の代わりにこの地の守護を務めよ!指揮権は貴様が持っていろ!」


「ははぁ!」


 名目だけは息子に、兵は隣の腹心に指揮をさせる。兵を減らした分領主の息子が陣頭指揮を取るとなれば、しばらくは持つだろう。


「ダンタリオン殿下に密使を出せ!『好機を以って、勝利を殿下に』だ!

 良いな!我々は皇太子殿下の為に向かうのだ!!

 殿下の為に、必ずや短期決戦を挑ませてみせると申し伝えよ!」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 さて、ここで原作の流れをおさらいしよう。

 そもそも原作ゲームにおいて、アストリア王子が一万越えの大軍を率いる状況は実は()()()()()


 実際に操作する武将の上限数は三十人だが、設定上全武将が参戦している。仲間になる武将は五十人前後で、武将一人の徴兵上限は百人で、計五千少々。

 ゲーム的な都合と言えばそれまでだが、中盤以降実際の出陣人数に関わらず五千人前後が出陣した扱いで物語が進んでいく。

 つまり義勇軍は聖戦軍に参戦したとしても、現在の様に全体の戦況を左右出来る立場になった事が無いのだ。


 では〔東部〕制圧後はどの様に物語が推移していたかと言えば。

 第一に健在だったのは央西の騎士王国クラウゼンだけであり。


 央北ハウレス王国は国王が人質となり完全に陥落済み。国内は帝国の重税に喘ぎながら蜘蛛の糸の様な希望に縋って魔狼騎士団が牙を剥く。


 央東ドールドーラはハウレスの魔狼騎士団を加えた帝国軍によって、王都以外は事実上の陥落状態。唯一脱出に成功した聖天馬騎士団が義勇軍の協力を得て王都を解放してハウレスに挑むのが正規ルートだった。



 尚、順番を逆にするとドールドーラが陥落する地獄ルートに分岐する。

 具体的には全部が帝国軍の手に落ちて味方になる筈だった武将達も敵軍に与し、各地の商品が撃退度合いに応じて価格が二割~五割暴落するのだ。

 尚、経験値が大量に入るので先々の攻略はかなり楽になる。

 というかメインだけで進めるとサブイベントが消滅して選択の余地無く分岐し、ここで仲間になる筈だった武将達を問答無用で皆殺しにしながらシナリオ難易度を下げる羽目になる。


 尚、最速クリアでは必須ルートであり、このルートを辿ると後は鬱ゲーになる。



 閑話休題。

 では公式推奨のサブイベント全制覇ルートではどうなるかと言えば。


 実の所三国の趨勢は、聖王国の戦況に影響を与えない。

 聖王国の兵站に干渉出来ない原作では帝国軍による焦土作戦が行われ、そもそも三大公は実質早期に帝国に下っていたグラッキー家以外全て敵対状態にあった。

 最初から三大公の内二大公は聖王国側に就き、しかし兵力は表向き帝国と拮抗。

 実際はグラッキー公爵家の水面下での裏切りにより徐々に破綻、衰退。

 原作で義勇軍の到着は既に手遅れと、そもそも希望になり得なかった。


 聖王国は最後の力で総力戦を決意し、一方でミレイユ王女がクラウゼンに参戦を頼むため小部隊で使者として出陣。

 三奏山脈を経由した際に帝国軍に気付かれ追撃を受け、ここで義勇軍が帝国軍を討ってミレイユ王女がクラウゼンに着けば〔ミレイユ王女救出作戦〕が始まる。

 後はクラウゼン騎士団と共に〔中央部〕へ参戦するのだが。


 ここで全ルート共通シナリオ〔聖王国の敗走〕が開始される。

 義勇軍の役目は第三王子パトリックに接触してクラウゼン騎士団の元まで撤退させた後、逃亡中の殿を引き受ける方針に変更される。

 だがここで大逆転が始まるのだ。


 このメインシナリオ〔聖王国の敗走〕のクリア条件は、「第一王子ダンタリオン皇太子の討伐」のみに限定されている。

 要は、敗走する聖王国軍を追撃するため兵を分散させた帝国軍の隙を突き、番外部隊である義勇軍が中央方面軍総大将を討ち取るのだ。

 これにより中央方面軍は分裂し、聖王国は勝機を掴むという流れだ。


 以後、聖都奪還による〔中央部〕解放まで、聖王国軍が囮を引き受け続ける。

 これらの決定に、義勇軍が口を挟む余地は無い。



 当然と言えば当然の流れだろう。

 元より原作での義勇軍は万未満の敗残兵による少数部隊、数万が前提の大軍勢と戦うには余りにも心許無い。

 全体の戦術を任せるに足る大軍の指揮経験も無く、主力はあくまで聖王国軍。

 総大将に相応しいのはどう見てもパトリック第三王子だ。むしろ激戦地とはいえ作戦の要を任せて貰える辺り、信頼はかなり厚かっただろう。




 だがこれは義勇軍の戦略価値によって劇的に立場が変わり得る状況だ。

 神剣が増加しているという事は、将来的な難易度の悪化が予想出来るのに、主導権が義勇軍に無いのは致命的に過ぎる。

 何せ三大公の一角はダンタリオン戦死まで()()()()()聖王国を裏切り続けているのだ、義勇軍は帝国の勝利に対する最大の障害になり得る。


 故にアレスは最初から聖王国の補給に介入し、各地の王を救う事で発言権の確保に努め続けて来た。


 可能であればこれは、将来神剣を振るう筈の義兄アストリア王子主導で進めて欲しかった計画なのだが――。まあ今更の状況ではある。

 クラウゼンでも実績を積んだので一応は良しとするしか無い。


 大事なのはここからだ。原作以上の影響力を残した三大公相手に、どこまで影響力を行使出来るか。そして帝国軍との正面対決が必須な戦況下で。

 一体どうやって帝国に勝利する戦略を用意して見せるのか――。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 城塞都市ベンガーナ、謁見の間。

 略式ではあるが、この場には聖王家三王族が揃い踏みであった。


 玉座には一同と同行した、女と見紛う程の銀髪の麗人リシャール第二王太子。

 右脇を固める獅子の様な荒々しい金髪と鋭い碧眼、屈強なパトリック第三王子。

 左脇に並ぶ穏やかな表情を浮かべ、淡い金色の後ろ髪を編み上げて左肩に流した碧眼の令嬢ミレイユ第三王女。


 この光景が本来在り得ぬものであったと知っているのはアレスだけだ。

 今回は私的な対面であり、場に居るのは諸々の密談に備えた者だけに限られる。

 しかしダモクレスの第一王子であるアストリアはともかく帝国皇女ヴェルーゼ、ハーネル女王マリエルをそれぞれが伴ったのは、聊か奇妙な状況だった。


 とはいえ実はアレスは知っている。この場がどんな意味を持つのかを。

 恐らく正規の流れとはいかないだろうが、必須の状況へと流れを修正する必要があるだろう。その為にヴェルーゼ皇女は必要な人材だ。

 兄アストリアの本音は、正直分からない。何故マリエル女王だったのか。


「良くぞここまで辿り着いてくれた、アレス王子。並びに諸君。」


 万感の想いを載せて語られる言葉は、実感が伴って驚く程の重みを以って響く。

 立ち膝で受け取る一同に、心からの感謝の意思が伝わった。


「だが残念ながら、感謝だけで終わらせる余裕は我々には無い。

 皆と本格的な会議を開く前に、義勇軍代表である君達には今後の方針を忌憚無く話して貰わねばならない。」


 そう。原作ではダンタリオン皇太子討伐後にしか叶わなかった聖王家との対面。

 聖王家から真実と後ろ盾の確約を得るための対談だ。

 順番は前後したが、ミレイユ王女に代わりリシャール殿下を連れ帰った事で同じ流れが生じる事は予想が付いていた。


「だが友好を温める余裕の無い現状では、腹を割って話して貰うには行動を以って信頼を証明するしか無いだろう。」


 だからこそアレスはこの流れを知っている。

 台詞も奇しくも原作を準えた様に全くと言って良い程同じ言葉で。

 彼らはせめてもの信頼の証として、特殊クラスへの転職を可能とする聖王家随一の秘宝【聖王家の紋章】を与えるのだ――。




「我々三兄妹の総意として。

 アレス・ダモクレス第二王子の正妻として我が妹ミレイユ・ジュワユーズと正式な婚姻を結ばせる用意がある。」




「え?」

「へぇ?」






   中央部攻略編  第三部 『聖都奪還前婚約闘争』






 アレス王子の耳に。

 驚くほど冷え切ったヴェルーゼ皇女の小さな呟きが届いた。

   や っ た ぜ ☆




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