57.第十四章 聖都本隊、合流
※間違えてました。次週じゃ無いですよね、今週でしたね……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
〔中央部〕西の城塞都市ベンガーナ。
ここは聖王国随一の商業都市であり、聖王国の第二都市であり。
何よりも三大公家にとっては、完全なる中立地帯として知られている。
聖王国は時々凹の字に例えられる事がある。
北西に三大公カトブレス公爵家、北央に教会の総本山たるラスクーバ高山、北東に同じく三大公グラッキー公爵家。
中央の東に聖都があり、西にベンガーナがあり。
南西に三大公ブラキオン公爵家、南央にモルドバル城塞都市がある。
つまりベンガーナとは、聖都と対極に位置して中央に最も近く。
どの三大公が反旗を翻しても割って入れる位置にある。
総本山の影響を色濃く受ける聖都の守り手。
聖都陥落以来、此処にもう一つの意味が加わっていた。
「ミレイユ姫。リシャール第二王子殿下が義勇軍と御帰還なされました。」
守護騎士エルゼラント。
貴賓室に現れ恭しく頭を下げたのは、この都市の領主であり聖王国最強と名高い特殊クラス、パラディン隊を率いる聖騎士だ。
「まあ、国境は全て帝国軍が見張っていた筈よ?騒動一つ無いだなんて、一体どんな手品を使ったのかしら。
それでお兄様方はどちらに?」
「パトリック殿下は門まで出迎えに向かわれました。
ですので手配の確認と正式な謁見の方を、姫君にお願いしたく。」
本来であれば名代は第三王子である末兄パトリックこそが行うべきだが、勝手に動かれては許可を得る側が困ってしまう。奔放に振舞うのは後継争いを避ける意図もあるのだろうが、シワ寄せが来るのでは堪らない。
だが今回に限っては溜息が出る反面、内心では心の準備をする時間が整ったのは素直に有り難い。大袈裟じゃない化粧くらいは出来るだろう。
ここは便乗して諸々の準備を理由に、正式な謁見まで時間を稼がせて貰おう。
「では今日は代表者の方とだけ簡単な対面を済ませ、他の方々は部屋の手配を優先して頂きましょう。
明日の対面に備え、本日は存分に休息を取る様にと伝えて下さい。」
果たして予想通り次兄リシャールは引継ぎを部下に任せ、早々に現状説明に来てくれた。義勇軍もこちらの対応を予想しており、平和な日々は諸侯に配慮し敢えて鎧姿のままで直参する形を取るらしい。
相変わらず細かいところにも気を回す方だと、隠し切れぬほど嬉しくなる。
「しかしまさかカトブレス公爵をもあっさり口説き落とされるとは。
一体アレス王子は如何なる手品を使われたのでしょう。」
聖王公三大公と言えば悪辣狡猾の代名詞と呼ばれる程に思慮深く、悪口すらも手の内と利用し切る手練手管に長けた老獪な方々だ。
今迄も何のかんのと帝国と聖王国を秤にかけ続けて態度を保留にして来た御三方の筈が、今回に限っては全員から降り良い返事が届いたのだから驚きの一言だ。
しかも表向きは彼らの忠誠を疑ってはならない立場の為、今回はリシャールの名代として席を返還するまではミレイユがトップとして振る舞わねばならない。
明日平常心を保つためにも、是非とも種明かしをして貰いたかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
端的に言うと、アレス王子は何もしなかった。
策というものは別に行動だけが意味を持つのではない。時には時間こそが重要な意味を持つのだとリシャールは思い知らされた気分だった。
アレス王子はリシャールの飛ばした檄文が、帝国軍は愚か聖王国全土に知れ渡るまで待っていたのだ。
聖王国全ての貴族にばら撒かれた檄文は立ちどころに帝国軍にも知れる。しかし期日は書かれていない。小諸侯は軍備だけを整え、動く事が出来なかった。
帝国軍は過去に屈服させた筈の者達を再度疑う必要に駆られ、誰が敵味方か疑心暗鬼になった。今は味方として参陣していても、期日までは確信出来ない。
よって聖都に兵力こそ集めたが、大きな動きが無くては手が出せなかった。
義勇軍の主力はクラウゼンの一夜城にこそ居たが、一部はダンジョンへと向かい兵を含めて調練に励んだ。闘技場にも参加して腕を磨いた。
凡そ一月。アレス王子は消耗した兵力を回復させ、鍛え直す時間を。
他人が出す手紙だけで手に入れたのだ。
その間リシャールはアレス王子から提供される近隣諸国の情報を共有し、只管に舌を巻き続けた。驚嘆では済まされない。
それは帝国に追われ情報から隔離されつつあった聖王家にとってまさに垂涎ものの情報量だったのだ。
いや、ひょっとしたら父王が生きていた頃よりも豊富であったかも知れない。
何せかつては世界の盟主とは言いつつも、必要以上干渉しない方針を貫き続けた聖王国にとって、他地方についての情報など殆どが等閑だった。
一体どの様な諜報網を駆使したのかと無作法にも問い詰めてしまったが、アレス王子は全てでは無いが開示してくれた。
つまりダモクレスは諜報目的で交易商を運営しているらしい。無関係な人間との噂話も集めて別角度からの情報を補強するのがコツなのだそうだ。
諜報は全てを軍事行動から察するのではなく、予兆や普段の簡単に手に入る基礎知識と比べる方が重要なのだとか。
(これは恐らく教育だ、私達への。
アレス王子から見れば今迄の聖王国のあり方は、余りに隙だらけで慢心したものに見えているのだろう。)
認めるしかない。彼がその気になれば、今の聖王国など容易く傀儡に出来る。
彼がそうしないのは野心が無いからだ。そして。
(このダモクレスの信頼を妄信せずに信じ切れるかが、世界の統治者たる聖王家の器であり力量となる訳だ。)
アレス王子を切り捨てて帝国を倒す等不可能だ。そしてこれ程の才気を魅せる、彼だからこそ皆が邪魔に思い、将来的に蹴落とそうとするだろう。
アレス王子がいる限り、一番手柄は揺らがないのだから。
(アレス王子は最も危険な役を買って出ている。絶対に、切り捨てられん。)
妹ミレイユが魅了されたのは当然だし、これは当初思っていた以上に有り難い。
これは絶対に裏切らせてはならない相手だ。彼の忠誠心はあまりに代え難い。
「アレス王子、そろそろ合流に必要な作戦を教えてくれないか?」
東部の覇者イストリア王すらアレス王子を信頼し切っている。恩人というだけで警戒心を失う様な方では無い。策があると確信を持って聞いている。
「作戦というのなら既に整っています。
我々はまもなく集結する全軍を以って、真っ直ぐに移動すればいい。」
「どういう意味だ?」
三万五千の軍勢を全て船上の人として出陣したのは丁度、初夏明けの頃だ。
警鐘が鳴り響く港町に対し、翻ったのは聖王旗。聖王国王族にしか許されない、リシャール王太子が乗船した船舶団という証だ。
聖王国三公家の一つカトブレス公爵家としては、あの旗に剣を向ける事は許されない。何故なら三大公とは聖王家の直臣、聖王家こそ彼らの威光の後ろ盾だ。
カトブレス公爵は内心の舌打ちを隠しつつ、半数の軍を並べて警戒を示し乍ら、自ら港で出迎える形で、その忠誠心を示した。
「おお、これはこれはリシャール殿下。よくぞ御無事で参られた。
出迎えが少々物々しくなったのはお詫び致します。事前に御到着を知らせて頂ければもう少し御身に相応しい歓迎が出来たのですが。」
「済まないなカトブレス大公、私も平時であればそうしたのだが。
何分帝国相手では警戒してもし過ぎる事は無いと進言があったのだ。」
紹介しようと副官の様に後ろから進み出たのは、かの噂のアレス王子だった。
カトブレス公爵はさも歓迎する様な好々爺の如き素振りで頷きを返しつつ、眼光は一切警戒心を隠さない。後ろの諸侯達もはっきりと感じ取った様だ。
「では折角なのでお聞かせ願いたい。
我らに曲がりなりにも聖王家を警戒させた意味とその真意を。」
「ええ。先ずは単純に、カトブレス大公様なら必ずや剣を降ろして下さると確信があったからです。もし伝令あれば、帝国が軍を率いて押し入ったやも知れません。
さすれば忠誠の証どころか、大公様の港で乱戦となったでしょう。」
(ははは、抜かしおる。やはりこ奴は儂を全く信じておらんわい。)
確信させおった。この餓鬼、帝国と秤にかけている儂に罠を仕掛けおったぞ。
「ふむ、まぁ帝国への警戒は絶対に必要であろうな。
何せ聖王国は敗戦続き、我らも各個では帝国に対抗し切れん。ここ数年は苦渋を舐めさせられたものよ。」
※訳:かー!聖王国が負けなかったらなー!儂も帝国に頭下げる振りせんでも済んだのになー!全く、どうしてもうちょっと頑張れなかったのか側近共はー!
「流石は大公、その苦労も遂に報われる時が来ましたとも。
さすれば大公様には、我々と共に城塞都市ベンガーナまで参陣して頂きたい。」
訳:いやぁ流石大公、早速聖王国への参陣を確約して下さるとは!確約して下さるとは!ええ、流石の忠誠心ですよ!ですので当然我々の護衛も引き受けて下さいますね!だって忠臣ですもの!
(((こ、コイツらぶっこんだーーーっ!!!!)))
※桟橋で突然始まった、訳が理解出来る諸侯達の反応を述べよ。
配点:囲んでる兵士と言動の漏洩度合い。
諸侯の内心を余所に、カトブレス大公とアレス王子の振る舞いは奇しくも共通点すら窺い知れた。どちらも邪悪な満面の笑顔だ。
「くあははは!いやいやこれ程急に現れて国を空にする準備をせよとは!
ダモクレスの第二王子殿は流石に剛毅だ!」
訳:あぁん?小国の第二王子風情が頭ごなしに命令するかね?出来るかね?
帝国を警戒する人員を動かせとか自分がどれだけ無茶要求したか分かってる?
「何をおっしゃる!こちらこそ公爵様の周到さには舌を巻きましたとも!
まさかこれほど短時間にこの数の兵を港に揃える手際!まさに用意万端!
大公様は我々の来訪を予期し事前に港町へ兵を配備しておられた!やはり大公様ともなれば、皆がそれ程の先見の明を備えているのでしょうか?」
訳:あれれぇ?ここに並べた兵って聖王家の為じゃ無いの?カトブレスの領都ってここじゃないよね?海から誰を警戒してたのかな?出迎えだよね?
他の三大公はここを見張っていないのかなぁ~?
「そうさなぁ、勿論遠見なり噂なり三大公には直様届くであろうよ。
して王子殿は、その全てが間違いなく帝国に与さず馳せ参じるとお思いか?」
訳:儂含めて三大公、裏切ってないと思ってる?
「馳せ参じる、でしょうな。何せ今の今迄帝国に嫡子を捧げた方はおりません。
聖王国への忠誠を全て無かった事にするには、檄文の前に旗色を掲げているべきでした。今更無視など出来よう筈も無し。」
訳:ま・さ・か☆裏切っていても参陣してくれるよォ~?
私だって君達の腹黒さを信じているからぁ~。君らの裏切り時って、絶対今じゃ無いよねぇ~?
(ち、父上ーッ!父上ェ~~~~ッ!!そこに、そこに王太子殿下がァー~~!)
一方で全ての遣り取りを大公の隣で聞いている次期大公嫡子殿の顔色は脂汗を隠すのに必死で顔色はドンドン悪くなっていく。
これは密談や会議場で交わすべき会話であって、大勢に注目を浴びる場で語り聞かせる様な代物ではない。劇物であり、危険物だ。
無表情に笑顔と沈黙を貫くリシャール殿下の内心が物凄く恐ろしい。
「でははっきりと聞かせて貰おう。
この儂が帝国に与し、主君であるリシャール殿下を討ち取らないという見込みはどの程度立てておった?」
だが無駄だ★
疑いの余地の無い直球ど真ん中ストレートである。
しかも裏切っていると明言している様に聞こえるがその実一切明言していない。
まさに狡猾にして邪悪な言動の罠。
「帝国が大公様を全面的に信用する、重用する可能性。忠誠の証として強要するであろう莫大な出費、兵力。
裏切者の汚名を全てカトブレス公爵家のみが受け、他の二大公だけが得をする等の各種デメリット。
何よりも帝国は今、他の二大公を信用し切れていない状況でカトブレス公爵家の占領に全力を入れるという可能性。
帝国はカトブレス公爵家を見捨てられる条件が全て揃っています。」
「っ!?」
アレス王子の相貌は、冷静かつ平静。
今迄の笑顔が嘘の様な真正面からの返答だった。
「先ず帝国が動くなら、カトブレス公爵家に一番負担を押し付けた上で他の二大公を従えながらベンガーナを目指すが一択。
カトブレス公爵家にベンガーナを任せた上で、他の二大公の屈服に全力を注ぐが更に一択。」
「……。」
「これらを踏まえた上で、今だけはカトブレス公爵家が安全にベンガーナへと合流出来る条件が揃っています。
そして三大公の中で一番最初に参陣出来る利点。
カトブレス侯爵閣下が本気でこれを逃すとは、思えませんね。」
平然と。完全なる戦略予想のみで。忠誠の有無すら明言せず。
アレス王子は動く、と言い切って見せた。
全員の息が止まる緊迫感の中。
亀裂が産まれたのは、小さく響き始めた押し殺した笑い声。
「かぁーーーっはっはっはッ!!面白い!面白いぞアレス王子ッ!!
良いだろう!貴様の謀略、このカトブレス大公が現実のものにしてやろう!」
かかと木魂する嗤い声に混じる疑い様の無い歓喜の色に、場の全員が地響きの様な震えを感じ取る。これが凶眼公だと、これぞ凶眼公だと。
たった一つ目で震える程に鋭い眼光を滾らせる、老人とは思えぬ覇気の白髪男。
「二万だ!今日中に二万を出陣させる!
リシャール殿下!今よりカトブレス公爵家は、殿下と共に城塞都市ベンガーナへ参陣いたしましょうぞッ!!
殿下の御側に付き従う栄誉を、この御老体にお与え下され!」
「む、良かろう!我らは町の外で待つ!
直ぐに動き、領内の皆に出陣の命を告げられよッ!!」
「「「ぅおおおおおおっっっっ!!!!!!」」」
歓声が上がり、高らかに聖王国の、ジュワユーズの名が唱和される。
皆が驚愕し、事態の急展開に興奮冷めやらぬ有様で声を張り上げ、お互いの声によって事の重大さを徐々に理解し始める。
聖王国三大公が一角、カトブレス公爵家が義勇軍に本腰を入れて参陣。
このニュースは聖王国に留まらず、大陸中を駆け巡る事になる。
リシャールは思いを馳せる。
『もしカトブレス公が港に出迎えに現れたら、それは好機です。可能な限り私に場を任せ、沈黙を貫き続けて下さい。
うまく行けば、その場で参陣を確約出来るかも知れません。』
(見事だよアレス王子。貴殿はこの状況を読み切った。
私に檄文を書かせた時には既に、ここまでの脚本が出来上がっていたのだな。)
この一件は、絶対に大きい。確実に他の三大公に波及する。
日和見を続けていた三大公が今、確実に動かされた。
※間違えてました。今週からは通常通りです……。
最初のミレイユ聖王女視点はベンガーナでの義勇軍到着時。
後半はカトブレス大公領港町での前日譚になります。
カトブレスとグラッキーはどちらも北に山を挟んで港町を持ってます。
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。いいね感想等もお待ちしております。




