51+2-9.間章 ダーチャの海賊達9
※本日で中編最終日です。次週からは通常通り土曜投稿に戻ります。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レオナルド王子はアストリアが援護に徹してくれている事に感謝しながら、騎士達を激励しつつ海賊達を切り払う。
クラウゼンの民は百年以上続くいつ果てるとも知れぬ歳月を、ダーチャの海賊達によって苦渋を舐め続けていた。
ダーチャに討伐隊が組まれた事は二桁では足らず、小競り合いを含めれば三桁を上回るかも知れない。そしていずれも一桁では済まされない被害を出し続けた。
中には彼らを認めようとした王もいた。和平を築こうとした貴族もいた。全てのクラウゼンの民が、ダーチャを否定し続けた訳では無い。
だが全て徒労に終わらせたのは間違いなくダーチャの民だ。
常に犠牲を強い、騙し、欺き、殺し続けて。隷属と絶対服従以外は認めない。
今なら理由も納得出来る。暗黒教団の民が、聖王国の民と和解出来る筈も無い。
だからどうした。
自分達に理由があれば何をしても良いのか。自分達だけが許されるのか。そんな事を平然と言える者達だから、邪悪なのだ。
身内すら信用出来ない殺しと略奪を誇る民族など、この世から滅ぶべきなのだ。
「うおおおおおッ!!」
戦友を晒し物にされた恨みを晴らさんと、『必殺』の一閃が鎧ごと眼前の海賊を断ち切る。
何をされても言いなりになる癖の付いた、亡者の様な住民を覚えている。
刃に恨みと怒りを載せて、渾身の一撃を振るい続ける。
「落ち着かんか王子ッ!」
横合いから蹴り飛ばされ、海賊の首が目の前を通り過ぎて我に返る。
倒れた海賊が狙っていたのは間違いなくレオナルドだったと自覚する。
助けられた礼を口にする前に、オズワルドに襟首を掴まれた。
「貴様のやる事は何だ!復讐か?!貴様の地位は何のためにある!
答えろレオナルド王子!貴様は、何者だ!」
周りの騎士達が周囲を囲み、レオナルドを庇いながら剣を振るう。そうだ。
「わ、私は、クラウゼンの王子だ。」
「そうだ!貴様は騎士王国の王子、この国の守護者だ!
復讐も、怒りも、貴様が役目を放棄して良い理由にはならん!
お前は、お前達王族は、俺達クラウゼンの誇りなのだぞッ!!」
「っ?!」
オズワルドの叫びに全ての感情が吹っ飛ぶ。自分は何故剣を振るっていたのか。
今迄何を叫び、何を語っていたのか。
「落ち着いた様だな。その覚悟を口に出せ。」
「私は、クラウゼンの王子、レオナルドだ。」
「ああ。」
「騎士の規範であり、民を守るために剣を振るう者だ。」
「ならば今、やるべき事は何だ。」
「……騎士達を率い、この戦いを終わらせる事。
そして可能な限り、我が民を生かして帰す事だ。」
「ならば周りを見ろ!指示を出せ!
騎士達はお前の剣だ!盾だ!お前の腕だけが、お前の力じゃない!」
背中を叩き。闘技場の覇者、復讐者オズワルドがレオナルドに背中を向ける。
「済まん!お前達!迷惑をかけた!
全員、私を中心に集い、戦友に背を預けよ!
海賊共を全て敵首領の側に圧し込む!敵に背後を、戦友の命を取らせるな!」
そうだ。先頭を切り開き道を作る事は目的じゃない。
彼らが積み重ねた罪科が、悪行の歴史が今日ここで潰える。
確実に、最小の被害で、勝って終わるのだ。
悲劇に泣く者は要らない。欲しいのは勝利に喜ぶ者達だ。
「タリーマンとやら、頼めるか?」
「へへ。忘れられたかと思ったぜ。」
恐らく敵首領の傍に罠がある。それは突入の前から示唆されていた。
だからこそ、義勇軍から義賊タリーマンがレオナルド達の傍に就いた。
「恐らくあの壁付近だ。行って来るからもう少し時間を稼いでくれ。」
「分かった。」
壁の傍、先程の弩より壁側に寄った最後尾。ドブロチンは不自然に離れない。
タリーマン曰く、穴側か石塊側。その辺りなら罠は無いらしい。
そこへ更に義勇軍の兵が走り込んで来る。石塊の周りを包囲する様だ。
「こちら側は我々が受け持ちます!ヴァルデイアに皆様の背後は取らせません!」
「済まない、助かる。」
どうやら残るは岩陰に隠れた者達だけらしい。
アストリア王子は階段の前に陣取り、完全に逃げ道を塞いでいる。
そして視界の端に、煌めく光による合図が届く。
「突撃だ!首領ドブロチンを討ち取るぞ!」
「くそがっ!舐めおって、この俺はダーチャの首領ドブロチンだぞッ!!」
壁の影の取っ手を引き抜き、途中で切れた縄が露わになる。壁に並んだ柱を見上げて動かないと理解し、取っ手を床に叩きつけたドブロチンが斧を振り上げる。
ドブロチンの【無差別攻撃】が迫る騎士達を味方ごと薙ぎ払う。
直線的な【バスター】の衝撃波と違い、炎舞薙ぎに似た範囲衝撃波だ。
「ちぃ!」
何よりの違いは、無差別な分魔法では無く物理的は破砕を伴う点で。
オズワルドの『魔障壁』では防げないという利点がある。
そして反撃に翻った彼の【魔力剣】は。
「温いわッ!」
斧で放たれたドブロチンの『魔導壁』で弾き返す事が出来る。
「「「うぉおおおっ!!!」」」
けれどその程度では止まらない。
障壁を合図に、一斉に槍衾がドブロチンに繰り出される。
【首領ドブロチン、LV34。人族。ジェネラル。
『鉄心、反撃、必殺、魔導壁』『巨人の資質』~】
アストリアは突入直後に『鑑定』し、その場の一同にドブロチンの持つスキルを全て伝えてある。ジェネラルクラスである事もだ。
だから一人が仕掛ければ次々と、間断無く攻撃を仕掛け続ける。
「く、くそがっ!」
ドブロチンの周りには彼の盾になろうとする者は一人もいない。
皆が我が身を守る事に専念し、誰も庇い合おうとはせず討ち取られていく。
助け合うなど惰弱、奪い、騙し、己だけで勝利する者こそ絶対強者。
彼らの誇りが互いの協力を拒み、使い捨て、孤立したまま討たれ続ける。
「俺がッ!ダーチャの、首領なのだァッ!!」
頂点から振り抜かれる、全身全体重を乗せた撃ち落としの一閃。
『必殺・剛断ち』ダーチャの一族に伝わる剛剣が、迫る騎士達を克ち割り後ろへ弾き飛ばす。
「お前ら下がっていろッ!!そいつの首はオレが貰うぞ!」
騎士達の頭上を飛び越えての切り払いに、慌ててドブロチンの前に居た騎士達が周りを空ける。剛剣にかけてはオズワルトとて引けを取らない。
そこへ。
「悪いが大将首は譲れんな!
お前達は我々の背後を守れ!何人たりとも邪魔をさせるな!」
「「「ははっ!!」」」
レオナルド王子『必殺』の斬り込みが、遅れたドブロチンの脇腹を抉る。
己の主の到着に、騎士達が喝采を上げながら周囲を押し広げる。
「「「【回復球】ッ!」」」
障害が退くとほぼ一斉、ケイトリーとトミーを起点とした癒しの光球が、二人を始めとした騎士達目掛けて空を舞う。
「はっ!どっちが討ち取っても恨み言は無しだぞ!」
「勿論!ダーチャを滅ぼせる時に、下らぬ言い訳などして堪るかよ!」
左右から叩きつけられる剣戟の嵐がドブロチンを追い詰める。
両者LVも引けを取らず、片や復讐に賭けた闘技場の覇者。
レオナルド王子に至っては《天稟》に《武神》の二つ紋章を宿し《達人の天稟》をも持ち合わせた、まごう事無き理想の騎士の体現者。
二人掛かりで襲われれば、長々と持ち堪えられる筈も無し。
「っツェィ!!」
肩口への傷を引き換えにしての『必殺・剛断ち』。
けれどどちらも『心眼』を宿した一流の武人。
どちらを狙おうが捉え切れる筈も無く。
全身から静電気を迸らせたオズワルドの『必殺・迅雷』が、ドブロチンの背中を深々と抉り骨を断ち切り。
咄嗟に踏み止まったドブロチンの首筋を、レオナルド王子『必殺』の一閃が間隙を縫って通り過ぎる。
一瞬の静寂。
倒れ伏したダーチャの首領の脇を、禿鷲頭が転がり落ちる。
レオナルド王子が掲げて声を張り上げ。
「ダーチャの首領ドブロチン、討ち取ったりッ!!
今この時を以って、長きに渡る海賊達の跳梁跋扈に終止符が打たれたッ!!」
一斉に木魂する勝利宣言が、〔ゴーストホロウ〕を揺るがす程に響き渡った。
◇◆◇◆◇◆◇◆
勝利宣言の数日後。カンテン島では〔ゴーストホロウ〕の解体と周辺山林の焼却作業が行われていた。
あまりにも多過ぎる亡者の死体は、全て埋葬している余裕は無い。今後は幾つかの島と岩礁を埋め立てて離れ小島として小さな港町を築く事になった。
無人島として放置するには、ダーチャの海賊という存在が残した傷跡はあまりに大き過ぎる。この地を監視するためにも、ある程度の生活基盤が必要だ。
「とはいえそこまで暮らしに困る事はあるまい。
元々連中が海賊以外で生計を立てられなかったのは、陸の者との交易を拒んだ事が一番の理由だからな。」
全ては自業自得。焦土戦、和解無き皆殺しを選んだから、自分達が滅ぼされた。
選択の余地は、幾らでもあったのだ。
「一応洞窟などもそれなりに見つかったが、生き残りは見つかっていない。
非戦闘員が余りに少ないのは気になるが、まあ、恐らくは他国にでも逃がされたのだろうな。」
敢えてアンデッドになったのだろうとは口にしない。
ゴルゴ島の〔一夜城〕で軍議を開いていた合同義勇軍の面々は、最後の会議という名の事後報告を聞き終えて。
改めてクラウゼン城塞へ帰還する旨に変更は無い事を確認し合った。
「どうした、アストリア王子。何か気になる事があったのか?」
会議中殆ど沈黙を貫いたアストリア王子に、レオナルド王子が声をかける。
ダーチャの海賊が滅び、帝国がクラウゼンに密入国する手段も失われた。
これからクラウゼン騎士団は再編成の後、正式に義勇軍の一員として参戦する事が決定した。
犠牲こそ大きかったが、悲観する様な報告は何も無かった筈だ。
「……非戦闘員が他国に逃れた可能性は無いよ。
ダーチャの海賊は、間違いなく滅んだ。生き残りはダモクレスが連れ出した捕虜達以外はもういない。」
山から見下ろす眼下には、月の様な湾岸が広がっている。
辺りには無数の朽ちた数の判らぬ人骨が埋め尽くしている。だがそれも、やがて海に埋もれて朽ち果てるのだろう。
「……何故言い切れる?貴殿は何を知って、いや。何に気付いた?」
◇◆◇◆◇◆◇◆
『いっそこの食事を使って寝返り工作試してみれば良いんじゃね?』
『ハハハ、まっさかぁ。それで上手くいったら苦労しないよ……。
しないよね?』
『いやぁ分かりませんぞ?連中は戦士以外常に飢えていると聞いてます。
その飢えこそが獰猛な野性を引き出すのだとね。』
『というか落ち零れ連中なら寝返るんじゃ無いですか?非戦闘員とか。』
『いやぁそれで寝返られても養い切れないと思うなぁ。』
『まあどうせ駄目元です。孤立している島で、試して見ては?』
イチッチ島。スカルガ岩礁群島の外れにある、十数名が隠れ潜む孤島――
――の筈だった。
「では諸君!君達の誇りとは何だッ!!」
「「「「「食に生き!作物を崇め!魂を味覚に捧げるべしッッッ!!!」」」」」
地下深き大洞窟。一部の者達しか知らぬ避難所。
海面より十数階分は地下に潜った先の大空洞。
そこには戦士達に見捨てられた、千人規模の非戦闘員が逃げ隠れていた、
「君達の命とは何だッ!!」
「「「「「家畜だ!野菜だ!果物だッッッ!!!」」」」」
「そうッ!暗黒教団が何をしてくれたァッ!!」
「「「「「呪った!苦しめたッ!痛めつけたァッッッッ!!!!!」」」」」
揃って目を血走らせた、ヤベェ奴らが居た。怖い。
彼らは克ての、暗黒教団の元使徒達である。
実は数日前、ここに生き残った闇神官が来た。
当時〔ゴーストホロウ〕は包囲される前であり、彼らは折角だから捨て駒としてこの場の大人達数十人程に背後を突かせようと思い立った。
彼は本土で逃げ延びた闇神官であり、現在の戦況に疎かった。自分が〔ゴーストホロウ〕に逃げ込むためには止むを得ない犠牲だと結論付けたのだ。
《闇の指輪》は【闇神具】の中では最下層であり、その呪いは決して強くは無いものの、使徒達は既に契約で己を縛っている。
はっきり言って、本物の呪いに匹敵するほどの強制力があった。
彼がここへ来た時、正に義勇軍による餌付けの最中だった。
尚犯人こと密偵Aジョニーは出来心だったと語る。
『死ぬのが怖かったんです!奴が命じるとしたら、オイラの処刑だって思って!』
『皆!奪われたくなかったら、戦うんだ!』
闇神官はボロ雑巾となって海底に流された。
『……これが、食の力か。』
『……素晴らしい。呪いがゴミの様だった。』
『まさに神、いや、新たなる支配者。』
犯人ジョニーは更に罪を重ねた。
『違うぜ、お前ら。食事ってのは、己の手で極めるもんだ。』
by料理長。
『お前!何で劇物を放り込んだ!?言えッ!』
『だってだって!オイラにあの狂信者言い包められる訳無いじゃない!
あの人前に説得したじゃん!前例あるじゃん!絶対にオイラよりよっぽど上手くやるって思ったんだもん!』
『思ったんだもんで済ますなぁッ!!お前、この捕虜達をどうするんだッ!!』
時は現在に戻る。場所は〔太極号〕。
全ての元非戦闘員達が、食の神様に感謝を捧げながら船に乗り込んだ。
彼らは裏切り防止のために全員少なからず〔神の慈悲〕を飲まされていたが、今は全て彼らの手で焼き捨てられた。
尚、中毒症状に苛まれたと思しき者は一人もいない。
「ヤベェよヤベェよ……。絶対ウチの料理の方がヤバいの入ってるって……。」
「「「「「あぁん?」」」」」
恐怖に振るえるジョニーは、恐怖のあまり気絶した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……一応理由は分かってます。というか実は中毒症状は出ているんです。
実際にはその中毒症状の所為で彼らは正気を失っており、美食を神と崇めている状態なんです。」
「……えっと。つまり?非戦闘員は既に別の場所で見つかっていて?
正気を失ったままダモクレスの捕虜として乗船していると?」
「ぎ、義勇軍の捕虜です。単にダモクレスで養う事が決まっただけです。」
「数が合わないのは?」
「……正確な人数の把握に手間取りました。
というか実は確認中にちょっと増えました。」
「…………で?今は何人?」
「さ、三千人ほど……。」
「いや流石に多いわっ!!管理出来んの?!それ本当に管理出来んの?!」
レオナルド王子もアストリア王子に敬意を払っていたが、流石に敬意も吹っ飛ぶほどの内容だった。というかちょっと錯乱している自覚ある。
「実は一週間前、地元のとある難所に無人島が見つかりまして。
そこに使えそうな廃虚もあったんですよ。
……管理出来そうな目途が直前に付いちゃったんだよねぇ……。」
「そこ暗黒教団との関係は?」
「昔の神殿があったみたいで、光魔法の結界で隠されていた様です。
なので暗黒教団関係者は入れません。というかそこに入れるかどうかで最終決定にしようかと。」
「なるほどナルホド?つまり君は、暗黒教団との縁が切れたかを確認出来る場所が見つかったから、連中の説得に失敗した訳だ。」
ギギクぅッ!と背筋を振るわせるアストリア。
おかしいな。こういう悩みはアレス特有のものだと思ってたのに。
「いやだって。流石に本気で教団裏切れるとは思わないじゃ無いですか。
〔使徒化〕した連中ですよ?何で寝返れるのっていう。」
「……平均年齢は?」
「……40以上10以下。」
「…………くそっ!全部気付かなかった事にするからなっ?!
こっちに戻って来たらタダじゃおかないからなッ?!
絶対全部そっちで責任持てよッ?!」
「は、はぁ~い。ありがとうゴザいま~す。」
後に。
ある時期から豊穣の精霊を崇める信仰がレジスタ大陸に芽生え、広まるのだが。
後世の調べによると。これらは元暗黒教団信者を改心させるために用意された、現実には存在しないものを崇めさせた教義だという疑惑がある。
※本日で中編最終日です。次週からは通常通り土曜投稿に戻ります。
ご都合主義?伏線なら本編にあったよw?
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。いいね感想等もお待ちしております。




