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ジュワユーズの救国王子~転生王子の胃痛奇譚~  作者: 夕霧湖畔
第三部 聖都奪還前婚約闘争
80/159

51+2-8.間章 ダーチャの海賊達8

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


(あれは〔ライフリング〕か。

 確か装備者の傷を少しずつ癒す古の魔導具だったっけ。)


 それに『鉄人』スキル。

 肉体的な深手を抑え、出血を軽減するものだった筈だ。


 床に伏す程の痛みが通り過ぎ、アストリアは相手の戦力を確認する。


 〔腕輪〕は同じ物をアレスに自慢された覚えがあり、スキルは義弟を通して彼が知る限りの全てを教わった。

 どちらも伝聞中心なので過信しない様にと言い、実際魔導具に関する知識は効果だけに詳しく、見た目は殆どの品が曖昧だった。

 正確だったのは現物のある品だけだ。正直何故持っているのかと問い詰めた事もあるが、本人も《王家の紋章》に入っていた以外は判らないと言っていた。


 アレスは昔から肝心な事は隠す割に、共有出来る知識は全て共有しようとした。

 その癖アストリアの隠し事には左程興味は持たず、本音はアストリアに教える為だったのは明らかだ。

 アレスが己で調べ上げたと自称する情報は、ダモクレスは愚か北部全土を探しても足りはしない。もしかしたら、中央部ですら。

 アストリアが王位に就く時に備えてと言っていたが、絶対あれは義勇軍を率いる時に備えたものだったと確信している。


(ここにいるのがアレスだったら、【救国の御旗】の力で殆どの騎士達が助かったんだろうな。)


 愚にも付かぬ弱音がアストリアの脳裏を過る。恐らくは何人も、下手をすれば半数以上が今の魔法で死んだ。判断ミス、いや単に実力不足か。

 そもそもオズワルドが止めを確認出来なかったのは、アストリア達が仮面僧兵達を倒し切れていなかったからだ。


 ラプスーが治療している間に、アストリアは気合を入れて立ち上がる。

 今迄に殆ど手傷を残していなかったお陰で、不意を打たれなければ同じ攻撃でも後一度くらいは耐えられそうだ。

 勿論全員がそうだとは思えないので、次を使わせる訳にはいかない。


「おや、もう諦めたかと思いましたが。」


「君、完治して無いだろう?

 今は仕切り直せただけで、あと一回同じ魔法を使えば碌に魔力は残らない。

 だから私を倒したいなら、もう今の魔法は使えない。」


 衝撃が抜けて起き上がろうとしている者は何人かいる。だが武器を構えて立ち上がった者は未だいない。

 ラプスーが様子を伺っているのは、アストリアを警戒しているからだろう。余裕綽々に見えて、盾となる仲間を巻き込む程度には向こうにも余裕は無い。


「ふむ。別にアナタ一人くらいどうとでもなるのですが……。

 成程。あなたを殺すのに全力を尽くすと他の方々を倒す余力が無くなりそうだ。

 ひょっとして時間稼ぎの振りして泥沼の消耗戦がお好みですか?」


 ラプスーが視線を向けたのは、漸く体を起こしたケイトリーの方だ。

 だがその瞬間、アストリアはむしろケイトリーから遠ざかる様に走る。


「っしまっ!?」


 一瞬囮にしたかと逡巡したラプスーだが、意図を察すると同時に〔盾〕を引きながら反対方向へと体を傾け、壁を離れる。


 『奇襲』に失敗したアストリアの剣戟は、正に引き戻した盾の影からだった。


「術者は回復優先!相打ち狙いが偶々嵌っただけだ!

 兵達を確実に仕留め、我々の優位を奪われるな!」


 気付くのが遅れれば完全に死角から襲われていたと、心胆を寒からしめる一方で先程のオズワルド程の実力は無いと見抜いてもいた。

 《闇の錫杖》で剣戟を打ち払いながら、ラプスーは無視するには手強いとアストリア王子を予想よりも上方修正する。


「ふははははは!負け惜しみでもそこまで吠えられるなら大したもの!

 ですがこれはどうですかな?!【下位風刃(ストーム)】ッ!!」


「『凍て付け』ッ!」

「なっ!」


 剣戟の中でなら対応し切れないと思ったのだろう。

 今迄の闇魔法では無く速さを重視した鎌鼬に対し、アストリアが死角で入れ替えたのは幅広の剣身が包丁にも似た曲剣の魔法剣〔氷の魔剣〕。

 【下位雹弾(フロスト)】の凍える礫が鎌鼬を砕き、冷気の余波がラプスーに届く。

 それは即ち魔剣による魔力の優位。『鉄人』スキルの優位が失われた瞬間で。


「「【傷回復(ヒール)】ッ!」」

「助かる!」


 ケイトリーとトミーに気を回す余裕が無くなった瞬間だ。


 駆け付けたレオナルド王子が鍔迫り合いに持ち込めば、オズワルドとも立ち回るため祭壇を飛び降りざるを得ず。

 敢えて下がり過ぎて用意した退路で、アストレア王子が切り結ぶ。

 壁を失ったラプスーを三方位から切り込むが、盾の影に伏せる様に躱して強引にアストリアへと体当りを仕掛ける。


「『凍て付け』「未だだっ!」!」



 凍える礫に貫かれながら盾を捨て、アストリアの握り手首を掴まえる。腕を捻っての脱出を試みるが、ラプスーの膂力が力尽くで捻じ伏せにかかり。

 二人の刃が背中に突き刺さる。


「「なッ!」」

「マダマダァっ!!」


 裏拳で二人纏めて殴り飛ばす。

 だが次の瞬間、手首を砕きかけたラプスーの首を【魔力剣】の刃が斬り払う。


「ッむ、無手に、【魔力剣】とハっ!」

「ッ!?」


 明らかな致命傷、止まらぬ血飛沫の中で。尚も手首に力を籠める。


「舐めるなぁッ!」


 『必殺・迅雷』。

 肉体から静電気が迸り、瞬きの瞬間の反射速度を跳ね上げたオズワルドの斬撃がラプスーの腕を断ち切り。


 勢いによろけた闇司祭の心臓に、今度こそオズワルドの剣が突き刺さる。

 アストリアは手首を握る腕から〔ライフリング〕を取り外して切っ先を向ける。

 ラプスーは最後の力を舌打ちで使い切り、首が体から転がり落ちた。


「闇司祭ラプスー、討ち取ったぞ!」


 歓声が上がり、同時に三人の体から力が抜ける。身分を超えた奇妙な連帯感に、顔を見合わせての笑いがこみ上げる。


「いや、流石にしぶと過ぎるだろう。」


 全くだ、と自分の腕に腕輪を付けつつアストリアも頷いた。

 付けて見るとこの腕輪、思った以上の速さで痛みが引いていく。ん?


「この儀式、今死んだ奴もアンデッド化させるのか?」


 全員真顔になって立ち上がった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 魔法陣が消えたとの報告に、ドブロチンは舌打ちして気にするなと放置した。

 全く以て役に立たない。散々威張り散らしてこの程度とは。


「所詮は神官、己では無く神に縋った男か。」


 ドブロチン達が隠れているのは城の最下層、地下階だ。

 ラスプーが祭壇に向かった段階でドブロチンは、若長以外の族長達全てに上層階への侵入者撃退に向かわせ、残る全員で地下に籠もった。

 ここには千人規模での籠城を想定しており、中には緊急時に備えた食料を十分に貯め込んである。親衛隊だけなら一月だって無補給で耐えられるだろう。


「し、しかしそれでは外の者達は皆殺しに……。」


「何か問題があるのか?先祖代々、ダーチャはそうして生き延びてきた。

 義勇軍とて無限にこの地に留まれる訳ではあるまい。我々は連中が撤退した後で近隣の村々を焼き払い、追撃が出来ない打撃を与えればいい。

 いつもの事だ。義勇軍という異物さえ居なければ何も変わらん。」


 同志を平然と見捨てる首領に絶句する親衛隊も、ドブロチンは一顧だにせず放置する。結局の所、黴の生えた教団などに主導権を握らせたのが間違いだ。

 頼みの帝国とやらも義勇軍に敗北し、以来音沙汰もない。ラスプーを介して連絡を取っていたのだとしたら見当違いも甚だしい。これ以上は必要無い存在だ。

 今後利用出来る時は協力も考えるが、次は先に誠意を見せて貰ってからだ。


(全くどいつもこいつも役に立たん!肝心な時に失態ばかりだ!)


 内心で毒付くドブロチンに不安や不満を持ちつつも、この場には暗殺部隊であるヴァルデイアも三部隊残っている。

 彼らが命令に絶対服従させるため薬漬けになっている事を知る者達は、結局我が身を優先して地上を見捨てる道を選んだ。


 地響きは既に聞こえなくなり、個室に籠もったドブロチンは出て来ない。

 緩慢で小さな物音が響くだけの時間に耐えられず、気が付けば隠し扉の前を見張る者達は居なくなっていた。

 そして。


「て、敵襲ーーーーっ!!」


 扉が吹き飛ぶと同時に〔爆裂玉〕が転がり込み、待ち伏せていた者達を吹き飛ばしていく。慌てて立ち上がり、声を上げた者達が次々と切り伏せられた。


「散開しろ!扉の周りを優先して確保だ!」


 先頭で大盾を床に叩き付けたカーターの周りを兵士達が盾を並べ、抜刀した騎士達が左右の敵を切り払う。


「狼狽えるな馬鹿共!全員こっちに集合しろ!

 敵にだけ陣を組ませるな!三番目の柱から壁までをお前達で塞げ!」


 部屋を飛び出したドブロチンが、右往左往する親衛隊を怒鳴り散らす。

 双方が布陣を優先し、ダーチャは横槍を嫌った横陣を。

 義勇軍はレオナルド王子とアストリアが両脇を固める鶴翼を選ぶ。


(分かり易く中央を薄く見せた上で重武装の騎士を並べるか。

 要は中央突破に手間取らせて、左右の主力で潰す腹積もりな訳だ。)


 敵の後ろに階段があるのが実に厭らしい。如何にも階段を駆け上がれば脱出出来そうな配置だ。だが全ての部隊がこの部屋に降りて来た筈も無い。


「クラウゼン側は耐久戦で良い。義勇軍側に全力で突っ込むぞ。」


 首領ドブロチンは、盾で口元を隠しながら指示を出し。

 息を吸い込んで怒声を張り上げた。




「良くぞここまで来たな侵略者共!

 ここに来た以上、貴様らは一人として生かして帰さんぞッ!!」


 ダーチャの首領ドブロチンが広い石造りの室内を怒声で満たす。

 空気が震える怒声となれば、慣れた兵士でも竦み上がるほどの迫力があった。

 対する合同軍は、事前にアストリアが応じると決めてあった。これがレオナルド王子であれば立場上応じざるを得ない挑発があるかも知れない。

 向こうは一騎討ちで名誉を盾にする方が望ましい。馬耳東風と聞き流すには今迄のダーチャが恨まれ過ぎている。

 よってアストリアは敢えて反響が収まるまで皆に沈黙を貫かせた。


「流石に勝ち誇るには負け過ぎた様だね。

 今更何を言っても負け犬にしか思えないよ。次は一騎討ちを希望しての騙し討ちかな?それとも前に進み出たところで影武者諸共かな?」


「ッ「ああ、この場に逃げ込んだ者達が全員有力者の一族だけってのは分かってるから、降伏は認めないよ?認めるのは只の自決だけだ。

 苦しまない様に介錯くらいはしてあげよう。」っ!」


 降伏するには余りに遅い。この島に来て最大の違和感は、非戦闘員の少なさだ。

前線の主力は散々に全滅し、全ての島を制圧した。なのに戦力は残り続ける。

 本当の意味での皆殺しなど本来かなり難しい。無力な相手を殺し続けるには鬼の覚悟が必要だ。全ての者が恨み辛みだけで命を懸け続けられない。

 死に物狂いで逃げ続ける相手を殺すのは、容易い事ではない。


「自分達が死んでもダーチャの意志は残るって?

 じゃあ、君達以外の同志とやらは今どうなっているのかな?戦えなくなった怪我人は今、何処にいたのかな?老人や子供は、一体何処に居たのかな?

 君達は今、死に物狂いで抵抗した者達を放置して、二重底の床下に隠れていたんだろう?本当に強かった連中は、とっくに上で戦わせてたんだろう?」


 分かり切った答えだ。この城には戦闘員しか居なかった。

 非戦闘員が城の外に居たのなら。城の外では先程まで何が起こっていたのか。


「さあ最後のダーチャ達、先祖代々子々孫々。今の今迄君達が繰り返して来た悪行の集大成だ。今迄の罪が、日頃の行いが、遂に君達の首を絞めに来た。

 君達が仲間を見殺しにして得た対価を、今ここに支払って貰おうか。」


「ッ寝惚けるな若造が!我らは不滅、ダーチャは滅びぬ!」


「さあ決戦だ!長年の暗雲を払う時だ!

 ダーチャの海賊は、今日この日を以ってこの世から消え失せる!

 魔法部隊、攻撃開始せよっ!!」


「「「【中位火炎渦(ディスフレイマ)】っ!!」」」


 一斉に解き放たれた火球の如き炎が渦巻き、次々と海賊達を焼き払う。

 一番後ろのドブロチンの、歯軋りする姿が視界に映った。

 だが絶対にまともに相手してはやらない。

 一人の将では無く、その他大勢として。


 一個人として相手する価値は無いと、突き付ける。


「お、おのれ貴様ら!戦士の誇りすら失ったか!」


「毒薬に警戒しろ!詐欺師の外道共の言葉を真に受けるな!」


 一方的に言われて魔法で焼かれても、彼らは容易に攻め込もうとはしない。

 ここまで来ると逆に分かり易いとそろそろ気付いた頃だろうか。


(落とし穴に、落とし天井、仕掛け弓、壁や柱も倒せるか。)


 入り口付近は〔爆裂玉〕で衝撃を与え、更に密偵達にも確認させた。今自軍が待機している位置までは安全が確認出来た。

 そして恐らくは。


「レオナルド殿下!前方の床に魔法を!」


「承知した!【中位落雷華(ディスサンドロ)】ッ!!」


 予想通り雷に砕かれた床下が崩落し、中央に近い辺りから壁近くまで落とし穴が露出する。海賊達の最前列が数人崩落に巻き込まれて動揺が広がる。

 舌打ちしてドブロチンが声を張り上げる。


「左翼、突撃だ!義勇軍を叩き潰せッ!

……ッ!とっとと進まんかこの馬鹿共ッ!!」


「引きつけろ!決して勝手に前に出るな!」


 隣の惨状を見て戸惑う海賊達に【炎上放火】の炎が部隊全体を焼き払い、慌てた海賊達が一斉に走り出す。

 だが義勇軍は盾を構えた騎士隊が前列に並び、頷き合って迎え撃つ。


「【中位砂嵐鑢(ディスディザルド)】ッ!!」

「「「ぅ、うわあぁぁぁっっっっ!!!」」」


 アストレアが放った砂嵐の渦が天井を容易く打ち砕くと、支えていた綱が千切れ海賊達の頭上に大量の石塊や〔毒煙〕が撒き散らされる。

 多数の海賊達が石塊に圧し潰され、直撃を逃れた者達が次々と呻きながら倒れ。

 運良く被害を免れた中央の海賊達も、思わず足を止めて前進を躊躇った。


「魔法隊!中央を焼き払え!

 前列は敵を近付けないだけで良い!毒を吸い込むぞ!」


「聞いたな!総員、火力は加減しろ!

 【下位火球(フランマ)】ッ!」

「「「【下位火球(フランマ)】っ!!」」」


 トミーの隊が開いた道にレオナルド王子が邪魔な敵兵を落とし穴に突き飛ばしながら斬り込むと、アストリアの視線の先で壁が翻るのが見えた。


「王子!正面に弩です!」

「くそがっ!」「おうっ!」


 ドブロチンが引き金を引くと槍同然に大きい矢が放たれるが、レオナルド王子は伸ばした騎士盾を掬い上げる様に弾き上げる。

 『鉄壁』の守りによって無傷で凌いだ王子の後ろから、落とし穴の脇を走り抜け後続の騎士達が斬り込む。

 ドブロチンが檄を飛ばすが、既に混戦となった海賊達は保身を優先し、誰も彼の声に耳を貸そうとはしなかった。

 だが舌打ちするドブロチンに出来る事は無い。この状況で炎を巻き散らしたところで、統率の取れない側が混乱するだけだ。


「王子、上です「ッ敵襲!!」!」


 カーターがアストリアの前にしゃがみながら割って入る頭上で、殆ど同時に声を上げたアストリアは【炎舞薙ぎ】で迫り来る黒尽くめの暗殺者〔ヴァルデイア〕の一団を焼き払う。

 味方を圧し潰した石塊を盾に、一部が難を逃れて様々な暗器を投擲する。

 けれどアストリアを始め、義勇軍は冷静に盾を構えて後ろに後退し壁を作る。


「義勇軍は〔ヴァルデイア〕掃討に専念する!

 敵を一人として脱出させるな!我々がクラウゼンの背後を守るぞ!」


「「「ぅおおおおっっっ!!!!!!」」」

 ダーチャの海賊編。次回、九話完結です。



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