2.第一章 亡国直前の王子様
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あれから十年ちょっとが経過し、胃壁戦争は若干マシになった。
兎にも角にも作中キャラの様子を知らねばならないと、超人スペックを限界まで活用して野生の生存競争を生き抜いた。
人里に到着すると、若干のシナリオ補正かも知れない出来事があった。
「アストリア殿下、ただいま戻りました。」
「殿下じゃない、兄さんだ。」
王宮の庭に忍び込んだアレスが声をかけると、“本来の主人公”ことアストリア第一王子はぷぃと子供の様に顔を背ける。
「国に無用な波風を立てないで頂きたい。私は孤児で養子。
王位継承権を有さないからこそ、この王宮に住まわせて頂いているのです。」
「優秀なのはどっちか分かり切っているだろう。」
頭痛がする程の問題発言に顔を顰めながら、アストリアに顎で促されたテーブル向かいに座る。義兄の私室は見飽きる程にいつも通り。
口で何を言ってもアレスはアストリアに嫌われていると感じた事は無い。
尤もそれは、アレス自身も同じなのだが。
茶髪の柔和な優男。好感は持てるが美形というのは言い過ぎ、どちらかと言えば人の良さが印象に現れた、平凡な努力家の好青年。
それが原作主人公アストリア王子に相応しい印象だ。
ゲームと違って、この世界では状態値など努力で成長する。勿論多少は、という但し書きは付くが。全く、この手の数値など全く当てにならない。
何せアストリアに対する周囲の忠誠心は、平凡な魅力値等では考えられない程に高いのだから。数値で判断すると痛い目を見る事は確実だ。
「優秀な方が王位に就くべきとは限りません。
優秀であれば王位を望んでよいのならば、謀反の引き金となります。孤児よりは自分の方が正当性があると思っている貴族はそれなりにいるのですから。」
「優秀なのは認めるんだ?」
「人望では勝負になりません。」
手慣れた侍女が手際良くアレスの分の紅茶を注ぎ、軽く口に含みながら胡散臭い程に爽やかな笑みで軽口を返す。アハハハハ。
因みにアレスは金髪碧眼の超絶美形。既にイベント効果で魅力値が1上昇し、今は8pになっている。驚く程に義兄とは似ていない。
凄いよね?慣れた侍女達ですら頬を染め、溜息が漏れる程のイケメンさ。
王宮で一番人気は当然義兄アストリアです。知ってるかい?魅力値は性格補正もあるんだ。兄さんは絶対顔普通、性格良タイプだね!
オイラ?勿論性格分美形度マシマシだね!止せよ照れるぜ、アッシこれでもこの性格を気に入ってるんでゲさぁ。
そぅら、胡散臭さが滲み出ているだろう?
「そういう事は、本気で周囲に認められようとしてから言うべきだよ。」
「認められようとしてますとも、成果でね。」
これでも俺は努力家なので。趣m目的の為に努力を惜しむなんて有り得ません。
侍女がケーキスタンドを置くと、アストリアが侍女達を下がらせる。
かつてアレスは糊口を凌ぎながら辿り着いた王宮を探っていると、王子の守役である密偵長グレイズ宮廷伯に拾われて数日の後にダモクレス王に紹介された。
そして王に気に入られて養子となり、アレスの名で正式に貴族簿に登録された。
以来グレイス自ら指導役となって世界各地を放浪しながら情報収集を続け、今や次期密偵頭の若頭と目されるまでになっている。
一方でゲームヒロインとなる婚約者はアレスでは無くアストリアと出会い、初恋に陥っているため表向きアレスの出番は無いと思っている。
多分原作主人公はアストリア王子のままなのだろう。ならば迂闊にアレスが王位を継ぐなど余計な事をすべきではない。
例え何故かダモクレス王が二人で決める様にと言い出していてもだ。
何故だろね?第二王子派は全王族二人他数名しかいないんだぜ?オイラより二人の方が乗り気っておかしくね?
「それに私はやっと10LV。この国でこそ将軍方とも渡り合えますが、他国では30LVを遥かに上回る実力者が幾人もおります。
特にヨルムンガント帝国は騎士団の一騎士が私と五分以上。慢心など到底。」
「やはり、戦争は避けられないかい?」
アストリアの問いに、ええと頷く。
「聖王国ジュワユーズの陥落は、事実でした。
王夫妻と第一王子は戦死か処刑済み、第二王子含めた数名の大貴族が個別に抵抗を続けておりますが、連携には至っておりません。
互いの無事を知らせる手紙だけは何とか。」
「それ、君が。」
「はい。第三王女救出の場に巻き込まれまして、城塞王国クラウゼンへの一時亡命のお手伝いをさせて頂きました。
後は第二、第三王子との連絡を繋げてから今日ここに。」
ちびるわ。30LVの騎士団長相手に時間稼ぎとか、一方的でしたよ、ええ。
所持品にあった非売品装備《忍術極意絵巻》があったお陰で辛うじて逃走に成功したけど、ぶっちゃけチート特典よりこっちの方が生命線。
アイテム効果?忍者クラスの特殊秘術『忍術』を使えるアイテムだよ!
ぶっちゃけ忍術は魔法より弱いが特殊なモノが多いので、後半にしか手に入らないのにかなり微妙。序盤に手に入ったら?大活躍さ!
転生特典【救国の御旗】は、味方認定された同マップユニットのHPとMPの両方を毎ターン1~6p回復した。これは指揮権がアレスにあるかで決まる様だ。
更に即死攻撃無効化は、ステータス上は記載されているが未確認。
加えて奇襲行動中の味方全員に密偵職の『伏兵』コマンドと同様の効果を発揮。
つまり神様はこっちの希望を味方強化という一つのチートと認識したらしい。
どうも神様は手を抜いた訳ではなく、本気でこっちの味方をしてくれていたのは間違いなさそうだ。
多分所持品として持ち込まれているアイテムは、全てゲームで入手していた物が揃っているのだろう。
……尚【神剣ウロボロス】は今もヨルムンガント帝国の国宝として皇帝が佩剣中。
【聖杖ユグドラシル】はイベントを熟す後半まで行方不明。これも原作通り。
【神剣アヴァターラ】は第二王子が所持していたのを確認している。
……はい。手元にもありますね。
…………増えてる方じゃったかぁ…………。
ジュワユーズの陥落を確認したのは帝国偵察の帰り。勿論単独偵察じゃなくて、部下を率いて将来のための密偵網を構築するための下準備さ!
勿論参戦なんて出来ません!ゲーム記憶との参照もゲーム外情報の確認も、金も時間も足らないです!よって現地で金稼ぎながら協力者を増やして来たよ!
聖王国からの逃走部隊と遭遇したのも今思えば必然だね!
死ぬて。あそこの密偵20LV以下はモブぞ?画面外ぞ?潜伏用に確保した秘密邸宅に残党が隠れているとかピンポイント過ぎるわ。
もう即商談カマしたよ?逃走経路用意するから武器売ってくれとか兵糧買ってよとか店紹介してとかオイラ全力で胡散臭い商人やって魅せましたとも。
ダモクレスに持ち帰る予定だった商品をその場で売って武器屋を紹介して貰い、部下達に集めさせた兵糧を帝国に売る振りして騎士達を城外に密輸出して。
逃亡先は一旦彼らと地元山賊の砦を強奪して。後は彼らを第三王子の潜伏先に逃がすだけって所で第三王女様が襲われたって情報を持った騎士が合流して。
たかが百ちょっとで敵陣に全員突撃とか作戦じゃないからね!今までの労力全部無駄になったり玉突き事故でこっちの密偵網バレても大損だからね!
突撃されちゃったから帝国軍に兵糧を届ける口実で接触して、追いつきそうな所で横から彼女をかっさらって逃走させて貰ったよ!
後は敵味方両方から聖王国第三王子の潜伏先へ逃げ込んだかな!当然捕まった!
いやぁミレイユ第三王女には大感謝されたよ。ゲーム通りだったら元々第三王子のパトリックお兄さんに救出されてたけどね。
残党騎士達を巻き込んでの合流にパトリック王子もニコニコでした。これは褒美だと学識1p上昇した〔コスモバイブル〕とかいう魔導書を貰いました。
大体内容把握したら上昇してた。こういう原理かぁ。
ちなそのままミレイユ王女は城塞王国クラウゼンへ亡命。その後リシャール第二王子様に接触して事の次第を伝えて帰国成功。
こっちは帝国軍に接触していた事もあって、割と楽なミッションでした。
「君も相変わらず巻き込まれるねぇ。で、陛下に報告した帰りが今かな?」
「ええ。それと隣国バーランドがヨルムンガント帝国に下りました。
近々開戦になるでしょう。」
原作通りに進めばこの後ダモクレス王国は陥落し、陛下が奇襲で討たれてゲリラ同然にバーランドを制圧してから各地を転戦する流れとなる。
実際、他に無いだろう。王国に帝国と渡り合う国力は皆無で、ならばアレスに出来る事は隠れ里の準備と離散資金の確保くらいだ。
ゲーム補正という訳では無かろうが、ダモクレスの資金では揃えられる軍備も限られる。必要なのは、部隊全てに行き渡る装備なのだから。
一応手紙の報奨金でバーランドの軍船一隻を買い取り、買えるだけの武器食料を持ち出して帰って来たが、正直嫌がらせ以外の何物でもない。
精々国外脱出時に活用させて貰うとしよう。
『何!あの軍船は我が国でも三隻しかない帆船の一つだぞ!
それを謎の商人に即金で買い叩かれましたで済むか!しかも武器も倉庫ごと購入を盾に派手に値切られたぁ?!どうなればそうなる!
我が国はもう帝国に進軍日を約束した後なのだぞ!』
答。詭弁上等舌先三寸口車。
尚どこぞの王の胃が捻じれ、大慌てで武器や食料を国内で徴発する羽目になった挙句、評判が地に落ちるのは当分誰の耳にも届かない。
いくら原作通りだろうと恩人である陛下を見捨てる気はアレスにも無い。
精々思いっきり足掻かせて貰う予定だ。
「まあ現状はそういう訳です。
陛下には潜伏して貰い、我々が脱出して帝国の背後を脅かす。
そのままジュワユーズの抵抗軍に合流して彼らの国土を奪還する。
上納金を用意した降伏が出来ない以上、他に道は無い。」
国力が違うなら国力のある国を建て直せば良い。矢面には立たない。
それが小国ダモクレスに残された最小の犠牲で持ち直す術だ。
帝国の真意が魔龍ヨルムンガント復活にある以上、降伏後の未来は無い。それは自分が転生させられた点から見ても確実だ。
そもそもバーランドが単独で降伏しダモクレスへの侵略を目論むのも、ひとえに上納金を我が国からの略奪で賄うためだ。
バーランドの国力は単純に倍近く。この近辺で一番大きい小国ですら、自腹では足りないのだから笑えない。
「くれぐれも直ぐに脱出出来る様に。
民衆の避難は我々が逃走した後ならいくらでも可能です。」
というかだ。兄さんが合流するのは事前に待機させている軍隊であり、彼等を率いて即撃退する予定なのだ。奪われて困る物は全て運び出している。
国さえ滅んだ事にすれば、上納金を要求されても徴税が出来ない。明確な一番が居ないなど、幾らでも口実は用意出来る。
王城陥落はあくまで祖国を襲わせない、中枢人材が潜伏する為の演出だ。
「分かっている。私が指揮を取らねば早期決着は出来ない、だよね。」
「お願いします。私は城内でギリギリまで情報を集めるので、良くて陛下の脱出が限界でしょう。
兄さんに勝って貰わねば、民衆の救出どころでは無い。」
言い終わると同時に、アレスは庭園から姿を消す。
アレスの出入りする回数を誤魔化すのは、いつ城を出たかを誤認させるためだ。
ダモクレスとバーランドの関係は、例え敵対していても商人が往来する程度には関係が深い。戦いは軍が動く前から始まっている。
「全く、優秀な弟の期待に応えるのは辛いね。」
忙しないなぁと苦笑し、残された茶菓子を食べ切る。そこにアレスへ用意された分は残っていない。義弟は細かいところでいつも律儀だ。
弟の考えを全て察するのは難しいが、自分達を本気で家族と認めているのは疑う余地も無いだろう。彼を王位に就けたいのはアストリアの本心だ。
アストリア王子は弟を見習い、冷めた紅茶を飲み干してから席を立った。
※お正月連続投稿。元旦1日から4日まで、毎日一遍ずつ投稿致しております。
兄派「「「弟さん、ブレーキが必要な方ですよね?」」」
この世界にはステータスを確認する手段があるので、LVは世間一般で認知されてます。
但し何処でも誰でもでは無いので、数値で確認出来るのはLV、HP、MPくらいです。
ただ主人公視点だと初期段階での情報量はかなり多いので、物語の必要に応じて必要な時に小出しされるものと思っていただければ。
少なくとも「この荷物は筋力10p無いと持てない」とかいう会話が交わされる事はありませんwそんな事気にして日常を送るとか気が滅入るよw