51+2-7.間章 ダーチャの海賊達7
◇◆◇◆◇◆◇◆
〔ゴーストホロウ〕城壁内側への進軍兼避難は、中庭の掃討が概ね終わっていたお陰で殆ど混乱無く終わらせる事が出来た。
一方で外壁内は内壁と塔によって三分割されており、内壁内の指揮は基本的に各塔の攻略隊に任せる事になった。
必然的にヴェルダ令嬢の担当する内壁は飛行隊が突入した塔の下になり――。
「なるほど。ここが一番対応し易い位置である、と。」
上空から別の隊からの報告が直ぐに届き、また即座に空いた天馬が飛び上がる。
飛行隊が突入したとはいえ、全員が突入しては天馬達の群れに指示を出す者が居なくなる。調教済みとはいえ動物なのだから、統率役は残らねばならない。
であれば彼らは、伝令役として最適なのだ。
「全部隊、撤退完了しました!」
「分かりました。城門は壊されない様に最初は空けておきなさい!
突入して来た相手から順番に削っていきます!」
一旦冷静になると、何故アストリア王子が新兵を鍛えようなどと言い出したかが良く分かる。
どの道全軍を城に集結させるためには、混乱した部隊を立て直させるため一旦は打って出て撤退支援をする必要があった。
そして突撃して見れば左程脅威ではないと実感出来るし、怯んでいた士気も回復出来る。自信が戻って来る。
そして余裕を見せて対応していけば、自然とアンデッドの対処法を把握していけるし、城に籠る前に敵の数も削れる。
城壁を盾にした防衛戦も、決して破れかぶれの無策には見えないだろう。
「恐怖に振り回されなければ、アンデッドは決して厄介な相手では無い!
この程度、調練代わりで丁度良い!交代で休みを取って、削り切りますよ!」
「「「ぅおおおおおおおッッッ!!!」」」
最初に怯まされた分、一同の士気はむしろ高い。今の所は新兵達の自信になったとすら言える。だが着実に。着実にだ。
今は余裕があるが、相手は禁断の死霊術。無尽蔵な筈は無いと思うが、敵の物量以上継戦能力があるかなど分かる筈も無い。
「う、うわぁ!ゴ、ゴーストだ!コイツら武器が効かないぞ!」
「落ち着きなさい!〔銀武器〕隊が前に出ます!
交代準備、構え!」
〔城塞術式〕を透過出来ないゴースト達が空から城壁を超えて降下して来る。
交代用に待機していた横列の間に〔銀武器〕装備した部隊が整列し、それまでの前列隊が横に下がる時に合わせ、一斉にゴーストへの攻撃を始める。
魔術を使うゴーストと言えど、武器さえ通じるなら防御力の無い弱卒だ。
退けるのは容易かったが、徐々に兵達の疲労も見え始めている。先程の動揺とて普段ならそこまで狼狽えまい。
(ここまで間違いなく最善の選択をしているというのに……。)
報告によると既に全ての塔は突破し、実質防衛部隊の殆どをヴェルダが指揮しているのが現状だ。運が良ければ最深部に到達しているだろうか。
戦況そのものは安定している分、どうしても待ちの時間が長く不安が思考を悪い方向に傾けてしまう。
意識を切り換えようとした所為か、辺りに伝わる地響きの様な振動に皆より一息遅れて気付かされ、慌てて我に返る。
「天馬隊!この振動の正体が見えますか?!」
ふと空には振動が判らないかも知れないと思い至るが、幸か不幸か杞憂であり。
全ての天馬隊は同じ方角を向いて振動の正体を見下ろしていた。
「て、敵襲!あ、あれは、巨人?
き、巨人のアンデッドだーーーーっ!!」
その言葉を聞いた途端ヴェルダは走り出す。違う、聞いた事がある。
暗黒教団の資料によると、アンデッドは人族でしか外見を保ち切れないと。
翼人なら翼無きゾンビ、蜥蜴人ならスケルトンが限界で、マーメイドや巨人等は種族を問わないゴーストにしか成れないのだと。
それは即ち、他のアンデッドとは違う存在だという事。
ヴェルダ令嬢は知る由も無い。ここには『鑑定眼』の保持者も〔鑑定の瞳〕所有者もいない。故に種族に関してはあくまで推測が限度。
その門より上から顔を覗かせる、巨大な槍を振り上げた巨人の正体を。
知る人ぞ知る百年を経て語り継がれる古き巨人、巨人達の中でも伝説級の巨体、暗黒教団ダーチャ支部の切り札。およそLVにして33。
〔リビングドール〕ビックモス――。
「【退魔陣】ァッ!!」
ゥオオオオオオオォォォォ~~~~~~…………っ!!
巨体を飲み込む聖なる輝きが広がり、不浄なる巨人を塵に変える。
地面に落ちた槍が刺さり所が悪く自重によって圧し折れて砕けて、中身を失った〔巨人の鎧〕が門の前に転がり近くのアンデッドを圧し潰す。
正直術を放ったヴェルダ令嬢も、一撃で消えるとは思わなかった。
立ち止まって深い溜息の後、深呼吸をする。
「落ち着きなさい!どれだけ優れていようと、神の御力の前のアンデッドなどこの程度のものです!恐れるに足りません!」
闇雲に使える程MPは無いが、案外何とかなるのかも知れない。
少なくとも今のは、冷静になるには十分な光景だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
レジスタ大陸での攻城戦において、攻守どちらかが一方的に攻撃出来る状況など奇襲以外では先ず用意出来ない。
そもそも弓矢の届く間合いは必殺技や魔法の射程内なので、二~三階程度は普通に届く。投石や熱湯など低LVでしか有効打には成り得ない。
城壁の優位は盾代わりに使えて初めて発揮されるものだ。
故に〔ゴーストホロウ〕の城壁は、渦巻き三脚巴ことトリスケル型。
円形の外壁と三つの城門で敵を三つに分断し、渦状の魔法耐性に優れた城壁が奥に進むほど一列並びの進軍を強要する。
塔の入り口からは最上階まで階段が螺旋状に続き、各階の防衛部隊が包囲出来る姿勢で迎え撃つ。
城壁と階段を利用して一対多を強要する、優れた防衛施設ではあるのだが。
反面強行突破さえ出来れば、迷わず奥に辿り着けてしまうという欠点もある。
本来これらは短所ではない。攻めるに辛く守るに容易い長所である筈だ。
だがこれが塔の最上階から攻め寄せられた場合、少数の手勢で陥落せしめられる敵の進入路に早変わりする。
何せ塔の階段を下る際に複数人で妨害出来る場所が無い。迎え撃つなら階段の下以外には無く、城壁の中を走る道でも一騎討ちになる。
流石に今更基礎クラス相手に負ける程、アストリアとて弱くは無い。
中にはバルバロイに昇格した海賊もいたが、脅威となる者は居なかった。
「アストリア王子、流石にそろそろ先頭は譲って下さい。」
「ああ、分かっている。」
お陰で早々に中心の天守まで辿り着けた。ここから先は大広間や罠もあると思われるので、素直にカーターの進言を受け入れる。
実のところ、捕虜達の証言でも天守内部の情報は断片的だ。
最上階に行けば暗黒教団の祭壇があるらしいが、殆ど入った者は居ない。
生贄を捧げる祭壇は最上階の下、礼拝堂にあるらしい。ダーチャの民が入れるのはここまでだと言っていた。
それより上は、神の力《闇の指輪》か《錫杖》を授けられた者達の領域だと。
立ち入り禁止区画は一階以下の地下も含まれ、そちらに首領ドブロチン他の幹部族長達のみ立ち入れる。ここは最上階以上に独断で入った時点で処刑されるくらい厳重な警備が敷かれているという。
「先に上から攻略する!」
「「「はっ!」」」
闇神官と思しき一団が廊下を中心に迎え撃つが、トミーの魔法が初撃を相殺した後はそのまま騎士団の間合いでの乱戦だ。魔法使いは直接戦闘に向かない。多少は強化されて戦いに適応した存在とは言え、僧兵ほどの武術も無い。
危な気無く最上階下の礼拝堂を突破すると、最上階の門を左右から。
扉を盾にしながら慎重に押し開く。
「御機嫌よう義勇軍並びにクラウゼンの諸君、お初にお目にかかる。
私はこの神殿を預かる闇司祭、ラプスーと申す者です。」
祭壇を背にして両手を広げて恭しく頭を下げて見せる、張り付けた様な笑みを浮かべた壮年の怪僧ラプスー。
耳元で切り揃えた髪は分厚い僧衣に合わせた代物か。魔法に耐性を持つ〔破魔の盾〕を軽々と構える辺り、案外力自慢なのかもしれない。
上辺だけの敬意はいっそ、恐ろしさを感じる程に寒々しい。
彼の周囲には全員が全く同じ金属の仮面と分厚く黒い僧衣で固めた、完全武装の神官団〔仮面僧兵〕達が斧を構えて。
まるで人形の様に微動だにせず無言で立ち塞がっている。
確かなのは、彼らへと切り込むには一度は魔術を覚悟せねばならない間合い。
明らかな待ち伏せの光景だ。
「これはご丁寧に。
君が〔中央部〕暗黒教団のトップ、という解釈で良いのかな?」
部隊が室内に入るまでの、ちょっとした時間稼ぎとして軽口に応じるアストリアに対し、明らかに察した上でにやにやと笑うラプスー。
「ええ、ええ。よくぞ御存知で。流石はアレス王子の兄君。
それとも《治世の紋章》の継承者、とでも言うべきですかな?」
「さあ?そんなのはこの場において、君の肩書くらいに無意味じゃないかな?」
「ハハハハハハッ!えぇええ!大いに意味がありますとも!!
まさに我が闇司祭の称号が、偉大なるものであるが如く!
いや本当に驚きましたよ、あのアレス王子が元は孤児だというのも驚きですが、まさか〔始まりの紋章〕を継承する事を目的とした王家があったとは!
いやはや本当に驚かされたものです!」
「「「っ?!」」」
初めて聞く単語に将兵が動揺する中、アストリアだけは平然と受け流す。
「へぇ。〔始まりの紋章〕、か。
紋章に特別なものがあったとは初耳だけど、君は随分物知りなんだね。
折角だから詳しく聞かせてくれないかい?」
「おっと。そちらは全員が部屋に揃ったご様子、もう時間稼ぎは十分でしょう?
『閉じよ神の扉』!」
「なっ!扉が!?」
闇司祭ラプスーの呪文により、最上階の扉が閉じて固く封じられる。
慌てて数名の騎士達が体当りを試みるが、物音を立てるだけの有様にラプスーの嘲笑が響き渡る。
「さあ、外の事ならご心配なさらず!
今頃は最も巨大なる〔リビングドール〕、古の巨人ビックモスが蘇った頃合いでしょう!彼はあなた達の友人を等しく冥府へと送り届けてくれる!
あなた達も友人達を待たせてはなりません!
今直ぐに、同じ場所へ送って差し上げましょう!」
言うが早いかラプスーが《闇の錫杖》を掲げ、漲る魔力にトミーが杖を構える。
「【中位爆裂闇】ッ!!」
「【中位落雷華】ッ!!」
空から降り注ぐ闇の球体を砲弾の様に凝縮された落雷が衝突し破裂する。
しかし勢いを止め切れず球体の表面が泡立つ様に弾け、破裂は全て義勇軍の側へと押し切られる。
弾ける小爆発に晒されて次々と悲鳴、呻き声が上がる中。
掻き消す様にアストリアが突撃の号令を叫び、耐え凌いだ者から走り出す。
迎え撃つ様に襲い掛かる仮面僧兵達に比べ、聊か精彩を欠いた一同を振り切る様に走り出したのは。片手で振り回した大剣で僧兵達を弾き飛ばした、闘技場の覇者〔復讐者〕オズワルドだった。
「見つけたぞラプスーーー~~~~ッッッッ!!!」
翻る渾身の一撃を割って入った仮面僧兵が命を対価に凌ぎ、ラプスーが解き放つ【下位闇塊】の一撃はオズワルドの『魔導壁』に弾き散らされる。
けれど他の僧兵達が割って入る時間は稼げた。
「おやおや血気盛んですねぇ!生憎あなたには見覚えがありませんが!
【下位闇塊】ッ!!」
「くぅッ!」
僧兵達に阻まれるオズワルトの脇をすり抜け、闇の塊が中位魔術を放とうとしたトミーを先手必勝と打ち据える。
「経験が足りませんねぇ!室内で大魔術を連発すれば味方を容易に巻き込みます。
速さを重視する下位魔術の方が、実戦では意外に役に立つのですよ?」
全体を見渡しながら指示を出すラプスーの狡猾さに舌を巻きながら、アストリアは突入の間に合ったレオナルド王子に戦況を確認する。
元々突入予定だったガレス東央伯は今下の階を封鎖し、敵の増援に備えてくれているらしい。代わりに暗黒教団に恨みのあったオズワルドだけを、レオナルド王子と共に突入させたという。
「奴の言った巨人とやらは、未だ見かけなかったが油断は出来ないな。
出来れば乱戦に持ち込みたいが、兵を上手く使われている所為で弓兵だけでは奴の魔術を阻止するのも難しそうだ。」
「ですね。オズワルド卿一人に任せるのは負担が大き過ぎる。
我々も先頭に立つしかないでしょう。」
実際の所、兵とレオナルドやアストリアのLV差は言う程大きくは無い。
だがそれでも兵と将の間には間違いなく、ステータスやスキル等に裏付けされた明確な実力差があった。
だからこその指揮官。だからこその一騎当千。
戦況を左右するのは兵の質以上に、武将達の質。
指揮官に選ばれるだけの、数の暴力を上回れる圧倒的な質。
成長を加速する王侯貴族達の〔紋章〕は、鍛え抜けば鍛え抜く程にその真価を、戦況を変え得る一戦力として目覚めさせる。
鋼を包む法衣を砕き、炎を纏った横薙ぎ【炎舞薙ぎ】と雷が迸る斬撃【落雷剣】が立ち塞がる敵を纏めて薙ぎ払う。
乱戦の中に二つの空隙が生まれ、アストリアとレオナルドが同時に切り込んで道を切り開くと。即座に副将とカーターが割り込んで背後を守る。
無論黙って見過ごすラプスーでは無いが。
「【下位落電】っ!!」
「っ【下位闇塊】ッ!!」
「【下位閃光】ッ!!」
トミーの頭上から放たれた放電を迎撃するために闇球を放つラプスーに、ケイトリーの放った光の矢が突き刺さる。
「ぐぅぅ、おおのれ!【「甘いッ!」ッ?!」
呻き声をあげつつもよろけるだけで耐えて睨み付けるラプスーへ、オズワルドが【バスター】を正面の仮面僧兵ごと叩き込む。
魔法同然の衝撃波を浴びたラプスー達が、構えた盾諸共に弾き飛ばされて。
「【中位爆裂闇】ォッ!!」
「なっ!」
追撃を掛けようとしたケイトリー達よりも早く、頭上から降り注いだ闇の球体が後衛の一同を纏めて薙ぎ払う。
だがそれで一手。
牙の様に抉るレオナルド王子による横薙ぎの『必殺』斬撃がラプスーの脇腹を抉り裂き、逆方向からアストリアの一閃が肩を引き裂く。
だが、それでも踏み止まったラプスーの前に、一つの影が飛び出す。
「なぁッ!?」
「止めだッ!」
再度の【破壊剣】がオズワルドの手によって叩き込まれ、驚愕の表情を浮かべたまま血飛沫を巻き散らして祭壇に倒れ込む。
《錫杖》が台座に引っ掛かるも階段を滑り落ちる体は止まらず背中を打ち付け、震える手が〔盾〕を杖代わりに体を支え。
俯いた頭に引き摺られ、床へ転げ落ちる。
荒い息を吐き、背後から襲いかかる仮面僧兵を切り倒すオズワルドは命令抜きに戦いを止められぬ死兵達に向き直る。
どうやら勝利の余韻に浸るには早いらしい。
「いいだろう、とことん叩き潰してやる。」
「【高位深淵降臨】ッッッ!!!!」
跳ね上げる様に顔を上げた闇司祭ラプスーから放たれた闇が祭壇の間全ての床を埋め尽くし、視界が揺らぎ床が崩落したかと錯覚する程に魔力が荒れ狂う。
一同が驚愕の声を上げるかの一瞬。
全ての音を掻き消す勢いで闇が天に向けて噴出する。
ギギギリギシギシギャリギリギリギリギリギリギャリギャリギリギギギリリリ!
不快な衝撃と振動が直接脳裏を軋ませて、全身を串刺しに引き裂く様な激痛が。
状況を認識させる余地すら与えずに打ち据える。
「アァッハッハッハッハッハッァ!!!!」
《闇の錫杖》を床に叩きつけながら、激しく全力で立ち上がる。
体の震えを段差を踏み抜く事で耐えて《錫杖》を掲げて。
「【傷回復】ッ!残念でしたねぇ!油断しちゃいけないんですよォ!
止めを刺していないのに勝ち誇っちゃ駄目なんですよ!
生憎私は、死なない事にかけては絶対の自信がありましてねぇッ!!」
味方諸共に全てを叩き潰した闇司祭は、高らかに勝利の嘲笑を浮かべる。
本人の宣言通り、この場の大部分が倒れただけで息がある事を確信している。
その上で、口元から血を流し愉悦の眼差しと笑みを浮かべて。
闇司祭ラプスーは皆が倒れ伏している間に〔MP回復薬〕を一息に飲み干す。
魔法に耐性のある〔破魔の盾〕を拾い直す。
アストリアの視界に、再び最初とほぼ同じ『鑑定』結果が視界に映る。
【闇司祭ラプスー、LV32。人族。
『魔導壁、鉄人』『鉄血の紋章』~】
違うのは、彼のHPとMPが完治していない事。
そして、味方の大部分が半死半生に追い込まれた事。
錫杖を握る腕輪が、怪しい輝きを放つ。
Q.何でアンデッドで勝ち誇れるんですかぁ?
A.死霊使いなんて禁呪でレアだよ?高レベルのアンデッドとか暗黒教団以外で使役していると思ってるの?
Q.つまり?
A.エクソシスタに抵抗判定が無いという話は、アレス王子だけのメタ知識w
「朕はラスプ―と 申す者」と名乗らせようかと思ったけど、流石に自重したw(何
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。いいね感想等もお待ちしております。




