51+2-5.間章 ダーチャの海賊達5
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集落救出作戦終了後、義勇合同軍は一夜城に主力を集結させていた。
机の上に広げられた元ダーチャの海賊達お手製の地図は、岩礁地帯の集落位置に加えて集落ごと重要性と人数と規模、襲撃用の砦。
更には強奪品の集積場や舟の隠し場所なども記されている。
勿論捨て駒同然に突入した者達が砦全てを知っている筈も無い。だが長年暮していれば暗黙の了解や拠点の一部だけを知る者は居る。
それら割と要職一歩手前の兵達まで集い、互いの情報を持ち寄って協議した結果割り出した機密であり。
義勇軍側で調べた情報と照らし合わせて、確認が取れた話も数多く。
よって驚く程に細かい情報が出揃っていた。
「えっと。ダーチャの海賊達は現在二頭体制であり、表向きは暗黒教団側がトップでありながら、実働組織であるダーチャの海賊は全面的に服従している訳では無いようですね。」
どうやらダーチャの首領ドブロチンは、全国規模である暗黒教団を快くは思っていないらしい。何故なら彼らダーチャの民は教団にとっての金策集団、所謂資金源だからだ。常に必要な反面、要職に付ける必要は無い。
それどころか、財布が権限を持てば当然発言権は一気に傾く。
そして資金源である以上、魔龍復活など抜きに生計が成り立つ。
中央部を統括する闇司祭ラプスーが教団よりダーチャの民を優先する筈も無く。
問答無用で彼らの収益を持ち出し口を挟む事に、首領ドブロチンは常々不満を口にしていたらしい。
どうも独立を狙っている節もあるという話だった。
「首領ドブロチンが本拠地と定めたのがカンテン島の城塞〔ゴーストホロウ〕。
闇司祭ラプスーの居る暗黒神殿はクックル島の地下道にあります。こちらは洞窟の入り口が海中に沈んでいて、エイドリアン島からしか入れません。」
元々暗黒教団の発覚を防ぐために、クックル島は教団幹部達しか使わない。
ダーチャの海賊は教団にとってのスケープゴート的な意味で、本拠地を別に置くのが慣わしだ。故にダーチャのトップは、常にクックル島には入れない。
一応非常時には教団に選ばれた女子供をクックル島へ避難させるらしく、今回も既に退避済みとなっている。
エイドリアン島とクックル島は、表向き無人島だった。
「今は闇司祭ラプスーもゴーストホロウの一室に常駐しています。
先にクックル島を制圧した後は、ゴーストホロウで決戦となるでしょう。」
「そちらを先制攻撃したら逃げ出さないかね?」
「可能性は低いでしょう。元々暗黒教団という視点で見れば、ダーチャの海賊側はもう重要度が下がっています。
彼らは今、帝国という後ろ盾を得て世界に散らばっているのですから。」
「なるほど、隠れ里に潜む必要はもうないという訳か。」
情報の細かさに対してはもう誰も訊ねない。既にダモクレス行きが決まった捕虜達の口が、驚く程に軽いのだ。情報源など聞く迄も無い。
これ以上は人数的にも殲滅戦一択になる。今回の話も、出陣前の再確認だ。
「それではこれより、〔ゴーストホロウ〕攻略戦を決行します!」
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この世界の海戦は基本的に大型船は後方で待機し、小舟同士の衝突によってのみ行われる。そもそも全ての船舶に共通して、魔法に耐え続けるのは困難だ。
加えて乗騎の与える影響力が大き過ぎる。
飛行種は言うに及ばず、魔狼ガルムは水上を走る。下手な舟より余程小回りが利く上に速いのだから、体力以外では勝負にならない。
よって乗騎の体力消耗を減らすため船舶で近付き、乗騎で飛び降りて交戦する。
それがこの世界における、乗騎込みでの海戦の主流戦術だ。
一応小舟でも余裕があれば対魔法術式を施す。そうすれば転覆はしても一撃程度は耐え切れる。乗騎が無い場合は舟を乗騎代わりに使うのだ。
逆に言えば大型船は複数発が同時に当たる程度に大きいので、近付かれたら耐え切れない事も多い。戦域近くに置く利点は余り無い。
海賊行為は中型船か小舟主体で行い、波風対策や避難所、補給拠点以外の目的で大型船を用いる利点は、驚く程に多くない。
なお陸戦との最大の違いは、風の影響力と見晴らしの良さだろう。
今回の様な岩礁地帯だらけの戦場は、むしろ休憩場所の確保が問題になる。
「大型船はこのまま北側で予備隊と共に待機だ。
筏を牽引した船が射程外にあるだけで、海賊達の戦術が制限出来る。」
状況を確認したアストリアはペガサスに飛び乗り、再度天馬を上昇させる。
夜明けと共に始めた海戦は、極めて順調に推移している。
義勇軍の帆船は岩礁の無い北側を全て、大型船十隻と筏で埋め尽くしている。
戦力としては少数で、筏の上に人はいない。だが舟を阻む障害としては十二分に効果があるので、戦力の判らない大型船相手に強行突破したくは無いだろう。
よってこちらが連中の逃走経路に選ばれる事は無い。
残る小型船は西の海岸線から進軍しており、ここ数日の海戦と合わせて西側岩礁を含めた一帯全ての敵を掃討し、一夜城以西の完全制圧を完了した。
これが早朝の戦果であり、北側船舶への連絡事項だ。
恐らくアストリアがこちらに直接指示を出すのはこれで最後だろう。
余程の問題が起きない限り、大型帆船の出番は無い。
海岸線から大部分の岩礁地帯を含んだゴルゴ島とやら以南に付いては、一夜城の成立段階で敵が放棄している。
若干東側に残っていたが、既に過去の話だ。
これで敵の拠点があるのは、スカルガ岩礁群島の北東側海域のみとなった。
大きな島は残り五つ。内表向き二つ、エイドリアン島とクックル島は無人島だ。
一夜城のほぼ真北にあるのがクックル島であり、その南がエイドリアン島。
事情を知らなければただの休憩地点で終わっただろう。
残る群島で最も巨大なカンテン島は、東の大部分を埋めており、申し訳程度に南東側にサシックス島が砦を構えて防戦している。
北東側のナース島には集落こそあるが、防衛は放棄されている。
海賊側が防衛を放棄したからと言って、見逃せば背後を突かれないという話ならまさかだろう。よって朝の戦場では、左右からカンテン島以外の全ての岩礁地帯を制圧する事が基本方針となった。
完全なる殲滅戦を進める傍ら、ガレス東央伯はクックル島に上陸。
早々に目印と目的地を発見した一同は、隠し教団施設を目指してエイドリアン島に続く洞窟内を進軍していた。
流石に洞窟内なので万全を期して徒歩で進む事になったが、仮にも敵の緊急時の避難拠点だ。戦力が配置されて無い筈も無い。
むしろ後が無い分全力の抵抗を警戒すべきだろう。
ガレス伯は隣にいる一人の重騎士に、少し意外な思いで声をかけた。
「しかし意外であったな。まさか貴殿に同行して貰えるとは。
貴殿はてっきり最も手柄が大きい、敵拠点の方に参加したいのかと。」
「勿論〔ゴーストホロウ〕の方も参加したいがね。
だが別にオレは、金や手柄が欲しくてここにいる訳じゃ……ない!」
閉ざされた門を渾身の【破壊剣】で砕き、聞いてないのかと逆に訊ねる男の名はオズワルド。クラウゼン王国の闘技場で頂点に立ち続けた覇者の一人だ。
本来仲間になる筈も無かった彼は、クラウゼンが陥落した結果復興を最優先し、ダーチャの海賊掃討作戦を始めた際に傭兵枠で参戦して来たのだ。
一軍の指揮経験があった事もあり、戦力面でガレス伯を補佐する事になった。
「オレが闘技場で復讐者を名乗っていたのは知っているだろう?
オレはダーチャの海賊に故郷を滅ぼされた子供一人だ。親を亡くしたオレは闘技場に売られ、復讐のために腕を磨きながら敵討ちの機会を伺っていたのさ。」
扉を抜けて開けた大空洞に出た一同は、伏兵の様に襲撃して来た闇神官達を粗方返り討ちにしながら軽口を叩く。
この程度の相手なら本気を出すまでも無いと、その憮然とした表情のまま部下に周辺の掃討をさせて門周りを確保する。
どうも本気で警戒していた様子は無く、むしろこちらの数の多さに驚いて慌てて神殿に逃げ込み立て籠もっている様だ。
門前の集団以外、全ての攻撃隊が入って来るまで邪魔する様子すらない。
「ま、そうは言っても仇の顔こそ覚えているが、名前までは知らないんでね。
闇神官だって事は分かっているんで、アストリア王子に聞かれた際に人員記録がありそうな方を希望したのさ。」
「なるほど、そういう話であったか……。」
オズワルトからガレス伯に手渡された調査許可証には、教団員名簿の類であれば自由に閲覧させて構わないと記されている。
流石に全面的な許可では無いが、部外者にしては破格の条件だろう。
総員が揃ったところで、神殿から白旗を持った子供が現れた。
二人は溜め息を付いて、ガレスが無表情で騎士達に命じる。
「射ろ。」
躊躇無く射抜かれた子供がその場で爆炎を上げて弾け飛ぶ。
〔爆裂玉〕の爆炎は誰が使っても低LVなら即死させる威力があるが、逆に言えばハイクラスになれるような高LVを即死させる事は無い。
だが痛いのには違いないと、ガレス伯は無言で剣を抜く。
「復讐だ!全員思い知らせてやれッ!!」
「アンタがそれを言うの!?」
「「「ぅおおおおッ!!!!」」」
全員が高らかに呼応し血走った目で一斉に走り出す。ガレス伯もその一人だ。
ガレス東央伯軍に加わったのは初めてだったが、大体察した復讐者オズワルトは大人しく沈黙を貫く事にした。
神殿最深部まで攻め込んだガレス東央伯軍だったが、ろくに戦えないと分かっている様な者達が襲い掛かって来る様には流石に違和感を覚える。
恐怖が麻痺しているというのは思考が停止しているという意味では無い。
神殿内にある輜重物資は簡単な確認作業をしてから全て運び出す。但し一部に罠が紛れているのは確実なので、義勇軍の輜重品とは区別出来る様にする。
義勇軍としては略奪禁止だが、軍事作戦としての物資回収は行っている。
とはいえ物資回収は元々おまけだ。一番重要なのは暗黒教団が抱える数々の資産や実態を推測するのに必要な、管理側の資料捜索が主な役目だ。
「やはり理解出来んな、ここに重要度の高い物は無い。
なのに何故、お前達はここを守るために命を懸けた?」
どう見ても重要な物は運び出されている。他にも暗黒教団の拠点があるのだから当然だろう。であれば、この地に固執する理由が尚、判らない。
合同義勇軍の目的はダーチャの海賊達の殲滅であって、彼らの逃亡は別に許されない程では無い。というより、土地を捨てさせる事が一番の目標だった。
彼らは長年一ヶ所を根城にし続けるから厄介なのであって、二度と戻れない状況さえ用意出来れば脅威度は只の海賊に成り下がる。
暗黒教団の壊滅は、ダーチャを滅ぼしたくらいで終わらない。
「あぁん?何だ、外の連中はそんな事も知らないのか?
神は裏切れない。当然だろう?」
既に致命傷を負った神官が徐々に染み出す出血を脇に、尋問ですらないガレス伯の疑問に気まぐれで答える。
その程度は隠す程の秘密でも無いと、彼は思っていたから。
「そんなに〔神の慈悲〕とやらからは離れがたいのか?」
「ん?……ぁあ!あんたら勘違いしているのか!?
こいつは傑作だ!〔神の慈悲〕は確かに常習性こそあるが、俺みたいな闇神官が呑む様な代物じゃねぇよ!そんな甘い話じゃねぇんだ。
神の使徒は、より上位の使途に逆らえない。当然、神には絶対に、だ。
それは神の〔使徒〕になった時点で決まっているんだよ。」
闇神官は指に付けた《闇の指輪》を見せ付けて、これが高位の信徒である証だと自慢する。自分は平の使徒に対し絶対的な命令権を持っていると。
「闇司祭様の【闇呪縛】カースドみたいに誰彼構わずは効かないがね。
俺の言う事に平の信者達なら限度はあるが、捨て駒くらいは容易いもんさ。
と言って、その手の下らない命令に【闇神具】を使うと神の怒りを買うがね。」
「な、何と……。そんな強制力があったとは。」
神の怒りというものがどれほどのものかは分からないが、恐らく命に係わる代物だというのは想像に難くない。
ガレス伯はもっと色々尋問しようとして。肩を引かれた。
(俺達を意識させるな。多分、相手が誰だか判らなくなってるからだ。)
(っ?!)
「もう少し後輩に詳しく聞かせてくれないか?
【闇神具】ってのは、結局何なんだ?」
「?おかしな事を聞く。勿論、我らが神の一欠片だ。
我らが神の力を写し取るために、生贄を生きたまま捧げて血肉を作り変える。
それが【闇神具】だ。神の力を封じる器だよ。散々教わっただろう。」
「ッ?!?!?」
(な、何と!まさか教団が人攫いをしていたのは、生贄集めの為なのかッ!)
報告にはあった。だが人攫い自体は海賊である以上珍しくは無い。
別の場所で入手した資料に教団が生贄を欲していたという程度の情報はあったが死霊術を研究しているとの報告とセットだった。
今迄そこに注目していなかったが、もし海賊である事に意味があったとしたら。
死霊術の研究の方が、実際にはおまけだったという話では無いのか。
「……判らないのはその生贄の方だ。
つまり、その。向き不向きは、どうやって?」
「……難しく考えるな。
要は〔使途化〕出来るだけの健康な肉体と精神力さえあれば良い。
〔使徒化〕の儀式を受け入れた者が我々闇信徒になり、拒み切れた者が生贄になるだけの話だ。
勿論儀式に参加出来ない、様な。半端者は、論外だがな……。」
「「ッ…………っ!?」」
ガレス伯とオズワルトは揃って口元を抑えながら顔を見合わせる。
これは絶対に伝えねばならない教団の機密だ。【闇神具】の創り方、神の力を写し取ると言ったか。その器を作るために生贄を使うと。
そこで闇神官は吐血し、咳き込んで軽く首を傾げて目の焦点が定まり。
「……あん?お前達は、一体……?!」
彼が我に返った途端、《闇の指輪》が黒い魔力を放ち、男の体内で暴れ狂う。
次に男が息を吐いた時。
心臓の全ての血が逆流したかと思う程に血を吐き出し、そのまま息絶えた。
がれす「何番煎じだと思ってるんだガキ共ォォォっ!!」
少年「いやオレら初めてだし!」
〔爆裂玉〕は倒されたら必ず爆発するとか無理です。手投げ玉なので。
単に隠し持っている場所を射抜かれただけ。本来即死する威力ですら無いです。
道具効果は物理の固定ダメージなので、低レベルが持ってると厄介程度の代物。
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