56.第十三章 聖王国・決戦の計
※三連休連続投稿、二日目です。続きは明日、11/4日月曜投稿予定。
◇◆◇◆◇◆◇◆
時は一昨年、アレス王子がダモクレスに帰国した翌年。
聖王国陥落直後までは勢いに乗っていた帝国軍も、直系王族捜索の際にケチが付いて以降の戦況は決して望ましいものでは無かった。
帝国が聖都陥落の勢いに乗れずに年を跨いでしまった弊害により、聖王国諸侯は反帝国の旗での団結に成功してしまったからだ。
特に冬の間にミレイユ第三王女がクラウゼン城塞王国に到達した事で聖都の正確な情報が共有され、他の二国と共同歩調を取られたのが痛かった。
そもそも聖王国は大陸全土でも最大規模の大国であり、単純な総人口だけでも数十数百万を数え、王国全土を支配するのは容易ではない。
〔聖戦〕も最初期に聖都が攻め落とされる事態を想定していない程度には、難攻不落の防御力を誇っていた。
一方で。聖王国を隣接三ヶ国が奪還するには、地理的な難易度が高い。
どの国から攻め込んでも山脈が障害になり、出入り口を塞がれれば大軍の進軍は酷く困難になる。聖都の強固さも踏まえれば、万単位の派遣は必須だった。
そんな状況下で帝国に帰国した帝国本土軍を無視して、聖王国の奪還に全力投入出来る武力は三ヶ国にも無い。
事実。中央方面軍の一軍によってドールドーラは戦況を硬直状態に持ち込まれ、ハウレス王国は不意討ち気味とはいえ王都を奪われて陥落した程だ。
騎士王国クラウゼンだけが、辛うじて聖王国に支援する余裕があった。
同時に。三ヶ国を同時に敵に回した状態では、中央大陸全ての都市を完全に占領出来る兵力は帝国側にも無い。
よって一つ一つ都市を落したからと言って、全てを常時保持しようとすれば忽ち兵力不足に陥ってしまう。更に現場の占領地からも兵糧を確保せねばならず、包囲による長期間の兵糧攻めは経済的にも不可能だった。
原作では敵対した土地に焦土作戦を行い物理的に防衛に回す土地を破壊。兵站が減り続ける形で聖王国各地は徐々に陥落していったのだが。
ここにアレス王子が商船を指揮して聖王国軍を支援した影響が出ていた。
聖王国軍が海から支援を受ける所為で、焦土作戦では成果が上がらないのだ。
むしろ占領地から食料を得られない分、帝国軍だけが消耗してしまう。
よって帝国軍は聖都を足場にしつつも遠出が出来ず、各地の支配力を高める事が難しい状態が続いていた。
総合的な武力では圧倒していても、攻略作戦中に何処かで奇襲を受けて損害を出すため迂闊に進軍出来ないでいたのだ。
現在聖王国軍は港町付近を保持する事で、他国から価格上昇の少ない食料が商人越しに安定供給されている。
東部の情勢が高い精度で伝わり、聖王国の士気を高める一因になっていた。
流石の帝国も帝国軍籍を確保した上で、堂々と帝国の兵站を聖王国に横流しするバカヤロウ国家の存在までは想定しておらず、港の検問も中々機能しない。
そもそも検問の情報自体が洩れているので、別経路からも兵站が届く。
一方帝国も多面作戦によって大軍の兵糧を現地調達しつつ、敵の兵站を圧迫している。逆に言えば三ヶ国を完全制圧すれば、中央への動員限界は改善する。
苦戦中で最精鋭が集う中央に全力を注ぐより、三ヶ国を先に制圧して余力を確保した上で中央に戦力を集結させた方が効率が良い。
帝国と聖王国、どちらの援軍が届くのが早いか。
これが今のリアルな大陸中央の戦況となっていた。
ここに。
義勇軍の参戦により、帝国の三ヶ国攻略軍総敗北という最新の戦況が加わる。
援軍の当てはある。大陸〔南部〕の制圧が完了すれば、やはり〔中央部〕へ動員出来る戦力は向上する。
帝国本国からすれば敗色濃厚な〔中央部〕より〔南部〕に力を入れる所だ。
だがそれは、帝国第一皇子ダンタリオンの皇太子資格剥奪を意味している。
ダンタリオン皇太子に挽回の余地は無いに等しく。打てる手は最早、義勇軍との総力戦以外に残されていなかった……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ドールドーラを味方に付けた義勇軍が、ドールドーラ王国内の帝国軍を掃討して回った数日後。
〔鮮血魔狼団〕を追撃して聖王国領の帝国占領下の国境砦まで攻め込み、これを攻略。敗走する魔狼団が聖王国の帝国軍と合流に向かったところで撤退した。
モルドバル城塞からの義勇軍失踪後、帝国に義勇軍の正確な情報がもたらされたのはこれが初となる。
それ以前の情報は全て義勇軍の密偵が類似の別情報を流しており、真偽の程すら曖昧な情報源ばかりだった。
これにより帝国軍は完全に、無敗の英雄アレスの手玉に取られていた事実が発覚するのだが。
〔魔狼団〕を追撃した部隊は五千。その後ドールドーラに撤退。
義勇軍本隊はむしろ、別動隊の痕跡によってその動向が隠された形となった。
〔中央部〕三王国の奪還。
この間帝国中央方面軍は、諜報戦で何一つ手を打てずに完敗し続けた。
しかし一方で。
〔中央部〕全土に密偵を派遣した事で、帝国軍にもある程度は現地の最新情報が届き続ける下地が出来上がった。
これにより今まで義勇軍が取り続けた戦略と、現在の総数。
その憶測がある程度の精度で成立し始めていた。
ドールドーラを出国した義勇軍はと言えば、実は中央部の何処にも居なかった。
何故なら彼らは今や全軍船上の人であり、大陸中央部を南から西に迂回しながらゆっくりと北上している最中だったのだ。
そして。足の遅い船団を迎え入れる準備をするため、一足先に目的地に上陸した船があった。目的地の名は〔スカルガ岩礁群島域〕。
先日までダーチャの海賊達が占拠していた、未開領域である。
「やあ義兄さん。まさかこんな短期間で間に合わせてくれるとは思わなかったよ。
暗黒教団殲滅とクラウゼン完全開放の成功、おめでとう。」
正直に言えば今年中に終わらない可能性も考慮していた。
何せダーチャの海賊達の実情は以前訪れた際には必要最低限、ゲームの攻略情報分しか判明しなかったのだ。
ぶっちゃけ本命の暗黒教団についてはほぼ判らなかったと言って良かった。
「ああ、うん。思わぬ情報源のお陰でね。
こっちも大分幸運に恵まれたよ。」
いつもニコニコしているダモクレス第一王子ことアストリアにしては、珍しい程に顔に出た疲労は濃いものだった。
とはいえ無理もあるまい。
何せ準備自体はあったとはいえ、兄はこのスカルガ岩礁群島の一つに巨大な一夜城を築き上げて岩礁を無視した兵站を群島に確保したのだ。
報告書にある限り、完全なる短期決戦。殲滅戦が必要だったとはいえ、暗黒教団に対する新事実が幾つも発覚している。
かなりの強行軍になったのは想像に難くない。
「御無事で何よりですリシャール殿下。
この短期間で再会出来る手筈が整えられた事、嬉しく思います。」
桟橋の傍らではレオナルド王太子とリシャール殿下が再会を喜び合っている。
彼らはリシャール殿下を叔父と呼ぶ間柄ではあるが、歳はそう離れていないためある種の兄弟に近い関係だと聞いている。
互いに朗報をもっての再会は喜びに満ちたものだった。
この群島海域を合流地点に選んだのは、最も機密性が高く第三者の目が届き辛い場所だったからだ。しかも最新情報が無ければ候補にすら上がらない場所なのも更に都合が良い。
ここならば現義勇軍の総数がバレる恐れも低い。
一同は早々に砦の中に入り、互いの情報交換を始めた。
「ダーチャの海賊完全討伐により、帝国軍と暗黒教団の繋がりが判明しました。
帝国軍と海賊達の仲立ちをしていたのは、暗黒教団で間違いありません。
よってクラウゼン王国は今後、満場一致で〔聖戦〕の参加に全力を注ぐ事が決定致しました。」
クラウゼン王国とダーチャの海賊との争いは百年以上に渡り、相当に根深い。
しかも海賊達が手段を選ばなかったのは、彼らが暗黒教徒だった所為だ。
積年の恨みが晴らせたとはいえ、その協力者に従うという選択肢はクラウゼンの民意として有り得ないものだった。
それこそ今迄帝国寄りだった貴族達が、挙って反帝国に同意する程に。
(うん。何か非戦闘員が大量にダモクレスの捕虜として輸送された報告書と、厳重管理を要求する書類が紛れているな。)
うぅん、胃が痛い。コレ義勇軍としての対応じゃなくてクラウゼンとダモクレス両国での密約だね。ああ、これなら確かに兄さんの権限内で済むわ。
「……アレス王子、今胃薬呑みませんでした?」
「気付かない優しさってあると思うよ。」
ヴェルーゼ皇女の小声が半眼による沈黙に代わる。後で教えろの意味ですね。
ふふふ、勿論教えて差し上げましょう。胃薬と共にな。
中央方面軍の推定戦力十万は現状ほぼ固まっている。
一方で義勇軍は、ハウレスの参戦は見送り。ドールドーラからは精鋭五千。
クラウゼンで合流した聖王国軍、東南諸侯の増員。それなりの時間稼ぎによって増加した二万程度のハイクラス部隊。
尚、質で言えば五分か若干上だと良いなというのが現状だ。
(か、勝てない……!)
未だ四倍。五分戦力が四倍。
正直心が折れそうだった。もしこんな状況下で中央方面軍と済し崩しでの消耗戦や乱戦すれば、順当に全滅する。
東南諸侯は実に最悪の働きをしてくれました。
「クラウゼン王国からの参戦はハイクラス部隊に限定しての一万です。
ですが、宜しいので?二万ぐらいなら問題無く派兵出来ますが。」
正直凄く惜しいのは確かだが、流石にそこまでクラウゼンの国情を過信出来ないというのが本音だ。上層部は信用出来るだろうが、その下は微妙なラインか。
何より帝国は今も、各地の調略を諜報活動と並行して行っている。
「それで?義勇軍は軍議の前に君が基本方針を決めた上で相談すると聞いている。
ここを上陸地点に選んだ以上、方針は既に決まっているんだろう?」
そう。だからこそアレスは先行したのだ。
アストリアとレオナルド王太子、リシャール殿下と最新情報を共有するために。
「ええ。と言っても厳密にはこれは作戦ではありません。
我々義勇軍だけの兵力では中央方面軍の総力には届きません。これはクラウゼンに総力で参戦して頂いても覆らない事実でしょう。」
これは現状確認だ。只の前提情報であり、承知の上。
「そして今までの反帝国軍、聖王国の兵は帝国に動きを悟られないため派手に動く事が出来ませんでした。
全ての貴族が同時に動かなければ、各個撃破されたでしょうから。」
だが帝国軍が軍を集結させた事で、各地の貴族達は監視を気にする事無く軍備を増強出来る下地が整った。
何より帝国軍からも既に帝国に下った貴族達に対し、参戦を要求されている。
旗色を明らかにせよと。して貰おうじゃ無いか。
「御婆様!大変です!リシャール王太子殿下から檄文が届きました!」
「大公様、だよ。全く何歳になっても落ち着きが無いったら。
それにまだ王太子でも無いんだよ。儂等三大公は、一人も公認しちゃいない。」
「は、はあ。しかし大公様、生前王妃様からは追認を求められていた筈では?」
「馬鹿だね。何で他の三大公が一人も声明を出していないのか考えて良いな。
迂闊に次期聖王を認めて御覧よ、真っ先に我がブラキオン家が帝国戦線の矢面に立たされちまう。」
彼の者は曰く、老獪公。
聖王国三大公の一席を長きに渡り勤め上げる、頬に深い刀疵を残した白髪の老婆であり、帝国と聖王家を当然と嘯き秤にかけるブラキオン公爵家の長。
帝国の打つ手は限られる。
今迄攻略に乗り出せなかった要害にも、総力戦でなら手を出せる。
聖都に次ぐ、未だ帝国の手に落ちていない聖王国軍反抗の要。
「ほうほう、全く以て小憎らしい糞餓鬼よなぁ。
我らが長にこの悪どさがあるだけで、随分とやり易くなったであろうになぁ。」
「大公様?確かにリシャール殿下は思慮深い方かと思いますが、悪どさよりは公平さが先に立つ方であったと記憶しておりますが。」
「か~!これだから文章の裏も読めんひよっこ共は。
この檄文が、リシャールの小童が考えた代物かよ!この馬鹿たれめ!
あの小童にこれほど清濁併せのむ性悪さがあったなら、ここまでダンタリオンの小僧っこに良い様にされる事は無かったであろうよ!」
彼は人呼んで凶眼公。
聖王国三大公ながら老年故に聖王の呼びかけに対し、代理を派遣して難を逃れて未だ聖王家支持のままに。今や帝国の食糧庫と嘯かれる。
白髪片目を以って君臨し続ける、カトブレス公爵家の主。
「リシャール殿下には、聖王国内の全諸侯に檄をお願いしたい。
彼らは既に独自に軍を集め、来るべき戦に備えています。」
「来たかレトレル、これを見ろ。
儂にはどうにもこれが、あのリシャール第一王子が書いたとは思えんのだよ。」
「は、分かってんじゃねぇか強欲オヤジ。
こいつは間違いなく全ての聖王国民へと知れ渡るぜ?今迄は仕方なく、力及ばず悪に与したと言い分けが出来たが、コイツは違う。言い訳が出来ねぇ。
この檄文を無視して帝国に就いたが最後、完全なる裏切者の出来上がりだ。」
「では一体どうするべきだと思うね?裏切りの専門家として聞かせて貰おうか。」
「白々しいねぇ。要はオレに雲隠れするか帝国側に参加しとけって話だろう?
帝国に恩を売る方法は一つじゃねぇよ。」
「そうだな。馬鹿正直に真実だけを語る必要も無い。」
彼の男が名乗るは強欲公。
聖王国三大公の中で誰よりも悪辣で、帝国の名を盾に私欲を満たし続けて忠義を鼻で笑い、堂々と忠臣を嘯く外道者。
くすんだ茶髪を掻き上げたグラッキー公爵家の中年当主。
「帝国に下った諸侯も含め、等しく全員に機は熟したと!
改めて聖王国の旗の元に、全ての諸侯の力を結集せよと。
決戦の地は、城塞都市ベンガーナであると!」
※三連休連続投稿、二日目です。続きは明日、11/4日月曜投稿予定。
次回からしばらく間章が続きます。今年中に第十四章開始が目標なので若干投稿量が増量予定。
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