53.第十三章 モルドバル城塞の大敗・合流
◇◆◇◆◇◆◇◆
モルドバル城塞はまたの名を城塞都市モルドバルと呼ばれる通り、城下町と城が一体化した都市だ。
城壁を走れば城に辿り着ける反面、市街には幾つもの門と区画で区切られて。
地理を知らぬ者は城壁の上であろうと、閉ざされた門以外には辿り着けない。
城壁の上から覗き込めば、いっそ城以外は穴に陥没して見える都市。
屋上を畑にした平屋が多く、三階より高い建物は迷路の様な内壁ぐらい。
それが聖王国の玄関口、城塞都市モルドバルだ。
一見して不自由極まりない形状に見えるが、その実城壁の内部は上下水道が走っており、街中で水に困る事は無い。要は便利さの種類が違うのだ。
浄水を出せる魔道具も設置されており農業用水にも事欠かない。
何より何処に毒が流されようとも随所で下水道に流れ込む都市構造は、街全体を汚染するには余りに向かない。戦火に晒され易い土地では明確な長所だ。
ここが帝国軍に制圧された事で聖王国は南からの交易路が分断され、いよいよ聖王国の完全陥落は間近に迫ったと思われていた。
結論から言って、東南諸侯を中心としたモルドバル城塞の攻略は失敗した。
駐屯していた帝国兵の主力は戦地に出兵済みであり。城内の守りはそこまで堅固では無かったので、城壁までは割と簡単に突破出来た。
今から思えばそれがいけなかったのだろう。既に容易に撤退出来ない程に深入りしておきながら、味方の出した損害の多さに気付けなかった。
夜襲に成功したと思い込んでいたカラード東南候が異変に気付いたのは、物見が聖都から帝国本隊の出陣を伝えて来たためだ。
明らかに早過ぎる本隊の動きに、城塞帝国軍の選択は最初から本隊を当てにした籠城だったと気付かされる。
「くそ!たったこれだけしか残らなかったのかっ!」
動いた帝国本隊は五万。本来であれば先行部隊に続く筈だった、クラウゼン全土の完全制圧を優先した一団だ。
クラウゼンの完全支配には、聖王国内の防備を一時減らしてでも優先する価値があると言うのは、制限時間が科せられたダンタリオン第一皇子軍の総意だった。
戦力の逐次投入は愚策と分かっていても、義勇軍がどう動くかは分からない。
手元の兵だけを先行させた二万以外で、ダンタリオン軍が今動かせると判断した兵力が今回動かした五万だ。
譲られた戦果とて成果は成果、選り好み出来るほど余裕は無い。出鼻を挫かれたダンタリオンは、烈火の如き怒りを東南諸侯軍に向けた。
東部では類を見ない大軍に仰天した東南諸侯達は浮足立ち、本陣に居た全員の総意で撤退を決めたのだが。
決断の速さを裏切る集合の遅さで集まったのは、既に朝方。
残存兵数は何と六千。半数近くは撤退指示が届かないか壊滅状態にあった。
この時。三奏山脈の方角に撤退するのが実は一番生還率が高かった。
このタイミングなら撤退する帝国軍より、ドールドーラに抜ける方が早かった。
しかし実戦経験の少ない諸侯が選べたのは、モルドバル城塞を盾にした南側への移動では無く、三奏山脈を背にした来た道への撤退。
森を抜ける細道であるが故に敵に気付かれなかった東へ伸びる突入路は、大軍の撤退には狭過ぎたと、馬を走らせながら漸く気付く。
後続が追撃隊に捕まった事が、結果として諸侯達の命を救った。
だが諸侯達は、更に致命的なミスを犯していた。
進軍に用いた帆船の撤退だ。
アレス王子は常に逃走経路を考えて動いていた。だから船を狙われる方が致命的であり、補給物資を降ろしたら直ぐに船を陸から遠ざけていた。
実際東南諸侯も秘密裏の襲撃であり、敵に気付かれないためにそれに倣った。
つまり。船が戻って来るまで帰国手段は準備が無い。
元より勝利が前提なのだ。アレス王子の真似をし過ぎて、細部の意図が彼らには理解出来ていなかった。
央北のハウレス王国は帝国軍を避けるには難しく、央東ドールドーラ王国からは既にかの国へ攻め寄せていた、別動の帝国軍が動き出していた。
数の上では劣るとはいえ、五千前後の兵を帝国が警戒しない理由は無い。
そもそも東南諸侯はドールドーラを通過する許可を得ていない。得ればアレスに気取られるからだ。
故に面子を潰されたドールドーラの助力も期待出来る状況に無い。ドールドーラとて帝国本隊と正面対決する余力は無い。
勝ったならともかく、敗走した自称義勇軍など邪魔者以外の何者でも無かった。
国境付近でモタモタしている内に、北から回り込んだ帝国別動隊に追い込まれて再び西に敗走。山中に逃げ込めた時、彼らにとって最大の幸運が訪れる。
第三王子パトリック率いる聖王国軍が、帝国軍の背後を突いたのだ。
パトリック第三聖王子が東南諸侯軍の事を義勇軍と認識していた訳では無い。
単に常から帝国軍の総力戦を避けるゲリラ攻撃で帝国軍を削る。この襲撃による聖王国諸侯の援護を繰り返す事で、聖王国軍は帝国軍に持ち堪え続けて来た。
その一回が、偶然東南諸侯達の窮地を救った。
モルドバル城塞の前面平原を通過し、西の森に逃げ込む。
迷走に次ぐ迷走だったが、東に帝国軍が集結し過ぎていては止むを得ない。
それが唯一の逃走経路だと結論付けて。
モルドバル城塞に昇る、義勇軍本隊の旗を見た。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……撤退だ。聖都に戻り、改めて義勇軍と正面対決を挑む。」
夕刻。日が陰る赤い空に、雲と繋がる黒煙が見える。
ダンタリオン第一皇子はモルドバル城塞の陥落の報を受け、早々に諦めた。
クラウゼンが奪還されたとの一報が届いたのが今日の数刻前。恐らくは義勇軍が既にモルドバル城塞攻略を行っていた頃だ。
情報が余りにも後手に回り過ぎており、目を覆わんばかりだ。今現在ある情報もどの程度信じられるやらと、もう溜め息しか出ない。
「し、しかし!それではモルドバル城塞がっ!!」
「奪還出来るのか?敵の数が何万あるかも判らずに。」
「い、いえ。しかし、今なら敵も万全では……。」
何も考えずに反論を続ける将軍達に腹が立つ。クラウゼン陥落の一報はこの場の全員が聞いた筈だ。だが彼らはそれすら疑いの眼差しで堂々と戦術を語る。
(アレス王子が駆け付けているのに何を今更。
三奏山脈の先には何があるか、コイツらには分かっていないのか?)
「クラウゼンの騎士団が合流しているかも知れない義勇軍の最精鋭に、戦域全体に兵を散らした状態の我々が各個撃破されずに勝てると言うのならやってみろ。
但しそれで敗戦した場合、貴様に名誉ある死が訪れると思うなよ?」
その時には絶対に一族残らず皆殺しにしてくれると、怒りの眼差しを向けられて漸く口煩い自称熟練の精鋭共は口籠る。
だが、別件なら口が軽くなるのもまさにコイツ等らしい。
「しかし、それでは聖王国軍との合流を見逃す事に……。」
「ならば貴様が阻止して来いと言っている!
貴様はどっちなら勝てると言っている!義勇軍か?聖王国か?
好きな方に突撃して、一切言い訳せずに勝ってこい!
能書きだけ垂れて責任逃れしたいのなら、今すぐその口を塞いでくれるわ!」
「も、申し訳ございませんッ!!どうか、何卒!何卒温情をッ!!」
ダンタリオンの怒りが全て自分に向かったと自覚した将軍は、即座に土下座して許しを請う。当然の如く建設的な提案など出て来ず、許しを請うだけの謝罪だ。
質の悪い事に皇太子派は、こんな軍略の苦手な者達が中心となっている。
このまま頭を叩き割ってやりたいが、そんな余裕は無いと脳裏の冷静な声が歯軋りを対価に自制を促す。
「撤退する!追撃を受けて敗走する様な無様は晒すなよッ!!」
魔狼ガルムに騎乗して、張り上げた声に各部隊が応える。
こうなってしまえばモルドバル城塞を放棄出来るのは却って良かった。
何せ既に帝国中央方面軍は、後が無くなり始めている。
この期に及んで総力戦を拒む者の意見など、全て危機感の足りない愚か者として捻じ伏せられるだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆
モルドバル城塞ががら空きだと気付いた時、アレスは即座に東南諸侯の捜索より優先すべきだと提案した。
「このまま済し崩し的に帝国本隊と衝突すれば我々が負けます。
我々はつい先日、クラウゼン攻略隊の残党を討伐した直後なのですから。」
「連戦なのは城塞攻略も変わるまい!
むしろ帝国本隊が城塞に攻め寄せれば連戦の回数は更に増える!」
「いいえ。帝国本隊は撤退し、立て直すでしょう。
何故なら後方を突かれる恐れが生じます。彼らは今、東南諸侯を探しているのですから。」
どよと動揺の声が上がる。一方で何人かが平坦な顔を浮かべる。
「と、東南諸侯を囮にする気なのか……?」
「まさか。今なら帝国軍は我々の数を推測でしか語れません。
帝国軍を一旦撤退させれば、モルドバル城塞が東南諸侯の避難場所です。
それとも彼らが船を待ち、再び東部に戻る様に説得し、その上で数の勝る帝国軍との決戦に赴きますか?
私は戦線が維持される限り、東南諸侯の説得は出来ないと思います。」
東南諸侯暴走の理由は十中八九戦力外通告への過剰反応だ。
アレスとしては別に、東部に残っている全ての部隊を除外した心算は無い。
というかだ。焦るなら早めにクラスチェンジして参戦して貰いたい。
(伝わってないから暴走したんだろうなぁ……。)
「あのモルドバル城塞を、直ぐに落とせると?」
「今帝国軍は、減った部隊の補充をせずに逆に東南諸侯追討の為に引き抜いてるんですよ。多分三千残ってるかどうかです。」
「「「…………やるか。」」」
流石に満場一致した。
モルドバル城塞の守将を討ち取り、城内の残存帝国兵を城塞の外に追討中。
城塞を迂回する様に移動する軍勢の姿が報告された。
「東南諸侯の旗か!」
これで彼らの救出のために無理をする必要が無くなった。とはいえ素直に合流をするかどうかは問題なので。
「リシャール殿下、同行をお願い出来ますか?」
「良いのか?義勇軍内で事を片付けなくて。」
リシャール殿下は感情的なしこりを指摘しているのだろうが、率直に言ってそれを気にする余裕が今の義勇軍には無い。
「彼らは厳密に言えば独走とは言い難いんです。
義勇軍の総大将は私ですが、彼らは自分達で軍を編成した。彼らが自分達は義勇軍では無く義勇軍の援軍だと言い張れば、指揮系統が違うのも当然です。
そして私相手ならその暴論を主張出来る。北部の一王子なので。」
「……なるほど。義勇軍総大将の名目は、正式に聖王国が任じたものでは無い。
あくまで諸侯の同意の上に成り立つ、という話なんだな?」
いやぁ流石は宮廷争いを起こさず団結し続ける聖王家、話が早いね。
別に彼らの意見を合議で封じる事は出来るが、その場合彼らの面子は完全粉砕し潰れる。国としても敗戦の責任を取る必要が出るだろう。
事実上の、東南諸国の過半数が戦線離脱だ。
「聖王国第二王子リシャール・ジュワユーズだ。
その方らは東南諸侯の軍で、間違いないな?」
「「「は、ははぁっ!!」」」
モルドバル城塞から救援という形で出陣した義勇軍は、戦場の真っ只中という事で双方敢えて儀礼を省いての馬上確認による対面を果たした。
アレスは義勇軍代表として付き従っているが、現在は聖王国軍との連合軍であり総大将はリシャール殿下となっている。
アレスが代表者として現れると思っていた東南諸侯達は、驚きと強権の通じない相手の登場に目を白黒させながら慌てて頭を下げていた。
事実上の敗残兵である東南諸侯は、恐らくは三千以下だった。むしろこの状況でよくぞ軍勢の体を成したという程にボロボロだった。
輜重隊も引き連れているので、実戦力は千人を切るかも知れない。
「詳しい事情は城内で聞く。先ずは兵達を中で休ませよ。」
「は、はぁ。しかし、あそこは……。」
馬を並べるアレスに恐る恐ると言った感じで顔を向ける諸侯の表情は、汚れだらけではっきりと窺い知る事は出来ない。
だがこの場で彼らに慮れば彼らが保身に走るのは明らかなので、アレスは直ぐに馬を翻して殿下に続くよう促して見せる。
「話は後だ、未だ帝国本隊は片付いた訳じゃない。
長々と話している時間は無いぞ。」
(こ、この状況で帝国本隊の動きまで把握しているのか…………!?)
幸いにも乗騎を走らせればちゃんと後に続いてくれた。何とか帝国本隊が東側にいる内に全軍の入城が叶いそうだが、正直別動隊が近場に居たらアウトだ。
実際帝国軍が本当に撤退するかは、事が終わるまで分からないのだから。
だが幸いにも城門を閉じても帝国軍が襲来する事は無かった。
(((ほ、本当に落としている!?あ、あれだけ我々が死力を尽くしても落とし切れなかった城塞を、アレス王子はこうも容易く……!?)))
何というか、綱渡りし過ぎじゃないかな俺の人生。
東南諸侯「あ、あれだけやっても敗走させられなかったのに……。」
あれす「がら空きになってるなら火事場泥棒するよなぁ?」
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。
いいね感想等もお待ちしております。




