52.第十三章 モルドバル城塞の大敗・三奏山脈の決戦
※本日より三連休連続投稿開始。明日は間章になります。
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三奏山脈の稜線を超えて、沢の下には水平に広がる平原が見える。
空は山向こうが薄く赤色を帯び始め、山岳の傾斜は凹凸と木々に溢れ滑空に相応しい斜面とは贔屓目にも言えない。
だが僅かに傾く様に下れば、目指すべき帝国のクラウゼン攻略軍の夜営陣が遠目に見えて、僅かに見張り用の灯火が辛うじて伺える。
北西に位置するモルドバル城塞の様子は山影に隠れて伺えない。
だが両者を視界に収められるのは、アレス達が鞍部を下っているからだろう。
このまま下れば三奏山脈の三列目、山脈の影に城塞は隠れる筈だ。
だからこそ今の内に、使う価値がある。
「平原を覆い隠せ、【濃霧魔法】ッ!!」
アレスが唱えた手元から霧が渦巻き、山肌を下る様に霧が広がっていく。
熟練の魔法使いの目は誤魔化せないかも知れないが、警戒に長けぬ者の目には単なる朝霧にしか見えないだろう。
敵味方の区別無く、決して上空高く広がる事も無く。
自然の霧に近い広がり方をするのがこの魔法の良いところだ。
「おいおい、後続には敵の位置が分からないんじゃないか?」
「だから良いんだろ?!後ろの連中はちゃんと付いて来てるか?!」
聞く迄も無かった。山影から日光に照らされ、眩し気に顔を隠す巨人一家が次々と峠に顔を出す。こっちだと言わんばかりに一声吠えた。
アレス達義勇軍の天馬隊は滑る様に山肌より上空を、下る様に飛翔し続ける。
上から見下ろせばそれは、霧の方角に逃げ込む様に見えただろう。先頭のアレスが散らした霧は、既に全て麓に下って広々と平原を覆い隠している。
一旦山肌に降り立ちしかし足を止めず、翼を休めながら馬蹄を踏み鳴らす。
短時間とはいえ疾走音が帝国軍に警戒を仰いだのか、霧の中に明かりが点る。
転がり下りる様に走る巨人達に追い付かれる事無く、アレスは霧の上空すれすれを水平に加速する。前方の布陣からは次第に声が上がり出す。
「魔法隊、準備!私が術を放つ位置を狙え!」
「「「おぅッ!!」」」
アレスの号令に魔法天馬隊が応える。地上も気付いて大声が広がるが、その前にアレスの魔法の射程に入る方が早い。だが直ぐじゃない。
陣の正面、柵の上空に差し掛かる直前。敵がこちらを視認出来るギリギリの距離を狙って術を放つ。
「【中位竜巻刃】っ!!」
「「「【中位竜巻刃】っ!!」」」
先頭を避けながら竜巻が周囲の霧を巻き散らし、幾つも続け様に立ち昇る。
一見すれば霧を巻き散らす愚策。
だが白馬のペガサス達の周りは巻き上がった霧が影を隠し、更には後ろの巨人達にはアレス達が霧に紛れようとしたかに見える。
霧の中で悲鳴は上がるが、風音の中では天馬隊が巻き込まれたと錯覚させる十分な下地が揃っている。
果たして散発的、我武者羅に放たれた霧の中からの反撃に。
「「「ゥウオオオオオオオッッッッ!!!!!!」」」
帝国軍を知らぬプラルトンの人食い巨人達は、己を待ち伏せたと誤解する。
武器を振るい、柵を蹴り飛ばし。
邪魔な連中を蹴り飛ばして、遠ざかる天馬達に何人かが槍を投げる。
しかし届かず、嵌められた怒りを巨人達は仲間と思しき帝国軍に叩きつける。
この程度で俺達が止められるかと。我らは偉大なる巨人達であると。
「皆殺しだ!我らは偉大なる巨人の戦士達だ!!
お前達は偉大なる勇者プラルトンが率いる、無敵のつわもの達だッ!!」
「「「ゥウオオオオオオオッッッッ!!!!!!」」」
「て、敵襲ぅ~~~~~~ッ!!!!
巨人だ!巨人の群れが攻めて来たぞォッ!!」
余計な手出しはせず、しかし慌てて上昇などせずに帝国軍の陣地を通り過ぎる。
若干薄れた霧の中で、天馬隊の影に気付き反撃した者もいる。
だが敢えて反撃しない。するのは反対側の柵の近くで。
再度の【中位竜巻刃】で道を切り開き霧を巻き上げ。
反対側の山の裾野付近で霧の中に降り立つ。
アレスに続き、ネルガルの翼人傭兵隊とダモクレスの天壌騎士団が次々降下して座ったりと軽い休息を取り始める。勿論戦場なので、一息程度の休憩だ。
振り返って霧の向こうを眺めるアレスは、満面の笑顔で額の汗を拭い去る。
「大惨事だゼ★」
「本当だよ。」
「ていうか本当に予定通りじゃ無いのかってくらい、見事に嵌ったよね。」
「帝国軍の位置は直前情報で分かってましたし。」
具体的には野営地で寝る前に《治世の紋章》で確認した。
ギリギリのところでモルドバル城塞は射程外だったが、戦闘中の気配は無い。
これは負けたかな?と思いつつも、今はこの目の前の惨事を放置して城塞へ駆け付ける余裕は無い。
幾ら巨人達と言っても所詮は多勢に無勢。
混乱中だから優勢に見えるだけで、相手の数は一万八千の精鋭部隊だ。
「【遠望雷嵐】ッ!!」
一般魔法では及びもつかぬ遠方から、雷の嵐が弾けて巨人の傍で悲鳴が上がる。
「ねぇねぇジルロック。次あの辺にお願い。」
差し出したのは〔雷の結晶眼〕だ。
これが無いと使えない術なので、二人が同時に魔法を放つ事は出来ない。
「【遠望雷嵐】ぅっ!!」
今度は敵中枢付近と辺りを付けた地点で悲鳴が上がる。
正直言って焼け石に水だが、混乱は助長出来る。だがそろそろ霧が晴れて来ると巨人達も自分達の劣勢と帝国軍の多さを把握する。
帝国軍も義勇軍に気付き、自分達が嵌められたと自覚し始める。
「さぁ、全員騎乗だ!私が仕掛けた後、全軍で『飛翔移動』に移るぞ!」
帝国軍がざっと一軍、恐らく二~三千を義勇軍に差し向ける。
アレスも騎乗しながら魔法薬〔エーテル〕を飲み干しMPを回復させて。
「……さぁ行くぞ!【濃霧魔法】ぉッ!!」
「「「げ、外道ぉ~~~~~~っっっっ!!」」」
叫び声が上がったのは何故か味方の義勇軍からだった。
因みに慌てた巨人達も、霧から逃れる様に撤退を始める。
いや実際に逃れているのだろう。霧の高さは巨人達とて迷わせる程度には分厚く漂う。ある意味で彼らにとっても撤退の好機だ。
アレス達も早々に飛翔し、遠距離攻撃でしか届かぬ上空まで部隊を昇らせる。
「このまま帝国軍上空を横断するぞ!」
「アレス王子!流石にその距離は維持出来ん!」
『飛翔移動』は飛行兵種特有の技術だが、上空を飛び続けられるのは一時的な代物だ。端的に言って、体力が持たない。
特に翼人兵は、ペガサス以上に休息が必要だ。
「分かっている。だから先ずは此処で降りるぞ。」
事前に帝国軍の位置から予定していた、くの字の飛行ルート。
この位置なら休憩中は霧の中で休めるし、帝国軍も直ぐには来れない。
そして帝国軍がアレス達を探して散らした偵察隊が、そろそろ到着する頃。再び今度は通常の飛翔高度で飛び続け、今度こそ帝国軍の上空に差し掛かる。
「【中位氷槍檻】っ!!」
「「「【中位氷槍檻】っ!!」」」
今度は霧を散らし難い、氷塊の塊が次々と地面で弾ける。
義勇軍が来たと知らせる事にはなるが、敵に奇襲出来る機会は逃せない。
反撃の矢衾や盲撃ちの魔法を振り切って、霧の端近くで再度の『飛翔移動』。
流石に山岳を直線で追える兵種は向こうの帝国軍には無い。これで帝国軍は霧が晴れるのを待って再編成し、山登りを始めるしか無くなった。
「総員、滑空攻撃準備!このまま巨人達の止めを刺すぞッ!!」
「「「げ、外道だ!ホンマモンの外道だッ!!」」」
「人食い巨人達を、このまま逃がす訳にはアカンやろがぁッ!!」
ゲェ~~~ッはぁ~~~はぁ~~~~~~ッ!!
経験値寄越せ!マナという名の経験値寄越せェ!!
プラルトンと人食い巨人共!お前ら全員、ワシらの刀の錆じゃァッ!!!!
◇◆◇◆◇◆◇◆
「諸君は忘れているかも知れないが、我々の目的は義勇軍の主力部隊が来るまでの時間稼ぎである。」
帝国軍は今、左右の峠道側に進ませない様にしながらの包囲進軍を進めている。
既に昼頃になったが、それまでアレス達は、【遠望雷嵐】以外何もしていない。
所謂完全な昼食兼休憩時間である。
怒り心頭の帝国軍は、全軍を以って散開しながらアレス達を包囲していた。
如何に『飛翔移動』と言えど、あの分厚い包囲網を突破した上で飛び続けるのは流石に苦しい。
だがこれで確実に、モルドバル城塞との合流は一日遅らせる事が出来た。
義勇軍も明日には帝国軍の背後を突ける筈だが、問題はその頃間だ。
北西側を突っ切ればモルドバル城塞への進軍を阻害出来るが、消耗戦になる上に義勇軍本隊との合流が遠ざかる。本隊到着前に全滅する恐れもある。
南東側を突っ切れば本隊との合流も容易くなるが、同時に本隊が気取られる恐れが増す。そうなればモルドバルへ退き合流される恐れがある。
「……まあ、やれるだけの事はやったよな?」
「やったね。やり過ぎる程やったね。」
「ああ。鬼畜って言葉しか思い浮かばないくらいやったな。」
「お前ら酷くない?オイラ君達の指揮官だよ?」
(((明らかに千前後の部隊に全軍で包囲されてるしなぁ…………。)))
というか物量が違い過ぎて時間稼ぎの効果が薄い。正直南東一択だと思う。
思ったより包囲網が狭いので、もう少し包囲網が縮まったら動き出そう。
帝国クラウゼン侵攻軍の指揮官達は、揃って腸が煮え繰り返っていた。
只でさえ陥落済みのクラウゼン完全制圧という旨味の薄い任務で士気が上がらなかったところに、まさかの奪還済み。
動揺して方針が決まらぬままの、夜襲による敗走だ。
立て直してもう一度、と行かなかったのはクラウゼンの難攻不落振りを知る敗残兵が、制圧部隊を頼って合流したからだ。
既に完敗済みなら自分達の恥ではないと言い聞かせて、戦力の温存を優先しての帰還途中。まさかの城塞目前にしての奇襲攻撃である。
しかも何処から連れて来たか、巨人達を囮にしての高みの見物だ。
霧に紛れて散々混乱を煽った挙句、自分達に損害が無いと魅せ付けるかのように目の前で巨人達を討ち取って見せた。
まるでお前達は、無関係な敵相手に消耗したんだぞと言わんばかりに。
わざわざ山頂に居残って。昼食を取る余裕すら見せつけて。
言い訳のしようも無い敗北である。クラウゼンでの奇襲とは訳が違う。
露骨に、小勢に、堂々と見下されている。自分達の方が、遥かに多い大軍を抱えた上での完全な撤退劇。ご丁寧に未知の魔法による超遠距離攻撃まで添えて。
数の少なさを見せつける様に、晴れ晴れと見晴らしの良い場所に居残られて。
ここまでコケにされた戦いは、誇り高き帝国騎士達にとって初めてだ。
ここで黙って見過ごすという選択肢は、帝国軍の誇りに賭けて有り得ない。
「どっちだ……?どっちに抜ける?
頼む、こっちに来てくれ……!我々に、ヤツを討たせてくれ……!」
呪詛の様な思いで包囲する騎士達は、焦れる自分を自制しながら山肌を登る。
帝国軍とて天馬隊との交戦経験はあるし、何なら少数なれど自国にも存在する。
よってどの程度展開すれば退路を断てるかも、概ね把握している。筈なのだ。
では何故。義勇軍は何故ああも悠然と構えていられるのか。
勿論実際は悠然どころか、他に打つ手が無いくらい追い込まれているのだが。
帝国軍側視点ではあくまで、一方的に殴られ続けている気分しかない。
日が傾き始め、距離が詰まる。後少し包囲網を狭めれば、魔法や弓矢が届く。
例えどのタイミングで動くとしても、一方的に殴られる状況を座して待つ義勇軍では有り得ない。
「動いた!こっちだ!南東だッ!!」
南東側の峠口付近で両者が衝突する。
一斉に上がる怒号、全力で迎え撃つ騎士達と、必死で追い縋る騎士達。
双方から高火力の魔法が一斉に弾け、しかし射程攻撃の総合力では義勇軍に軍配が上がり、帝国軍の足が鈍る。だがそれだけだ。
最初から『飛翔移動』を行わなかったのは、帝国軍のド真ん中で力尽きる事態を避けたのだろう。ならば今こそが最大の交戦好機。
「全力攻撃ィッ!!!」
「「「うぉぉぉおおおおおおおおおッッッッ!!!!」」」
そう。それは敵の戦術が、一旦なりとも見えてしまったからの失策。
あの無敗の英雄アレス・ダモクレスが、無策で挑む筈は無かったのに。
魔騎士達の放つ炎が辺り一面で一斉に放たれる。魔法以外での数少ない範囲攻撃であり、接触直後故の混戦前。敵味方を区別出来る状況。
互いの視界が塞がりつつも、共にある程度の痛手を与える。
(やはり手強い……ッ!だが、力業で突破出来る程帝国騎士は甘く無いぞ!)
「突撃だ!帝国軍の横っ腹を食い破るぞっ!!」
「「「【中位火炎渦】っ!!」」」
横合いから一斉に炎の渦が、帝国軍の後方を一方的に飲み込む。
放たれたのは峠の先、南東の峠道から一斉に傭兵団が吶喊して来ていた。
「なぁ!ば、馬鹿な!いや、そうか!伏兵とタイミングを合わせていたのか!?」
南東側を受け持った騎士団長が、己の失策に気付いたが後の祭りだ。
文字通り全力で特攻した所為で、全部隊が天馬隊に向けて馬を進めている。
正面衝突したくらいで加速の勢いが止まる訳では無い。部隊を後方に反転させるには、視界が炎で封じられた混乱中の馬を巡らせねばならない。
「『飛翔移動』!援軍の上空を駆け抜けろ!」
「あぁ!ま、待て!くそ、追撃だ!反転だ、反転するんだ!!」
アレス王子の号令が響き、一斉に天馬、翼人達が飛翔する。慌てて強引に馬を巡らせるには、乱戦が始まりかけた山肌は余りに足場が悪過ぎた。
全員の注意が頭上に向かい散漫になる。幾人も落馬し、中には味方を巻き込み、巻き込まれ。坂を駆け下りる突撃に対応出来ない。
「くそぉ!くそぉぉぉおおおおッ!!!!」
追撃隊の騎士団長は、落馬の波に飲み込まれて崖を落下していった。
当然の話だが、義勇軍傭兵隊。剣鬼スカサハと剣姫レフィーリア隊二千の突撃はアレスの与り知るところでは無かった。
そもそも義勇軍本隊の現在位置を把握する余裕など無い。
ましてこちらの動きを把握して都合良く別動隊を峠道に向かわせるなど、義勇軍本隊の反対側に居るアレス王子には不可能な所業だった。
これが予定にある作戦行動なら、アレスは北西か南東かで迷いはしない。
「助かった!リシャール殿下は何故こっちに兵を?!」
傭兵隊の先導に従い、飛翔部隊は続々と彼らに庇われながら降下し山肌を走る。
目標地点は南東山の裾野。程近い山影の、義勇軍本隊のいる方角だ。
「殿下の《治世の紋章》だ。リシャール殿下は折を見てこっちの戦況を確認していたんだとよ。
殿下はお前と違って、自分の紋章を隠さず堂々と使っているからな。」
魔狼の脇を並走する天馬に寄せて、スカサハがアレスと情報交換を始める。
リシャール殿下はアレス達が山頂に陣取って包囲されているのを見て、既に余力の無さを悟ったらしい。朝の内に傭兵隊を分けて峠道を進ませたそうだ。
横合いを狙えたのは義勇軍の密偵が峠道に潜んでおり、影で戦況を観察していたからだと聞かされた。
「俺達はこのまま山影に陣を張り夜営をすれば良いそうだ。
帝国軍が追撃すれば朝には本隊が帝国軍に届く。これ以上の損失は元が取れないとリシャール殿下が言っていたよ。今は無理のし時では無いとな。」
「そうか、分かった。」
実際九死に一生を得たアレスに否やは無い。それに夕暮れ時にも関わらず、帝国軍は未だ全軍が山肌を進軍中だ。
距離こそ離されたが、未だアレス達への追撃を諦めてはいないらしい。
だが、今日は夜襲が出来るかは少々怪しい。日が暮れ始めては数の多い方が準備に手間取るし、食事抜きでは体力に差し障る。
「まあ哨戒はこっちで引き受けるから、今日はゆっくり休め。」
「ああ、そうさせて貰おう。」
翌朝。全軍で山登りを行った帝国軍は全軍の精彩を欠いていた。
流石に本隊の存在には気付いたが、いや。気付いたからこそ今更距離を取るには疲労が深いと、追撃を諦めて平原に陣取るという選択肢を帝国軍に選ばせた。
万全な状態の義勇軍本隊に加え、帝国軍は度重なる襲撃で既に約一万二千程度に落ち込んでおり、当初の数的優位は殆ど存在していない。
ましてアレス王子が後方に引き下がった状態では、徒労感から立ち直る精神的な好機は失われたに等しい。
戦術的な優位を取られたまま挽回出来ず、昼には戦線が崩壊。
義勇軍側の勝利で決着した。
※本日より三連休連続投稿開始。明日は間章になります。
問。何でタイミング合わせなかったの?
答。襲われるの予想外なんでそもそも計画に無いです。
気の利く上司とかホント有難いわ~。というのがアレス王子の本心ですw
何で全部ワシの計略にされてんのかは知らぬ。山を駆け下りながら必死に目測で予定修正してましたw
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