49.第十二章 クラウゼンの趨勢
※本日秋分の日振替投稿。続きは28日土曜投稿です。
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クラウゼン城の一室。城を追われたクラウゼン王家の面々が集まり、遂に再会を果たしていた。
「おにいさま、おかあさま!」
「アレス王子、リシャール殿下。そして聖王国、義勇軍の皆様。
よくぞ我が子を救い出して下さいました。」
気丈に振る舞ってはいても、王妃の目には涙が溢れかけていた。
レオナルド王子はチャイルド王子を妻の元に促し、王妃に続いて礼を告げる。
戦死した父の後を継ぐ決意を固めた彼の瞳には、断固とした意志が宿っている。
だが一方で、クラウゼンの聖戦、並びに義勇軍参加には高い障害があった。
場を改めてレオナルド王子は、義勇軍諸侯に自領の現状を語り始めた。
「今回の件でクラウゼンの攻略軍は概ね南部から撤退したとみて良いでしょう。
このままリシャール殿下共々義勇軍が聖王国に向かわれれば、改めて帝国軍が我が国に送られる可能性は低いと見ています。」
「では何故クラウゼンは参戦出来ぬのです!」
「……央北のスカルガ岩礁群島域。
ダーチャの海賊達、ですか?」
アレスはゲームシナリオを思い出しながら呟くと、レオナルド王子は驚きつつもまさにと頷いて肯定する。
ダーチャの海賊達。
それは岩礁と群島が集まるクラウゼンの北端から西半島火山まで続く、断崖海岸一帯を荒らし回る、百年以上の歴史を誇る海賊集団の事だ。
西の半島を超えてしまえばなだらかな海岸線が続き、海流の荒い北側に大型船が停泊出来る様な港町は無い。元より北部群島域は海流が複雑で荒く、小型船以外は碌に行き来が出来ない岩礁域だ。
義勇軍が南海岸から北上したのもこの辺りに理由がある。
では何が問題かと言えば、彼らは海賊と評しつつ荒らすのは北部地域全体。
要は岩礁地域に逃げ込むため、陸軍では退治出来ない野盗集団なのだ。
かと言って海軍で攻め込むには大型船が使えず、物量の利も活かせない。
敵本拠地を探り当てるのも難しく、各個撃破の的になる極めて厄介な賊集団。
それがダーチャの海賊達だ。
「これが一介の海賊で済めば無視も出来る。だが連中は略奪で生計を立てる実質的な地方豪族と言っても良い存在だ。
そして帝国軍攻略軍は北部から上陸し、我がクラウゼンを侵攻していた。」
それはダーチャの海賊達が帝国軍と同盟関係にあるという意味であり、彼らを放置する限り帝国軍は安全に大軍を上陸させられる。いわば橋頭保なのだ。
「王城の奪還が叶ったとはいえ、諸侯の一部が帝国に寝返る様な状況下だ。
正直に言えば、造反貴族達を討伐するために後ろ盾として義勇軍の協力が欲しいと言うのが我々の本音だ。
この情勢で軍を減らすなど、許容範囲を超えているのですよ。」
レオナルド王子としても苦渋の決断だと言うのは伝わって来る。
だが問題は帝国軍が、北部の軍ごと引き上げた点にある。
「単純に再編成してクラウゼンに攻め寄せるなら今までと同じだ。
だが恐らくこうなれば、帝国本隊は聖王国の完全制圧にのみ戦力を集結させる。
はっきり言えば他に回して各個撃破される程、帝国は愚将揃いでは無い。」
「せめて今年一杯、持ちませんか……。」
リシャール王子とレオナルド王子は陥落前はこの城塞で暮らしていた。互いの軍事情も把握しており、年嵩も近い友人関係と言って良い。
聖王国軍の内情も、概ね把握し合っていた。
「恐らくな。聖王国の方針は、如何に本腰を入れさせないかにかかっていた。
単独で帝国に対抗するのは不可能。だから〔聖戦〕が必要だった。」
義勇軍は質で帝国本隊に対抗出来る様になった反面、圧倒的に数が劣っている。
正しくは数だけなら復興中でも帝国中央軍と同程度は揃えられるだろう。だが質は全く届いていないので、対抗出来る精鋭だけを抽出したのが現状だ。
主力を双方に分けて、戦局を打破出来るかと言えば。
「……厳しいですな。許されるなら義勇軍が二つ欲しいくらいだ。」
北部と東部、どちらの諸侯としても戦争が長引くのも他国の為に軍を消耗させるのも避けたい。本音を言えば聖王国への義務だけ果たす方が国庫には優しい。
既に国が傾きかねない負担が一部の国にはかかっている。
だがクラウゼンが陥落すれば戦乱が更に長引くのは確信出来る。最早クラウゼンは難攻不落の無敗都市では無くなったのだ。
「……なら、私がこちらに残ろう。」
「アストリア王子?状況を理解しておられないのですか?」
聖王国やクラウゼン側の諸侯が義勇軍諸侯の反応に疑問を抱く傍ら、アストリアの視線はあくまでアレスに向けられている。
「しかし、それは……。」
「考えてはいたんだろう?誰に任せれば良いかが決められなかっただけで。」
「どういう意味ですか?一体何を!」
「義勇軍は準主力級の戦力なら増員出来る。
帝国本隊と戦うなら心許無いかも知れないけど、海賊相手なら十分だ。
正直未だ私達後続組は最前線だと厳しい。クラウゼン平定に協力してから改めて合流するくらいで丁度良い。だろう?」
「しかしそれは……。」
それはアストリアがダモクレスの総大将では無く、予備戦力の指揮官として動くと言う意味だ。
渋るアレスにアストリアは一同の死角から、指と口の動きで密談する。
(《治世》なら海賊の本拠地を探せる。
私が部下だと調査結果を信じるかどうかの話になるよ。)
(むぐ!いや、確かにあなたが指揮官なら色々面倒が省けますけどね?)
「承服出来ぬ!アレス王子なら兎も角、何故我々が北部の一王子の風下などに立たねばならぬ!別動隊とは言え大将格なのだぞッ!!」
そら来たハイ来た。率直に言って現状兄の評判は「無能では無い」「ハーネルの暴走に巻き込まれただけ」程度には留まっているが、他の諸侯より飛び抜けた功績を立てた訳では無い。
ワッケイ城攻略の貢献もワイルズ王が総指揮を執っていたため、口さがない者は「お零れ王子」等と揶揄する始末。アレスから見ても時期尚早感がある。
「それは言い過ぎでは無いかラッドネル王太子?少なくとも彼の王子はクラウゼンにとっては恩人、こちらとしても敬意を払うに値する御仁だ。」
言外に貴殿よりはとレオナルド王子が不快感を態度に示す。
自分の方が相応しいと顔に出ていた東西国ラッドネルの王太子は、しくじった事に気付くが尚も言い募る。
「だが!だがその者は我々が苦労して正面から攻略している隙に、我らを囮にして王都制圧の手柄を掻っ攫った卑怯者では無いか!
自分達だけが良い目を見ようとする輩を誰が信用すると言うのだ!?」
「あれ?もしかしてアレス、君言って無かったのかい?
あれは最初から君の予定通りだった筈だろう?」
「「「?!?!」」」
アストリア王子の意味を、大部分の諸侯が図りかねる。
「事前には言えんでしょう?最優先はクラウゼン王家の救出だったんだから。」
「ちょ、ちょっと待った!それはどういう事かなアレス王子?」
慌てて東央国イストリア王が割って入る。今迄様子見をしていた御仁が、アレスの腰が引ける程の動揺を見せていた。
「え?えぇ。期待はしていましたよ?
でも予定に組み込む時間は無かったでしょう?そもそも連絡が取れなかった状況ですから。」
「それじゃ分からないよアレス。
君は可能な限りクラウゼン王家が参加出来る形で城塞を奪還したかった。
それも出来れば、城の奪還に軍を出せる形が良い。だろう?」
んん?今度はこっちが何を問題にしているのか分からんぞォ?
だが兄がこういう物言いをする時は何かしら含みがあるのは分かる。取り合えず言葉にして状況を整理すべきか。
「それはそうでしょ?そもそも今回の事態は帝国戦線でクラウゼン王国が疲弊してしまった事が原因な訳ですから。
ここで他国の力だけで帝国を退けるより、クラウゼンが健在であると示せる方が情勢も安定し易い。
実際今問題になっているのも、当にその不安定さが原因でしょう?」
「「「…………。」」」
え?何この沈黙。
何も変な事言って無いよね?
「事前に言えなかったのは、王家の方々の救出に成功したかが分からなかったからだけじゃないよね?」
「ああ。王族としては奪還の好機に動かないのは問題がある。
けれどそもそも戦える状態とは限らないでしょう?怪我の治療を優先したら間に合わなかったよりは、そもそもタイミングが合わなかったの方が瑕疵が少ない。
下手に伝令を出せば強要に成り兼ねない状況下でしょう。それで戦死なされたり倒れたら救出自体に意味が無い。」
「だ、だがそれでは参戦自体が不可能では無いか?」
イストリア王の疑問に漸く思い至る。成程、そう言えば兄の評判は凡人止まり。
そう考えれば確かに突拍子も無く聞こえるのはしょうがないのか。
「クラウゼンの方々は、兄アストリア王子から奇襲の提案を受けたという話だったと思いますが、間違いありませんか?
では、兄さん視点であの時どう思って奇襲したのか説明してくれる?」
レオナルド王子達の確認を取って、改めてアストリアに問いかける。
多分これが兄の含みの回答になる筈だ。果たして兄は頷き返して。
「先ずリシャール殿下との合流を目指していた君がクラウゼン城塞に攻め寄せた。
この段階で救出に成功したのは伝わったよ。少なくとも時間を稼ぐ必要があったら朝駆けなんてしない。
後正面から攻め寄せた時点で、こっちの動きを気にしてたのも伝わったかな。」
「あ、アストリア王子?それはどういう……。」
「アレスなら例えば……そうだな。
初日は平原の兵を粗方敗走させ後、城塞近くの砦へ引き上げたんじゃないかな?
そうすれば敗走した部隊は安心して城塞で再起を図る。この時密偵達を敗走した兵士に紛れ込ませておく筈だ。
そうして夜陰に紛れて城攻めを開始し、城門前に迫った辺りで内側から門を開かせれば最小の犠牲で攻め落とせたんじゃないかな?」
「まあね。」
「策が出せる状況で正面突破を選ぶだなんて、囮役以外に考えられないよ。
こっちに主導権を任せたのは、クラウゼン王家の現状までは分からなかったからだよね?気付いて奇襲出来るならそれで良し。
別に正面突破でも落とせると踏んでたんだよね?」
「兄さんなら言わなくても分かるしねぇ。
この場合伝令を走らせた方がデメリットですから。動けるか判らない相手を作戦には組み込めないので、期待して動けとは言わなかった訳です。
戦略に変更はありませんからね。」
はっはっはぁ~!この兄、かなりの凡人詐欺なんですよ~?
事前情報が同じなら大体言わんでも全部察すると言うね?まあ楽だけど。
楽なんだけど、弟より優れた兄なんぞ居ないとか!
超絶片腹痛いと思いませんか皆さん!
(つ、つまりこういう事か?最初からアレス王子は我々を囮にする気だったと?)
(オイオイまさかこの二人、普段から戦略単位、他国の政治情勢まで踏まえて戦略を立てているのか?
え?我々もこのレベルに追い付かねばならんのか?)
(た、確かに推測に必要な情報は明かされていたな。
だがコレは無理だろ?というか、アレス殿が二人いる心算で考えろと言うのか?
流石に無理だろう?い、いやいや!本題を忘れるな。
そもそも今回の話はアレス王子の内心を当てろという話じゃない筈だ。
アストリア王子が別動隊を率いるのに相応しいかどうかと言う話の筈……。)
諸侯が熟考に入ったので、アレスは安心して考えがまとまるのを待つ。
少なくともこの場で兄より優れた提案を出せない内は、別動隊の大将を任せるのは問題なさそうだ。
そもそも今抗議してたラッドネル東西太子は、義勇軍入りして日が浅い。
二軍戦力扱いする必要の無い部隊を揃えたのだから、本隊に参戦して貰えば角も立つまい。
「「「では、クラウゼンの部隊はアストリア王子にお任せるという事で」」」
「何故ッ?!」
(いやぁ、兄さんが本気出すと話早くて助かるわ。)
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一方。聖都ジュワユーズ南東に、海岸線から秘密裏に上陸した軍勢があった。
乗船していたのは義勇軍の東部諸侯、しかし使われた帆船は常の進軍に用いてるダモクレスの所有船では無い。
今回の上陸作戦に総大将であるアレスは、一切関わっていない。
それもその筈。夜陰に紛れて上陸した彼らは義勇軍所属ながら、一軍入りの条件を満たさなかった者達で構成されている。
その数凡そ、一万前後。
特に東部の西と南、北部や他地方への偏見が激しく彼らの風下に立つ事を良しとしなかった諸国による、義勇軍とは別口の有志軍だった。
「どうやら問題無く上陸出来たようですな、カラード東南候。」
「当然だ。元よりここは騎士王国の陥落が無ければ義勇軍が聖王国軍と合流する際の上陸候補地として上げられた港町の一つだ。
警戒が強い地域をあのアレス王子が上陸地点に選ぶ筈も無い。」
カラード東南侯爵はアレス王子を過小評価してない。むしろ恐れを抱く程に特別視している。だからこそ他の諸侯に唆されて今回の独走に参加した。
より正確には、対抗馬の旗印となり総大将役を引き受けた。
今回の上陸作戦は、アレス王子不在の間に東部南西諸侯だけで帝国軍が占領するモルドバル城塞を奪還して。
城塞奪還の功績を盾にして、義勇軍本隊よりも先に聖王国軍と合流してしまおうという計画だった。
「全く、アレス王子も横暴が過ぎるというものですな。
全ての部隊をハイクラスで揃えた戦場など、御伽噺でしか聞かぬと言うのに。」
諸侯の追従にカラード候は、鼻であしらい馬を進める。
上陸直後の船は同船させた輜重隊に任せ、南西諸侯軍は早々に進軍を開始した。
アカンドリ王国攻略戦に参加したカラード東南候は、先の戦いにおいて必死で後を追い縋るだけで、碌な活躍が出来なかった。
数に劣る手勢が多数を蹂躙する戦場を、精鋭が圧倒する戦場を間近で。自身が脇役の位置で目の当たりにしたのだ。
このままでは勝てないと。強国だった筈の自分達が風下に立つのが妥当と思える程の、圧倒的な獅子奮迅振り。
あれを狙って戦術に組み込むなど絶対に無理だと実感した。してしまった。
今を受け入れていては駄目だ。現実に気付けぬ三流達などどうでも良い。
危機感を覚えぬ連中と本気で肩を並べる心算は無い。このままではカラード侯国は本当に強者に跪くだけの、只の二流国家で終わってしまう。
最前線で戦い、残り続けられる事を証明しなければ駄目なのだ。
「見えて来たぞ。総員、気を引き締めよ。
先ずは合流への手土産に、あのモルドバル城塞を攻め落とす!」
モルドバル城塞の大敗。それは義勇軍が決して一枚岩ではない事を示す、象徴の様な事件だった。
※本日秋分の日振替投稿。続きは28日土曜投稿です。
あすとりあ「凡人なりにアレスの考えそうな事くらいは大体分かるよ?」
諸侯「「「無茶言うな。」」」
らっどねる「オレは凡人じゃない!エリートだ!」
こんな感じの会議風景w
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