45.第十一章 恐怖の魔獣飼育員シャパリュ
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賭けに勝ったアレスは事前準備の指示を出し終えた上で、割と万全に近い体調で出陣する事が出来た。
アレス隊が担当するのは山脈の裾野を中心とした東側で、アストリアは西側。
両者共に中央のクラウゼン城塞へ迫る形で北上するが、西から出陣するアレス隊の移動距離が長い分、アストリア隊の方が広範囲の捜索を担当する。
目撃報告が届いた事にしたので目的地は隠し砦の方角一直線とはいえ、道中には村や町を守るため、又は町自身が一部となった小砦が点在している。
漆黒騎士団は帝国軍本隊が来る前に帰国しており、城塞を含めた周辺砦は全て元々クラウゼン王国と戦っていた現地帝国軍が管理している。
無論全ての砦が奪還された訳では無いが、一部には実質伏兵の様に帝国軍が駐屯しており、彼らを蹴散らしながら隠し砦へと急がねばならない。
不幸中の幸いは、どちらも昨晩の内に目標を発見出来た点か。
「アレス王子、東後方だ!帝国軍が追い付いて来たぞ!」
東央ワイルズ王が声を上げ振り向くと、魔狼ガルムに編成し直した騎士団を率いて追従する彼らの後方に、軍馬による土煙が見えた。
乗騎の体力はともかく移動速度では劇的に変わらない。振り切るにはガルム達の負担が大きいだろうと、アレスはヴェルーゼ皇女へ先行する様に指示を出す。
「伏兵ですか。」
「ああ。」
魔術師隊が先頭に進み出つつ東の山の裾野側に騎兵達が寄れば、敵軍の視界から隠れながら魔術師隊が森に侵入出来る。
続いて北部コラルド王率いる重騎士隊が殿を引き受けたかの如く魔術師隊より先の位置で足を止めれば、後方からの帝国軍の注意は殿部隊に引き付けられた。
「面白い!我が帝国金剛騎士団相手に時間稼ぎとは!
総員突撃だ!連中に力の差を見せつけてやれ!」
「槍を構え!受け止めろ!」
盾の影から槍を傾け、体当たりに備えながら狙いを定めるコラルド隊。
「「「【中位竜巻刃】ッ!!」」」
先頭がぶつかり合った瞬間を狙い澄まし、次々と真空の竜巻が渦巻き金剛騎士団を弾き飛ばす。勢いの止まらぬ騎兵達が次々と竜巻に飲み込まれ、倒される。
「く、くそ!な、なんという事か!」
「未だ!叩き潰せ!」
最前線を切っていた金剛騎士団長テリー男爵は幸いにも魔法の射程外だったが、至近距離で上がった号令によって、指揮よりも護身のために鉾斧を振り回す。
「森の中だ!副長、後続を率いて魔術師隊の掃討に当たれ!」
「は、はは!」
副長の声を掻き消す様に動揺の声が上がり、思わず揃って顔を見合わせる。
「今度は何だ!」
「て、敵の先頭部隊が戻って来ました!後続が襲撃を受けてます!」
「なにぃ!」
完全に後手に回ったと悟り、テリー男爵は周囲に視線を巡らせる。
重武装部隊である金剛騎士団お得意の密集陣形は本来であれば今の状況にこそ力を発揮するが、魔術師隊がいる状況では只の的だ。
となれば既に、残る方策は敵の薄いところを狙った一点突破しかない。そこまで考えたテリー男爵の視界に、天啓の様にダモクレスの大将旗が目に映る。
弧を描く様に左翼、西側から先頭へと走り抜けようとする指揮官へと馬を巡らせテリー男爵は声を張り上げた。
「そこな大将!義勇軍の英雄アレス王子と見た!
貴様の首、帝国金剛騎士団長テリー男爵が貰い受ける!」
「出来るかな凡将!」
鉾斧を両手で掲げ突出するテリー男爵に応じ、アレスも魔狼を加速する。
擦れ違い様に武器を構えるかと思った矢先、テリー男爵は鉾斧の柄を地面に叩きつけて馬の背を蹴り跳躍、空中で手元を回し鉾斧を背に構え直した。
「受けよ『必殺・飛天大旋回』!」
全体重と遠心力を載せた〔銀の鉾斧〕による一撃を、アレスは鍔元で受けながら切っ先へと流し切り、驚く顔の男爵の脇腹へ刃を翻して薙ぎ払う。
(秘剣・流し斬り!)
「がはっ!」
(からのッ【真空斬り】!)
馬から転落して地面に叩きつけられた、恐らくは即死していないテリー男爵の背に間合い外からの鎌鼬が鎧ごと命脈を断ち切る。
「帝国金剛騎士団長、テリー男爵討ち取ったり!
このまま帝国軍残党を掃討する!」
『アレス王子、あなたは誤解していらっしゃる。
確かに理論上のスキル上限は十種だと言われている。だが実際の所そこに体質に依存したスキルは含まれていないのですよ。』
帝国軍を敗走させて、簡単な怪我人の治療をしつつ敵軍の武装を回収する。
アレスは戦場を遠目に警戒し俯瞰しながら水を飲み、以前僧王ガンディハーンに告げられた言葉を思い出していた。
『同じ『必殺』スキルでも、何を必殺の技術に鍛え上げるかは人それぞれ。複数の技を体得したとしても、全ての技は同じ一つの『必殺』スキルとして扱われる。
スキルはいわば評価であって、限界の表記では無いのです。
あなたはもっと強くなれる。肉体では無く、技術的にね。』
(流し切り。相手の攻撃を受け流す事で敵の体勢を崩しつつ反撃に繋げる技。
スキルに表示されるようになったって事は、実戦で通用する様になったって事で良いのかな?)
『鑑定眼』で表示されたアレスのスキル欄には今、11番目に『反撃』スキルが表示されていた。
アレスが有する体質スキルは三つ。つまりあと二つは理論上修得出来る可能性があるという意味になる。
「アレス王子、大丈夫ですか?何か不安でも?」
物思いに耽っていたアレスが気付かぬ内に、ヴェルーゼが顔を覗き込んでいた。
「あ、ああ。いや、ちょっと僧王の言葉を思い出していてね。」
「僧王?ああ、〔デルドラの神官房〕の。」
直接の面識が無い彼女は左程感慨を抱かぬ様だが、それも当然かとアレスも再び戦況に思いを巡らせる。
「流石に中央部にもなると、そこらの騎士団ですらスキルを体系化した敵が現れる様になったな。」
概ね回収作業が終わり、荷物を担いだ義勇軍兵が続々と騎乗する。
この回収作業は略奪とは少々意味合いが違う。この世界では指揮官以外を捕虜にしない。敵一般兵からは武装を回収し、回収した者は戦闘能力が無いと見做しその場で解放するのが一般常識となっている。
回復魔法には劣るが市販のポーション等で怪我は治せるし、全ての敵に取り返しのつかない大怪我を負わせるのは現実的じゃない。
何より死に物狂いで抵抗されたら困るので、戦意を無くした者は装備を差し出す事で見逃して貰うのだ。
勿論絶対では無いし、特に盗賊は大体裏切るので死ぬまで抵抗した方が良い。
だが何度も戦い続けるのは緊張感が持たないし、意外とこういう休息やご褒美にもなる機会は英気を養うのに丁度良い。
アレス自身も戦利品として〔銀の鉾斧〕を肩に担ぎ上げなら、再び進軍の再開を指示する。何か様子が気になったのか、進軍しながらヴェルーゼは馬を寄せて再びアレスに話しかけた。
「この先隠し砦があると言ってましたが、何か不安要素が?」
「……適わないなぁ。正直どの程度のものかは分からないけど、邪魔が入る。」
お互いに小声で話し、魔狼を並走させるだけで視線は周囲の警戒を止めない。
「《紋章》ですか。単に帝国軍が先回りしているだけでは無いんですね?」
「ああ。暗黒教団が魔獣を放つようだった。
予想通りなら巨描、キャスパリーグ。」
アルスの言葉を疑う事無く、彼女は風になびいた白い髪を掻き上げながら小さく眉を顰める。
「……大山猫の魔獣キャスパリーグ。確か民間伝承でしたね。
鳴き声で砦を壊し、逆立つ毛が鋼の如くそそり立ち、二又の尾を携えて民家にも勝るとも劣らない巨躯を持つという。
あれが実在し、暗黒教団が使役に成功したと?」
「実物を見た訳じゃないけどね。使役出来て無くても適当に放つだけで脅威さ。」
それもそうかと、呆れる様に溜め息を吐く彼女の姿は些細な仕草でも人目を惹く美しさがあった。
本当であればそろそろ婚約を発表する予定だったが、兄の騒動のお陰で公表には至らずダモクレス中枢と一部武将間でのみ共有するに留まっている。
とはいえいつまでも先延ばしする心算はない。
本来の予定ではワンクッション挟む予定だったが、ジュワユーズ攻略の暁には義勇軍を率いた褒美として正式に結婚の承認を願い出るつもりで居る。
帝国の皇女を娶るのは何かと問題があるが、玉座を継ぐのはあくまで兄であり、何よりジュワユーズが合流したら今迄の様に義勇軍総大将でいるのは問題が出る。
婚姻を条件に一歩引くと言うのは、政治的な面を考慮すれば落としどころとして丁度良い塩梅になる筈だ。
「西の砦から帝国軍の出陣を確認!凡そ千!」
「森に入る前に叩き潰す!三軍に別れて距離を取れ!」
その為には、この程度の戦場で躓いてはいられない。
この世界がゲーム通りにならないなら、ゲーム以上に強くなるだけだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
目的の隠し砦への最短距離の裾野まで到着し、義勇軍が続々と緩やかな山肌を進軍し始める。軍馬では中々進めない勾配であってもガルムなら多少は平気だ。
ある程度の道を事前に調べていれば、山道を省いて進む方が大軍で進軍出来る。
闇司祭シャパリュは隠し砦から繋がるもう一つの暗黒教団の根城、〔廃虚塔〕の最上階から義勇軍の進軍を見下ろしていた。
「あ~~~っはっはっはっは!壮観だねぇ!絶景だねぇ!」
大笑いしながら山肌を見下ろすシャパリュの元へ闇神官の青年が顔を出す。
「来たか。見たまえよ君、凄いじゃないか!
義勇軍の精鋭、およそ五千の騎士団が一斉に山を登る光景だ!
……信じられるかい?あれ殆どが魔狼ガルム部隊なんだゼ?」
闇神官に向けられたシャパリュの表情は、脂汗溢れる満面の笑顔だった。
コレ無理じゃね?という心の声に、闇神官は諦めましょうと首を横に振る。
「我々の使命は我らが神、魔龍ヨルムンガントの復活です。
そして一度暗黒教団が表舞台に立った今、我々には勝利しか許されない。」
流石は帝国軍本隊と事を構えようとする義勇軍。過半数がハイクラス部隊とか、彼らの本気しか伺えない。
正直もうちょっと民兵交じりの、傭兵で水増しした戦力を想定してた。
「ていうかもう少し手駒を増やす準備が整ってからでも良かったと思うけどね。
オレ的には後百年くらい後世にすべきだったと思うよ。」
「問題発言ですよ司祭シャパリュ。我が神と暗黒教皇様の御心は我々には図り知れません。お告げがあった以上、従うのみです。」
そりゃそうなんだけどね、と深い溜息を吐くシャパリュ。正直もうちょっと研究を続けていたかったが、時間切れだと諦める他ない。
脇に用意していたバックと檻を二つ闇神官に投げ渡し、再び裾野に視線を戻す。
「我々の研究資料の集大成と、実験体の幼体だ。
君はそれを我が師匠、闇司教クトゥラカに届けてくれ給え。」
「しょ、承知しました。謹んでお受けいたします。」
覚悟のほどが伝わった闇神官が、息を呑みながら敬礼をする。
「あ、ところで司祭。実験体の件ですが、下の者が一体何体放つのかと聞いておりましたが、如何伝えましょう?」
「それ以外全部で。」
「……え?」
「その番以外、ぜ・ん・ぶ・で。」
「ちょ!いやいやいや!俺達どーやって脱出すればいいんですかっ!!
制御出来ないって知ってるでしょ?そんな事したら本拠地の隠し砦の方からでも出られなくなりますよ!」
シャパリュは胡散臭さ満面の笑顔でゆっくりと振り向く。
「戦力の逐次投入は愚策だよ?」
闇神官の顔から血の気が引く。闇司祭シャパリュはそれでも負けるかも知れないと言っているのだと気付いたから。
「……つ、伝えて来ます。」
「ああ、急ぎ給え。それが終わったら君は我が師の元へ転移して貰う。」
階段を駆け下りる音を背に、シャパリュは大きく息を吸い込んで肩を怒らせる。
何せ想像の何倍もヤバい状況だったのだ。王国内を制圧するために散っていた軍はものの見事に各個撃破されたのだろう。
腹を括って脇に薬瓶の入った鞄を担ぎ、短弓の様な形状の十字杖〔雷の結晶眼〕を構えて魔力を注ぐ。
その中心には奇しくも猫目を思わせる結晶が付いており、遠くの山肌を進軍する義勇軍武将の様子が窺い知れた。
「さぁ、出し惜しみは無しだ!
我が研究のもう一つの成果、古に失われた秘術をお見せしよう!
弾けよ遠雷、我が希望の光にて神髄!【遠望雷嵐】ゥっ!!」
全身から多大な魔力が結晶に収束して雷光が矢の様に曇り空へと解き放たれて、弧を描く様に空から急降下する。
地上へ牙を剥く雷は急速に膨張し一面を覆い尽くす様に広がって。
同じく地上から放たれた雷の放電が華の様に弾けて両者がぶつかり合い、互いに余波だけを散らして消滅する。
「「って、何だよそれはぁッッッッ!!!!!!」」
シャパリュとアレス。偶然同じタイミングで必殺の一撃を放った両者は、揃って同じ顔と台詞で理不尽に憤った。
シャパリュさんは本当に優秀なお方……w
実際問題、両者共に最高最善のタイミングでした。詳しくは次回w!
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