44.第十一章 助けて下さい《治世の紋章》様
◇◆◇◆◇◆◇◆
天幕内、軍議中。
「我々は、軍を二手に分ける!
片方は私が指揮を執るリシャール第二王子捜索隊。
もう一方はクラウゼン王族捜索隊、こちらには兄アストリア王子に指揮を執って貰おうと思っている。」
正直今回は緊急事態。強権を発動するしかないと思っている。
兄アストリアの立場は婚約者マリエル王女の父、ハーネル老王のやらかしの所為で決して良いとは言えない。事実上ダモクレス乗っ取りを図っていたのだとは理解されたが、女王になったマリエルの婚約を維持した事で不満は残った形だ。
であるから。
「何故です!いくらアレス王子とはいえ身内人事は認められませんぞ!」
「中央部内のダモクレス密偵隊をフル活用する必要があるからだ!」
(嘘です!本当は二人の《治世の紋章》で捜索するためです!!)
(((居るの?既に?)))
流石に散々やたら詳細な地域地図を見続けた諸侯達に、ダモクレス密偵隊を過小評価出来る者はいなかった。
「「「…………。」」」
「…………?」
「い、いや!中央部にどれだけ派遣したかは知りませんが、一朝一夕でそんな沢山の情報が入る筈無いでしょう?!」
「一朝一夕?何を言っているんだ?
我々ダモクレスが長年〔中央部〕と交易を続けている話は、諸君にも周知の事実だと思っていたが?」
「「「………………。」」」
(((そういやそうだったわ……。)))
「さっきから何故皆揃って顔を背けるんだ?
えっと。まさか諸兄は我々ダモクレスが、聖王国の抵抗軍へ水面下で軍事物資の支援を続けている事も知らないのかね?」
「「「それは本当に知りませんでした。」」」
「「あ、そちらは聞いております。」」
んっん~~~?別に隠しても居なかった筈なんだけどなぁ~?
何だろうこの謎の気まずい空気感。何か別の生き物を見る様なネトッとした視線を感じるぞォ?今回は何に疑問を持たれてるんじゃろぉ?
(な、なぁ。ダモクレスって確か、動員兵力が千人で限界って聞いてたんだが?
ワシの記憶違いだったか?)
(い、いや。コチラも同じ様な話を聞いた覚えが。あります。)
(というかその数、絶対に密偵隊は含まれておりませんぞ。)
何かおっちゃん方がコソコソ話しておる。視線で尋ねても皆首振るんだけど。
え?え?何か変なこと言った?普通の事しか言ってないよね?
(((もしかしてダモクレスの動員兵数が少ない理由って、密偵隊の数が多過ぎる所為では……?)))
「あ、アレス王子?ダモクレスの密偵隊の総数は一体……?」
「?厳密な総数はちょっと。実際には商人達からの情報提供もありますし、商隊を支援する見返りとして偵察を頼んだりもしますから。
単純な情報提供だけなら事情を知らない現地協力者も含まれますし……。
まあ、専門の訓練をした者に限れば五百以上?」
「「「五百?!専門家だけで?!」」」
「あ、はい。流石に正確な数は機密事項ですが。戦場に出せるのは精々三百程度と思っておいて下さいね?」
(((あ、コレ実際には人数外が沢山居るヤツだ。)))
諸侯、ドン引きである。
今の世の中、他地方との交易は貴重であり危険も大きい。他の国にも密偵隊が居ないとは言わないが、基本的には近隣諸国の諜報で済ませるのが常識だ。
そもそも騎士団の維持費でも結構な額が必要なのに、騎士団を削って諜報部隊を重視する様な国は少数派だ。
大抵の国は、動員限界の一割いれば多い方だ。
「諜報専属というより、交易の片手間で諜報させた方が長期的には効率が良いので専門家を抱えるより楽ですよ……?」
諸侯、そうじゃないと言いたい。
この場には東央イストリア王国等の大国諸侯もいる。商人達から定期的に情報を買い取る事もある。だが違うのだ。
そもそも国自ら商隊を運営したり、世界規模の商隊を維持したりとか、逐一規模が違うのだ。比率が、入れ込み度合いが違うのだ。
前世でスパイや忍者が当たり前に知られている国出身者との感覚は、致命的な程に噛み合っていなかった。
「「「ま、まぁ。そういう事なら止むを得ないのかも知れませんなぁ……。」」」
別動隊大将、アストリア王子に決定。
◇◆◇◆◇◆◇◆
クラウゼン城塞。
クラウゼンの王都は、小さな山の山頂を平らに削って建てられている。
山は森に覆われて、しかし絶妙に管理された木々は山頂の分厚い城壁から覗けば全ての山道を一望出来る絶妙な高さの森だった。
しかも下から覗き見れば木々に隠れ、山頂の城塞は正確な場所すら伺えない。
山と森。この二つを攻略出来ない限り、勝負の土俵にすら上がれない。
一般的な城塞が守兵の三倍を必要とするとしたら、守兵の五倍から十倍が必要と謳われた鉄壁の牙城。それがクラウゼン城塞だ。
城塞の回りには南側を中心に蛇行する川があり、平地に囲まれ、点在する森が斑の様に広がり晴れ間のようで、その外側を囲む形で北側へ延びる山脈がある。
山脈と言っても城塞付近の山々は低く、聖王国側の東山は深い。
聖王国から進軍するには山脈を迂回する形になり、この地形こそが帝国軍の侵攻を遅らせる要因ともなっていた。
だが同時に。クラウゼン領内で暗躍するのに、この山脈内に隠れ潜むほど便利な場所は存在しなかった。
隠れ里ではない、隠し砦。暗黒教団の力を高めるための魔獣研究所とも言うべき施設が、この山脈の森に隠れた地中に存在していた。
『シャパリュ!闇司祭シャパリュ!何処にいる?!定時連絡だぞ!』
「はいはい、ちょっと待って下さい。今行きますって。」
隣室からの怒鳴り声に急いで駆け付けたシャパリュは、溜息を吐きながら室内の机に置かれた楕円鏡の前に座り、中を覗き込む。
鏡の中には怒りの形相を浮かべた初老の男が映っており、顔を映すか否かのタイミングで再び怒鳴り声と説教が始まった。
「そんな事言われたって、研究室には正確な時刻が分かる物なんて置けませんよ。
一体幾らするんですかそんな貴重品。」
実の所、この世界では時計という物があまり普及していない。
存在しない訳では無いのだが、基本的には村は中心に置かれる日時計だけという場所が殆ど。雨の日に時刻を気にする方が稀なのだ。
町では塔の様な日時計兼業の水時計や、水車を利用した時計もあるが、分単位の時刻を図る理由の方が無いという始末。
最も、これが魔導具になると話が変わる。雨天だろうと天文の位置は重要になるし魔力さえ尽きない限り一定の周期で回る円盤など難しい術具に入らない。
但し材料費に多少値段が嵩むので、結局誰もが持つものではない。
よって。一日の時刻は正午を基準に二十分割しかされておらず、五刻最初、等の曖昧な待ち合わせしか出来なかった。
ましてシャパリュは成果を急かされている研究者だ。報告を優先し過ぎて研究が滞ると抗議し、ようやく半年前に週一度にして貰ったのに。
義勇軍が東部を制圧したからと、毎日の生存確認を兼ねた方針転換を迫られた。
シャパリュの研究はあくまで長期展望、数年単位で取り組むものなのに。
「それで一体何があったんですか?今日は随分と慌てているようですが。」
『決まっている!キサマの研究の出番だ!
研究中の魔獣、準備は出来ているであろうな?』
「へいへい、勿論ですよ。急な方針転換でしたが、幸いにも半年の内に確保出来た苗床が予想以上の適合率を発揮しまして。
それぞれが騎士団の一つや二つと正面対決出来る自信作ですよ。」
自信満々のシャパリュに闇司祭ワルゴスは興奮も露わに拳を握る。彼は技術的な話は今まで碌に聞かなかったので、正確な内容を把握していないのだ。
『ほう、素晴らしい!では使役手段は?魔導具の方はどうなっている?』
「そちらは次回以降にご期待いただければ。」
『おい!どうやって使えと言うんだ!』
「いやそんな無茶な。未知の大型魔獣の量産ですよ?飼育法だって確立させるのも容易じゃなかったのに使役用の魔導具までなんて。
魔獣の自我を壊したら使役どころじゃないんですよ?個体調整も許容範囲も確認が必要なのに。予算に上限があるんですから魔導具代は後回しですよ。」
相手は生き物だ、半年で数を揃える無茶を分かって貰いたい。
散々予算を削りに来た張本人への抗議の眼差しに、言いたい事は伝わった様だ。
『だ、だが使えないのであらば何の意味もあるまい。
キサマその辺はどう考えている。』
「そりゃ用途次第じゃないですかねぇ。そもそも対義勇軍なら戦力は十分でしょ。
どんな使い方を想定してらっしゃのかを未だお聞きしてませんが。」
『あ。』
あ。じゃねーよ。どうやら本当に気付いてなかったらしい。
自分の気が急いていた事に気付いたワルゴスは、改めて咳払いをする。
『うむ。どうやら貴様の居る山の何処かに、聖王国の王子が逃げ込んだという報告が届いた。目的地があった様だが報告者は既に討ち取られておる。
キサマはその聖王国の王子を、義勇軍より先に見つけ出して殺せ!良いな?!』
「いや良い訳無いでしょうが。ご要望の魔獣は戦闘力しかありません。
特定の標的だけを殺すなんて真似出来ませんよ。
出来るとしたら、精々が“山に入った者を皆殺し”くらいです。」
『ッ?!そ、それは詰まり!』
「オーダーは、それで構いませんね?」
『っ!あ、ああ!!勿論だ!!後は任せたぞ!』
念を押すシャパリュに、嬉々として頷き通信を切る闇司祭ワルゴス。
溜め息を吐きながら姿勢を崩して、上司の問題児っぷりに天井を仰いだ。
(後は任せた、じゃないでしょーが。)
そもそも報告者が討ち取られたという事は標的に気付かれたという事だ。それに標的が山中に向かったというのも宜しくない。
逃げ込むなら人の多い町の筈。敢えて山に向かったというのなら、事前に隠れる当てがあったという事だ。もしくは逃げ道のどちらかが。
「北上して聖王国に向かうには明らかに遠過ぎる。最短距離なら間違いなく南。
……て事は、居るんですかね?反帝国の別動隊が。」
制御手段は無いと伝えたのに、何故偵察隊を引かせるとは言わなかったのか。
あの上司は山中は皆殺しって意味を、全く分かっていない。目印か何かを持たせている訳でも無い不特定多数の敵味方を、当たり前に区別出来ると考えてる。
改めて連絡を取り直すのも無理だ。この世界の通信手段は魔導具を使っても専用の術式を使った部屋が必要だ。部屋を出た相手には魔法での連絡手段は無い。
遠方との連絡なら、伝書鳩や伝令の方が確実なくらいだ。
「立て籠もっているかも知れない敵の襲撃と、命令系統の違う味方の避難……。
うん無理。取り合えず研究員達には森の境界に近付かない様に薬を撒かせつつ、明日の朝までに此処に避難させる。
向こうは自分で動いてくれる事に期待するしかないっしょ。」
口に出すと考えがまとまった。独り言が多いのは職業柄だ。
何せ機密事項の多い職場、相談出来る相手は頼りにならない上司しかいない。
そして悩みの種の大部分は上司絡みなので、相談してどうにかなるならそもそも悩まない。要は人知れず愚痴を言い続けてたらこうなっただけだ。
「全く。頭の中だけで考え出すと気が滅入るな。
さて、とっとと部下達に徹夜仕事を命じて来ますかぁ。」
さて。待ち合わせが難しい以上、通信をし易いタイミングは限られる。
例えば正午、そして日の出や日の入り前後の鐘の生る時刻直後。
例えばゲームとかで居場所に見当を付けていれば、第三者でも通信してそうな時刻を狙って盗聴を試みる事は不可能じゃない。
そう、《治世の紋章》なら!
「いよぉっし!よし良しヨォ~シ!未だ間に合う!
後は今晩中にリシャール殿下の居場所を探し出すだけ!幸い場所の手掛かりは、有能そうな敵が候補を減らしてくれた!後は確認するだけ!」
最低でも早朝直ぐ出陣しないと間に合わねぇやと、敵の通信をピンポイントでの盗聴に成功したアレスは一旦意識を体に戻し。
闇司祭の的確且つ容赦無い判断力に、白目を剥きながら呼吸を整えて。
ゲーム知識通りの場所に隠し砦があり、狙い通りの場所に避難している事を期待して、再び《治世の紋章》を飛ばす。
大丈夫。顔は覚えているので灯りの中なら見つかる筈。見つからなかったら今日は徹夜だ、何せ最悪チャンスは今日しかない。
(流石だね!こんな絶望的な状況でも《治世の紋章》なら現地に赴かずに目標周辺を短時間でくまなく探し出せるんだぜ!?
それこそ透明なドローンを使ってるかの様に!)
既に〔ミレイユ王女救出作戦〕マップと同じ敵、同じ魔獣が出現しそうな気配がある。という事は彼女の逃げた先と、リシャール王子殿下の避難先は同じ可能性が高い。きっと高い。多分、いや確実に。
(頼む、居てくれ!このマップ、砦の数と敵増援の数が凄く多いんだ!
最有力に居なかったら、本当に見つかるまで徹夜仕事になる!)
飛鳥の速度で探せるという事は、飛鳥の移動速度分時間がかかるという事だ。
普通の商人から近隣の情勢を聞き出す、までは常識的。まあドコの国でもやっている事でしょう。
けど他地方、しかも世界規模とかは無理!そもそも商売にならんでしょ?
全部聖都に集まるんだから、〔中央部〕とだけ交易してれば良いじゃない!
偵察なんて、戦争する可能性のある国にだけ派遣すれば十分だよ!
というのが世間の常識です。
「おかしいな。貿易とは他国の特産品を別の国で売り捌いて、希少価値の差でボロ儲けの筈なんだが。
序でに他国の顧客情報を調べる片手間で、弱み探すだけですよぉ~?」
とか言い出す王子が非常識なだけですw
なのでダモクレス情報網の大半は、密偵職ですらない民間人が大多数。
自分が密偵網の一端だと知らない現地人も沢山いますw
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