43.第十一章 リシャール王子救出作戦
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――帝国三大近衛、漆黒騎士団。
皇帝直属の騎士団であり、帝国の暗部を担当すると噂される密偵部隊の長。帝国第三皇子ベルファレウスが率いる表向きの騎士団でもある。
その性質上作戦行動の大半が明らかにされる事が無く、同時に一度動けば求められる成果はその殆どが鏖殺、殲滅戦。要は国内反逆者の討伐が主な任であった。
中でもベルファレウス皇子は数多の戦場で最前線に立って連戦連勝。
今や帝国の中でも最高峰、いや最強では無いかと噂される程の天才剣士としても知られていた。
聖都ジュワユーズ王城シャルルマーニュ。
白月城の名で知られる世界一の王城は背後に巨大な三日月状の湖を湛えており、その反射光で常に城壁を黄金に光り輝かせている。
湖から攻め寄せれば巨大な城壁に遮られ、城壁を制圧すれば深い堀か細い橋の、不自由な二択を選ばねば本城には届かない。
逆に湖を迂回すれば。小高い山を階段状に削られた城下町が進軍を遮り、五重の城壁を乗り越えて漸く王城に辿り着く始末。
中央の大水道橋は全ての城壁を乗り越えて進軍が可能だが、同時に全ての城壁の中央が跳ね橋となっている。
真下には定期的に水道橋に溜まったゴミを落す人口湖があり、非常時には敵兵を落す底無し穴となる。何故なら人口湖の底は山頂からの下水道でもあるからだ。
常に水が流れる訳では無く、定期的に底が封鎖され洗浄が可能になっている。
本城たる王城には、井戸に加えて雨水を貯める貯水湖もあり、通年水に困らない豊穣の地であり。城下町にすら畑があり、城に兵糧として納められる。
高度な建築技術に裏付けされた、最も美しき難攻不落に土を付けたのは、皇帝が自ら軍を率いた圧倒的な力業であった。
当時の痕跡が既に殆ど残っていないのは、まさに聖都の並外れた技術力によるものだが、同時に戦慄すべき脅威でもあった。
今のベルファレウスでは、恐らく再度奪還を命じられても不可能だろう。
皇帝と同じ力業を実現させるには、現状【三神具】以外には考えられない。
【聖杖ユグドラシル】の奪還に成功していれば、恐らくそれはベルファレウスに与えられただろうが。生憎当時の密偵部隊長は別人であり、ヴェルーゼ皇女が義勇軍に合流した事で奪還任務は中断とされた。
今現在、【神剣ウロボロス】は常に皇帝の佩剣であり、【神剣アヴァターラ】は〔南部〕攻略軍の総大将である第二皇子ジークフリードに与えられている。
彼らの優位は【三神具】がある限り揺るがないが、現段階で同程度の装備で両者に並び立てているかと言えば――。
「……まぁ、無理だろうな。結局のところあの二人に対抗するには最低でも【魔奥義】か【伝承魔法】のどちらか、或いは両方が必要だ。
LVや装備だけで埋まる差じゃあない。」
スキルだけなら負けているとは思わない。だが第二皇子ジークフリードは下手をすれば父である皇帝ルシフェルすら凌駕するかもしれない。
正直今は、どちらを敵に回しても負ける。その確信がベルファレウスにはある。
シャルルマーニュの廊下を歩きながら、ベルファレウスは長めの溜め息を吐く。
「……謁見の間で待っている筈では無かったのですか?
皇太子ダンタリオン第一皇子殿下。」
銀髪緋色のきつい眼差し、長身の痩身。神経質そうな表情はいつも変わらない。
かつては経営の才に優れて謀略にも長け、帝国がかつて武王国トールギスと呼ばれた頃は誰よりも多くの貴族を従えた長兄であったのだが。
生憎それらは、侵略戦争に措いて発揮される才では無かった。
無理の無い計画では皇帝の追従すら侭ならず、聖王国陥落後の統治下では王族の大部分に逃げられた結果、三神具を与えられる事も無く。
盤石と言われていた皇太子の座も、今や風前の灯火とすら言われる始末。
可もなく不可も無く、天才には打つ手の無い。皇太子ダンタリオンは戦時においては、良くて秀才止まりの器用貧乏な男でしか無かった。
「ふん。予定は軍議の間に変更された。連絡は行き違いになった様だな。
全く情報が遅いのは貴様も部下も変わらんという事か。」
おやまた何処かで負けたのかと、ベルファレウスは呆れた顔で肩を竦める。
今は未だ三竦みで無ければ困るのだ。ダンタリオンが失脚してしまえば第二皇子ジークフリードの独走が決まってしまう。
だが続くダンタリオンの言葉は、ベルファレウスを以てしても驚かされた。
「貴様が討ち漏らした義勇軍の英雄アレス王子が、ハウレス王国四都市をたったの五日で落として見せた。
分かるか?貴様が自慢気にしているクラウゼン城塞王国の一城は所詮三日。
偉そうにしていても、貴様は年下のアレス王子に負けているのだ。」
「くははははっ!兄上、それは余りにも情けない!
兄上はそのクラウゼン城塞に手も足も出なかったというのに!
まさか既に、アレス王子と戦う前から諦めたと言う気ではありませんな?!」
驚いた。東部をあの速さで陥落させた以上、何かしら中央部でもやってくれるとは思っていたが。まさか東部に匹敵する戦力が居たハウレス王国を五日とは。
アレス王子はたった数ヶ月でイストリア攻略時を上回る戦力を整えたらしい。
「そもそも貴様、何故前線に現れた?聖王国は儂の担当、好き勝手は許さんぞ。
漆黒騎士団を外征で使い断りも無く城攻めを行った罪、軽いと思うな。」
皮肉を笑い飛ばされ、憎々し気に睨むダンタリオンはこの場で本題を始める事にしたらしい。恐らくは正式な場所での議論は許さない心算だろう、が。
「生憎ですが、兄上に発破をかけろとは皇帝御自らの下知ですよ。あなたの権限の及ぶところではない。
手段に関してはこちらに任されましたので、これでも私なりの兄上への援護射撃の心算だったのですがね。」
「な、何だと?手柄の横取りをしておいて何処が援護だ、白々しい!」
「今年一杯。それまでに聖王国の完全制圧と国一つの追加。
聖王家王族全員の首か、義勇軍総大将アレスの首。
この三つの内どれかを成し遂げない限り、兄上の皇太子資格を剥奪する。
それが我らが父、ヨルムンガント皇帝の御意志です。」
「なっ!ば、馬鹿な!何故その様な!」
「遅い。既に陥落した国の統治にどれ程梃子摺っているのか、だそうで。
ああ、この状況下ではハウレス王国の奪還も含まれるのかな?
どうです?この状況下でクラウゼン王の首は、彼の城塞王国が残党処理、後始末だけで済むのは、兄上にとって援護になりませんか?」
「べ、ベルファレウス、貴様ぁ……!」
皇帝印の付いた封書を胸元に押し付け、ベルファレウスは余裕を崩さない。
だがダンタリオンは歯軋りしつつ言い返さない辺り、既に後が無いのは伝わった事だろう。これで用事は全て終わりだ。
「伝言確かに伝えましたので、私はこれで。
ああ、今の話を諸侯に伝えるかは兄上のご自由に。あなたさえ承知していれば何も問題はありませんよ。」
別段敢えて士気を下げる必要も無いと、ベルファレウスは笑いながらその場を後にする。目的地は謁見の間でも軍議の場でも無い。
己が手勢、漆黒騎士団の待つ兵舎の方だ。
「くそっ!」
歳の離れた弟に歯牙にも掛けられなかった現実に、皇太子ダンタリオンは壁に拳を打ち付けて苛立ちをぶつける。
だがあれでも形だけは敬意を払うだけマシなのだと理解している。
もう一人の弟ジークフリードは完全に格下扱い、父に至っては出来損ないとしか思われていない。書状を見るまでも無く、今の話は真実なのだろう。
暗い眼差しで深く溜め息を吐き、ダンタリオンは軍議の間へ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
何してくれちゃってんだ剣豪皇子ベルファレウスさんよぉぉおッ!!
クラウゼン城塞王国って原作でも聖王国のパトリック第三王子と共に義勇軍到着まで持ち応えた精鋭国家でしょお?!
聖王国陥落後、中央部では最強の軍事国家!城の堅固さだけなら世界最強!
〔聖王国の盾〕、〔不屈の騎士王国〕!何でたかが二千程度の漆黒騎士団に強行突破されてるんですかぁ~~~~ッ!!!!
……ふぅ。落ち着いた(致命傷)★
内心の錯乱はさて置きつつ、荒れる軍議に付き合う訳にも行かない。
第一報が届いた直後には予定を変更し、聖王国の東側では無く北の砦に進軍して制圧すると、ハウレスで手配した船の到着と同時に全軍で乗船。
即刻北西周りでクラウゼンの港町を制圧にかかっていた帝国軍を、奇襲で蹴散らして上陸を果たした。とはいえ問題はこれからだ。
港町での報告によると、クラウゼン王は城を枕に討ち死に。クラウゼンの王子は王妃共々近くの街に落ち延び、王都の奪還のため兵を集めているらしい。
だが同盟の証として亡命中だった、聖王国第二王子リシャール殿下は帝国軍に追われて散り散りに。現在の所在地は不明。
城を落とした漆黒騎士団はその足で聖王国の帝国軍本隊に合流し、そのまま帝国に帰投したっぽいとのお話。ですので。
これから帝国本隊が全力でクラウゼンの完全制圧を目指し、総攻撃を決めた様で準備に取り掛かってます。
やは。ゲームだと類似の状況は……。あ、〔ミレイユ王女救出作戦〕か。
そう言えば順番は前後しているけど、義勇軍が聖王国に到着する前。
クラウゼンでのメインシナリオで、クラウゼン王国に動いて貰う為にとミレイユ王女が直接交渉に向かうって展開があったわ。
現実ではリシャール王子が助かった分、彼が直接交渉に向かって既に同盟関係は結ばれている。よって現状では王女が直接使者を務める必要は無い。
けど城塞が陥落している点を除けば状況は大体同じ感じか。
強いて言うなら現在位置はクラウゼンの南西側だが、ゲームでは聖王国南を攻略した後の南東だ。クラウゼン城塞は丁度北端の中心部。
城塞以北も警戒する必要はあるが、問題はリシャール殿下の潜伏場所と、クラウゼン王族達の現在位置だ。
率直に言って城塞奪還せずに帝国主力と衝突すれば、彼らが持ち堪えられる可能性は無いだろう。だが聖王国を空に出来ない以上、現段階で動かせる帝国軍は然程多くない。良くて五万、順当に考えるなら三万程度か。
(であれば先手を打ってクラウゼンを奪還しつつ、聖王国に戦場を移せばハウレスと同じ方針で行けるか?
その場合、クラウゼン王族との合流は……。いや五分以下だな。)
クラウゼン貴族の反対意見が出たら頓挫する。
彼らはクラウゼンのみで奪還したいが戦力が足りるかは半々。となれば義勇軍を盾にして時間を稼ごうとする恐れがある。
つまり自国戦力が集結するまで城塞奪還の先延ばしだ。
その場合聖王国奪還の戦略は破綻する。だが聖王家寄りの貴族が生き残っているとは限らないのだ。
自国だけなら最善とも言える選択を前に、聖王国まで気にするかどうか。
(方針はあくまでリシャール殿下救出を最優先か。彼の意思で奪還をするなら事後承諾でも行けるだろうが、クラウゼンの面子を潰す。奪還の恩でトントンか?)
(クラウゼン奪還を放置した場合、後日の戦略に制限を受ける。
正直戦場を選べなくなると義勇軍の兵力では厳しいが、クラウゼンを味方に付けられる機会は欲しい。合流しなければ共闘は出来るか?)
「アレス王子、上陸部隊八千。全て陣地に収容し終わりました。」
「あいよ。取り合えず軍議前に夕食を取ってしまおう。」
天幕の中で地図と睨めっこする時間はお仕舞だ。
中央部に来てからは義兄アストリア王子とその婚約者、マリエル女王も首脳陣の一員として、一緒に食事を取っていた。
尻込みする彼女にはもう少し、将来の義弟として肩の力を抜いて貰いたい。
「ところでアレス、もう《治世の紋章》は使ったかい?」
「いや?」
食卓に弁当を並べる手を制止したアストリアに疑問を抱くが。
「最新の情報だ。クラウゼン貴族が裏切り、王子と王妃を捕らえて帝国に降伏しようとしたらしい。
捕縛に失敗してクラウゼン王家は今、全員が行方不明になった。」
「 。」
「ち。今日は放心する方だったか。」
今日は胃の音が出なかったかと、スカサハはアストリアに掛け金を払った。
※第零部は近々攻略情報と第一部の間に移動予定です。区切りは付いたけど未だ完結はしてませんw
リシャール殿下がクラウゼンに居たのは「クラウゼンの帝国軍を追い払うのに協力するから聖都奪還作戦への協力よろしく」という報酬の前払い的な参陣です。
クラウゼン王家としても「かー、親戚に助けられちゃって恩返ししないとか無いよねー。」的な態度で反対派を押し切る気で聖王家と連携してます。
じゃあ帝国に尻尾振ろうぜ派が主流になるには……?
というアレス王子の警戒心が、アストリア王子に追加情報を聞く迄の作戦方針でしたw
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