40.第十章 双槍王ウォルリック
※前回は7/15日月曜、海の日投稿をしております。
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「な、何?!わ、分かった!そいつは任せたぞ!」
「は、はい!聞いたな諸君、我々がその気になれば、その二人に負けはしない!」
スカサハに指揮を任された元東部騎士タリーマンが、慌てて周囲の兵達に声を張り上げて立て直しを図る。
実際彼の腕ではこの眼前の死者王ウォルリックは荷が重いだろう。
アレスと一瞬だけ視線を交わして、密偵頭グレイス宮廷伯がもう一方の死霊武将を引き受ける。
アレスの側には剣鬼スカサハと剣姫レフィーリアの双傭兵、僧兵バルザムとカルヴァン王子、レギル王子が加わった。
ヴェルーゼ皇女は闇司祭ドドロアを相手取っておりこちらに加わる余裕はなさそうだが、代わりに今の所優勢で特に危な気も無い。
「ッ来るぞ!」
『見切り』持ちに『神速』は通じない。ウォルリック王の伸びる刺突をアレスが絡め打って穂先を受け留めるや否や、心得た武将一同が取り囲んで襲い掛かる。
対するウォルリック王は、全身鎧とは思えぬ俊敏さで軽々長槍を振り払った。
【双槍王ウォルリック、LV35。リビングドール、魔騎士。
『心眼、神速、連撃、魔障壁』。白刃の長槍×2~。】
(〔白刃の長槍〕。
振えば『必中』が発動する、古の英雄が愛用した並外れてしなる魔法の長槍。
それがゲーム中の説明文だったか。)
この世界での『必中』は武技、秘剣の類だ。例えば同じ『必中』を習得している剣姫レフィーリアの場合は、『陽炎』という名の死角突きを指している。
だが魔槍でその効果を再現するのは酷く困難だろう。類似は有り得るが違う筈。
変幻自在に翻る槍の穂先と石突が、複数人を相手取っても五分に渡り合える程の多彩な槍捌きを誇り。
薙ぎ払いに紛れた弾き上げや突き落とし、三本足や四本足かと錯覚する様な縦横無尽の足捌きを披露する。
その体は決して若かりし全盛期のものでは無いが、死体という生者には不可能な負荷に対する逸脱が。
体に深く刻み込まれた数々の武技、槍術の再現を可能としていた。
普段であればアレス王子も、東部でありながら反則的なLVの高さに舌を巻くだけでなく、己の不運にも毒づくところだが。
生憎とアレスは前世の知識によって、双槍王という存在に心当たりがあった。
(双槍王ウォルリック。中央部の戦場で闇司祭が、対義勇軍への肩入れとして投入するリビングドール達の内の一体。
そうか、あれはこの〔悪魔宮殿〕から運び出されたものだったのか……!)
それは言い換えれば本来他の地方に運び出される筈のリビングドールが、戦場に持ち出されるのを阻止したかも知れないのが現状であり。
この一体より上の存在を闇司祭ドドロアが出せそうにない時点で、別に失敗したとは言えない状況でもあるのだ。むしろ総じて有利になったとも言える。
(けれど!未だ戦うのは早いのは、全っ然ッ変わらないッ!!)
刺突を織り交ぜた戦技の渦。一番アレスが狙われてる。絶対一番狙われてる。
というか総大将なアレスが、現状絶賛、思いっ切り囮役。
「ッ!!……ッ!ッッッ、ッッ!」
「うぉお、あれ全部避けるとかスゲェな。」
「ちょっと変態軌道よね。流石に真似出来る気しないわ。」
流石に二槍流で【魔力剣】を駆使する余裕は無い様だ。ウォルリックは単発の魔剣技を披露こそしても、殆ど全員が魔騎士と在っては驚くには値しない。
傭兵二人は雑談を交わす余裕を以ってそれぞれに片方が死角を維持しており、更に【魔力剣】による伸縮自在の斬撃は着実にウォルリックへ手傷を与えている。
だが。それでも『心眼』による洞察と『神速』、『連撃』の繋がりは一瞬の油断で致死に至る程の脅威として振るわれる。
何より古王ウォルリックは、明らかに剛腕頼みの槍術理論。静に対する動、柔に対する剛の技を得意としていた。
体重の乗った薙ぎ払いの傍らに繰り出される片手突きは、容易く鎧に穴を穿つ。
その怪力無双から放たれる変幻自裁、軌道の読めない複雑な槍技は全員を相手にして尚も、一人として己が必殺に踏み切れていない程の鋭さを見せていた。
「ら、埒があきませんよ現状!コイツって体力切れとかあるんですか?!」
カルヴァン王子が泣き言を漏らすが、決して彼の腕が悪いとは言えない状況だ。
事実全員がその危惧を抱き始めている。
特に呼吸が荒くなってるアレスを中心に。
多分王様、ちょっと剥きになってる。
「ちょ、ちょっと不味く無いか?流石にアレス王子も限界が近いぞ。」
「いや、アレスが仕掛けるまで待て。
アイツがある意味一番、この状況を打破するのに相応しい。」
「何なのその謎の信頼。」
「ッ……!!!!!!!!ッ!!」
スカサハが周囲に警戒を促し、強引な攻めを制止しているのはある種の共感。
同じ『見切り』スキル持ち故の、直感にも似た観察眼によるものだ。
「見ていれば分かる。仕掛け時を見逃すなよ?」
呼吸が苦しくなり、極限状態に近付く程冴え渡る集中力。
自覚したくないと思います。
だが只管に剣戟を繰り返すアレスの本能は、間違いなく警鐘を鳴らしている。
今派手な動きを見せれば死ぬと。今は仕掛けるなと、見逃すなと。
だが闇雲に切り合うだけでは、好機が訪れる前に力尽きてしまう。
切り弾き、双槍が揃って切っ先を反らす。
(!今ッ!『連撃・翻り』!)
それは切り払いの動作から半歩後ろ足で重心を傾け、後ろに下がる様に斬撃で渦を描く剣戟動作。
袈裟掛けの切り弾きを6の字の如く、相手刃が戻るより先に翻す『連撃』に至る程の切り落としに繋がり。
両手の槍が、視界から消える。
握る腕も、拳も捉えている。だが、槍が映らない。
刹那の錯覚。いや。
「ッ!透明化ッ!これがこの槍の『必中』かッ!」
咄嗟に手首の捻りを捉え、槍があると仮定しての柄弾きへと切り替えて後退。
後ろに流れた剣身の隙を、ウォルリックのもう一つの不可視が牙を剥く。
((【真空斬り】ィっ!!!))
「っ!?」
長槍の間合い外に居た二人の傭兵が、違わず同時にウォルリックへ真空の斬撃を届かせる。魔剣技を駆使しての不可能の打破、届かぬ筈の刃の到達。
それでもウォルリックは槍を間に挟み込み、直撃による重傷だけは見事に凌ぐ。
「「【炎舞薙ぎ】ぃッ!!」」
一面を埋め尽くす斬撃の業火が重ね合わさる。
一拍遅れての咄嗟の一撃。カルヴァン王子とレギル王子による追撃だ。
「ぅおおおおっ!!」
「『魔障壁』か?!」
それは炎を纏わせたが故の必然、物理では無く魔力の刃。魔障壁は魔力に対する攻撃を完全に弾き切る事が出来る、達人にしか活かせぬ完全防御。
精々片方。一撃なりとも防げれば間合いの内へと距離を詰められる。
炎を突っ切って距離を詰めたのは、レギル王子の眼前。更に後ろ。
(【魔王切り】ッ!からの……ッ)「【破壊剣】ッ!!」
体にかかる負荷がアレスの全身を軋ませ、気合で捻じ伏せたが故に、声が出る。
だがそれでも限りなく直撃に近い一撃を、ウォルリック王に叩き込めた。
体勢が崩れたレギル王子は紙一重でその刃を逃れて、王が後ろに距離を取る。
それは全員から等しく遠い距離であり。
息吐く暇の無い生者にとっては、必殺以上に呼吸の間で。
必然的に、場は仕切り直された。
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「な、何だと……。
あ、あのウォルリック王が、双槍王が未だに誰一人仕留め切れぬどころか、劣勢を演じているというのか……?」
闇司祭ドドロアは、驚愕にその身を戦慄かせる。
魔法使い同士の戦闘は、戦士と違って斬り合いの如く術を使い続ける事は無い。魔力が有限であるが故に、互いの術全てが必殺になり得るが故に。
相手の出方を伺う、戦況を俯瞰する時間が必ず生じる。
それは双方に前衛がいれば、尚顕著に表れる。
互いに前衛の欠落を防ぐために、援護を優先し相手への手を緩めるが故に。
だからこそドドロアは不利な戦況の活路をウォルリック王に期待し。
驚愕によって次の行動に迷いを抱いてしまっている。
元々〔リビングドール〕の運用は無条件に格上を使役出来る術ではない。
術者より優れた相手は制御下には置けず、LVで言えば同程度が望ましい。
生前を再現し、より近付ければその分支配は困難になる。
ドドロアにとってウォルリック王の運用は博奕以上の危険行為であり、義勇軍が無傷で負けるとは思えないからこその破れかぶれの行動だった。
つまりどういうことかと問えば。
ウォルリック王は、今限りなく生前に近い力を発揮出来る分。ドドロアは殆ど、全くといって良いほど制御していなかった。
「どうやら当てが外れた様ですね。
素直に降伏すれば、今なら楽に死ねますよ?」
流石にこの里の惨状を見れば、死刑を免れるとは思えない。
ヴェルーゼとしてもこれ程の死者を、墓荒らしだけで用意出来たとは思わない。
精々拷問を免れる事が温情としか言えない有様だ。だからこれは、情に訴えたと言うより少しでも情報を聞き出すための時間稼ぎだ。
「は、下らぬ。不出来な神に与する愚昧な者共の分際で何を。
そもそもリビングドールは不死、不滅。頼みの綱の【退魔陣】とて使う暇がそもそも無ければ、何の意味も無いわ。
例え一時優位に立とうが、いずれは力尽きて全滅するのが貴様らの定めよ。」
「何を言うか!リビングドールとて所詮は死霊術の産物!
銀や魔法の武器、或いは魔術そのもので葬り去れば蘇らぬ代物の筈だ!」
騎士タリーマンが高らかに叫ぶ。流石にナイトクラスなだけあって弱くはない。
「あら、なら何の問題もありませんね。
あの場で対峙している将達は一人残らず、銀か魔法の武器を装備している者しかいませんし。」
「な、何だと?!ふ、ふざけるな!はったりだ!
幾ら義勇軍が潤沢な資金を持とうが、東部で銀装備が流通している筈は無い!」
「あら知らないので?ダモクレスは積極的に中央部と交易しています。
聖王国から銀装備を数部隊分購入した事もあったそうですよ?」
ヴェルーゼが時間を稼ぎドドロアが絶句している間にも、グレイス宮廷伯は敵の前衛の排除に専念をしている。
元々優勢であった戦況で指揮官が指揮を止めればどうなるか。目の前の闇司祭は戦場に慣れてはいないのだろう。
今は口論で優位に立とうとするべき時では無いと言うのに。
「結局あなたの抵抗は何の意味も無く終わりそうですね。
どうやらあなたは使えないのでしょう?【転移魔法】を。
使えていたら、とっくに逃げていますものね?」
「ひ、必要無い!そもそもこの地に貴様らの理解の及ぶものなど何もないのだ!
貴様にはこの遺跡の価値も、我が神の与えし力の偉大さも、所詮は判りもしないのだろうが!」
図星か。正直今のは賭けだったが、これで確定だ。
密かにグレイス宮廷伯と視線を交わし、敵の殲滅を優先して貰う。
「新種の闇神具の開発実験と、死霊術の改良。
そんなところですか?」
あっさりと言い切られ、特に闇神具の研究に対しては予想すらしていなかった指摘に思わず口を金魚の様にぱくつかせるドドロア。
(ふむ、アレス王子の言った通りでしたね。
まさか本当に魔龍に与えられし神具を、わざわざ研究しているとは。)
どうやら魔龍は自分の与えた物の説明も満足に伝えて無いらしい。それとも案外十全に会話が出来る状態では無かったり、記録が失われてしまったのか。
元々全ての情報を共有するとは思っていないが、それでもアレスは謎が多い。
ヴェルーゼ自身も納得してはいるが、もう少し信用して欲しいとも思っている。
実際ゲーム情報も含まれる、暗黒教団が神具研究を行っているという話はアレス自身もその扱いに迷う部分があった。
だが神杖を持つヴェルーゼの場合は下手に情報を隠し過ぎると、身を護る上では逆に不利になると考え多少他の者より機密を教えている。
無論その辺は、彼女がアレスの婚約者である点も無関係では無いのだが。
ともあれ肝心要の情報に確信が持てた以上、下手に本当か嘘かも判らない者から聞き出すよりは、全体の被害を減らす方が大事だろう。
「さて。そろそろ十分時間は稼いだでしょう?
これで終わりよ!【中位落雷華】!……【中位落雷華】ッ!!」
「へ、【中位爆裂闇】ッ!ッぐぁああああアアァッ!!」
必死で衝撃に耐えるも、ドドロアの全身の血が沸騰する痛みに絶叫を上げる。
最初の落雷こそ相殺出来たものの、中位魔法の『連撃』に対応するには魔法への理解も技術も足らな過ぎた。
激痛に耐え兼ねて力尽き、周囲の見習い暗殺者諸共倒れ伏す。
即座に周囲の兵達が止めを刺して。見回すと暗黒教団の者達は全滅していた。
けれど双槍王ウォルリックは、まるでこちらに気付かぬ様にアレス達と戦い続けている。ヴェルーゼは恐らくこの場で一番リビングドールに詳しい騎士タリーマンに視線を向ける。
「えぇと。リビングドールは普通のアンデッドと違い、術者が倒れた後もずっと暴れ続けたという伝承もありました。
恐らく元々彼らに与えられる命は、単純なものだけなのです。
何か新しい事をさせるためには、追加に指示を与える必要がある。」
「つまり、もう指示を与える手段は無いと?」
「はい。そもそも闇司祭とて、殆ど指示らしい指示を出していませんでした。」
「成程。つまりは皆が勝つのを待つしかない、という訳ね。」
広いとはいえ所詮は洞窟内、距離を詰められたら対抗出来る自信は流石に無い。
魔力も心許無いのだから、残りは怪我の治療用に取っておくとしよう。
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並の槍よりも遠くに届く長槍に、尋常じゃない程にしなる柄。ここに手元に集中出来ない二槍流が加われば、武器の透明化は攻め手を封じる程の理不尽さを誇る。
何より相手は、苦痛の存在しない死霊なのだ。
既に一同は常人であれば、出血で身動きが出来なくなる程の手傷を与えていた。
だが既に固まり何百年と昔に乾き切った体に、今も流れる様な血潮は無い。
一見して体力勝負になるかと思われていたウォルリック王だったが、アレス王子は現状に活路を見出し、只管にその時を待って耐え続けた。
「どうするんだアレス王子、このままでは皆の体力が尽きるぞ。」
ある意味で最も精神的に未熟なレギル王子が、焦りを口に出して問いかける。
技量的にはカルヴァン王子と大差無いが、信じるという一点においては彼を遥かに上回る。自分では勝機を見出せないからこその焦り。
「もう少しだ。このまま交代で魔力と物理で攻め続ける。」
だがアレスの見立て通り、確実にその時は近付いていた。
やがて突然、ウォルリック王の動きが今迄と変わり始める。
具体的には今迄よりも細かく、大振りを控えて小技を多用し始める。
「ぃよし!今なら大技が使える!全員遠距離攻撃を中心に仕留めるぞ!」
「?!そ、そうかMP切れか!」
スカサハの叫びに頷きながら、周囲が距離を取るために接近戦を挑む。
「ならアレス王子、そのまま足止めを頼む!
【退魔陣】ッ!!」
人体には全く影響を与えず、乱戦で味方諸共使える強制成仏魔法、本来であれば瞬殺の魔法を、ウォルリック王は『魔障壁』の放出によって弾き飛ばす。
だが広範囲に及ぶ術であるが故に、後退するアレスの足止めは出来ない。
「「「【中位氷槍檻】ッ!!」」」
三人の魔騎士が選んだのは内側に向けて氷槍を散らす、花吹雪の様に振り撒かれる氷塊の檻。三重の包囲が絶え間無く突き刺さり、再度の『魔障壁』の間隙を二重の氷塊が潜り抜ける。
最早ウォルリック王には、単発の障壁に頼る以外防御法は無く。
「【退魔陣】ぁッ!!」
氷吹雪に耐えようとした時点で、互いに干渉しない浄化陣を防ぐ手段は無い。
「ま。ここまで追い詰めてれば、どの中位魔法でも倒せたんだろうけど。」
地に落ちた二つの魔槍を拾い上げ、《王家の紋章》の中に格納するアレス。
念の為周囲と『物見』を確認するが、伏兵も罠も見当たらない。
「闇司祭ドドロア並びに、双槍王ウォルリック、義勇軍が討ち取ったり!
この戦い、我々義勇軍の勝利だっ!!」
アレスが高らかに勝利宣言をすると、辺りから一斉に喝采が沸き上がった。
どうやらこれは、自分達が一番最後に決着した様だ。
※前回は7/15日月曜、海の日投稿をしております。
※次回は41の終章前に38+1の間章、話の店舗の問題で省略した救出活動の実態を投稿予定です。
〔リビングドール〕は云わば上級アンデッドなので、妄執はありますが理性はありません。夢の中で戦っている様な感覚でしょうか?執着は残っていても記憶は維持出来てません。
実は命令している不快な奴以外は、中々倒せない奴くらいしか認識出来てなかったりしますw
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