38.第十章 霧の中の隠れ里
※次回7/15日月曜、海の日投稿予定です。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アカンドリ山頂、義勇軍本陣。
暗黒教団の実在とその証明は、彼らに驚きを以て迎えられた。
……驚かれたんだよ。本当だよ。
「えぇと。まあ、竜の生首が転がってますしね。
その《闇の錫杖》が禍々しいものである事も理解出来ます。ハイ。」
それ以上に衝撃的な事があっただけなんだよ。俺だってビビったさ。
因みに〔竜の遺骸〕は換金アイテムですが、対竜武器の必須素材なので超大事。
〔魔女の店〕で売るとかなり貴重な品々が持ち込んだ数だけ店頭に並びます。
幸いにも鮮度が大事なのと一人で倒したお陰で権利はダモクレスが貰いました。
ゲヘヘ。兵卒達の喝采と指揮官側の温度差が心地良いゼ。
「つまり。〔暗黒教団〕が帝国に巣食っていたのは事前調査で把握しており、その本拠地や末端は調査中であったと。
そして遂に今回、その隠れ里を発見したというお話なのですね?」
「はい。その通りにゴザイマス。」
アカンドリ城中庭の天幕で開かれた食後の軍議では、休息を取った後にも拘らず重苦しい空気が漂っていた。
「ヴェルーゼ皇女に何か心当たりはありませんか?」
「ルシフェル皇帝が神剣や封印の解き方について研究していたのは事実です。
秘密裏に運営されていた組織は幾つかありましたが、明確に暗黒教団であったと言える集団はありません。
ですが私が帝国を出る頃には皇帝は神剣の力を引き出せる様になり、皇帝に異を唱えられる者はおりませんでした。戦争の為に重税を課す事も増え、それこそ暗黒教団や魔龍復活も絵空事では無いと思わせる空気がありました。」
「実際に暗黒教団の活動を見た訳では無いと?」
「ええ。元々私は直系皇族で一番若く、後継者争いに加われる歳ではありません。
教育期間に立てた功績により外様である反現帝派貴族達に支持を受け、後出しで後継者の一人として扱われる様になったのです。
だから教団が中枢に居ても、本来は知り得る立場にありません。」
彼女は第三皇女であり、ベルファレウス第三皇子と比べても年下になる。
むしろ『浄化』スキルの件も踏まえれば、暗黒教団を御すための切り札であった可能性もある。皇帝の意に沿って産まれたのかは、正直疑問が残る。
「別に深く考える必要は無いのではありませんか?
要は教団を放置したくないので、更に奥へ進軍したいという話なのでしょう?
暗黒教団だと思うからややこしいのであって、襲撃をして来た野盗を本拠地まで追跡して返り討ちにするだけと考えれば。
細かい事は、敵を討伐した後で里を調査すれば良い。」
コラルド王の提案に皆も確かにと頷き。
「しかし対帝国戦線も、いつまでも放置しておけませんぞ。」
「流石に数日で大きく動く事は無いと思うが。」
「それなら半数は帝国戦線に合流して頂きましょう。
こちらに物量は不要ですから、主力部隊のみの少数精鋭で事足ります。」
竜退治の気まずさから解放されたアレスがほっと一息吐きながら提案し、特に半信半疑の諸侯達から賛同の声が上がる。
緊張感が途切れた一同の耳に、城外のざわつきが届く。
「おや、もう到着した様ですね。折角ですから皆様も顔合わせ頂きましょうか。」
普段は輜重隊や医療班と行動を共にしており、今迄中々代表者同士の顔合わせの機会には恵まれなかった。アレスの案内で城門の外へと出迎えると。
「ご紹介致します。こちらは暗黒教団と戦うため結成された古の武闘派神官組織。
〔デルドラの神官房〕の方々です。」
そこにいたのは各国で見慣れた分厚い法衣に包まれた、どちらかと言えば若手には少女が多く、一流と言えば老人を連想する神官達、とは程遠い。
全身を筋肉の鎧と金属で固めた根杖や斧を担ぐ、屈強な大男達の集団が居た。
何より全員、人を殺せる眼をしていた。
「改めて一同にご挨拶申し上げる。
〔僧王〕ガンディハーンの名代として参戦致す僧兵代表バルザムと申す。」
(((我々の知っている神官達と全然違う……。)))
取り合えず、昼食前に彼らが到着出来た理由には納得した。
後、流石に再編成とか城内の確認とかもあって今日の進軍は無理だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
アカンドリは山岳地方だ。
だが本当に高い山脈はその後方、北側に連なっている。その名は〔海峡山脈〕。
まるで天に続く巨大な山を一刀両断したかの如く、山脈の中央を亀裂が走り東部と中央部を崖が隔てている。
その山を割ったかと錯覚する程に深い崖の、麓にワッケイ城が存在して。
まるで天と人界を隔てる様な白い山脈は、アカンドリを境界として傾斜がなだらかな一般的な山岳地帯へと姿を変えていた。
ある意味で人里の最高峰がアカンドリであり、西から北に斜めに続く壁を避けて進めばアカンドリの後方は、海へと徐々に降下している。
だが高さで言えば北壁側の方が高く広く、海へと続く谷間は意外と狭い。最大の難所はその植物の育たぬ凹凸激しい岩山と、突風吹き抜ける急斜面にある。
冬の寒さも加わり、アカンドリより北は人界の果てと見向きもされなかった。
だがあるのだ。海峡山脈沿いに下り、北壁を目指す様に登る深い森の谷間に。
山岳に囲まれて日差しは山肌を反射した光しか届かぬ天然の檻の中に。
北へ進み、東に逸れて。通年の霧に沈んだ、〔隠れ里〕が息を潜めていた……。
隠れ里の建物は半数が洞窟で、残りは檻の様な石壁の中にある。
巨大岩盤を抉った窪地と洞窟で出来た里。それが暗黒教団が潜む〔霧の隠れ里〕の全貌だ。建物の大半は石柱の様な塔、決して大きくも多くも無い。
故に教団が隠れて行う研究は全て、洞窟の中で行われていた。
人工洞窟の入り口に、小さな砦が建造されている。
砦の管理者である闇司祭ドドロアは、片腕を失った部下闇司祭ゴンブリに対して冷ややかな眼差しで報告を聞いていた。
「それで貴様は、容易く切り札を屠られた挙句に片腕を切り落とされて。
我が神の恩寵すら敵の手に奪われたのか。」
この世界に失われた四肢を再生する魔法は存在しない。もし現物さえあれば噂の3LV回復魔法ならば可能だっただろう。
彼らも神官であるが故に、闇の属性とはいえ光魔法の使い手と同種の回復魔法を習得する事は出来る。だが彼らは闇司祭の中では低位に属していた。
だがそれでも司祭。隠れ里で闇神具の研究に携わる程度に高位の存在だ。
「咄嗟の事故に不意を突かれただけだ!
正面から戦えていれば、決して勝てぬ相手では無い!」
「言い訳にもならぬわ戯け。挑発に載せられた以上、敵の術中なのは当たり前だ。
問題は義勇軍に貴様の存在を気取られた挙句、敵がこの隠れ里へと向かって来ておる事だ。それは如何する心算だ?」
頭に血が上った後輩に侮蔑の目を向けながら、ドドロアは内心で疑問と警戒心を強めていた。そもそも転移魔法だ、後を付けられる筈も無い。
山を挟んで霧に閉ざされた〔隠れ里〕の位置に、如何にして当たりを付けられると言うのか。
(確か北の王家には、〔始まりの紋章〕と呼ばれる稀有な紋章を継承し続けている王家があるという記録があったか。
何ゆえの始まりかは分からんが、確かその力は千里眼であったとか。まさか本当にその様な力を持つ紋章が継承されているというのか?)
何らかの方法で目印でも付けられたかと思ったが、紋章絡みであればこの隠れ里の迷彩とてどの程度通じるものか。
「どうもこうも無い。連中はこの隠れ里を見つけ出す事は出来ぬのだ。
万一出来たとすれば、その時こそ里の総力を以て滅ぼすしかありますまい。」
「出来れば良いがな。所詮ここは隠れ里、〔悪魔宮殿〕が無ければ少数の手勢しかおらぬ只の田舎よ。
加えてここには【闇神具】を産み出す苗床であり研究所。貴様の命よりも遥かに重い、奪われてはならぬ秘伝が山とある。
貴様は此処へ逃げ帰るべきでは無かったのだ。」
「ッ……!!」
歯軋りを以て反論を試みるゴンブリだったが、その言葉が口から放たれるよりも前に、驚愕によって閉ざされた。
「……まさか!何という事だ!
き、霧の結界が破られておる!敵は間違いなく隠れ里に気付いているぞ!」
振り向いたドドロアの視線の先には、里を隠すための霧の秘宝が砕け散った跡が残っていた。
所詮魔導具としての質は低く替えは利く。だがそんな事はどうでも良い。問題は魔術では感知出来ぬ、地形あっての結界に気付き、術を破ったという点だ。
ワザワザ霧を晴らす以上、敵は間違いなくこの地を把握している。
「闇司祭ゴンブリよ!もはや一刻の猶予もならん!
貴様は引き入れる手勢を以て、義勇軍を迎え撃て!万に一つも逃げは許さん!」
「元より!我が手勢全てを使わせて貰おう!」
砦を出て馬を走らせるゴンブリにも【転移魔法】を節約する理性はあったか。
しかしドドロアは既にかの者へ一切の期待をしていなかった。
(足らんな。こうなれば研究者達を如何に連れ出して研究資料を持ち出せるかだがそもそも連中が素直に従う筈も無い。
〔悪魔宮殿〕を諦めるしか無いのは痛い……。いや、違うか?)
どうせ敵に〔悪魔宮殿〕が知られるならば、無理に隠す方が手勢の無駄だ。
ならば知られぬ内に敵を〔悪魔宮殿〕へと追い込めれば……。
「行けるか?いや、敵とて全軍をこちらに向けるとは考え辛い。
となれば、無理に逃げるよりも勝算は高いか?」
闇司祭ドドロアは腹を括る。そして打つ手を決める。
最初に向かうべきは、外より未練ある者を集めた死体置き場だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
義勇軍主力メンバーによる少数精鋭。けれど包囲網を敷く以上はそれなりの手勢が必要だ。特に今回の様に、敵の情報を目的とする場合は。
今回同行するのは特にアレスと共に動く事が多い顔馴染みの北部の面々で千。
東部諸侯率いる七百と、ゲストとして加わった僧兵バルザム率いる〔デルドラの神官房〕三百の合計二千人部隊だ。
帰還する面々は東部最大国家なイストリア王に任せようかと思ったが、意外にもイストリア王は参戦側を選んだ。自身が暗黒教団の実態を見ておく事は、後々の説得力に繋がると言っていた。
準備を整えて早速進軍し、アレスはダモクレスの三百人隊の内二百をグレイス宮廷伯の率いる密偵隊で編成しており、早々に先行させて調査を進めていた。
彼らは周辺情報を刻々と伝えながら隠れ里の周囲を見張り、潜伏していく。
「どうやらあの霧は侵入を阻む様な代物では無く、里の位置を隠すためのものだと思われます。里の近くには警報の罠もありましたが、魔術的な代物はありません。
個人なら霧に惑わされなければ、近付く事は容易かと思われます。」
偵察は直前に行わないと気付かれるかと思ったが、どうやらそういう訳では無いらしい。密偵達に限れば霧はむしろ味方であり、逆に敵に気付かれずに里を探るのに都合が良いくらいだったという。
「里に居るのは殆どがここで育った教団信者で間違いない様です。
彼らは誘拐で仲間を増やしており、概ね里の住民と外部から攫った子供や技術者で構成されている事が確認出来ました。」
情報を整理して一同に報告しているのはダモクレスが誇る密偵頭、グレイス宮廷伯爵だ。アレスが王家入りする前の養父だった人物だ。
「周囲は森に囲まれていますが、里だけは二重の堀に囲まれた小さな要害です。
外堀の中に里があり、住民は大部分が石造りの家に住み、里の外にある畑を管理しながら暮らしている様でした。畑は山影の窪地、霧の上層にあります。
そちらは襲撃時に突入路の一つとして使えるでしょう。」
即席で描かれた地図に想定戦力を駒で配置していく。
「赤ん坊を攫って育てている施設もありますが、そちらは里の中で住民達が。
重要なのは内堀の中、誘拐された者達を働かせる施設があります。
彼らは全員、技術者であり人質を取られての強制労働でした。」
(((じ、情報が集まり過ぎる……。)))
総勢二百人の密偵達による物量偵察である。しかも全員が精鋭だ。
霧の中で敵に発見され辛いという状況下にあり、彼らはその本領を如何無く発揮していた。敵にも密偵はいるが、少数な上に低レベルだった。
因みに彼らは自力で『伏兵』が出来るので【救国の御旗】の効果は薄いが、多少なりとも止血効果があるのとアレスのいる現在位置から確実な方角が分かると言うので実は今も展開中。だって消費MP無いし……。
後里の位置は《治世の紋章》で、堀の形まで詳細に地図を作らせて頂きました。
霧の影響を受けずに偵察出来るからネ?活用しないとか嘘じゃん?
「洞窟にある〔悪魔宮殿〕とやらの出入り口は確認出来ましたが、発見されずに中を確かめるのは不可能と判断しました。」
報告が概ね終わった義勇軍将兵の顔は、ドン引きである。
コレ全部一日かそこらで揃えた情報なんだゼ?ヴェルーゼ皇女ですら口元を抑えている辺り、ちょっと何言って良いのか分からないレベルの様だ。
「ひ、人質を取っているとの事ですが、一体何を……。」
言って分かる訳が無いかとカラード東南候が口を塞ぐが。
「主に武防具の類が中心でした。更に一部は呪いの武具の研究に充てられている様で、魔法使い達も居りました。
内堀は二区画に別れており、人質の区画と工業区画です。彼らは成果を出した者のみが家族と一日暮らせる場所があります。
人質も衣装系の労働者として強制労働させられておりました。」
「ど、どうやったらそこまで分かるので?!」
「普通ならここまで探れませんが今回は霧の中なので。
数人がかりで里の中に忍び込んで、一斉に聞き耳を立てるだけの楽な仕事です。
未だ里には我々が近付いている事すら伝わっていませんでした。」
ふむ。まだ碌に警戒されていない、と。なら人質を救出する余裕はあるか。
多分彼らは腕利きの鍛冶屋や錬金術師と言った、レア武器を作れる職人達だ。
無理矢理従わされているなら是非ダモクレスへ招聘したい。
ゲームでもここで救出した人が後に中央部で〔名工の店〕を開くというイベントがあったのを覚えている。
序盤で〔名工の防具〕という装備アイテムを手に入れるための必須イベントで、装備アイテムが少ない序盤は割と大打撃対策で大事なのだ。
このゲーム、防御力が殆ど上昇しないので即死ダメージが非常に計算し易い。
分かるな?このイベントを逃すと中央部で事故死する仲間が増えるんだ。
「なら突入時に戦力外となる密偵隊は、人質や職人達の救出に回って貰おう。
敵の幹部は里の方には居ないんだな?」
「はい。大部分は洞窟側で過ごしている様です。」
なら本命は洞窟攻め。里への襲撃は囮……いや、二面作戦の方が救出し易いか?
里はそこまで大きくないし、混乱を誘うなら霧を破った時点で十分だ。
「しかしイストリア王、本当に宜しいのですか?
このような魔導具を譲って頂いて。」
「ええ、構いません。確かに秘宝ではありますが、正直使い時がありません。
昔であれば秘蔵の一品なのでしょうが、当時の技術で作られたために希少な素材を使い過ぎている。人前で使うには成金趣味にしか見えないのですよ。
価値あるものとしてお譲り出来るなら、此方も面目が立って有り難い。」
〔霧払いの杖〕。非売品なので物自体は既にあるが、ゲームではイストリア城の奪還時に宝箱で入手する事が、サブマップ解放の条件となっていた。
けれど現実で国王を救出する国の宝物庫を荒らすとか、後に尾を引き過ぎる。
他に非売品が無かった事に、アレスはほっと胸を撫で下ろしていた。
※次回7/15日月曜、海の日投稿予定です。
要は山の上に縦に割れた卵なイメージ(何
左右が秘境に挟まれている所為で何となく人を寄せ付けない印象がある、そんな海岸沿いの山脈の谷間です。
後ね?霧の中だろうと角度と距離測定出来るなら寸法余裕やろがw!
そうですよね【救国の御旗】さんw!アレス王子は何が疑問なんでしょうねw!
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。
いいね感想等もお待ちしております。




