36.第九章 アカンドリの決戦
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火竜レッドドラゴンが咆哮を上げて本城へ向けて走り出す一方。
玉座の間でカラード東南候を弾き飛ばしたアカンドリ王は、他の者には聞こえもしなかった雄叫びに呼応する様に走り出す。
「と、止めろ!王を逃がすな!」
イストリア王の叫びも空しく、三階の窓が突き破られて近くの木を蹴り飛ばして勢いを殺し、受け身を取りながら中庭に飛び降りる。
その動きは既に盛りを過ぎた中年のものではなく、待機していた義勇兵に野猿の方を連想させる。人とは思えぬ形相に、見る者が挙って何事かと武器を構えた。
「い、イストリア王。先に外へ向かって下さい。
私より階下の指揮を優先せねば……。」
「わ、分かった。ではこの場の指揮権は貴殿に託そう。
聞け!イストリアの者は我に続き、敵王を追う!
他の者達はカラード東南候の指示に従い、速やかにこの場を制圧せよ!」
東南候にかけていた【傷回復】分の魔力が切れたところでイストリア王は立ち上がり、己が手勢に声をかけて玉座の間を後にする。
護衛兵を先頭に武器を振り回すには狭い階段塔を降りて、正面玄関から中庭へと視線を見下ろすと、既に北部兵を中心とした乱戦が始まっていた。
一対多という戦況ながら、その実優勢とは言えずレギル王子がコラルド王を庇いながら前線に立っている。庇われているコラルド王は、逸る兵と狼狽える兵の混乱を鎮めるための指示で、中々戦況に集中出来ていない。
後数人、又は強者一人。前線でアカンドリ王と戦えていれば違うだろうが。
「スカサハ卿は今、何処にいる。」
「先程地下通路を発見し、そちらの掃討に。
私が救援の伝令に向かうよう指示を受けたところです。」
傍らの兵に事情を聴いた心算が、伝令を遮る形になったらしい。だが不幸中の幸いである意味最も確実な状況を掴めた様だ。
「では貴殿はそのまま伝令に向かい、正門から戻る様に告げてくれ。
かの王への援軍は我々が向かう。逃亡者共の様子はこちらでは分からん。」
混乱した状態で己が命を最優先にされるより、現場の王に戦況判断を委任する方が確実だろう。イストリア王は伝令を城に入らせて庭へ声を張り上げる。
「義勇軍諸侯!王の逃亡を食い止めてくれた事を感謝する!
城内は既に粗方片付いている故、後はこの場が最後の戦場となろう!
何としても、アカンドリ王を討ち取り我らの勝利で飾るぞ!」
「「「うぉおおおおッ!!!!!!」」」
階段を下り参戦するイストリア騎士達が城側を固め、此方に気付いた他の諸侯も続々と包囲網の構築を優先する。
その間にコラルド王を始めとした数人の王族や将軍が前に躍り出て、兵士達を壁役にして中央を空ける。
イストリア王も後衛で他の諸侯達と伝令を走らせ互いの意思統一を図った。
片や奇しくもコラルド王と共闘に近い形で大将決戦を始めたレギル王子は、かの王の正気を疑うような強引な攻めに翻弄されており。
危ういところで割って入った兵士達の突撃に、救われる形で引き下がった。
「済まないレギル王子、お陰で助かった。」
膝を付いたレギル王子に【傷回復】を使いながら、コラルド王は盾となる様にレギル王子を支えて立ち上がらせる。
アレス王子なら一人でも戦えたかも知れないが、今更無理に張り合おうとは思いもしない。自分達は精々が秀才、天才には及ばない。
イストリア王からもたらされた伝令に耳を傾けながら、皆で手を尽くして勝利を掴むのみだ。
「馬鹿な、それでは無敵ではないか……。」
「いいえ。奴にアレス王子程の脅威は感じない。
それに我々は、一人で奴を圧倒する必要は無いという事を忘れずに。」
立ち上がったレギル王子が剣に【魔力剣】を宿し、歯軋りしていたコラルド王がはっと気付く。
魔力剣は武器を魔力で覆うが故に『魔障壁』でしか防げない。そして武器に魔力を宿すのであれば、一撃に賭ける必要も無い。
そして魔力無き剣戟であれば、『鉄壁』でしか防げないのだ。
「私達で挟み撃ちにすれば、奴は一方の攻撃しか防げない。
所詮奴は多勢に無勢、我々に小細工は通じないという事を、教えてやる!」
「よく言ったぞレギル王子!
義勇軍の将はアレス王子だけではないと、我らの手で証明してやろう!」
レギル王子の檄に北部に限らず東部の諸侯達も応え、一斉に切りかかる。
機先を制する様にレギル王子に振るわれた斧を弾き落とし、即座に切り返した刃を避けたアカンドリ王に次々と刃が切り結ぶ。
驚異的な反応速度で発動した『鉄壁』と『魔障壁』は、一度も間違えずに発動し続ける。だがそれでも何度目かのうちの一つ。
本能のままに暴れ、弾き飛ばし。直撃を躱し続けて血飛沫をまき散らす。
「い、いけるぞ!このまま畳みかけろ!」
誰かがあげた声に反応し、勢い良く叩き下ろされる一撃の傍らで。レギル王子は咄嗟に剣身を伸ばして背中を切り上げる。
『魔障壁』の発動が空振りに終わり、一同の腕に力が籠る。
「ゥオオオオオオッッッッ!!!!!!」
退路を塞ぎ、しかし遂に集中が保てず【魔力剣】の切れた刃で遮二無二の一撃を何とか防ぐ。だが結果斧を持たぬ腕先が遂に宙を舞う。
強引に着実に。更に距離を詰め飛び退かせず。
交代し、再度【魔力剣】を発動させて参戦し。冷静になれば、動きも慣れる。
「アカンドリ王、覚悟ぉ!!」
声を上げて走り出したジミー団長が一瞬斧を受け止め、弾かれる。
その一瞬で全員が距離を詰めた。
先の団長の視線が語っていた、自分が囮を務めると。
この場で手柄争いを優先する者など、誰もいない。
最も殺傷力の高いレギル王子を『魔障壁』が受け止め。
串刺しになったアカンドリ王は断末魔の悲鳴を上げて倒れ、落とした首をコラルド王が皆に見える様に高らかに掲げる。
「アカンドリ王の首、討ち取ったり!我ら義勇軍の勝利だ!」
ゥォォォオオオオオオッッッッ!!!!!!
勝利の歓声を遮る様に咆哮が響き渡り、城門を炎の息吹が叩き壊した。
◇◆◇◆◇◆◇◆
しばし前。心に深手を負ったアレスは起き上がると同時に崩れ落ちる。
パニックに陥らずに済んだのは感謝すべきだ。犠牲になったのはそう、ガラスの如く砕け散った自分の心だけ……。ゴメン、割と泣きたい。
尚、心を串刺しにした犯人剣姫レフィーリアは、思わぬ反応にちょっとどうして良いのか分からず狼狽えている。
「いや。悪かったから何を見たのか教えてよ。」
「お前、アレス王子は本来もっとはっちゃけてるからな?
これでも大分心労溜まってるんだからもう少し労わってやれよ……。」
「ソレ労わる必要無くない?」
「お前ら、そういう雑談は本人に聞こえないようにやれよ!」
緊急と気付いた護衛騎士達は手慣れたもので、既にエミールの方が待機中の面々に出撃の準備をさせに走った。
残ったアランは追加の報告無しとハンドサインで伝えてくれる。非常時にはこれが一番早いからだ。故に慣れていないレフィーリアのみが素の反応で応じた。
「ともかく説明は走りながらだ。全員、アカンドリ本城へ向かう!
敵は暗黒教団の尖兵、火竜レッドドラゴン!」
「「は、はぁぁあああ~~~~?!」」
有難う驚いてくれて。意趣返しじゃない驚きの共感が頂けた事だろう。
砦の外に顔を出して声を張り上げ、後ろの二人にも後に続くよう告げて部屋を飛び出し階段を駆け下りる。
後に続く二人を振り向かずに、見た景色を簡単に説明した。
「暗黒教団のローブは下手な鎧より丈夫で特徴的なんだ。今は帝国の後ろ盾で隠れる必要が減った分、連中着れる場所では着たいのさ。
闇司祭ともなれば、魔龍の恩恵を授かった証拠だしな。」
外に出て、外に結び付けていたガルムの手綱を解いて鞍に飛び乗り。
急ぎ準備の出来た者から後に続くよう告げて飛び出し、護衛騎士エミールには後続をまとめる様に指示を出した。
魔狼の上でなら多少の余裕があるので、少しだけ詳しく説明を再開する。
「いやいや、レッドドラゴンが何で東部に居るのよ?!
成竜は森の木々からはみ出すくらい大きいんでしょう?!」
「闇司祭ってのはそういう存在だ。魔龍ヨルムンガントの僕は伊達じゃない。
それより問題はレッドドラゴンだ。連中は鱗が固いだけじゃない、全ての種族が『竜気功』持ちだって点だ。
並大抵の武器じゃ傷一つ付かないのに、あらゆるダメージが半減する。連中への有効打はこの『竜気功』を無効化出来る〔ドラゴンキラー〕しかない。」
このゲームには後半に大量のドラゴンが敵として出現する。
そのため彼らへの対抗策として人類が用意したのが、竜の骨や鱗を加工して創り出した魔剣ドラゴンキラーを始めとした対竜武器だ。
因みに剣に加え槍、斧、弓と四種の武器全てに存在している。
魔法の武器の中でも最上位に位置する名品の数々で、〔錬金術師の店〕という超レア店舗でしか購入出来ず、東部では城攻めの際に一振りだけ入手出来るが中央部に至るまで使う機会は無い。
理由は単純だろう。低LVでは鱗が堅過ぎて倒せないからだ。
本来ドラゴンを一対一で倒す想定は、原作ゲームでもされていない。
「中央部と交易をしていても入手出来たのはこの二振りだけだった。
もう一本はレフィーリア、君が使え。恐らく現時点でドラゴンに有効打を与えられるのは、【封神剣】を使える俺達だけだ。」
緊張の面持ちで受け取る剣姫レフィーリア。如何に傭兵として名高いとはいえ、竜退治を経験した事がある筈も無い。
ドラゴンなど本来、山中深く、秘境でしか見かけない希少種族なのだから。
そしてドラゴンのブレスは魔法防御を貫通する。『竜気功』で半減こそ出来るが普通の者は当たれば大半が即死する。
ゲームでもキャラが育った後半にしか出ない理由がここにある。
(『ドラゴンブレス』は『必殺』スキルや大打撃が発生する。)
ゲーム時代での有名なリセット要因の一つだ。
技ステータスが高いと敵の発生確率は下がるが、それでも運が悪ければ半数以上が即死する。HPの高さだけが唯一確実な対策と言える。
ゲーム時代に必殺が発生しない『心眼』『見切り』スキル持ち以外は無能とすら言われた最大要因だ。
一応『心眼』スキルと同じ働きをするレアアイテムはあるが、一部の店で購入が可能なので非売品枠には含まれていない。
「……もしかして、後続を引き離しているのはわざとなの?」
アレス達三人に続けたのは、現段階ではほぼいない。この会話が聞こえないくらいの距離は離れている。
森の中の疾走はガルムの得意分野なので、一度距離が離れれば後続が追い付くのは不可能に近かった。
「というか、アランには後続に牽制だけをさせるよう指示を出して貰いマス★」
答え!主戦力は私ら二人だけだよレフィーリアさん!
「ちょ、アンタねぇ!?」
いい笑顔で親指を立てるアランの前で、剣姫様は思わず声を荒げる。
だが残念だったなぁ!そろそろ時間切れなので話は後で聞いてやるよォ!!
小高い丘に向きを傾け、森の端に見えた火竜の頭目掛けてガルムを走らせる。
今なら初手だけは不意討ち出来る!意図を理解したガルムが勢い良く跳び出す。
宙を舞ったアレスの眼下には、ブレスで城門を破壊したレッドドラゴンの全身が映り、ギリギリの線で狙えそうな首元に向けて魔剣を振り被る。
喰らえ【☆奥義・封神剣】!!その首、貰ったあ(貰えるとは言ってない)!
スパァンッッッッ!!!
振り向いた竜の首に、防御力を無効化する斬撃が深々と突き刺さる。
火竜の頭部は大きく大の大人程もあるが、長い首の太さは丸太程度。〔ドラゴンキラー〕の剣身よりはギリ太くない。
そして火竜の野性は普段よりも鈍く。
アレスの一刀は良い感じに全体重が載った。
「「「「「あ。」」」」」
ガルムが鮮血を嫌い、飛び散る前に落下する頭部を前足で蹴り押して脇に着地すると、背中のアレスの目の前で輪切りにされた首から鮮血が流れ落ちる。
竜の首は滑る様に門の脇に軽くぶつかった。竜の体は、座る様に俯せる。
「「「…………。」」」
(……ん?んん?え?終わり?え、マジで?本気で?)
辺り一帯に咆哮が恐怖を呼び覚まし、事態に気付いた義勇軍に恐慌をもたらしかけた、直後の出来事だった。
状況の理解が及ぶにつれて、皆の注目がアレスに集まる。
脂汗出る。冷や汗出る。状況を説明しろと、最も理解してそうな。
突然現れて全てを解決したっぽい英雄の姿に視線が、徐々に続々と。
「り、竜素材!御馳走様でしたッ!!」
錯乱して万歳するアレス王子の鬨の声が響き。
必勝を確信していた闇司祭ゴンブリは、全身を泡立つ怒りに我を忘れた。
殺してやる。それが男の全身を支配した。
闇の力ではない。彼は狂気にも近い忠誠心を、その時初めて忘れた。
我を忘れて走り出し、森の陰から全身に闇の魔力を滾らせて《錫杖》を掲げ。
気付いて迫る憎き王子に呪文を叩き込む。
「【中位爆裂闇】ォッ!!」
「【☆奥義・魔王斬り】ッ!!っからの【真空斬り】ィ!!」
森から弾ける様な魔力を感じて咄嗟に振り向けば鬼の形相の闇司祭がアレスを魔法の射程に収めようとしていたので、慌てて迎え撃つため走り出す。
叫ぶ必要が無かったと気付いたのは、咄嗟に飛び退いた相手の腕を真空の刃が切り裂いてからだ。しまった声を出さなければ仕留められてたかもしれない。
直撃は避けられたが、落としたのは《闇の錫杖》をもつ利き腕の方だった。ならマシか、マシだと言え、急げや。
更に距離を詰めようとしながら剣を振り被るアレスに、ゴンブリは凶顔に歯軋りを浮かべて腕を拾うのを諦め、【転移魔法】の呪文を唱えた。
「ちぃ。逃げられたか。」
手袋越しとはいえ手で拾うのは躊躇われたが、他の者に拾わせるのも危うい。
アレスは丁度良い暗黒教団の証拠として《闇の錫杖》を拾い上げる。
幸いにも【闇神具】は、単に持ったくらいで呪われたり正気を失う気配は無い。
だが『浄化』スキルが反応している気配があるので、やはり他の者に触らせるのは控えた方が良さそうだ。
「で?今のがあの竜の黒幕って事で良いのかしら?」
散々脅された上での秒殺劇。そして冷たい目線。
装甲を無視する【封神剣】に、購入可能な最高峰攻撃力を誇る対竜武器、そしてダメージを倍にする大打撃。
ゲームでも一撃で即死だけは出来ないステータスに設定された敵種族。
それがドラゴン種族だ。
※凡ミス修正。ルビ忘れ。
サイズ的な偶発的事故映像w
リアル化してなかったら流石にないですw入手マナもかなりおいちぃ。
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