34.第九章 暗黒の胎動・月明かりの伏兵
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「よっしゃぁああああ!斬れ、斬れ、斬れぇ!!」
「敵だ敵だ敵だぁッ!!」
「山賊共め!今迄の恨み思い知れェッ!!」
これ。東部参戦兵達の力強いお叫びの数々である。
本城に一定以上近付くと、隠し砦から一斉に伏兵が飛び出してくる。
ゲームでは砦の上に兵を置くか囲んで出口を塞ぐしか無かったが、現実となった今では砦の内部へと突入して増援兵を直接叩く事が出来る。
アレスが率いているのはダモクレスの歴戦兵と、東部雇用した傭兵隊が少々と、補充兵として加わった新兵達で構成されており。質は読み上げた順に下がる。
とはいえ他国新兵と違って最初から戦場経験がある者を雇用したりダンジョンで先に鍛え上げた者達なので全体の質に大きな差はない。無いのだが。
呆然としているのは精鋭の筈の北部兵が中心で、積年の恨み募る東部兵は物凄く今回の戦場で張り切って着実に万に一つも無く止めを刺して回っております。
「あの、レフィーリアさん。彼ら一応出身地バラバラでしたよね?」
「ああ?流石に北部まで出向くアカンドリ兵は居ないのね?
でも東部では山賊と言えばアカンドリっていうくらい裏で繋がっているわ。
山賊達が盗品を売買する一大市場がこのアカンドリっていうのは東部人にとって常識レベルの話なの。」
剣姫レフィーリアと呼ばれる彼女は闘技場で発見し、将来の騎士待遇を期待して雇った傭兵隊長だ。今のダモクレスは、騎士として要職を担当出来る人材が必要以上に求められて枯渇している。決して美女だから雇った訳では無い。
「そんなに恨み買っているのに今迄放置されていたの?」
「それだけ東部は団結出来なかったって事よ。
だから東部人は義勇軍以外にアカンドリ殲滅は不可能って皆分かっているのよ。
んでもって長年の戦乱で消えた村は山とあって、その何割かは間違いなくアカンドリが率いる山賊団。
少なくともあたしが率いている部下達に、アカンドリ討伐と聞いて士気が上がらなかった奴は居ないわ。」
スゲェな。いや確かに規模は砦というより潜伏優先の館程度なんだけどさ。
まさか日が暮れる前に三ヶ所各数百人が全滅とか思わないじゃない?
「と、とにかく。第一王子がいなかった以上は夜襲があると思った方が良い。
砦の中を確認して早々に兵の一部を寝かせて夜の歩哨に立てよう。」
歓声が凄いの。早めに目的明言しとかないと、最悪夜まで騒ぎ続けそう。
そして残念ながら、ここにもランドルフ王子は居なかった。
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「くそが!隠し砦も知られていただと?!」
夜。
噂のランドルフ第一王子は、本城を伺える山頂付近の物見台に隠れていた。
ここに待機出来る兵は十人も居ない。ランドルフがここに待機していた理由は別に襲撃を予想していた訳では無く、戦況を把握するためだ。
(もう本当に本城しか残ってねぇ。内通者がいるのは確実か……。)
ダモクレス王族に伝わる《治世の紋章》は、その使い勝手とは裏腹に継承難易度の高さから今は聖王家の一部にしか伝わっていない希少な秘儀だ。
義勇軍ですら殆ど知る者が居ない紋章の詳細を、山賊同然の王家が把握している筈も無かった。それに事実、アカンドリにもダモクレス密偵隊は潜入し地図作りに貢献したのだから、全くの事実無根でもない。
(もうアカンドリは終いだ。これ以上はオレの脱出すら危ういな。)
昼間に動くのは自殺行為だったとはいえ、夜襲するための兵が先手を打って撃退された状態だ。砦に籠っていない手勢を掻き集めても百前後。
砦の傍を通過すれば敵の物量に潰される。敵はランドルフを探すために、夜でも煌々と灯りを焚いて周囲を監視している状態だ。
(三砦の傍の間道は駄目だな。細いし気付かれる。多分見張られてる筈だ。)
砦は上の二砦に集結しており、下の方は空いている。だが馬は隠し砦の分で全部だから、歩兵が気付かれずに降りるには遠過ぎる。
(本城の裏手……。崖際砦にも少しは兵を置いているが、数は少ない、か。)
あの数で打って出て本城の見張りを空にするとは思えない。あの辺りはそもそも道が無いが、森の中を進めば抜けられない訳じゃない。
「決まりだな。お前らこのまま国を出るぞ。付いて来い。」
不満の声こそあるが、反対の声は上がらない。アレスは彼らがランドルフ王子と心中する筈は無いと踏んだが、それ以上に王子と離れて脱出する方が怖かった。
彼らは黙々と王子に従い、声を殺して後に続く。
灯りを使えない山の森は足元が不確かで、苛む恐怖は慣れ親しんだ坂すら恐怖を煽る。しかし幸いにも月明かりが隙間を照らしたお陰で、暗闇に慣れる頃には坂がなだらかになり、一同の心に安堵をもたらす。
「お前ら、気を抜くなよ。ここから先は上から見つかり易くなる。
物音で気付かれたら歩兵の俺達じゃ逃げ切れないと思え。」
小声で頷き返して、更に歩く。
頭上に注意しながら崖上の本城周りを迂回し、森の切れ端に辿り着くと。
「灯りを。」
「?!」
松明の前の暗幕が取り除かれ、岩陰に待機していた兵士達が続々走り出して谷間を埋める。松明付きの旗が高々と掲げられて戦場を照らす。
「山頂に隠れ、奇襲する余力が無いなら本城を迂回して。
アレス王子の読みは時々怖いくらい当たりますね。」
勿論実際には可能性を潰して追い詰めた上でだと分かってはいるが、並の将なら見落とすところにピンポイントで指示を出す時がある。
驚きに硬直するランドルフ隊の前に、カルヴァン王子とヴェルーゼ皇女が率いる第一砦攻略隊、その半数が伏兵として彼らの前に姿を現した。
「アカンドリ第一王子ランドルフ!
貴様の命運もこれまでだ!かかれッ!」
「魔術師隊、放て!」
カルヴァン王子の声と共に、一斉に【下位火球】が弾けて森を焼く。
火に煽られた山賊兵達が逃げ回るのをみて、ランドルフは歯軋りしながら怒鳴り散らして腹を括る。
「狼狽えてんじゃねぇぞ手前ら!どうせ逃げ道なんざここだけだ!
雑魚共がいくら集まったところでオレの足止めなんざ出来ねぇよ!!」
狼狽える部下共を叱咤しながらランドルフが強引に殴り込む。
魔法使いとて乱戦で術を使えるようなのは殆どいない。自分が盾になる気は更々無いが、ランドルフが道を切り開いた事で手下共は漸く自分達が生き残るには乱戦が最上だと気付いたらしい。
雄叫びを上げながらやっと士気が持ち直し、そこかしこで斬り合いが始まる。
足を止めていたランドルフが振り回す大剣は〔鋼武器〕の中でも特に重量級だ。
データ的な差異は無くとも並の力自慢では止められない剛腕が、並み居る兵士達を弾き飛ばす。
「魔術師隊は後退!味方を突破した兵に集中せよ!
我々の役目は掃討である!敵に散開して逃げられるな!」
後方の魔狼に乗った魔術師隊を率いて躊躇無く盾となる味方との距離を取らせたのは、張りのある声を上げたあの女魔術師で間違いあるまい。
平時であれば捕虜にして色々楽しむところだが、後回しにするには危険過ぎる。二重の意味で舌打ちして、先ずは目先の騎士達の指揮官に狙いを定める。
「ランドルフ王子、覚悟!」
「ちぃ!」
一気に飛び込んで片を付ける心算が、早々と懐に入られて斬り合いとなる。力業の攻めを得意とするランドルフとは逆に、カルヴァン王子は堅実に敵を型に嵌める戦いを得意とする。だがそれ故に力尽くの反撃には弱く。
「【炎舞薙ぎ】だと!」
正統派の騎士は魔法を邪道と謗る者もいる。戦い振りからハイクラスだとしてもナイトだと思い込んだランドルフは、直撃こそ逃れたが後方の部下諸共炎に呑まれて火傷に苛まれる。
最悪な事にランドルフは特殊クラスのバルバロイだ。ハイクラスが拒まれた者が行き着くクラスであり、魔術に対して対抗策が全く無い。
だが一方でバルバロイならではの搦め手も存在する。
「【炎上放火】!」
「なっ!これは?!」
振り抜かれた大剣から帯状の炎が広がり、戦場一帯を焼き払って炎を振り撒く。
魔法に対する抵抗力があれば魔法使いに限らずとも防げる、所謂虚仮脅しの炎でしかない。だがこの術技は町を焼き払うのには最適で、敵味方無く焼き払うが故に周囲の視界を遮り攪乱にも使える。
「【中位氷槍檻】!敵前ですよカルヴァン王子。」
「ぐああああッッッ!!」
(中位魔術だと!しかもきっちりこっちの兵だけを巻き込みやがった!)
「か、感謝しますヴェルーゼ様!」
燃え広がった炎は直ぐに消えないのが【炎上放火】の利点だ。
だが中位魔術の範囲内で維持出来るほど強力な代物ではない。慌てて走り出してカルヴァン王子と剣を交えるが、既に動揺からは立ち直っている。
「だが甘い!」
「っ!」
至近距離での打ち合いなら押し切れる。斬り合うのではなくぶつけ合う。
型に嵌めるカルヴァン王子の剣戟を力で弾き、乱して腕全体を振える様に、間断無く剣を打ち鳴らし続ける。だが不意に空振り。
カルヴァン王子の『反撃』が頬を掠め、崩れた大振りが地を打ち付けた懐に。
滑り込む様に『必殺』の突きがランドルフの胴の芯を捉えるかに見えて。
「しゃらくせぇんだよッ!」
体当たりの如く自ら胴を打ち付けて直撃を躱し、長身任せの横薙ぎがカルヴァン王子の体を、間に間に合わせた剣身ごと弾き飛ばす。
腕に傷を与えたが、致命傷には程遠い一撃。けれど今こそ好機とランドルフは、ヴェルーゼ目掛けて『奇襲』を仕掛ける。
ヴェルーゼとランドルフとの間に魔法騎兵は居ない。何故ならヴェルーゼ自身が『奇襲』に長けた魔法使いだからだ。
「【中位落雷華】。」
「なぁ!?」
手元に収束した落雷が砲弾の如くランドルフの全身を丸ごと飲み込み、周囲に破裂する放電が撒き散らされる。
「ぬぅおおおおおッ!未だだァッッ!!!」
全身が煙を噴き、肌が焼け焦げる激痛にも耐え切る体力を見せて。
ランドルフは強引に間合いに収めて大剣を抉る様に切り上げ、しかしヴェルーゼの視界から消えた剣身はその頭上から振り下ろされる。
『抉り落とし』。
ランドルフが『必殺』の域にまで磨き上げた、踏み込みに合わせて腕ごと剣を背中に隠し、下段と錯覚させた剣を上段から翻す大振りの剛剣技。
魔法使いには耐え切れぬ致死の一撃を。ヴェルーゼは冷静な後ろ跳びによって間合いの外に逃れて、更なる【中位落雷華】が打ち据える。
「ッヴぁ?!」
「魔術『連撃』のコツは、最初に二発分の魔力を集めた上で放つ事。
私もようやく、中位魔法で『連撃』を放てる様になって来たんですよ。」
膝を折り脳髄を揺さ振られたランドルフの耳に、ヴェルーゼの言葉は届かない。
当然だ。既に三度目、他の出血からは煙が噴いて、既に心臓は止まっている。
魔術の通り、抵抗の消失によって伝わる致死の手応えが確信させる。
持ち直したカルヴァン王子の指揮により、全てのランドルフ部隊が討ち取られるまで、左程時を必要としなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
片や。
ランドルフ王子との交戦開始は、本城までの障害がほぼ消失している事実を示しており。夜が明けてからの攻撃を決めたアレス王子は、大事を取って隠し砦で一夜を越すと告げており不在。
第一砦に集結した諸侯は、最後の手柄に対し焦りを抱く。
その焦りは東部諸侯ほど大きい。何故なら彼らは大小あれど北部諸侯に偏見を抱いた覚えがあり、彼らの戦い振りを目の当たりにしたがためで。
「アレス王子からの秘文にはこうあります。
『本城に動く気配無いままランドルフ王子の討伐報告が届いた時、諸侯一致の場合に限り、本城への夜襲をしても良い。
その場合の指揮官は、イストリア王に委任する。』以上です。」
アレス不在の間に意見が割れた時にと、朝の進軍前に文を手渡されたレギル王子が軍議を開く一同へと読み上げる。
「一同、聞かれたな?
これより我々は、アカンドリ本城に夜襲を仕掛ける!
万に一つも、アカンドリ王に逃亡を許すな!」
イスカリア王が出陣を宣言し、と同時に手の込んだ許可に首を捻る。
「どう見るスカサハ殿。意図が分かるかね?」
「恐らくガス抜きだな。朝が最上だと思っているのは事実だろう。
だがアレス王子の指示を、本心から素直に聞ける諸侯ばかりでは無い。」
「苦戦しない状況で我らの意思を尊重する姿勢をみせたかった、と?」
「あるいは、苦戦しても良いから諸侯の自主性を重んじたか。」
第一王子が逃亡を図る状況下で、何故朝の方が良いのか。
アレスの本音が見えぬ中で、二人は奇妙な警戒心を拭い切れないでいた。
神ならぬ彼らは知る由も無い。
遠望を探る《治世の紋章》があれば、或いは偶然知り得ただろうか。
彼らにとってアカンドリ王は既に無力であり、敗者であり、勝算も無く。
最も警戒すべきは逃走であったから。
「さて。それでは踊って貰おうか義勇軍の諸君。」
けれど事実は異なる。
今のアカンドリ王には、暗がりに隠れた黒幕がいると。
彼らは罠に嵌るまで、知る事は出来ない。
※崖際砦などの名称は、別にアカンドリと義勇軍で同じ呼び方をされている訳ではありません。
でも只のモブ砦がミッチェル砦だったり高い方の砦とか敵味方で使い分けられていたら、分かり難くて面倒でしょう?
なので読者視点で統一されているだけだと思って下さいw
同じ場所を呼び分ける必要がある時は「元ストラド城=北東ヨーグ砦」みたいにその時々で解説する心算です。
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