33.第九章 暗黒の胎動・闇司祭の暗躍
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第二砦は第三と違い、一部こそ下り坂だが上り坂の上にあった。
故に第三砦の様に真っ直ぐ勢い任せの突撃という訳にはいかず、何より第二王子モルドルフは真っ向勝負が好きじゃない。
アカンドリ兵お得意の、柵と弓兵を用いながらのゲリラ戦を仕掛けたのだ。
だが義勇軍とてそれは承知の上。何より彼らは魔狼騎兵という兵種をまるで理解出来ていない。いや、侮っていたと言って良いだろう。
人が乗れる程に大きな魔獣、その突進力、機動力。その全てを。
「騎兵隊、乗騎を止めるな!持久戦に付き合う義理は無い!」
魔狼ガルムであれば人の身長程度の柵など容易く飛び越えられる。
流石に部隊全員の飛び越えは不可能だが、この程度なら障害ですらない。
弓兵の射撃など入り組んだ道では狙える距離も知れる。歩兵相手であれば十分に有効で、軍馬ならば平原向き。急な曲がり道も苦手とした筈だ。
だが魔狼は馬より重心が低く脚力も強い。短距離走においては草食獣より肉食の獣にこそ軍配が上がる。
連射する余裕はない上に、山岳地のアカンドリに槍兵は殆ど居なかった。
頭を叩きつけての突進で容易く弾け飛ぶ木柵を前に、守兵は容易く混乱して持ち場を投げ出し逃げ惑う。降り注ぐ木片は彼らこそ追い詰める。
人力で持ち運べる程度の簡素な柵など、足止めどころか守兵の退路を断つ以外に意味をなさなかった。
「我々が狙うのは大将首だ!
雑兵の首にかまけて後衛の手柄を奪う暇など無い!」
逃げ惑う敵兵を無視して先頭は次々と先を目指す。脇道に逃げた兵も一部は坂を転げ落ちたが、それだけで全滅する筈もない。
だが彼らが道に戻るには、後続の肉食獣と騎士達に立ち向かわねばならない。
離散した兵卒が命を懸けるには余りに恐ろしく、何より次々と味方が追い落とされていく。助かる者が森に隠れた者に等しい事は、彼ら自身が証明していた。
故に戻る兵は殆どおらず、上り坂の守兵など数も知れる。
「広場は確保した!コラルド兵全隊、壁際に寄せよ!」
一斉に声を張り上げ、揃って山側に寄せて魔狼達が揃って足を止める。
だがアカンドリ兵達が敗走を辞めたところで、追撃を狙う暇など無かった。
「義勇軍傭兵連合団、突撃だ!!」
「「「ぅおおおおお!!!!!!」」」
号令に応えた傭兵達が三列となって一気に走り抜ける。
先頭を進むのは剣鬼スカサハ、敵が間合いに届くたびに次々と首が飛ぶ。
その鮮やかな手際に、敵兵は柵を持ち出す事すら間に合わない。
一番手柄を傭兵隊に譲る事になるが、正直コラルド王の部隊は未だハイクラスが少ない。ここは指揮官としての実績で満足し、部隊の練度を重視する心算だ。
目に見える手柄は大事だが、いつまでも目先だけを追う訳には行かない。
(アレス王子は間違いなく帝国本土への反攻を踏まえて動いている。
現状に満足している様では最後まで戦う事は出来ないのだろう。)
義勇軍は今でこそ北部を見下す者達は少数派だが、それでも東部諸侯が加わる事でそれなりに増えて来た。そして北部を認める諸侯達も、あくまで今の北部諸侯を基準にした結果だとコラルド王は理解している。
「隊列を乱すな!味方と離れ過ぎるな!
ガルムの突進力があれば、雑兵の壁など恐るるに足らん!」
故に。この先は少しでも多く味方を生かし、鍛え続けて精強な軍を作る。絶対に現状で満足してはならない。
それこそが北部諸侯が他所の地域諸侯と渡り合うための必須条件。何よりこの先の帝国戦で、義勇軍が勝利するために必要な戦力作り。
必要なのは目先の手柄ではなく、部隊全体の質、練度だ。
第二王子モルドルフが迎え撃ったのは、砦の二階廊下だった。
開閉が必要な門と窓以外、砦には簡易の〔城壁術式〕が施されているので魔法で破壊するのは困難だ。物理的にも並の建物よりは頑丈なので、窓に寄らない限りは外からの攻撃も心配ない。
建物内であればどんな乗騎も関係無いのだから、モルドルフ達兄弟に勝てる様な敵など存在しない。事実、最初に遭遇した傭兵達は一蹴出来たのだ。
両手に持った小さな斧を同時に振るう。鋼が弾かれる音が響く。
小さいと言っても人の頭くらいはあるし、持ち手が短いだけで剣より余程分厚く頑丈だ。盾の如く扱えて、鋼の鎧だって克ち割れる。
狭い室内では槍は簡単に引っ掛かるし、左右に動き回れば剣だって振り回す余裕は無い。小刻みにしか刻めない剣などに力負けする筈も無い。
速さだって見劣りしない。その筈だったのだ。
「ははは、これも凌ぐか!
だがどうした?少しは反撃しないとこのまま押し切れてしまうぞ!」
「う、うおおおおッ!!」
突きの様な鋭い斬撃。紙一重で曲がる剣閃。両手に勝る剣戟。
徐々に傷が増え、壁に血が飛ぶ。革の鎧がどんどん裂ける。
スカサハの連撃が絶え間無く翻り続け、遂に逆袈裟に肩を切り上げられて。
モルドルフは『憤怒』のあまり全身の筋肉が膨張する。
「つぇいッ!!」
強引な踏み込みと跳ねる様に振り上げた両腕が牙の様に一瞬の残光となり、息を呑む隙すら無く交錯する。
第二王子モルドルフが幾多の騎士を即死させてきた『必殺』の一撃だ。
だが。
「遅いな。」
【奥義・武断剣】。一合と錯覚させる三連斬。
攻撃の意図すら『見切り』心を察する『心眼』に『神速』が加われば。
モルドルフが己の隙に焦る間も無くその首が宙を飛ぶ。
「残念ながら、脅威とは思えん。」
少し建物内だからと慎重になり過ぎたかと、スカサハは溜め息を吐く。
さて。意外に移動距離が長かったせいで、日が傾き始めている。
旗を立てる様に指示を出しながら、スカサハは勝利宣言の声を張り上げた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
実は最も早く三砦を攻略したのは、第一砦攻略に乗り出したカルヴァン王子だ。
山中に隠れ潜んでいた弓兵はゲリラ攻撃を仕掛けて来たが、不自然に攻め寄せる敵兵が少ない。
ガルム隊に対しては有効打にもならず、足止めの役にもまるで立たない。後続のヴェルーゼ皇女率いる魔法部隊の的にしかならなかった。
勿論彼女達の部隊も只の歩兵では有り得ない。騎乗しながら魔術を放てるように訓練を重ねたガルム魔法部隊だ。
カルヴァン王子の後続部隊として一糸乱れずに距離を保つ。
カルヴァン王子の進軍路は大部分が坂道だ。よって全力疾走はほぼしてない。
速歩で軽く走らせて、敵が現れた時だけ駆歩に切り替える。敵が進軍方向を遮らなかったのだから、昼前には容易く砦に辿り着いてしまう。
――そして。
「……は?もぬけの殻?」
第一王子ランドルフは、砦を一切守る事無く雲隠れしていた。
念の為隠し通路を探して、油壷がそこらに隠されていないかも確認して。
「……どうします?アレス王子。
我々は本城に攻め込むべきでしょうか?」
本城からの増援を遮る筈だったアレス達と合流し、戸惑いながら指示を仰ぐ。
他の場所ならいざ知らず、本城への直通路がある砦を放棄する等考えられない。
何より下の二つの砦は確認するまでも無く抗戦の物音が聞こえているのだ。
本城で挟み撃ちしようにも、この砦に奇襲隊を遮られては意味が無い。
「つまり第一王子が、この国を見捨てたって事なんでしょうか……。」
本城には旗がある。こちらから見ても分かる程度には兵が集っている。
カルヴァン王子には他に考えられなかったのだが――。
「……そうだな。取り合えずカルヴァン王子はこの砦をいざとなったら捨てられる範囲で守ってくれ。元々合流地点でもあったしな。
私は近隣にあった隠し砦の方を制圧しておこう。」
隠し砦があるのも増援が出るのもゲームの頃から知っていた。
場所もアレスが事前に《治世の紋章》で確認したので、襲撃には問題無い。
「は、はい。御武運を!」
アレス王子から見ればあの第一王子ならどちらもアリな選択肢だ。
夜襲を狙って森に潜んだか、王を見捨てて逃げ出したか。いや、正しくは王を囮にして我が身の安全を図った、か。
(けれど、だ。王子だけで逃げたなら兎も角、今は部下も連れている。)
だとすると、ランドルフ王子は部下の視線も気にする必要がある訳だ。
「出陣だ!明日の本城攻めに備えて地均しをするぞ!」
さぁ~て。隠し砦にいるならそれで良し。
砦に居なくても部下が壊滅した状態で、いつまで王子面が出来るかな?
◇◆◇◆◇◆◇◆
アカンドリ王のいる本城は、領内全ての砦より高い位置にある。
元々一部は砦ではなく、豪族達の居城だった場所を改修したものだ。
義勇軍は気にも留めていない様だが、周辺には小さな小屋もあり、直に見え難い位置に畑もある。砦自体が隠れ易い位置にある所為に加え、日差しの問題もある。
何より敵からの略奪を避けたいので、砦から見え辛い方が都合が良かった。
普段ならそこには伏兵を兼ねた住民達が隠れ潜んでいるが、今は全くのもぬけの殻だ。彼らは既に挙って国を逃げ出していた。
何せアカンドリがこの数の大軍に攻められた事は歴史上初めてだ。多くの村人達は腰を抜かして滅亡を覚悟した。してない者は砦に合流した。
そして今や、領内で殆ど全ての砦が義勇軍の手に落ちて壊滅状態にある。
レジスタ大陸での戦争は多くの場合で捕虜を取らない。敵兵の装備目当てで捕縛する事はあっても、人道を語り積極的に捕縛する者は例外だ。
そういうのは王侯貴族に限り、兵士達は適当に逃げ出すか、殺されるかだ。
単に捕縛しただけだと後始末が大変で、回復魔法がある分戦線復帰も早い。
降伏しただけで安心出来る状況は少ないので、信用出来ない状況ならあっさりと切り捨ててしまうのが常識だ。
故にこの大陸の者達は多くが子沢山であり、気に入った者を養子に取り立てる事も珍しくない。孤児達は割と簡単に親戚や友人知人の家族になれる。
だからこそ。頼りにならない王侯貴族を見捨てるのも早い。
山賊同然の略奪国家なら猶更だ。
彼らにとって兵士とは手軽に稼げる出稼ぎ仕事で、命を懸ける程の忠誠心は一部の貴族達にしか存在しない。
この国の人間は他国にとっては蛇蝎の如く嫌われる犯罪者集団であり、故に外へ亡命も出来ないと知っている。だから強者であるアカンドリ王族に忠誠を誓い、保護下に入っている。
だが。王の武力の象徴であり王国随一の猛将集団でもあった息子達は、義勇軍という圧倒的な武力によって次々と失われた。
本城の最上階から各砦の有様を見下ろしていたアカンドリ王は、信じられない程の惨敗振りに、驚愕と混乱の極致にあった。
苦戦はすると思っていたし、勝算が薄いとも思っていた。
だが義勇軍に進軍を躊躇わせる実力は十分にあると思っていたし、本拠地である以上地の利はこちらにあると信じていた。
だがその程度の自負は、たった数日で粉砕された。
義勇軍が本腰を入れただけで全ての砦が、一日すら持ち堪えられなかった。
あらゆる意味で破格過ぎた。そして今更頭を下げたところで生き残れる可能性が皆無である事も、アカンドリ王は己の今迄の所業から能々理解していた。
「くそ!あの馬鹿息子共め!
勝手に義勇軍に手を出した挙句、一矢報いる事も出来んのか!」
平時なら兎も角、己の命の危機が迫った状態で息子を惜しむ程殊勝な性格をしていない。アカンドリ王にとっては息子とて替えの利く存在だ。
だからこそ命懸けで本城を守るという発想にも至らない。城は惜しいが王位とて後日力で奪還出来る代物だ、命には勝らない。
歴代王とて本城まで攻め込まれた王がいなかった訳ではない、義勇軍が撤退してしまえば奪還は叶うだろう。勿論悔しくはあるが、こうなっては持てるだけの財宝を持ち出して脱出する以外に無い。
「おやおや。名高き猛将アカンドリ王ともあろうお方が、随分とまあ。
せめて義勇軍に一矢報いようとはなされないので?」
腹を括って玉座を立ち上がったアカンドリ王の前に、いつの間にか部屋に入って来た分厚い黒ローブ姿の男が顔を伏せたまま歩み寄る。
「何者だこの無礼者め!キサマ如きにとやかく言われる筋合いなど無いわ!」
普段であれば問答無用で切り伏せただろうが、警戒していた筈の部下達が気付けば皆、床に苦し気に倒れ込んでいる。
だが同時に当初居た人数はもっと多かった筈だと疑問も抱く。
「お節介かと思いましたが、逃げ出そうとしていた部下達は足止めさせて頂きましたぞ?この者達にはもっと、陛下の役に立って頂かねば。」
「む。……キサマ、一体何者だ?この者達に何をした。」
どのみち今、信用出来ないのはこの男に限った話ではない。
家臣達を従えるには何らかの手段が必要だと思っていた王は、恭しく頭を下げて見せるこの、神官とも魔術師とも分からぬ奇怪な出で立ちの男に興味を抱く。
「この者達には話の間に逃げ出さぬよう、ちょっとした呪いをかけました。
一時的に意識を失い、失う少し前の記憶が飛ぶ程度の代物です。
そして陛下には我が暗黒教団の為に、彼らと死闘を繰り広げて頂きます。」
何を馬鹿なと叫ぼうとした時には、既に王の体から力が抜け始めており。力強く握っていた筈の剣は杖にも出来ずに、片膝を突く間に床へ転がる。
「何、気にする必要はありません。あなたが次に意識を取り戻した時には、義勇軍如きへの逃げ腰など失われている事でしょう。
ああ、勿論彼らに立ち向かえるだけの力は与えましょう。尤も、どの程度の善戦が出来るかまでは保証出来かねますがね。」
声が響くが、半分も頭に入って来ない。
再び王が玉座で意識を取り戻した時、ローブの男は影も形も見当たらない。
しかしその程度の事など、アカンドリ王にはどうでも良かった。
左手の指には指の一部となった様な黒い《闇の指輪》が嵌められていた。
「へ、陛下。御無事ですか?一体今、何が……。」
「気にするな。それよりも今夜、義勇軍は夜襲を仕掛けて来るぞ。
早々に籠城の準備を済ませておけ。」
今迄の動揺が嘘の様なアカンドリ王の態度に、何故倒れていたかも思い出せない部下達が疑問を抱く。だが王はまるで気にした様子も無く、必勝の自信があるかの如き態度で手配を命じた。
アカンドリ王が王国有数、或いは最強の猛将である事には変わらない。
家臣達は疑問を抱きながらも城内の兵を束ね、準備に走り出す。
目敏い者達なら気付けただろう。王がいつの間にか握っていた長柄の斧に。
それが《自滅の斧》と呼ばれる、稀に所有者を傷付ける代わりに強大な力を与えるという呪いの武具である事に。
さすれば気付く余地はあったかも知れない。
己達の王が《闇の指輪》の魔力に囚われ、既に正気を失い始めていた事に。
人道が無い訳じゃありません。単に良い意味でも悪い意味でも兵士の命は軽いというだけですwなので装備を没収した敵兵は殺した扱いにするのが常識ですw
まあ信用出来るかは別の話ですがw
住民?逃げてた?じゃあ殲滅し終わったね!
戻って来た?いいえ、彼らは難民ですから移住者ですw合法!
気に入らない連中?野盗!
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