30.第八章 山賊国家戦線序章
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季節は春。諸侯軍の一部が輜重隊の護衛に加わり、やっと手が空いたダモクレスの主力部隊が義勇軍に帰還した。
必要な物資は既に揃っており。翌日には約数千の義勇軍が中央と東部を繋ぐ西側境界地域へと進軍を開始する。
東部と中央部との境界は半ば海峡化した渓谷地帯であり、前世の地理知識が有効ならいずれ大陸は分断されるのだろう。
山の裾野から広がる平原は橋を渡すには広く、崖下の川は船で渡るには狭い。
故に唯一亀裂に残された細長い岩橋に全ての旅往く人々が集結し、道の両岸には城下町が関所を兼ねて塞いでいる。
既に大部分が壊滅した帝国軍が集結しているのがその東部側の城塞、ワッケイ城なのだが。交易の要所であるが故に利便性を重視され、堅牢とは言い難い。
そして義勇軍の現在地とアカンドリ城は、高低差を無視すれば直角二等辺三角形になるだろう。帝国軍との間は森こそあるが、殆ど一直線に平地が広がっている。
アカンドリ城は近隣の山脈地域の中腹にあり道中は入り組んでいるが、高さは然程のものでもない。城だって要害とは言い難い。
攻略の上で一番の問題は、平地の少なさと間延びしてしまう進軍路だ。
複数ある分こちらも頑強さは無い。北壁ほど入り組んでおらず開けた場所も多いが長年のアカンドリ王国の努力によって、全ての進軍路に小規模の砦がある。
北部より暖かい東部は既に余程の高地でなければ雪解けが終わり、早ければ初夏には中央部に進めるだろう。遅くとも夏には中央に到達したい。
そして現状、アカンドリ以外の東部諸国は義勇軍への協力を表明している。
故に現状最大の問題であり、アカンドリ王国が強気でいる訳は。
帝国との三つ巴が維持出来る状況にあるから、というのが大方の予想だ。
かの国が得意とするのは奇襲と離脱、砦に拘らないゲリラ戦。
故に開戦は明日。
山岳の入り口付近に義勇軍が到達する、そのタイミングと思われていた……。
夜。陣地設営を開始する義勇軍の兵卒から町を離れた事を嘆く声が聞こえる。
だが将校の大部分からは煩雑な書類仕事から解放され、安堵の声が漏れていた。
実の所、進軍は義勇軍にとってかなり都合が良い。
防衛施設や休養場所という意味では都市に籠る方が確かに有効だが、逆に慰労や復興の手伝いなど、進軍以外で行う仕事が際限無く増え続ける。
更に駐屯費だってタダじゃない。大軍の維持費を全て滞在国に集るのは許される事ではない。むしろ解放直後の国は復興費が必要な場合が多い。
その点遠征中なら全体の動きは管理出来るし、命がかかっている自覚もあるので街中の様な騒動は起き難い。軍規も報告も第三者が居ない分行き渡る。
何より復興費と行軍中の経費が節約出来るのが大きい。食費は町中で休息する方が遥かに高く付くし気も緩み易い。
勿論その分ストレスも貯まり易いのだが、経費節約や規律維持という方向では、確実に行軍中の方が軍にとっては有り難いのだ。
仕事量が減って毎日寝られる遠征は、アレス王子の健康にも優しい。
何より対帝国戦線は一年やそこらでは終わらない。早く進めれば進む程、各国の負担は減り、離反の可能性も下がる。
戦争の早期決着には、前線の最新情報が不可欠だ。
陣地設営の際に率先して天幕設営に加わり、完成と同時に護衛を立てて天幕内に引っ込んだアレスは、早速アカンドリ王城の内部調査を試みる。
(え?何、休息中で内偵が済む様なご都合主義があるかってぇ?
ヘイ御心配無く!ここはゲームの設定を受け継いだ異世界ですから!
これぞ必殺《治世の紋章》あたっく!!)
無意味な一人芝居を終えたアレスは、《王家の紋章》に内蔵した柔らかベットにダイブして寝転がった。ベットの台座は私服全般を収納した箪笥になっている。
一体化したり箱に収納しておけば自分が持てる限り一品扱いなので、紋章の収納量はゲームと比べても劇的に向上していた。
とはいえゲームの様に個人の武器を用意するだけでは済まされず、武防具の手配も別途必要なので、全てがゲームをなぞってる訳ではない。
渡した武器を回収して使い回すといったゲームテクニックは、装備は褒美として手渡す側面もあるので基本使えないのだ。
兎にも角にも、《治世の紋章》の使用中は我が身に注意を払えない。
安全を確保しないと容易には使えない理由はゲームで言えば、シナリオの説明を兼ねた各地の出来事を演出するオープニング。
リアルな現状では、不可視の鳥を飛ばして感覚共有し、一方的に敵拠点の軍議を盗み見て盗聴した上に、道中の地形をも把握出来る超絶チート紋章。
意識を飛ばし、感覚的に操作出来るが故に。肉体の五感が一時的に曖昧になってしまうのだ。強い衝撃を受ければ戻るが、逆に言えば些細な物音では気付けない。
だがメリットを踏まえれば、笑って許せるくらいの些細なデメリットだ。
原作ゲームでは実質二マップ扱いの別エリアで、侵入箇所を選んで別々に相手をすれば良かった。
だが現状は三竦みのため、片方を無視した戦略を練る事は出来ない。
地理的に言えば、西側の大山脈を背にした北側にアカンドリ王国と周辺砦、他はかの国に従う城主諸侯達が少し。総勢三千程度、今も徴兵中か。
真西方向のワッケイ城周辺に残存帝国軍一万以上。10LV以下を除けば五千程度なので、どちらも単独では義勇軍に勝ち目はない。質で言えば帝国優勢か。
アカンドリはともかく、帝国は義勇軍と両方を敵に回しているため、合流を阻止する形で動くだろうと思っていたが――。
(いや、違うなこれ。帝国軍は既に義勇軍とアカンドリの衝突を把握してる。)
帝国軍とアカンドリ軍は元々交戦状態。事情を知らないと考えると、帝国は明らかに境界側、後方に引き過ぎてる。
義勇軍が帝国を攻めるために進軍すると退路をアカンドリが、アカンドリの攻略を優先すれば全軍が山頂を目指す余裕があり。
アカンドリを陥落させる前に、帝国が麓入り口を閉鎖出来る程度の距離感だ。
(となると、先に帝国軍から偵察しておこうか。)
正確な地図が中々出回らない昨今、主人公特権とは実に素晴らしいですな!
西境界、中央国境付近。帝国駐屯軍は事実上、孤立状態にあった。
東部中央を指揮していたブリジット伯爵は、ゲームでこそモブ武将だったが実際は方面軍最強であり、同時に若くして名を馳せた名将でもあった。
ゲームでモブだったのは開発者の都合だけでは無い。設定段階で方面軍の右腕と左腕が義勇軍と個別で衝突し、先に討たれているのだ。
彼が登場した時点で大局は敗軍、そもそも方面軍が総力戦を挑んで辺境の未熟な軍隊が勝つという前提はゲーム設定としてもおかしい。オカシイのだ。
よって南方に向かった武将達が手柄争いを再開して分裂したのも、戦力的に圧勝すると見込んで速さを重視した、中央軍が勝利する前提での戦略である。
が。アレス王子が勝った。完勝した。一騎討ちで正面から打ち破った。
実際はんなわきゃ無いし、あの手この手で分散させた。そもそも南部を逸らせて中央から分離したのもアレスの策略だ。
だが分裂した南方軍は元々統率力に劣り、個別に動いている。
諜報に力を入れていた筈も無いし、情報量も限界がある。よってアレス王子は、一騎討ちで東部軍最強に勝つ超人的な英雄として映っている。
「何をやっている!早く東部を脱出せねば我々も全滅するんだぞ!」
ワッケイ城の中庭。貴族が直属の部下と覚しき兵隊を怒鳴り散らしてる。
そこに同僚と覚しき武将。城主の紋章付きのマントを羽織った男が怒鳴りながら駆け付け、勢いのままに殴り倒した。
「貴様!何故勝手に撤退準備を進めている!この軍の指揮官は儂だ!
儂の命に従えんというのか!」
「き、貴様こそ何を言っている!東部軍は既に壊滅したのだぞ!
この上は一兵も無駄にせず帰国すべきだ!」
「それを貴様達だけが行う気か!この反逆者め!
お前達!この痴れ者を牢に閉じ込めよ!」
殴られた貴族が喚きながら騎士達に連れていかれるが、貴族の部下達は武器を突き付けられて何も出来ずに見送った。
その貴族の副官らしき騎士に、帝国武将が命令する。
「今、義勇軍が我が警戒線を超えたとの一報が届いた!
お前達の軍には明日、先鋒として義勇軍への攻撃を命じる!
あの男を開放して欲しくば奮起し、敵将の一人や二人を討ち取って罪を帳消しに出来るくらいの手柄を立てよ!
いいな!我々が出陣の準備を整えるまで何としても持ち堪えろ!」
「くそ!体のいい捨て駒じゃねぇか!」
慌しく戻っていく大将を見送り、副官が毒吐く。自分の領主が捕らわれた状態で帰国などしようものなら待っているのは貴族位剥奪による処刑のみだ。
配下が弱々しく抗議するが、副官は怒鳴り散らして翌朝の出陣を命じる。
「うるせぇ!どうせ時間稼ぎだ、正面からぶつかる必要もねぇ!
敵が来る前に近隣の村から略奪して兵糧を掻き集めて、それで仕舞いだ!
義勇軍なんざ無視だ無視!」
つい舌噛んで吐血しかけた。
意識が体に戻り、アレスは口元を抑えて逆流する胃に耐える。
(無視出来ねぇ。焦土作戦とか完璧にやけっぱちじゃねぇか……!)
後先考えない態度に未だもう一方があると自分を叱咤し、次の視点を飛ばす。
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西境界北、山岳地帯アカンドリ王城。
進軍路は複数候補があるため随所に砦を配備し、何処かが攻められれば他が背後を突ける相互補完による要害化。攻めるに容易く引くのも容易。
それこそが長年のアカンドリ王国の守りの要だった。
山腹は高くこそ無いが、凹凸や石が多く農業には向かずに冬も長い。
本来であれば他国と衝突するには国力が小さ過ぎ、戦争には向かない筈の小国。
砦だって大した物は建てられない筈だった。
だが歴史の偶然はアカンドリに味方する。最初は狩猟民族が立てた小さな砦から始まり、国家というよりは山賊達の隠れ里。
けれどこの地で鉱山が発見されて経済力が高まり、建国初期の戦争で他国に大勝して隣国の王族を人質に取れてしまった事が、この国の基本方針を固めた。
戦争と、略奪。アカンドリは元より、山賊達が築いた王国なのだ。
「この!愚か者め!何故勝手に義勇軍等に手を出した!
我々は帝国軍ですら手を焼いているのに、貴様の所為で帝国に勝った義勇軍まで敵に回したのだぞ!」
謁見の間。普段は領主一族の食堂として使われる大広間だ。
父アカンドリ王の荒れ様に、第三王子ゴルドルフは辟易しながら口を開く。
「おいおい、大丈夫だって。俺だってちゃんと山賊に偽装したぜ?
義勇軍だって別に暇じゃねぇよ。」
「馬鹿が!義勇軍は既に我が軍の仕業だと掴み、軍を動かしたわ!」
そもそも目撃者が残った状態で何を偽装したというのかと、玉座に座って怒鳴り散らす。この国に会議室などという気の利いた部屋は無い。
領地の地図は壁に掲げられており、戦術を決めるのは王族達だ。
軍略は事実上の家族会議で決まり、長男が王位を引き継ぐ程度で家族内の関係は大きく変わらない。
食事が終われば長い食卓は壁際に退けられ、後は適当に椅子に座って直系の家族が方針を討論するだけだ。不満なら国を捨てた方が早い。
「まあまあ親父、今言っても手遅れだぜ。責任は戦働きで取らせろよ。」
第一王子ランドルフが到着し、荒れ狂う父王を宥める。
長年腕っぷしで弟達を従えて来ただけに、兄弟の気性はよく分かっている。結局止めたところで無駄なのだ。弟達は衝動的に暴れるか指示通りに暴れるかだ。
最初から義勇軍に従う事など出来はしない。
「ぬぅ……!だがランドルフよ、義勇軍に頭を下げれば我が国は終わるぞ。」
分かっておろうなと父王の言葉に、分かり切った事だと頷き返す。
当然だ。頭を下げるなら賠償を受け入れる必要がある。もしも鉱山の利権に口を挟まれれば致命傷、賠償金を払えるほど裕福な国では無い。
略奪禁止も受け入れられない以上、勝利か痛み分け以外の選択肢は無い。
「なぁに。幸いにも帝国軍だって義勇軍に一人勝ちされたい訳じゃない。
後方狙いで時間を稼いで、帝国軍を盾にすりゃあ良い。なあモルドルフ!」
おうよ!と斧を担いだ第二王子モルドルフが兄に応える。
彼らのやる事は変わらない。正面対決を避けながら山中での乱戦。それが、それこそがアカンドリの基本戦術であり、必勝の戦い方。
悩む必要など、何も無い。
(あぁ~。いたな境界際の『必殺』スキル三兄弟。アレ此処だったかぁ。)
不可視の鳥で盗み聞きするアレスが、うんざりしながらゲーム情報を思い出す。
やたら攻撃力が高いんで下手に突っ込むとリセット案件だったが、三人別の居城に待機してる。移動力ギリギリで待機して遠距離から集中攻撃すれば、全員を一方的に倒せるのだ。
ぶっちゃけ原作では単なるカモだったが。
(三人城に纏まっているじゃねぇか!!射手だけじゃ足りねぇよ!)
奴らだけHPが高くて高LVなのだ。『鑑定』した結果、LVも数値も大体記憶と大差ない。このまま魔法使いを揃えても、強行突破される恐れがあった。
ゲームだったら只のイベント。でもリアルだったら地元経済の破壊工作……。
因みにゲームだったら三王子は要所を守ってるだけの中ボス未満です。名前があるだけのモブと言い換えても良いのですが、リアルだとゲームには無い悪知恵が働きますw




