27.第七章 平凡なのは弟が出来る前
※次回は4/29日月休投稿予定です。
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総数五百名の新兵を率いたアストリア王子は、到着三日後に全ての準備を整えてイストリア城を出発した。
ダモクレス軍の総指揮官だったグラットン将軍が、アストリアの代わりに負傷兵を纏めて引き連れて帰国したのは昨日の話になる。
彼らの護衛は現ダモクレス本隊が担った。彼らには里帰りを兼ねた休暇として、数日程度の滞在を許可している。現状ではこれが限界だ。
これで当分ダモクレス本隊は参戦不可能となった訳だ。だがこれでアストリアが同行させた新兵達が彼らに追い付くか、足らずとも匹敵さえすれば。
以後は交代で兵士達を帰国させられる様になる。
強引に抽出した文官達は諸国軍から補ったのだから、ダモクレスが再び全て負担する必要は無くなった訳だ。
道筋はアストリアが用意したとは言え、打ち合わせ抜きに完璧なものとした義弟の手際の良さに満足しながら、新兵部隊に予定した休息地で陣を張らせる。
更にアストリアは自身の副官としてマリエル王女を採用しつつ、彼女に一旦帰国して貰い、ハーネル軍百名を義勇軍に従軍させている。
彼らは表向きマリエル王女直属の騎士団のみであり、王女の独断による出奔に同意した者達という建前でアストリアの指揮下に入って貰っている。
実態はと言えば、マリエル王女には側近数名以外直属の部下はいない。
ハーネルの騎士全て王の指揮下にあり、王女を部隊長に任命しただけの話だ。
ハーネルは現在も義勇軍とは敵対したままなので、老獪なハーネル王は後で出奔を撤回出来るよう、裏でアストリアへの密約という形を娘に取らせた。
後で国の手柄にするための、逆に分かり易いとすら言える態度だ。
当然各国がこの言い分を真に受ける筈も無い。
当然ながらハーネル軍に対する全体の風当たりは強いが、ハーネルの民に自国の正統性だけを主張されても困る。
彼等には義弟アルスの公認と実際に義勇軍と共闘が出来る事が、二人の婚約維持の必須条件である事を事前に伝えてある。
加えてマリエル王女は、可能な限りこの一件に沈黙を保つ事も。
ハーネルの民には己の正統性の主張前に、世情を知る機会が必要だ。
老王は上手く行ったと思っているだろうが、アストリアはハーネル王の思惑通りに事を進める気は全くない。マリエル王女にも話したが、義弟アレスを一番誰よりも評価しているのは自分だと自負している。
ならば後は、論より証拠と事を迅速に進めねばならない。
(いやぁ、たまには兄らしい事をしないと弟に嫌われてしまうからね。)
出来過ぎる弟を持つ凡人の兄は、中々に辛いのだ。
「ではアストリア王子。闇雲な進軍は民を不安にさせますが、どこか目的とする盗賊団でも御座いますか?」
ガレス東央伯爵が棘のある言葉で軍議の火花を切る。周りの部隊長達も大部分が東央伯爵に頷いて賛同の構えを見せた。
横のマリエル王女が顔色を変えるが、アストリアには露骨に態度に出される方が分かり易くて有り難い。面倒なのは味方の顔をして足を引っ張る方だ。
反対する者は説得するだけで片が付くと、鼻歌を歌いたい気分で自慢気な表情を浮かべながら、手元に用意していた地図を広げる。
「うちの弟を舐めちゃいけないな。
近隣に根城を持つ野盗集団は事前に調査させてあった。つまり我々の軍事行動も弟アレスの頭の中では予定の一つに過ぎないのさ。」
アレスの元養父グレイズ宮廷伯はダモクレスの密偵頭でもあり、アレスとアストリアを繋ぐ連絡部隊を指揮して現在も暗躍中だ。
アストリアは弟の指示を確認しながら、序での用を頼むだけで事足りる。
今回の作戦も弟の作戦行動の焼き増しで済むのだから、楽なものだ。
同行している彼らもアストリアに反感を持っているだけで、英雄アレスには絶大な信頼を置いている。よって矛先を逸らすだけで簡単に味方に転ぶ。
事実彼らもアレスの名前を出しただけで相好を崩し、地図に関心を寄せた。
(な、なんと。これ程まで詳細な東部地図、確かに事前の準備無くば不可能。
アレス王子は何処まで見通しているのか……。)
事前調査に見通すも何も無いのだが。
だが既に天幕内の大部分は作戦案に聞き入っている。
「実際の討伐は現地人に話を聞きながらになるが、最初はこっちだ。
ここは明日に討伐するので準備をしておいてくれ。」
「あ、明日?それにこの小勢を先にですか?」
アストリアが指差したのは百程度の小集団。近くには三百近い大集団がある。
動員している人数を踏まえれば、小勢を相手にするのは如何にも効率が悪い筈。
「我々が連携して動くのは初めてだろ?初陣もいるのに同格は危険だ。
それに、こちらを討たないとほら。今のと挟み撃ちにされる位置にある。」
「山賊団風情が連携を取っていると?」
「事前に手を組んでいる必要無くない?
苦戦している部隊の後方を襲撃してお零れを貰うだけさ。」
山賊らしいだろ?と言われれば、ガレス東央伯爵も実戦経験豊富とは言い難い。
成程と頷きお茶を濁し、表向き納得した顔をして様子見に回る。
何せ既に場の空気は納得している。初戦なのだからお手並み拝見だ、と。
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「ちょ、ちょっと強行軍過ぎませんかアストリア殿下。」
たった七日で五つの盗賊団を討伐した。
このところ割りと全力で走り回り続けた東西子爵のヴェルダ令嬢が、前方で足を止めて荒い息を吐くアストリアに声をかける。
彼の手には今さっき討ち取り、掲げたばかりの山賊の首があった。
当初アストリア王子に反感を抱かないではなかったが、元々あのアレス王子の兄君が本当に平凡かは疑わしいと思っていた。
そしてその予想は、今の所当たっていたと言えるだろう。
実際犠牲になった自軍の兵は百前後。あくまで戦線離脱者なので、離脱者の何割かは戦線復帰の可能性が残っている。
負傷者は大体魔法で完治するので重傷者は意外と少ない。基本的には治療が間に合わない者だけが、最終的に犠牲者として戦線離脱するのだ。
合計で千以上の盗賊達を殲滅、又は捕縛して強制労働の刑を科した事を思えば、劇的な大勝利とすら言える。
「あっはっはっは。いやぁ、思った以上に山賊団同士が連携していたわ。
まあこの辺で一旦負傷兵の治療と補給を兼ねてベガードに戻るよ。」
アストリア王子が通りがかった騎士に生首の処置を任せ、喉を潤しながら適当な場所に座って。後で同じ事を説明するけど良いかいと断ってくる。
勿論とヴェルダも近くの塀に座る。納得出来れば賛同くらいは構わないだろう。
弟のアレス王子と違い、彼は細かいところまで気を回す社交的な一面がある。
アレス王子が社交的じゃないとは言わないが、彼はどちらかと言えば受け身より自らが仕掛ける側に回る事を好む傾向にある。
後方向きというのだろうか?その割には随分と絶え間無く奇襲を仕掛けていた様な気もするが。とにかく彼は、意外な程に聞き上手なのだ。
気安さではアレス王子だが、話し易さでは圧倒的にアストリア王子だろう。
「何故イストリアでは無いのですか?」
戻るというなら北部の中心にあるイストリア領が最適の筈。義勇軍の最新情報も入ってくるだろうし、物資も豊富だ。
ベガード領は東部北方境界付近の領地で、帝国により王族が全滅してダモクレス領に組み込まれた土地だ。
今は東部進軍の中継地点として機能し、何れは北部国境の国カルヴァンの王子が領地を引き継ぐ予定となっている。
なので補給は問題無くとも余裕のある土地では無いし、情報も一段遅れる。
それとも追加のダモクレス兵でも掻き集める心算だろうか?
「いやぁ、そんな事したらこの義勇軍別働支援隊は事実上の解散になるよ。
皆が自国に帰国した時の、箔程度の手柄は十分立てたもん。
けれど退治した山賊はあくまで東部北の境界付近。治安回復という意味では全然十分じゃ無いよね?」
「そ、それは確かに。」
アストリア率いる別働支援隊は何割かが諸侯がアストリアの監視を兼ねて従軍させた、実際には戦力外と判断されて帰国予定だった新兵部隊が占めている。
彼らはあくまで自主参戦扱いなので、自国の指揮官達が帰還を指示すれば一同に止める権限は無い。諸侯にアストリアを支援する義理は無いのだ。
が。それは行軍中以外の話だ。行軍中の離反であれば、敵前逃亡になる。
ヴェルダとしても東部の現状を憂いていたので、自国周りだけでも落ち着くのはとても有り難い。叶うなら是非とも最後まで続けて欲しい。
何より、アストリア王子をもう少し見ていたいという気もある。
これまでの戦歴や指揮を見ても、ヴェルダ令嬢にはどうしても世間で噂される程の馬鹿王子には見えなかった。
戦い振りは堅実で派手さはない。奇襲中心の作戦だったのも恐らくは支援隊側のレベルが足りてなかったからの次善策ではないのか。
もしこれがヴェルダの贔屓目では無いのなら。彼は間違いなく英雄の器だった。
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ガレス東央伯爵は首を捻っていた。
正直、何が起きているのか良く分からない。
ガレスの認識では突撃と敗走を繰り返しているようにしか見えないのだ。
けれど山賊団達は次々と壊滅するし、味方も過半数が負傷し、戦線復帰出来ない兵も百を超えた。けれど今、別働支援隊は追加の補充兵抜きで千人に達した。
勿論全く勝利していない訳ではないし、いつもギリギリで辛勝している。
勝ちは勝ちだから新しい傭兵を雇うには有利になるだろう。
だから戦力が増えている、というのは余りに不自然な状況なのだ。
(何が起きているのか分からない……。
我々は何故連戦連勝している気分になれる?)
退路を失ったかと思えば追い詰められていたのは敵の方だったり。
(これはまぁ、誘き出し?ちょっと結果論な気もするけど、実は作戦通りだったと考えればまぁ?)
アストリア王子は最初誰もが疑った目で見ていたので、正直に全て話せなかったというのは一応理解出来なくもない。
一度不測の事態があれば、あっさり味方を見捨てかねない信用の無い集団だ。
という事は、わざと味方の退路を断って強引に団結させた?連戦なのは怖じ気付く余裕を与えないため?
……無理矢理な気もするので後に置いて考えよう。
で。復帰率が高いのも後衛の支援が手厚いからだと納得は出来る。
別動隊ではあるが、〔デルドラの神官房〕だったか。詳しい事は知らないが長年神官達を支援する組織として存在していたらしい。アレス王子が味方に引き入れたと聞いている、輜重隊や後方支援を担当する神官達だけの傭兵隊。
別に彼らの雇用主はダモクレスになっているのだから、彼らの支援を受けるのは特に問題無い。一応、事前準備の勝利だろう。
けれど、そんな事は重要では無く。
「兵糧、補充したのたったの二回ですよね?
当初より兵数増えているのに、何で足ります?」
「何でって言い方酷くない?道中に寄った都市で何度も買ってたじゃない。」
それは詰まり、道中に立ち寄った都市で不足分を買い足したという事か。だが。
アストリアの回答に、そんな大金何処にあっただろうかと首を捻る。
いや絶対無かった。冷静に考えてある筈が無い。
食い扶持が増える予定自体無かったのだ。余分な予算を計上したところで許可など下りないだろう。え?自腹?いやそれも変だな?
(まぁ?道中傭兵団を雇ったんだから、食い扶持が増える理由は分かるし?)
いや待ておかしい。何故この数の傭兵団が余っていた?
近隣の傭兵団は大体が帝国か東部諸国に雇われた筈だ。余る筈など無い。
「余っていたのでは無く、元雇用主が滅んだんですよ。
ちょっと前の対帝国戦でね。」
半ば山賊紛いの脅迫で近隣から山賊達から守っていたと主張していた傭兵頭が、ガレス東央伯爵の質問に応じた。
彼らは法外な額の雇用費を要求しようとしたが、代わりに正規の待遇を保証して貰えると聞くと喜び勇んで別働支援隊に加わった。
本隊に雇われる程の一線級の実力は無かっただけなので、賊同然の生活を望んでなどいない。平均LV10以下の傭兵団は、東部にもそれなりにいる。
元々東部には傭兵団が多い。中には村人が全て傭兵団の一員だったりする位で、それも長年東部諸侯は小競り合いを続ける間柄だった。
昨日の敵が今日の友が、普通に有り得るのが東部傭兵団の常識だ。
帝国相手に結束出来なかったのも当然だが、彼らを多数雇った事で近隣の負担は軽減したし、山賊団もまとめていなくなり、正に四方が丸く収まった。
「いや。どう考えても資金が足りないだろう?」
戦力だけ揃っていても意味が無い。
というか、彼らを雇える額が義勇軍本隊から貰える筈が無い。
元々当初の兵力でやれ、というのが上層部の指示であり、ぶっちゃけお茶を濁せればハーネル側かも知れない王子に武力を確保されるのは困る。
そんな厄介者が別働支援隊の立ち位置だった筈。
「先ず、ダモクレスは交易船を保有して多地方の兵糧を買い集められるだろ?
東部の近隣は適切な価格で食料が買えるなら喉から手が出るほど欲しい。
我々は適切な額で食料を売れて、資金が補充出来る。
適価の食料が得られれば、近隣で兵糧の買い占めも起きない。
ほら。何処も彼処も得をして、不満なんか出ないじゃない。」
強いて言うなら、不当な取引や足元を見たがる連中が困るだけだが、そんな連中を討伐するための役職だと嘯けば、商人程度が口を挟めない。
問題は裏から山賊団を動かす連中で……。
「あの。もしかして我々が山賊団相手に連戦する羽目になっているのは……。」
「悪徳商人が裏から手を回して情報を流しているんだろうねぇ。」
全く困ったもんだとニコニコ顔のアストリア王子が語る。
(うん?もしかして、情報が洩れていたら、待ち伏せ出来る?)
例えば、だ。怪しい地域で山賊団を見張る。そして近くの村で安く買える食料を大々的に売り払う。当然住民は悪徳商人より義勇軍から買い溜める。
すると、商人達が山賊団に接触を図る。
図った山賊団は獲物が来たと動くので、見張っていた監視が報告する。
(そういえばさっき、山賊団と繋がっている商人を合流前の別傭兵隊が摘発したとかいう報告が、届いていた気が……。)
冷汗が過る。資金源。
そう言えば没収した商家の資金は国に証拠と、報告序でに届けられたらしい。
はて、全額だろうかと脳裏を過る。いやいやいや。まさかまさかマサカ……。
※次回は4/29日月休投稿予定です。
アストリア王子的に今回の作戦は、北部での『盗賊狩り遠征』の猿真似。
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