表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジュワユーズの救国王子~転生王子の胃痛奇譚~  作者: 夕霧湖畔
第一部 何故か第二王子転生
30/159

22.終章 聖王国の希望

※本日で連続投稿終了。次回は土曜日投稿の予定です。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 聖王国ジュワユーズが一都市、城塞都市ベンガーナの本城。

 軽装ながら武装した、大柄な青年が早足で宮殿の一角へと向かっていた。


 先触れより前に到着した彼に、供回りの護衛騎士が慌てながら後に続くが、青年は目的の部屋が見えるまで一顧だにしない。

 弾き飛ばす様に扉を開く所まで、彼らの主は溜息が出る程いつも通りなのだ。


「聞いたかミレイユよ!

 アレス王子が遂に帝国に奪われたイストリア城を奪還したぞ!」


 無作法な兄の所業に何事かと呆れていた金髪の令嬢が、開口一番の一言に注意を忘れ、大きな碧眼を見開いて声を上げる。


「まぁ!それでは本当にアレス様が聖都奪還のために出陣なされたというの?」


「はっはっは。ああ、そう言えば去年の報告では小勢であり、今一本気かは疑わしいという程度の情報しか入って来なかったか。

 だが今回は間違いないぞ?何せ北部諸国を纏め上げ、既に東部方面軍の総大将を討ち取って東部の大半を手中に収めたそうだ。

 お前が彼の王子殿と婚姻を結べる日も近いと見て良いだろう!」


 高らかに笑うのは、ジュワユーズが第三王子パトリックだ。


 彼の言葉にまあと顔を赤らめつつ、夢見る表情で期待を露わにする第三王女ミレイユは、姫君の中では決して世間知らずの類ではない。

 今も囮となったパトリック達からの密書を隣国ハウレスに届け、国王存命の確認と共闘の返書を受け取り戻って来た直後だ。

 それも全て、アレス王子との出会いあってこそのもの。


 当時。聖都陥落の混乱で逸れたミレイユ王女は逃走の折に殆どの護衛が討たれ、僅か数名の侍女しか伴えなかった。

 彼女達の献身があったとはいえ帝国から逃れる伝手は無く、帝国に囚われの身となった時に救出に向かえる手勢は本来何処にもいなかった。


 そもそも当時のパトリックは聖都を脱出して敗軍を率いており、聖都内で何が起きているか知る事すら碌に出来ていなかった。

 敗軍をまとめ、武具の回収も侭ならなかったのだ。


『こちらも養子とは言え王子の身。無償の支援は出来ません。

 ですが聖都の武具を融通して頂けるなら、近くの村にある食糧庫の鍵を中身ごとお譲りするのは可能です。』


 撤退中の話で足元を見られたかと思ったが提示された数量も多くは無く、対価の食糧は文字通り敗走中の部隊全てに行き渡る程の量があり。

 何より売り渡した武具は持ち出せなかった聖都内の物だけで足りる、いわば不良在庫との交換でしかなかった。

 当時はベンガーナまで辿り着けたのは正に彼のお陰と、心から涙したものだ。


 しかも彼は逃亡中の騎士達とも接触して山賊達を退けて逃走拠点を確保し、その足で彼らと共にミレイユの情報を掴み、救出に向かったのだ。


 本来万に一つに掛けただけの、騎士達の忠誠心による無謀な救出作戦。

 実を結ぶ筈の無かった彼らの突撃は、撹乱に利用したアレス王子の手で叶えられただけで無く。

 騎士達の突撃直前に王女奪還の一報が届いた事で、アレス王子は独断で動いたが故に。彼ら自身王女の捜索を優先せざるを得ず、帝国とは殆ど矛を交えず。


 結果、殆どが生還した上で騎士達とミレイユは合流を果たした。

 彼らを連れて現れたアレス王子に、パトリックを始めとした聖王国軍の皆が希望を抱いたのは決して意外でも誇張でも無い。当然の帰結だった。


 その後アレス王子は彼女を同盟国クラウゼン城塞王国まで護送。亡命の手助けをしてくれた上で、現在地一つ把握出来なかった兄第二王子リシャールの所在を突き止めて連絡を取り持ってみせた。


 彼の帰国を惜しみ、感謝したのは兄妹全員の総意でもあった。

 アレス王子は正に最大の功労者であり、大恩人だ。ミレイユが恋心を抱いた事に何の不思議も無く、むしろ理想的な礼となると皆で応援すると決めたものだ。


 王女の嫁ぎ先として相応しいのかと疑問視する声も少しはある。だが北部という辺境出身、しかも第二王子というのも妹の嫁ぎ先としては寧ろ有難い。

 王位争いという意味でも、戦火から遠い場所という意味でも実際は理想的だ。


 国家間の力関係で言えば持参金で国家予算を出せるくらい桁が違うので、断られる心配も基本無い。彼の兄が結婚するまで婚約の目途が立たない点も、準備期間という意味では更に都合が良かった。


 現状は帝国軍に対し一進一退を続けてはいるが、最大の理由は帝国の今の主力が既に滅ぼした聖王国よりも国として健在な南部地方に向いているからだという事は聖王国軍全てが気付いている。

 逆に言えば、今の聖王国軍は周辺諸国をまとめるだけが限界で、聖都を奪還する力は無いのだ。聖都を失った聖王国に、自力を回復する術はない。


 聖都奪還が叶った折には早々に妹と結婚し、出来れば聖都で自分達に手を貸して欲しいとの思いは既に、三兄妹だけの希望では無いのだ。


「まさか諸国単位で義勇軍を結成し、方面軍まで退けてかかるとはな。

 つくづく期待を上回って見せる青年だよ、彼は。」


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 西境界地域、アカンドリ王城。

 軍議が終わったアカンドリ王が席を立とうと腰を上げかけた所に、廊下側の扉が勢い良く開かれたのを見て溜息を吐いた。


 相手が誰かなど見るまでも無い。ここに居らず、こんな無作法が許される者など自分の息子達以外には有り得ない。


「親父!帝国軍が敗走したっていうのは本当か!」


「騒々しいぞ、ゴルドルフ。今正にその話が終わった所だ。」


 慌てて部屋を出ていく重臣達を突き飛ばしながら駆け寄る息子に対して、アカンドリ王は今更本気で注意する気も無い。

 ただ呆れながら鼻を鳴らして先を促すだけだ。


「決まっている!邪魔な連中が居なくなったならとっとと打って出るだけだろ!

 兵を集めるから許可をくれ!」


「駄目だ。帝国軍は隣の城に居座っている。

 余所を侵略するなら帝国軍が確実に退いてからだ。」


 第三王子ゴルドルフは三兄弟の中で最も気性が荒い上、細かい事は何一つ考えようとしない本能で生きている野獣の様な男だ。

 勇猛さだけで生きている男であり、軍略に対する配慮はまるで無い。


 そもそも敗走した帝国軍は方面軍の中枢だけの話であって、残存兵力だけでも一万以上残っている。要は過半数近くが健在だ。

 直接の圧力が無くなっただけで、未だ危機を脱出したとは言えない。


 敗残兵の再編成が終わったら再攻撃が始まるかも知れないのだ。

 義勇軍を迎え撃つのは後方であるアカンドリを滅ぼしてから、などと考えるのは決しておかしな話では無い。


「帝国軍に手を出さなきゃ良いだけだろ!

 略奪で国境付近の町や村を滅ぼしとけば、帝国軍も徴発出来ねぇだろ。

 そうすりゃ進軍だって直ぐ止まるって!」


「ふむ。ありかも知れんな。」

 何より出費を補充出来るのは悪くない。


「だがもう少し後だ。どうせなら義勇軍が動いたタイミングの方が安全だろう。」


「……ち!分かったよ。」


 苛立ち紛れに会議室を出て近場の棚を蹴り壊す。

 ゴルドルフにとっては折角の鬱憤晴らしの機会が巡って来たのに、またお預けを食らったのだから面白い筈もない。


「くそ!確かに帝国軍は厄介だけどよ。そもそも義勇軍だって寄せ集めだろ!」


 そんなに強いのか、と言いかけてふと思いつく。

 そうだ、義勇軍は強いのだろうか。連中に出来る事がこのアカンドリ王国に出来ない筈が無いではないか?


「いっそ盗賊の振りして義勇軍の食糧を略奪するのもありなんじゃねぇか?」


 止められたのは帝国軍への手出しだ。

 そう考えるとゴルドルフの喉から、引きつる様な笑いが込み上げて来た。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 イストリア城攻略部隊は勝利こそ出来なかったが、痛み分けで引き分けていた。


 既に双方距離を取っていたので一度ノルド城に帰還させ、休息を取らせて余力のある部隊中心に再編成した上で、翌々日に攻略を再開した。

 勿論この時はアレスも参戦し、既にブリジット伯爵の戦死が伝わっていた分士気も先日より大分低く、当日中に陥落させる事が出来た。


 敗走して城を脱出した帝国の残存勢力はそのまま南下し、東部南方軍と合流した様だが、東部戦線の大勢は概ね決したと見て良いだろう。


 一方今回の被害は相当馬鹿にならない死傷者が出た上、アレス自身も大分無理が祟っている。現状、再編成抜きの進軍は不可能だろう。

 当分はこのイストリア城で、東部諸侯や再編成の調整に奔走するしかない。


 だがこれで義勇軍は名実共に、帝国戦線での戦況を変え得る一大勢力となった。




 バルコニーで風に当たりながら、漸く取れた休憩時間。


 既に外は日が傾き、夜の町は街灯の明かりで照らされていた。

 この世界に電気は無いが灯りを灯す【ランプ】という、ゲームでは設定されていなかった魔法がある。


 この魔法を灯すのは大人がやるには手間であり数も多いため、大抵はその区画の子供達がお駄賃程度を貰って灯して回るのだ。

 ぼったくりと思うかも知れないが一食分以下の対価にしてはいけないという暗黙の了解があり、これが案外孤児を減らす役に立つ。

 今の時代、難民は多いが孤児が虐待される事は案外少ない。


 小競り合い程度の戦争が何処でも起こるため、子供は貴重な労働力となる。

 田舎では拾い子が実子と兄妹同然に育つのが普通であり、都会も子供向けの雑用仕事を揃えた紹介所がある。

 孤児院だって定期的に街の清掃を行い、一律の給金を得ている。

 何処の国でも、子供の労働力化と戦力化には熱心だ。


 大らかと言えば大らかで、過酷と言えば過酷な時代。

 国の支配者が変わったその日から城の修繕も始まり、城内の被害が奇跡的な程に少なく終わった結果早々に応急処置が終わっている。


 焼かれる事が無かったため既に片付けが終わった城下町を見下ろして、アレスは手摺に両腕と顎を乗せて深々と深呼吸に似た溜息を吐いた。


「いやぁ予定が大分繰り上がっちゃったけど、先の展望はマシになったなぁ。」


「あら、それは本音で言っているのかしら?」


 これからが本番に思えるのだけど、と突風に目を細めながら現れたヴェルーゼ皇女が、一言断って隣に並ぶ。

 今の彼女は戦場で見慣れた魔術師スタイルではない、ドレス風のローブ姿に身を包んでいる。旅の装いを外した彼女の私服姿は、今でも密かに緊張してしまう。



「勿論さ。何せこれで東部は面積だけでも三分の一、兵力面なら過半数近くが幕下に加わったからね。

 被害は大きかったけど決戦の甲斐あって全体の練度も大分上がった。


 帝国も侵攻を急ぐ事はあっても他方面を薄くしてまで、主戦場から外れた東部に万単位の増援を送る理由は無い。


 お陰で当面は物量で圧される心配は無くなったと見て良い。

 物量と質の両面で圧し潰されそうだった当面の危機は、一応脱したよ。」



 本来なら東部主力との決戦は避けながらゲリラ戦並に転戦を繰り返し、東部軍を引っ掻き回す予定だったのだ。

 今年一年は劣勢に次ぐ劣勢であっても、別に不思議は無かった。


 東部が帝国一色に染まっていたゲームと違い、東部の南方や西境界の諸侯全てを敵に回す必要が無くなった事も考えれば、現状はかなり難易度が下がったと言っても過言では無いだろう。


「では当面の敵は、再編成と東部諸侯との軋轢の解消ですか。」


「そうなるね。でも義勇軍の戦力は今、東部諸侯と比べても最高峰だ。

 この連合軍相手に高圧的に出るのは普通に考えて無理だろう?」


 北部では帝国に勝機があるとは誰も思わなかったが、今は違う。

 方面軍主力への勝利という実績があれば、彼らに義勇軍参戦を求める難易度は北部の頃と比べて劇的に下がったとすら言えるだろう。


 事実イストリア貴族達は挙って参戦を望み、城下の民衆も挙って義勇軍を歓迎している。失った兵力と同等以上の戦力は確保出来る目途が立った。


「東部制圧戦ではむしろ、主力と予備戦力、制圧部隊と、役割と規模を分ける事になるね。今後は守りも視野に入れるから、全軍で動く事は出来ない。

 如何に聖王国奪還のための兵を鍛え上げるか。進軍速度よりも兵站の確保と外交関係の改善の方が重要となるだろうね。」


 東部には北部を辺境と見下す傾向があり、舵取りには苦慮しそうだ。

 だがそれでも帝国に対し、常に劣勢という空気を拭い去れるのは大きい。


「ですがそれもアレス王子、あなたが健在であってこそです。

 方面軍総大将を一騎討ちで勝利した、あなたの実績があってこそだと言うのをお忘れなきように。義勇軍は未だ、固い結束で結ばれた組織とは言い難い。」


 ヴェルーゼの忠言に苦笑しながらアレスは頷く。


「分かっている。君が俺の副官なのも、その辺が原因だしね。」


 参陣将軍達が国家代表という性質上、今迄は戦場での序列となりうる指揮系統を定める事は容易では無かった。

 その結果表向き無所属で相応の実力者であった、ヴェルーゼが来るまで副官すら定められずにおり。結果として北部での暴走に繋がったと言える。


 だが今後は王族の参戦も増えるだろうし、再編は序列より戦力という言い訳も通る様になった以上、良くも悪くも今迄通りの組織編成では居られない。

 何よりも、彼女はヨルムンガント帝国の皇女だと明かしてしまった。



「本当に分かっているのかしら?

 だったら何故、あなたが言った名将の条件を満たしているブリジット伯爵相手に一騎討ちを始めたのか、是非ともお聞かせ願いたいのですけど。」


 確かに伯爵の強さは想像以上だった。剣腕だけならともかくあれだけの中位魔法を使い続けられる様な相手、他に渡り合えた者は居なかっただろう。

 だが。それでもアレスは替えの効かない総大将なのだ。

 そんなにも自分達は頼りなかったのかと憤るヴェルーゼに対し、アレスは。



「ふふふふふ。生憎一騎討ちをする気なんて()()()無かったさ。

 一騎討ちになったのは何故か皆割り込もうとしなかったからで、一騎討ちで片付ける心算だったら最初っから()()()()()なんて、かけなかったとも。」


「     。」


 思い出すだけで震えが来る。そもそも一騎討ちにしたかったのはブリジット伯爵の方で、戦略的に負けていた彼が戦況を打開する一番の手段が一騎討ちだ。

 アレスの予定では最低でもスカサハと二人掛かり、可能ならヴェルーゼの援護を期待したかった。ぶっちゃけその為に号令をかけて、乱戦を狙ったのだ。



「この際だからもう正直に聞かせて?

 周囲の状況とか碌に観察してる余裕無かったんだけど、どの辺が一騎討ち狙いに見えてた訳?」


「…………え?本気で?」


「うん。俺が伯爵に切りかかったのだって、他の皆が駆け付けるまでの時間稼ぎの心算だったよ?可能な限り一騎討ちしないって、言ってたじゃん。

 何が失敗だったのか知りたいんだけど。」


 聞いてはいた。だが全くそうは見えなかったし、他の側近達も強かった。


「……そうですね。最初の切り合いだけならそう取れたかも知れませんが。

 じゃあ側近の方々に割り込まれると問答無用に負けてたと思うのですが、その辺はどう対処する気だったので?」


「そら勿論【魔剣技】よ。魔剣技は一騎討ち向きのと集団戦用のと半々だ。

 だからその側近達を巻き込んで、逆に彼らを盾にしながら戦う気だったね。」


「思った以上に外道戦術だったんですね……。」


 けれど、そういう事なら本気だったのかも知れない。


「ええと。最初のを除くと、先ずはあの順番に難易度を上げ続けていた必殺剣の競り合いですね。まるで正当法で勝てると挑発しているみたいで。」


「あれはMP量で勝負するための伏線だよ。

 一応誰も割って入れない時の戦い方は想定していたんだ。

 俺にとって最悪の戦い方は【魔力剣】だけを使って戦い続けられる事さ。使い手の経験と身体能力が諸に出るから、多分敗北は時間の問題になったと思う。

 難易度順だったら次の魔法や魔剣技が読み易いだろう?」


「……あの【中位魔法】の連発も、巻き込まれたくなかったら近付くなって感じで自然と距離を取らされたのですが……。」


「マジかぃ。まあ実際一騎討ち狙いなら発動も範囲も使い易い【下位魔法】の方が有効だろう?そっちを避けたのはとにかくMPを消費させたかったからさ。

 でもまあ、正直【回復魔法】さえ使う隙があれば五分以上に立ち回れると思っていたんだけど。

 実際は【奥義スキル】すら殆ど最後しか使わせて貰えなかった。」


「つまり……。割とマグレ勝ち?」


「ふははははははははは!辛勝どころでは無かったぞ!マジやべぇ。

 ていうかあの人LV差無くても結構ヤバかったよ?何で無理にでも割って入ってくれなかったのさ!もう一騎討ちで全て決まる空気出来てたじゃん!

 滅茶苦茶責任感で潰されそうだったよ~~~~!」


「いや。数日越しで泣かれても。」


(そうですか。狙ったんじゃなくて天然でしたか。)


 よよよと両手を伸ばし、抱き着く様な真似をしているがビビっていたのは本当の様だ。演技臭く崩れ落ちているし実際ふざけてはいるのだろうが、手足が軽く震えているのは隠せていない。


 でも腰に回そうとした手は叩き落しておく。


「なら、今後は援護を頼みたい時ははっきり合図をして下さいな。

 事前に聞いていた私達ですら誤解したんですから、対策は必要ですよ。」


「はぁ~~~い。」


 地面に両手を付けて崩れ落ちていたアレスが、よろよろと立ち上がる。

 どうしようもない時は満面の笑みでおちゃらけて見せる事が、彼のストレス解消法であり、不安の誤魔化し方なのだろう。


 まあ、弱みを見せてくれる程度には信頼してくれているのだろう。

 今のところ悩み相談くらいしか出来ていないが、これはこれで悪くないと多少の気恥ずかしさを咳払いで誤魔化した。


「それで?他に何か悩みでもあれば、今の内に聞いておきますけど。」


「ん~~~。悩みというか、真剣に聞いて欲しい事はあるかな。」



「? それは一体?」


 ヴェルーゼ皇女が首を傾げる。今までとは違った緊張を察したのだろうか。

 少なくとも政治的な話ではないと気付いている様だ。

 全く。本当に察しの良い女性だと、アレスは小さく溜め息を吐く。


 彼女は既に、本来の素性を明らかにした。今後は互いの関係に政治が絡み、今迄の様な関係ではいられない。

 関係が変わるのは避けられない。だから言えるとしたら、今しかない。


 小さく深呼吸して、身体を起こして彼女の方へ向き直る。



「ヴェルーゼ・ヨルムンガント第三皇女。

 アレス・ダモクレス第二王子は、貴女に正式な婚約を申し入れたい。」



 ヴェルーゼの瞳が驚きで大きく開かれる。顔色に徐々に理解の色が広がる傍ら、結論の前にと理性で感情を抑えて口を開く皇女。


「……王族の婚姻は政略を無視出来ません。兄君に相談せずとも良いのですか?」


「我が兄上からは君の事を知った時点で積極的に口説くよう指示を受けているよ。

 名前だけしか教えてなかったけど一発で見抜かれたね。」


「……見抜かれたというのは。」


「君への好意。」


 ふ。と思わず遠い目をして空を眺める。それはヴェルーゼも同様だ。

 事務的な報告しかしなかった筈なんだけどなぁ。


「向こうからは君の身柄を保証するためだとか、断れない婚約話が来る前にとか、色々後押しする口実が山と届いたよ。後式には絶対呼べと。」


「こ、個性的な方なんですか?」


「うんまあ。平凡詐欺な人かな?」


 原作主人公の凡人設定は飾りでした!まあ本来オイラ代役でしかないからね。

 正直今でもアストリア兄さんが義勇軍を率いるべきだって思ってる。


(とりあえずお兄さんは置いときますね。)(うん。兄さんは置いといて★)


「あなたがヨルムンガント帝国皇女と婚姻を結べば、義勇軍総大将としての立場が揺らぎかねない。

 その辺りも御理解の上で、先の展望も考えた上でのお言葉ですか?」


「ああ。婚約の公表は当分出来ないが、東部の完全制圧辺りで略式の婚姻を結ぶ形になれば良いと思っている。

 君が副官代行中は難しいけれど、新しい副官を任命した後なら実績や政治的価値で押し通せる。」


 副官の任命は必要だし、帝国軍の降将を味方に付ける意味でも価値はある。

 不信感を利益が上回れば表立っての反対は出来まい。所詮勝利を重ねたと言っても帝国はまだ三地方に同時に派遣し続ける兵力が残っている。

 一見無謀に思えても、東部軍が敗北しただけで今も帝国軍は優勢だ。


 感情論だけで帝国に勝てるほど、戦場は甘くないのだから。


「勿論無理強いはしないし、断ったくらいで君を追い出すような真似はしない。

 今迄通りを約束する。その上で、君の本音を聞かせて欲しい。」


「……何故、私なのですか?」


 嫌われての質問では無い事は分かる。

 だが同時に、彼女の慎重さがアレスの不安を煽る。

 平静を装って答え続けるだけで、既に逃げ出したい気持ちで一杯だ。


「君に惹かれたから。

 他は全部後付けの理由、いや言い訳だ。」


 一目惚れに近くはあったが、自覚したのはスコールランド島の時だ。

 彼女と話した後は気持ちが軽くなったし、長く話していないと不安になった。


「…………、……そこまで言われては、誤魔化しも出来ませんね。

 私も、あなたと話すのはとても楽しいし、嬉しい。

 けれど、その申し出を受け入れて良い立場だとは思えない。」


「我が侭を言えるだけの実績は出来るさ。

 俺達は勝ち続ける。勝ち続けなければ、未来は無いんだ。」


 《王家の紋章》から小さな箱を取り出し、兄が送り付けて来たダモクレス王家の紋章印が裏に刻まれた〔婚約指輪〕を差し出す。

 これを受け取って貰えないなら諦める心算で、しかし確信を以って。


 固く取り繕っていた表情がくすりと綻ぶ。


「……それもそうですね。……ええ、分かりました。

 その婚約、お引き受けいたしますわ。」


 ヴェルーゼが箱から取った指輪を嵌めて、アレスがその甲に口付けをする。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


「何かしら?嫌な予感が。」


 ミレイユ・ジュワユーズは不意に感じた寒気に震えて戸惑うが、敢えて気にするのを止めた。

 今はアレス王子が自分の元へ駆け付けてくれる未来が、ただ愛おしかった。




 後世の歴史書は語る。


 ジュワユーズの英雄アレス・ダモクレス第二王子は、生涯を通して胃薬を病的に手放さなかった、と。

※本日で連続投稿終了。次回、第二部序章は土曜日投稿の予定です。

 只今第三部を作成しつつ、投稿分を順次推敲しております。


 冒頭の話は「2.第一章 亡国直前の王子様」でのジュワユーズ視点になります。

 聖王国「不可能を成し遂げた!」

 あれす「不測の事態の玉突き事故だゼ(吐血★」

 ミレイユ王女の事は「あ、げーむで義兄と良い感じだった姫だ。」程度の認識ですw忙しくてそれどころじゃなかったからネー。


 地雷はたくさん敷設しておかないとw



 作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。

 目に見える評価で一喜一憂しないのは、評価され慣れてるか自分に自信がある方だけだと思いますw

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ