20.第五章 東部頂上決戦・両翼
※先日金曜より第一部終了まで毎日連続投稿しております。続きは明日31日、22話で終章です。
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「邪魔はさせませんよ、ウィリアム男爵。」
「お嬢様方だけで私の足止めが出来ると?随分侮られたものだ。」
声と共にヴェルーゼの杖に再度魔力が集い、直ぐに放てる様にと狙い定める。
アレスを挟み撃ちしようとした重騎士が舌打ちし、大将戦への割り込みを諦めて戦斧を構え直しヴェルーゼ皇女達三人の前に向き直る。
前に進み出るのは護衛騎士であるマノンとジュスタン。
本来であれば剣を抜くのが相応しいのだろう。だが元より自分の担当は騎士では無く魔法使い。ヴェルーゼが構える杖は〔魔女の杖〕であり、魔力を弾く魔法使い同士の戦いで真価を発揮する護身武器だ。
周囲に割り込める実力者はおらず、表向き三対一の構図だが二人の表情は硬い。
それも当然だ。相手は仮にも一軍の将、本来であればこんな小部隊を率いて乱戦に参加する程度の実力者では無い。
ハイクラスと呼ばれる上級騎士、ナイトへの昇格を果たした将軍の一人だ。
事実今。死角から放たれた筈のヴェルーゼによる【下位閃光】を、振り向きすらせずに避け切った。
「そちらこそ油断なされたご様子では?
まさか我々が戦場に於いて、ただ傍観に興じる手弱女とでも思われましたか。」
「っ!?」
ヴェルーゼが改めて銀製の剣を抜き、ウィリアムの殺気を物ともせず一蹴する。
事実ヴェルーゼは後方に下がると思っていたウィリアム男爵は、自覚ある油断を指摘されつい口籠る。男爵にとって皇女は、常に守るべき庇護対象の筈だった。
「甘く見ないで頂きたい。戦場に立ち、敵対した以上貴女様は我らが敵。
未熟な盾を何人傍に置こうが私に立ち塞がれる筈もない。」
「ならば私一人と対峙していると思いなさい。
私は一人でもあなたに勝ちましょう。」
これは尻込みする護衛騎士達への言外の叱咤だ。
油断するなら隙を付け。格下だと思われているなら先手を打てと。
ヴェルーゼの言葉に嘘は無いが、一人で勝てると慢心する気も全く無い。
(申し訳ありません。これ以上の無様は晒さぬと誓いましょう。)
腹を括ったマノン、ジュスタンの二人が盾で口元を隠しながら主に謝罪する。
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本来ゲームと同じ歴史を辿れば。
ダモクレス唯一の王子アストリアは父を討たれた亡国の王子であり、国を後にした出兵も敗残兵に等しいと北部諸侯には映る。
事前準備も政治的根回しも無い平凡なアストリア王子は、実績が無いと各王国に交渉で退けられながら、盗賊団退治で徐々に実戦を重ね。
北部諸侯に認められたのは、ゲームでは曖昧にされた春。
北壁砦を陥落させた、丁度今と同じ時間軸の勝利によるものだった。
当時のブリジット伯爵はと言えば、昨年何の障害も無くノルド王国を陥落せしめて聖王国との国境付近、西境界地域へ進軍する頃だ。
主戦場は既に中央から移り、劇的な勝利というより無能な味方の失態で落ちた北壁砦の奪還は担当守備軍の責任と後回しにされ。
義勇軍の戦場は帝国の主力を避けて南部へと移る。
南部では手柄争いに興じる諸侯が失態を握り潰し。東部北西を制圧中に腹心達が守る東部中央が陥落し。
漸く報告が届いたブリジット伯爵は、手足を失った状態に等しく。
日の出の勢いの義勇軍と、落日の迫る東部軍の劣勢は覆せずに。
見るべき所の無い凡将として味方の無能を呪いながら討ち取られ、序盤を締め括る脇役として消える。
それこそが、正史における凡人アストリア王子の栄光の始まりだ。
翻れば稀代の天才と名高きアレス王子は。
万全の準備を整えて敗走にすら備えた初戦は、枠外からの伏兵により王を討たれ落城から始まり。
事前準備と持ち前の政治力で挑んだ盗賊退治は諸侯の暴走を招き。
盗賊達と現れる筈の北部最強は東を根城に、最小の犠牲で奪還した北壁には早々に中央からの増援が迫り。失敗と見るや冬を挟んでの包囲網の構築に走る。
挙句南部の制圧を後回しにしての総力戦を挑まれて、冬を盾に分断を図る他に策も尽き果て。辛うじて五分の総力戦を挑む羽目になる。
劣勢を戦略で圧倒する鬼才など只の笑い話。
常に戦況と戦術で圧倒されるが故に、戦略にしか勝機を見出せなかった紙一重の繰り返し。常勝不敗というのは只の謳い文句、はったりに過ぎない。
勝ち過ぎているが故の警戒などアレスにとっては青天の霹靂、想像の埒外だ。
ゲームを、正史を知るが故に。語られぬ政情など知る筈も無く。
段階を踏んで強敵を避け続けた原作を参考にしたが故に。
如何な称賛もアレスを慢心させるには程遠い。
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スカサハの一撃が弾かれ、双剣の片割れを危いところで躱す。
双剣にも関わらず一撃の威力はスカサハのそれと相違無く、鍔迫り合いに持ち込まれれば、力で勝つのはまず不可能だ。
「今の一撃が北部最強の実力か?」
アレスの前世であれば非現実的な長剣二刀流も、LVの存在するレジスタ大陸でなら膂力次第で実戦的な剣術となる。
ハイクラスに到達出来るのは余程の適性が無い限りLV20以降。長年ブリジット伯爵と肩を並べたハインツ騎士爵のクラスはナイトだ。
ハイクラスへの昇格は身体能力の向上をもたらし、ナイトクラスは通常のファイター技能に加えて回復魔法が習得可能となる。
故に互角の勝負では敗北は必至。
しかも相手は守勢に長けた、指揮官向けのハイクラスだ。
「ハイクラス並の身体能力とは驚きだが、所詮お前は基礎クラス。
片田舎の最強程度で我が剣を超えられるなど、夢にも思うな!」
「は!随分簡単に勝ち誇るじゃないか!」
全身鎧に身を固めていれば守りに不足を感じる事は無い。
故に多少の怪我など気にせず強引な攻勢が可能だ。二刀流による剛剣との相性は幾多の戦場を潜り抜けた実績が証明している。
畳み掛ける『連撃』の、一撃の重みこそ一刀に劣る。だが足は止まらない。
双剣を重ねれば重量差で押し切れるのが二刀の強み。加えてハインツの剣は切れ味よりも強度重視の幅広剣。
スカサハが足を止めれば即座に切り伏せられる、確信がある。
実際ハインツは熟練の騎士に相応しく、間違いなく一線級の実力者だ。
繊細な斬り合いを二重の間合いで封じ、多少の読み違いは膂力で弾き飛ばす。
一刀と一刀で相殺なら凌ぎ切れない。自然相手の剣は大振りを避けた小刻みの防戦へと追い込まれ、殻に籠もった相手の守りを力尽くで打ち砕く。
なのに何故、打ち合いを凌ぎ、手数に追い付き、剛剣を弾くでは無く捌くのか。
一刀の剣戟が二刀全てに対応し切り、荒い雑な一撃など一度も無い。
「はは!先程の勢いはどうした!
高々片田舎の最強程度に、随分と時間を使うじゃないか!」
突きの様な剣戟が舞い、剛剣の隙間に滑り込んで跳ね上げる。
無論ハインツとて言われるままにはしない。撥ねられた剣は根元で打ち落とし、舞い続ける切っ先には守勢に転じて切っ先で攻め返す。
「な、な、に。」
けれど止め切れない。捌き切れない。圧し切れない。
重量筋力で凌ぐ筈の剛剣が、小刻みな連撃で封殺される。
(ば、馬鹿な。凌げぬ速さでは無い筈だ。力負けもしていない。
なのに、なのに。何故。)
二刀が一刀に劣るとは限らない。力は全ての姿勢体勢においても均等では無い。
剣戟が死ぬ瞬間、牙を剥く瞬間を見極めれば。剛剣が剛剣に至る前に刈り取る事もまた、手中の妙技にて冴え渡る。
「く!」
強引に退き、剛剣を蘇らせる空間を見出す。
それはハインツが想像し得る起死回生の一手。
「甘い!!」
「な!」
離した空間を一瞬で詰める『神速』の踏み込みに、驚く間も与えずに翻る致死の三連斬り【奥義・武断剣】。
凌ぐだけでも困難な初太刀の痛みを堪える隙すら無く。無呼吸続け様に切り払われる二双三の太刀、一瞬の交錯。
急所を続け様に断たれたと気付くのは、首を落とされる事だけを防いだ後。
何よりも失血死を待つほどに甘い者が、北部最強と呼ばれる筈も無い。
「力もLVも、ましてクラスも。
優勢を保証するだけで勝利を約束するものじゃないんだよ。」
『連撃』。激痛を堪えて踏み止まった瞬間刃が差し込まれ、首を刎ね飛ばされたハインツが前のめりに崩れ落ちる。
転がる首には我が身に何が起きたかも理解出来ないままの、驚愕の表情が張り付いていた。
とは言え、スカサハと言えども一歩間違えば危かったのは確かだ。冷や汗が背中を流れ軽く息を整えなければ他に援護する余裕も無い。
「アレスに手を貸すのは、流石に後か。」
見回した戦場は不幸中の幸いというべきか。
武将同士の決闘が始まったせいで、兵卒達が斬り合う空間は左程無い。
お陰で一般兵の戦場で左程優劣は開いていないようだが、ルーゼ改めヴェルーゼ皇女は流石に劣勢を強いられている様だ。
(あれが噂の『魔障壁』、魔術師殺しという魔法を弾くスキルか。)
見るに絶対成功する程の万能技術では無く、瞬間的に魔力を武器や盾に纏わせる武技。魔騎士に多いと聞くが、習得者に出会うのは初めてだ。
それでもきっちり手傷を与えているのだから、ヴェルーゼ皇女は善戦している。しかし護衛騎士二人は守りに長ける反面、攻め手を捨てて守る癖がある。
多勢に対しては有効だろうが、格上との戦いでは勝ちを拾えない。ならば最も手を貸すべきはあの三人か。
「覚悟!」
背後から剣を振り上げた若手騎士の首を飛ばす。
「掛け声が必要な覚悟で俺に挑むな。」
後に続こうとした騎士達の足が鈍るが、剣を捨てるほど弱くは無かった。
「全く。どうやら他の援護に回るには、お前達の数を減らさにゃならんか。」
どうやらスカサハが動けば空白が消え、兵士達の乱戦が始まるらしい。
狭い戦場では個の力が物を言い、義勇軍はいまだ質より量でしか挑めない。
「北部最強が飾りかどうか、お前達自身で証明して見せろ。」
宣言と同時に、残光が煌めいた。
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「【下位風刃】!」
ヴェルーゼの放つ不可視の鎌鼬が、絶妙な間で乱戦の隙間を縫って姿勢の崩れたウィリアム男爵へ牙を剥く。
「甘い!」
だが予兆はある。魔力の流れだけでは無く、直前に微かな空気の収束が。
ウィリアムは即座に剣を盾に魔力を集わせ、直撃の瞬間に魔力の障壁を拡げる。
『魔障壁』。
魔力確率で生じ、発動すれば魔力攻撃を完全に無傷で弾く対魔法防御障壁。実際には特殊な魔法未満の障壁を生じさせる、瞬間の盾に紛れた回避術だ。
選ばれた者にしか術を引き出せず、鍛え抜かれた者にしか一瞬を活かせない。
その代わり、使いこなせれば如何なる魔法とて恐るるに足らない。
「「うぉおおおおお!」」
「ふん!」
強引に立て直した護衛騎士たるマノンとジュスタンが生じた一瞬目掛けて同時に切り込むが、力任せの戦斧が二人の一撃を弾き飛ばす。
(やはり脅威ですね。まさかこの二人を以てしてもここまで圧倒されるとは。)
マノンとジュスタンは若手の中では間違いなく腕も立つ。
アレス王子やスカサハの様な例外を除けば、現状準備さえ整えばいつでもハイクラスに昇格出来る一流の騎士達だ。
実際、あれだけ押し切られても距離を詰めさせず、受け身とて取り切れている。
本来であれは、これ程までに実力差は無い。ヴェルーゼがいるのだから猶更だ。
(騎士殺し。噂には聞いていましたが、まさかこれほど厄介とは……。)
騎士殺し。それは《鎧破りの斧》という名の魔法の斧を指した異名だ。
この斧は金属に干渉し、竜以外のあらゆる守りを半減させる力を持つという。
斧という性質上、力自慢にしか使えず決して勝手の良い武器ではない。
無いのだが。
(くそ!武器が、長く打ち合えば武器が壊れる!)
こちらから仕掛ける分には問題ない。だが競り合いに持ち込んだ時が不味い。
単純に力負けするだけではない。同じく魔法の武具なら何の影響もあるまい。
だが、ただの金属の武器であれば。長く触れ合い続けるのなら。
鎧破りの負荷が、武器にも及ぶ。簡単に壊れるという事は無いが、刃の鈍りが実感として伝わって来てしまう。
故に、片方が足止めという手が使えない。
まともに切り合えば負けるから。接触は最低限にするしかないから。
よって、この武器を用いた戦い方に慣れている側に戦況は傾く。スキルの相性も加わり、三対一で劣勢になる程に。
(けれどその程度の相手に、三人がかりで足止めされ続けている訳には……っ!)
三人が三人とも気を伺い続けている。だがはっきり言えばこの程度の相手だ。
皇帝に、三人の兄弟に挑むために。全員と渡り合うために、彼程度に苦戦し続けては未来は無い。
「【下位落電】!ッ【下位落電】!!」
「なっ!」
『連撃』スキルは魔法でも発動する。
アレスにとってはゲームの先入観故に当然という認識だが、魔法使いにとっては本来エリートにしか許されない高等技術だ。
魔力を消費する先から、次の魔法の準備をする必要がある。意識して、余程集中力を高めなければ。
一つのMPで二つの魔法と化すなど、到底出来るものでは無い。
(いつまでも本職が剣士に後れを取っている訳にはっ!!)
「うぉおおおおおおっ!!」
『魔障壁』は魔力の流れを察知するが故に、歴戦の経験が『連撃』の気配にすら気付いてしまう。だからこそ、両方に続け様に発動する余裕は無い。
余裕が無いが故に迷い。遅れ。
どちらも間に合わないという最悪の結果を招き。
「ッ!くそ……っ!本当に、お強くなられたものだ……。」
力尽きたウィリアム男爵の斧をジュスタンが拾い上げ、周囲へと意識を向ける。
戦況は未だ一進一退だが、徐々に皆が戦いの手を止め始めていた。
その場の皆が、次第に気付き始めている。
自分達の戦いでは、この戦の勝敗が決まる事は無いのだと。
溜め息を吐きながらヴェルーゼは思い出す。
『コツ?強いて言うなら、出来て当然と思う事と……。
後は、二回分に必要な魔力を事前に把握しておく事かなぁ?』
「全く。彼は自分に出来る事は誰にでも出来ると思っている節がありますね。」
自分には下位魔法が精々だというのにと、震える手で額の汗を拭う。
※先日金曜より第一部終了まで毎日連続投稿しております。続きは明日31日、22話で終章です。
※『魔障壁』の説明は間違いではありません。ゲームデータ的には一緒であり、技術体系的にも同じなので同一視されてるだけで、実際には細分化すれば二通りに分かれます。
でも雑に説明すると力業で弾くか、障壁に弾く効果も付け足すかの違いなのw
『必殺』で首狩りや心臓狙いが区別されないのと同じ扱いです。
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