19.第五章 皇女の誓約
※本日より第一部終了まで毎日連続投稿致します。続きは明日30日、22話で終章です。
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宮殿の中で、騎士達の足音が石畳に響く。
宮殿の主であるブリジット伯爵は如何に堅牢であったとしても、義勇軍を宮殿内で待ち伏せる心算など更々無い。
制圧し立ての宮殿で地の利を得たと勘違いするほど浅はかでは無いつもりだ。
自分達の知らぬ隠し通路でも使って、別動隊が城内の王侯貴族を救出に現れるかと警戒したが、どうやらその気配はなさそうだ。
(朗報半分悲報半分、か?
どうやら義勇軍はノルド貴族共と共闘している訳では無いらしい。)
朗報はノルドに人質は恐らく有効。悲報は義勇軍がノルド貴族救出には兵を割かないだろうと見当が付く点か。
双方無関係であれば、わざわざ弱点を増やす事もあるまい。
城壁より高い宮殿から見下ろせば、ノルドの城下は正門から城内本殿まで一直線に大通りが続いている。
略奪する気が無ければ城下を無視出来る構造であり、敵軍が略奪に現を抜かせば脇道で各個撃破出来る、上から分かり易い構造になっている。
宮殿に至っては殿内こそ広くは無いが、代わりに中庭に相応の軍隊を配置出来る構造になっており。乱戦を避けるためでは無く、乱戦に持ち込み易い形状になっていると見当が付く。
正門に三百しか配置しなかったのは、城門を突破した部隊を返り討ちにするには戦場が狭過ぎるとの判断だ。
戦線が維持出来るなら、逆に突破された方が都合が良いくらいだ。
それは実質的な戦力の分散に繋がるだろう。
大通りも盾を並べて遅延戦術に徹するなら適している。但し、総じて範囲攻撃に対する配慮は圧倒的に足りていない。
(まあ、その程度の軍としか戦った経験が無いのだろうな。)
範囲魔法は中級以上にしか存在しない。下位魔法では運が良ければ複数人を巻き込める程度でしかない。
聖王国は無闇な攻撃魔法の流通を嫌っていたから、その差が東部全体の防衛意識で如実に表れたのだろう。
実際、東部戦線は大部分が物量か質のどちらかで圧倒出来た。
戦術は質で覆せる。
一ヶ所に複数の高LVを当て続ける事が出来れば、全ての戦場で勝てる。
それがブリジット伯爵の基本戦術だ。
「だが、此処まで追い込まれる予定はそもそも無かった。」
如何に弱卒と言えど、一万の物量だ。城内に配置出来ない程度には厄介な数だ。
此処まで損害を出した以上、帝国軍は既に戦略的には負けている。
「我が直属と真っ向勝負を挑める部隊と、匹敵する物量。
どちらも用意出来る下地は無かった。
本来なら東部が連合を組めなかった時点で、我が帝国東部方面軍に対抗する手段など北部は愚か東部にも存在しなかった。」
振り返る独り言は感傷だ。戦況分析をする段階はとうに過ぎている。
正門に置いた武将サーディ将軍はブリジット伯爵の腹心であり最古参の武人だ。だが彼に十分な戦力を与える事が出来たとは言い難い。
「サーディは、戦死するかも知れんな。
流石はベルファレウス殿下が認めた英傑だ、ここで討てねば本当に帝国の脅威となるだろうな。」
尤もその時はブリジットも生きていないだろうと、無駄な心配に苦笑する。
まだ敗戦が決まった訳でも無いのに弱気になる理由も無い。
何より東部帝国軍と義勇軍は、今回が初めての真っ向勝負。現状は単に、先手を打たれただけ。今まで敗北している軍は、主力は全て東部諸侯軍に過ぎない。
「さて。殿下の一撃は凌げたかも知れんが、所詮遭遇戦ではな。」
腕に覚えがあるのは敵だけでは無い。これでもブリジットは度重なる東部戦線で幾度も前線に立ち戦況を覆し続けた猛者だ。
大部分が優勢だったとはいえ、劣勢の経験が無い未熟な軍隊とは格が違う。
「ここで義勇軍と全ての雌雄を決する!
蹂躙だ!北部の田舎侍に、我ら帝国騎士団の恐怖を刻み付けろ!」
掲げられた剣に、突き上げられた槍が唱和する。
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「おのれ小童が!儂の邪魔をするで無いわ!」
サーディ将軍の大槍を必死で弾くカルヴァン王子だが、家臣達は碌に手を出せず徐々に追い詰められていた。
「先に行ってくださいアレス王子!消耗戦で有利なのは帝国です!」
だが彼の苦境には値千金の価値がある。戦況は刻一刻と義勇軍に傾き続ける。
当初アレスが中央に陣取り、合流した軍は全て右翼に集中する形で、正門と大通りの間には進軍路が確保されていた。
守将のサーディ将軍はアレスが足止め役と理解している。だが同時に総大将の首という絶好の好機でもある。むしろ無謀とすら思った。
だから分断された包囲網を自らが前に出て強引に立ち塞がって、アレスとの一騎討ちに持ち込もうとした。
その直前でカルヴァン王子に遮られ、アレスは反対側の突入路を確保出来た。
だが生憎、カルヴァン王子達だけでは進軍路の維持すら侭ならないだろう。
現状アレスがこの場を離れた途端、城門が塞がれる恐れすらある。
「助太刀するぞカルヴァン卿!アレス殿はお先をお願いいたします!」
敵を踏み台にしてサーディに斬りかかったのはレギル王子だった。
一撃は弾かれたものの、カルヴァン王子の隣に着地する事には成功した。
「無茶が過ぎるぞレギル王子!」
「強者による戦況の挽回、骨身に染みました!
あなたの言うとおり、今の私ではこの先について行けそうも無い!ならばこの場で死力を尽くさせて頂く!」
事実、レギル王子の率いていた部隊は既に半数近く失われた。なのに今剣を交えている騎士達は今まで剣を交えた全ての敵よりも死を間近に感じさせる。
(何が対等か、何が同じ王子か。
確かにこれでは、数の優位など笑い話にしかならないな。)
数も負担もアレス達の方が遥かに多いが、損耗も戦果も比べるべくも無い。
片やレギル軍は、余力以前に心が折れかけている者も居る。
「分かった、両王子にここはお任せする。ご武運を!」
後続も続々大通りに進み、隊列を組み直している。
アレス達と反対側から突破して来たスカサハと頷き合うと、アレスも自分の部隊と合流して号令をかける。
「前進だ!東部軍主力と決着を付ける!」
一度部隊が一丸となって走り出せば、後続が波の如き壁となって移動を阻む。
部隊が力尽きないよう早足で進軍する中、決戦前の最後の水分補給を順次行えと周囲に命じ、傍らで騎士アランを呼んで伝令として走らせる。
移動しながらの隊列の修正を指示し、歩く速度に落として進軍する。
「伝令!前方大通りに敵兵、見当たりません!」
民家に協力を頼み、屋根の上に上った兵士が周囲を警戒しながら叫ぶ。
市街地からの襲撃を警戒して盾持ちを左右均等に配置しているが、住宅街の何処からも矢が射かけられる様子は無い。
盾を掲げながら宮殿に近付くにつれ、城郭を囲う壁上や城門館に弓兵や魔法兵と思しき影を発見し、深呼吸の後に突撃を叫んで最速で先陣を切る。
「突撃だ!」
「迎え撃て!」
アレス只一人の突出と遅れての突撃に一瞬判断が遅れ、敵軍の攻撃も初撃だけ散らす事に成功する。
当然半数近くはアレスに攻撃が集中するが、狙いさえ絞らせなければ魔法も切り捨てられるアレス相手、攻撃を当てるのは至難の業だ。
多少の手傷は無視して城門に肉薄し、渾身の奥義を解き放つ。
それは敵の防具を無効化する、魔法にも似た幻の秘剣。
剣戟の衝撃を鎧越しに透過させる秘奥を以て、鋼鉄の門に裂傷が刻まれる。
(【奥義・封神剣】ッ二連!!)
弧を描いた一閃の反動から後ろに下がる一歩を踏み締め、前足を浮かせて重心を整え『連撃』と繋げ、更に一閃。
「放て!」
即座にアレスが横に飛び退いた直後、自軍の魔法が次々と着弾して内門が内側の宮殿に弾け飛ぶ。
敢えて飛び込まずに城門の前に出て大声で叫ぶ。
「降伏しろ!既に帝国軍の命運は尽きた!
この城門こそがその証拠である!」
ハッタリ、本隊がアレスに届くまでのほんの僅かな時間稼ぎ。
しかし中庭で狙い定めるブリジット伯爵が一蹴しつつ手を振り上げる。
「下らん!我ら帝国の神髄、切り札はここに居る!
お前達の敗北は「それは私の前でも言えますか、ブリジット伯爵。」」
振り下ろす直前、伯爵にとって無視出来ない声音が振り下ろす手を止める。
アレスと並び壊れた城門へ入って来た者を見た帝国軍兵が、一兵残らず動揺して動きを止める。
彼らの背後に義勇軍が入城し武器を構えるが、止めようと動ける者はブリジット伯爵を含め一人も居なかった。
「……な、何故、あなたが此処に……。」
「お久しぶりですね、ブリジット伯爵。残念ながら見間違いではありません。」
馬を降りて。遠目に判らぬよう被っていたフードは既に外され、風になびくのは絹糸の様に煌めく長い白髪。進み出るのは人目を惹き付ける緋色眼の美女。
帝国人であれば、絵画越しにでも一度は見た事のある美貌の皇女。
戦を憂い、せめて内乱を鎮めようと奔走した、最も民衆に愛される帝国の至宝。
ヨルムンガントの聖女、ヴェルーゼ・ヨルムンガント第三皇女。
その名は容姿才覚も相まって、帝国軍には絶大な影響力を誇っていた。
「ヴェルーゼ・ヨルムンガント第三皇女の名において命じます!
直ちに戦いを止め、我が旗下へ下りなさい!
これはヨルムンガント帝国皇女としての言葉です!」
動揺が走るのは何も帝国軍だけではない。
義勇軍とて殆どの者が知らなかった事実だが、アレスが平然と手を上げて、皆に落ち着く様にと合図を出す。
それは最初からアレスが知っていた事を場の人間に知らしめた。
(この盤面、幾らなんでもジョーカーが過ぎる……!
この状況をベルファレウス殿下は知っておられたか……。)
無いと結論付ける。流石にその場合、自ら参陣して切って捨てるだろう。
だがそれ以上に、黙っているのは士気に関わると結論付けた。
「これはこれは、お久しぶりに御座います。
ですが我々は皇帝の名によって命じられた東部方面軍。帝国皇女としての言葉だと宣言なされましたが、勅命はお有りですか?」
(この場で討伐する?馬鹿な、只の皇女なら兎も角、本物の聖女だぞ。
下手に問答無用で切れば、帝国の求心力自体が落ちる。)
勝利しているから黙らせられるが、帝国に反戦派がいない訳では無い。
「無用です。私は既に義勇軍の客将として行動しています。
私は父、ヨルムンガント皇帝が試みている魔龍復活の邪心を知っている!
最早彼の者に国家の君主たる資格は無いっ!!
故に皇女ヴェルーゼの名に於いて、ここに誓約する!
必ずやヨルムンガント皇帝を討ち果たす覚悟を!悪しき帝国の名を捨てて我らが祖国、武王国トールギスの再建を果たす事を!!」
「な!ば、馬鹿「ダモクレス王国第二王子アレスは、我がダモクレスの名に於いて此度の誓約に同意を宣言する!」」
真っ向から反旗を宣言され、動揺したブリジット伯爵の言葉を即座に遮る。
先頭に立っていたヴェルーゼの隣に、一歩アレスが進み出て手を挙げる。
「皆も聴け!此度のヴェルーゼ皇女の宣言、義勇軍が総大将アレス・ダモクレスの同行は、全て承知した上である!
我ら義勇軍は侵略者に在らず!私はヨルムンガントが侵略を否定し、正しき道に戻るのであれば、条件付きでトールギス国土の奪還に協力する心算でいる!
故に改めて宣言しよう、我らは復讐の軍に在らず!
正義と、誇りの義勇軍である!!」
剣を掲げ、高らかに正義は我にありと宣言する。
「義勇軍総大将、アレス王子に栄光あれ!!」
騎士エミールが唱和し、義勇軍にアレスとヴェルーゼ皇女を讃える声が広がる。
混乱はあるが、思うところはあるが、それでも今は一丸となって動けるだろう。
逆に、帝国軍の動揺は既に末端にすら広まり始めている。
「狼狽えるな!我ら帝国騎士に迷いは不要!!」
(くそ!手遅れだ!此処まで断じ切られたらもう討つしかない!
ヴェルーゼ様は既に国を割る、いや!切り取る覚悟を固められている!)
ブリジット伯爵の一喝は動揺する騎士団に冷水を浴びせた。だがそれだけだ。
ブリジット伯爵の知るヴェルーゼ皇女は決して軽率ではない。そもそも帝位に対し一時はいずれかの兄の補佐に回ると明言していた方だ。
戦火を憂うが聖女の名は免罪符では無いと、文字通り内乱を止めるため軍を指揮して戦場にも赴いた。
幼い頃から重圧を自覚し、思慮を心掛けた姿はいっそ清々しさを覚えた。
その敬愛すべき姫君に剣を向けるなど、伯爵自身想像もしていなかった。
(だが迷う余地は無い!覚悟を決めろ、反旗の理由など問える状況ではない!)
「姫君よ!帝国に是非を問うならば、貴女は帝国の中で非を断じるべきであった!
敵軍に与した貴女を最早、我が君主と仰ぐには至らぬ!せめて我が剣を以って、帝国の過ちを否定させて戴く!」
「決意は、変わらないと?」
「くどい!」
迷いを振り切り、ヴェルーゼ皇女に切りかかるブリジット伯爵。
無論、アレスも黙って見逃す積りは無い。
宣言の為敢えて武器を構えなかったヴェルーゼの前に、割って入り剣を弾く。
「下がられよヴェルーゼ皇女!貴殿は剣で語られる方では無い!
この戦いは義勇軍の戦いでもある!」
あっさりと割って入られた自分の甘さに舌打ちする伯爵だったが、同時に有難いとアレスに剣を構え直す。剣を振るうなら躊躇いの無い相手の方が良い。
それが戦況を決められる相手なら猶更だ。
「吠えるな若造!口先だけの剣の無力を知れ!」
ニヤリと切りかかる前に、アレスは声を張り上げる。
「勝つぞ!」
「!迎え撃て!」
周囲の兵がアレスに応え、雄叫びを挙げながら帝国軍に切りかかる。
大将同士の一騎討ちかと思った帝国軍は、突然の乱戦に防戦を強いられる。
歯噛みする。何が躊躇いの無い相手かと、ブリジットはアレスに遅れて攻撃を命じた自分を恥じる。
アレスは戦況に気を配りながらも、一騎打ちの構えを崩していない。いや。
「っちぃ!」
一閃。
翻っての弾ける剣戟。
『神速』により先手を取るがしかし、甲冑を着ているとは思えぬ俊敏さで体を横に傾けての横薙ぎによって切り返され。
鍔迫り合いに応じて見せた瞬間の切り払いは鍔を叩き付け、引くと見せかけ弾き合う。煌めく剣戟。打ち鳴らされる金属音。
一方で崩し切れなかったアレスは、当の昔に『鑑定眼』を使っていた。
LV25に対しLV32。
両者を隔てるのは体格差ではない。経験の勝る相手によるステータス差。
数値化された技量は、経験則を含まない。もし含んでいるのなら、アレスはこれ程までに確率にそぐわない頻度でスキルを繰り出す事は出来ないからだ。
スキルと読み合いで劣勢を覆す、文字通り格上との一騎打ち。
アレスにとって本来絶対避けたい展開で。
(そもそも実質東部のラスボスだからなぁッ!)
ゲームに於いて推奨されるのは、一対複数。
推奨されるのは戦場における大将との、同LV対決だ。
※本日より第一部終了まで毎日連続投稿致します。続きは明日30日、22話で終章です。
三月中に第一部を終わらせられるかなと思ったのは懐かしい思い出w
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