17.第四章 東部方面軍攻略戦・軍議
※祝日投稿です。次回は3/23日土曜投稿予定です。
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冬が開け、街道が使える様になった東部方面軍へもたらされた報告は、首脳陣に驚愕を与えるに十分な内容だった。
「馬鹿な!南方五城の内三城に義勇軍の旗が昇っていると言うのか!」
義勇軍の動きを報告させるため、街道が使える様になって直ぐ馬を走らせた成果がこれだ。詰まり義勇軍は雪中を行軍したという話になる。
それも一つ二つでは無く、海沿いを離れた遠方。全て山脈側の城だ。
義勇軍が船を使っている報告があったが故の油断。より撤退が困難になる筈の内陸側への奇襲。一体義勇軍は、どれ程の数を城攻めに費やしたというのか。
「何という事だ!我々が犠牲を払って制圧した城ですぞ!!」
「必要数の守兵は残せと命じていた筈だ!
城の守りには現地調達した兵も居る筈だろう、全員今直ぐ各城に残した守備兵の数を報告しろ!」
責任は全てブリジット伯爵にあると言わんばかりの南方諸侯達を怒鳴り、慌てて語り始めたその実態に思わず眩暈がした。
「詰まりお前達は守兵を疎かにして、全員五百以下しか残さなかったのか。」
論外だ。これでは奇襲にさえ成功すれば碌な防衛が出来なかっただろう。
むしろ奇襲された段階で抵抗せず、早々に降伏した恐れすらある。
「し、しかし!」
「がら空きにして何とする。次があれば最低が千だ。」
歯軋りする南方担当諸侯を余所に、彼らに冷ややかな目を向ける他の諸侯が放置は出来ぬと改めて口を開く。
中央を担当していた諸侯達は特に精鋭が多く、自分達が交戦する前提だった分多くの情報を集めており、油断すれば明日は我が身と真剣さが違った。
「基本方針は、北東部へ攻め込むか、南方を奪還するか、ですか?」
「そうなる。他に案がある者はいないか?」
「では試しに。北部へ攻め込むのは如何です?」
船が足りない、北東部と意義が同じ等の理由で却下されるが、議論の切欠としては十分以上の成果があった。お陰で新しい提案は幾つも上がったが。
「やはり南方を攻めた場合、義勇軍が迎え撃つのは南方の奥でしょうな。」
「結局はそこへ行き着くか……。」
北東部を攻めた場合はイストリア城が狙われる。今ならベガードを落しても孤立はしない。では陥落した南方深くへ奪還軍を出す場合はどうなるか。
「攻めればどう転んでもイストリアは空にする羽目になる。
それが義勇軍の戦略と見るべきか。」
それが嫌ならどうすべきか、どうするしか無いか。
(読み負けたな、これは。)
認めるしかあるまい。一点集中した戦力による圧殺という方針は瓦解した。
とあれば、どの程度を南部に向かせるか。
「南方に一万五千を派遣する!
全軍の半数をお前達の尻拭いに回すのだ、敗北の言い訳は一切認めぬぞ!」
「「「は、はは!!」」」
ブリジット伯爵の号令に、南方軍諸侯が頭を下げる。
増援部隊として加わる将と大将を決めて軍議が終わった後、防衛側の諸侯がふと懸念を口にする。
「しかし、敵が南方を無視した場合彼らの帰還は間に合いますかな?」
「間に合うも何も、連中は戻らんよ。決着が付くまではな。」
深々と溜息を吐いて、ブリジットが応じる。
「は?しかしそれでは……。」
「一度失った手柄だ。奪還後は制圧を再開する事は有っても帰還は無い。
我々が何を言っても適当な理由を付けて先延ばしにするさ。
だから最初から期待しない代わり、義勇軍が南方を優先した際の敗北は一切許さぬと、弱腰の撤退を封じたのだ。」
だが可能性は低いだろうとブリジットは思っている。
先に南方を下した場合、敗将がこちらに合流する恐れがある。
「義勇軍が北壁経由で帰還する恐れは無い。
南方軍が出陣した後、我々はノルド王国を攻略するぞ。
船から降りた直後の義勇軍を叩く!」
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南方軍が一万五千を率いて進軍して来たと第一報が届いた時、アレス達義勇軍は大半が既に船上の人となっていた。
「では、我々はイストリア城攻略に向かいます。」
奪還した南方諸国には、門を開けて帝国軍を迎え入れて良いと保証している。
南方諸国の守りに兵を避けぬ以上、彼らが報復に遭わない様にと事前に相談して決めた対応だ。
義勇軍は帝国軍を追い出した後、旗を立てる事にだけ強権を用いたが、他は何も負担させずに済ませている。彼らが真に味方になった時の為に。
「ここでノルド王国攻略に動くとかマジかい……。」
「何故だ?敵が勝手に消耗してくれるのは有難い話だろ。」
スカサハが問い返すが、乗船直前だったアレスは首を横に振る。
「イストリアで迎え撃ってくれるならノルド王国に協力を求められた。
ノルド王国を無視して海岸に陣を構えた場合も同じだ。戦場が劣勢になった時、背後へノルドの援軍が期待出来る。
そして何より、敵が進軍してくる状況下で一国家を即時陥落させようとする胆力の持ち主。コレ南方へ軍を分けた後の話だゼ?」
「……成程。並の相手だと思って挑むと手痛いしっぺ返しを食らいそうだ。」
帝国が見張っているのは港周辺が精々だ。船上で敵軍に遭遇する筈も無く、義勇軍は海岸線に辿り着く。
「おい、直接港に向かわないのか?」
誰かが上げた疑問の言葉に応える者は無く、船は目印の孤島周りを通過して予定していた岩陰の、海岸からは見えない洞窟へ船ごと入る。
航路外れにこんな洞窟があるとは、地元の人間ですら聞いた事が無い。
孤島を利用する事で独自航路を開拓したダモクレスだからこそ発見出来た、誰も知らない鍾乳洞だった。
「さあ、急いで降りるぞ。
敵に上陸を察知されたら出口を塞がれる恐れがある。」
普段ベガード入りに使っていた港はノルド王国の漁港であって、あくまで商船としての停泊だ。
だが今回は大軍を載せており、帝国の手に落ちている可能性まで踏まえれば上陸どころか接近すら危うい。
対してこの洞窟は湾口からは死角に在り、洞窟出口が案外広いと知って極秘に港として改造した偽装岩窟だ。
実際に使用するかは微妙な位置だったが、極秘の中継点や倉庫代わりに使えるかと考え確保しておいた洞窟で、大型船舶も接岸出来る隠し軍港となっている。
「では我々は、大急ぎでベガード城に向かわねばなりませんな。」
「何言ってんだ、全軍上陸したら直ぐに攻めるぞ。」
馬鹿な事を言ってるモブソン団長を叱責しつつ、軍議を開くため指示を出す。
何が悲しくて味方の数が少ない状態で敵増援を待つ真似をせねばならんのか。
「南方へ向かった軍も、南方全て平らげ終えれば何れは戻って来る。
ノルド王国は陥落した直後だ。敵の不意を討て、味方の都合が良い場所へ誘い出せて、消耗した一万五千に勝利すれば勝てるのは、今だけなんだぞ?」
洞窟の奥へ入ると、既に二隻の船が到着しており、丁度騎士達が下船中だった。
出迎え序でに挨拶に向かうと、後ろから驚きの声が上がる。
「何と!コラルド王陛下とレギルの王子殿まで参戦なさるのですか!」
「はっはっは、何せ軍の修練に〔白蛇の大洞窟〕まで使わせて頂いたのだ。
長年の兵の実戦離れを解消出来た以上、今こそ聖王国の奪還に尽力致すのが道理というもの。」
「これは手厳しい。我が国は量より質。
父に出陣頂くにはどうしても国を空ける数を用意せねばならなかったので、これが我が国限界一杯の参陣ですよ。」
場を改めて軍議の場。
早速雑談という名の火花を散らし始めたコラルド国とレギル国のトップ達。
ははは、何故今王や王子が来たかって?主導権争いの為だよ。だが今回は残念ながら、割と無意味。
「時間も推しているので早速始めますが、状況は既に報告させて頂いた通り。
そして本作戦の絶対条件として、私が義勇軍の総大将を務めさせて頂きます。」
視線で全員を見回し同意を得る。ここには公的には国王等と言ったアレス以上の地位の持ち主が居並ぶ。年齢や立場を理由に指揮権を要求される恐れはあった。
だから事前に援軍参戦諸侯には、急ぎの作戦となる故にアレスの指揮下に入れる者に限っていた。
今回の成果を見た上で、改めて代表を名乗るか否かを後日協議する事になる。
アレスとて主導権を譲る心算は無いが、今迄と違って無条件で代表を名乗り続ける訳にはいかない面々なのだ。
「先ず敵は大きく動きましたがあくまで予測の範囲でした。
故に長期戦の不利は相も変わらず。当然ながら現状で伏兵の利点を捨てベガード城に向かう予定もありません。
何よりここは洞窟、我々が此処に籠っていると悟られれば出口を塞がれます。
なので基本方針は二手に分かれての進軍。ノルド城制圧に向かうか、イストリア城制圧に向かうかの二軍に分かれて頂きます。」
地理関係で言えば、現在位置は山を挟んだベガード城の南の山地洞窟。
ベガードから真西に街道を進めばイストリア城。
南下しつつ西に曲がる街道を進み、現在位置から西に位置するノルド城。
街道の間には森や平原が広がり、障害を無視すれば長方形に近い台形になる。
尚、海岸側が狭くイストリア城を真っ直ぐ南下すればノルド城だ。
「二軍というのは分かる。片方に全力を注げば背後を突かれるからな。
だから双方に奇襲の利点を発揮出来る、今の段階で攻め込むのだろう?」
「アレス王子は敵総大将がどちらに居ると考えておられるのかな?」
コラルド王とレギル王子が口々に発言する。
表向きは対等であっても実際に同格なのは、アレス含め王族である三人だけだ。
なので今迄参陣していた騎士団長達は、今一口を挟みかねている。
「現状確証は得られておりません。
何せノルド陥落は先日の話、一万二千を以て成された。確認する時間も無い。」
アレスはテーブルの地図に、王駒を置く。
「だがそれ故に、ノルド城。
速度を重視しての進軍、加えてイストリアに軍を戻さない。」
推定戦力を示す歩兵駒と騎兵駒を各城に並べていく。駒が多いのは必然的にイストリア城では無く、ノルド城になる。
となれば即港へ駆け付けられるノルド城で、義勇軍を強襲すべく態勢を整えていると考えるのが自然だ。
「ふむ。ではイストリア城へは足止め部隊を向ける事になりますか。」
とあれば手柄争いはノルドで、と思ったのだろう。が。
「いえ。我々はノルド攻略に全力を向けますが、イストリア城へ向かう者達も城の陥落を目指して戴きたい。確定情報ではありませんから。
故に、皆様には覚悟を以って選択して戴きたい。本命を引いた軍は旗下の過半数を失う覚悟をお願いいたします。」
「な!貴殿はそれほど勝算の低い戦いを挑む心算か!」
予想外の言葉に軍議に参加した諸侯の大半から動揺の声が上がる。中にはアレスの傲慢さを詰る声も出るが、正にその声が上がるのを待っていた。
「生憎私は傲慢になれる程腕が立つと思った事など一度もありませんよ。
誤解を承知の上でいうなら強者とは、最低30LV以上の者だけを指します。」
この世界においてステータスを確認する手段は少ないが、城や教会などには無い訳ではない。LVも一般的に知られた概念だ。
と同時に、普段頻繁に確認出来るものでも劇的に変わるものでもない。
「北部にいて実感するのは難しいでしょう。ですがこの世の戦とは、最終的には数では無く質。10LV程の差があれば一対一で覆す事は先ず不可能。
圧倒的な力を持った指揮官一人が居れば、容易く大勢を覆せてしまうのです。
そしてそれは兵卒においてもまた同じ。
LV1による万の軍よりもLV20による百の軍が勝つ。戦術と数で挽回出来る戦場は此度の戦線が上限となるでしょう。」
アレスの物言いに疑問と戸惑いが諸侯の間に過る。
何が言いたいのか、本題は何なのか。いや、薄々は皆、察し始めている。
「私は帝国、聖王国の戦をこの目で見て確かめ、確信しました。
帝国で名将と呼ばれる者達は悉くが、この30LVを超えた者達であると。
何より、聖王国が聖都陥落後も統率を以て反抗を続けられる最大の理由こそが、少数の圧倒的に高LVな騎士団の力なのです。」
無論装備の差も重要だ。だがこの世界が異世界たる最大の証明がここにある。
この世界において、大勢を変えうる力を持つのは常に一個人なのだ。
「あ、アレス王子!それではまるで、どのような作戦を立てようとも無駄と言っているように聞こえるぞ!」
「寝ていたり武器を持たないところを狙えば流石に勝てますよ。
だが全てを、作戦だけで補うのは限度がある。
東部方面軍真の主力は、東部地方を制圧して屈服させた諸侯軍一万では無い。
彼らが帝国から連れて来た、平均15LV、精鋭20LVの千人部隊です。
このLV差に対抗出来る軍を揃える事が、此度の遠征軍最大の課題でした。」
アレスと共に〔白蛇の大洞窟〕に潜り続けた軍は最低LV10。
対して今回急遽参戦した諸国の騎士団は上限LVが10前後だ。詰まりある意味で役立たず宣言に近い。
「……だから、〔白蛇の大洞窟〕だったのか。」
越冬には不便な小さな島。確かに隠れ潜むのにも調練にも有効だが、何故という思いは参戦していた諸侯に燻り続けた。何故一度、帰国させなかったのかと。
その答えが今、明かされた。
「北部では皆、LV差を実感する機会は少なかった筈です。
ですがこれこそが、北部が軽んじられている最大の要因なのです。私の言葉が嘘かどうかは戦場で実感出来るでしょう。
皆様には此度の戦の情報を実際に体感し、祖国に持ち帰って頂きたい。」
「「「……………。」」」
沈黙が落ちる。嘘だと詰る事は容易い。否定する事も容易だ。
だが、ならば自分達が先陣を切れば勝てるのか。
もし今の言葉が嘘偽りのない真実だとすれば。
敵主力と当たった部隊の命運は。
「此度の戦いでは、私を始めとしたダモクレスの主力部隊が帝国指揮官率いる主力部隊に決戦を挑む形となるでしょう。
皆様にはその主力を削る、露払いの役目をお願いする。
とはいえ時間が勝負ですので、城に突入後は我々が最前線を突っ切る形に切り替わる予定です。」
誰も直ぐには口を開けない。アレスの言葉は無慈悲に続く。
「選択に口は挟みません。一方に偏り過ぎねば結構。
南か、北か。どちらに参陣したいかは皆様の自由意思で決断をお願い致します。
南の大将は私が勤めますが、北については参陣した方々の中から決めます。」
王が参陣すれば五分の発言権を有する、甘いのだ。
実戦経験を積めば積むほど、如何な反論も武力で覆される。それを実感して貰う事が北部安定に繋がる。
北部が北部でいる限り、有利な戦場など無いのだから。
「……では、アレス王子は極論自分達の手勢だけで南の奪還をなす心算か?」
手柄の独占を狙っているのではという疑いは、あっさりと一蹴される。
「我がダモクレスの精鋭は我々武将格の20前後、配下最低15LVです。
出来れば助力は戴きたいが、我々が勝てぬなら勝機は無いでしょう。」
呻き声を上げるコラルド王は、この場で数少ない『鑑定眼』持ちだ。
故にアレスの発言がハッタリでは無い可能性を、他の誰よりも捨て切れない。
「……あなた程の実力でそこまで言われては、迂闊に否定も出来ませんな。
我が軍は北を選ばせて戴く。」
そしてコロラド王が最初に折れ、選択する。
「わ、我々は王子の戦い振りを間近で見せて頂きたく思います。
南で、ご同行を。」
レギル王子が事の展開に驚きつつもアレスへのライバル心を隠して選択する。
元が10LVであれば祖国で最強の戦士だった可能性もある。鑑定出来なければ当然の反応だろう。
「わ、我々は……。」
途中で口を噤んでしまったのは最初から参陣していた騎士団長達だ。
自分達がダモクレスに次いで鍛えられた実感がある反面、最前線に赴くよう頼まれれば容易には断れない自意識があるのだろう。
「勿論、皆様にも選択頂いた上で話を進めたいと思っております。あなた方も自国の軍を預かる、紛れも無い代表者なのですから。」
本音、敗走や壊滅の責任は自分にあるで、である。
ぶっちゃけ彼らの選択は読み易く大分気安い。多分半々に別れてくれる筈だ。
(最近白蛇の大洞窟で大分LVが上がって、天狗に成りかけていたんだよね彼ら。
この際自分の責任となれば無茶も出来ないでしょ。)
だが長きに渡りアレスの戦い振りを知る諸侯達には、全く別の意味に聞こえる。
(こ、これだけ鍛え上げても、戦力外スレスレなのか……!)
新兵以外で今更アレスの観察眼を疑う者は居ない。居ないのだ。
ヨーグの戦も大概乱戦でそこそこ被害出たのに、さあ遂に本番だよ(はぁと)と言われた気分である。
(凄く北を選びたい!けど、これ以上存在感が薄れたら今迄の苦労はどうなる!)
「わ、我々は、北で……。」
「み、南で、地獄までお供します……。」
(((そこまで?!)))
苦渋顔の騎士団長達を見て、否という勇気のある者はいない。
迷いながら自然と周りの顔色を伺いつつ、恐る恐る希望を告げる。
呆れて動揺しなかったのはヴェルーゼとスカサハだけだ。
二人はアレスの胃の音を聞き慣れており、自分が軍神扱いされている自覚が無いと知っている。故に一同の誤解を正しく察する事が出来た。
だがどちらも意味の無い事を口にする様な性格ではない。
軍議の末、夜半。ノルド城攻略部隊、千八百。イストリア城攻略部隊三千五百が進軍を開始した。
※祝日投稿です。次回は3/23日土曜投稿予定です。
※本編16からの続きです。時系列的には間章16+1の後になります。
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