16+1-1.間章 デルドラの神官房
※前後編、前編です。明日16日土曜に後編が投稿されるので御注意下さい。
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東部地方山間部、北壁大山脈。
北部との境界にある北壁砦、カルヴァン城塞がある事で知られている。
彼の地は秘境であると同時に魔境であり、特に山頂付近は永久凍土に埋もれ常に山頂から凍える風が吹きつける事でも有名だ。
そしてその風こそが北部の凍気を遮っている証拠であり、東部の気候を北寄りの気候から南寄りに近付けている存在でもある。
北壁の右手、東側は緩やかな勾配が常に雪山を産み出し水気を凍らせ続けるのに対し。北壁の左手、西側は極めて急勾配で乾燥した空気が降り注いで水気を枯らし植物を枯死させ続ける。
北壁の女神は常に西の大地『東部』を嫉妬で見下ろしているという謳い文句は、正にこの山脈の特徴を指して揶揄しているのだ。
故に北壁の西は、切り立った崖が並び生き物が育たない。
故に皆が知らない。
この北壁大山脈の生き物を嫉妬する西壁に、数多の修行僧が集う事を。
神を目指し、修練を望む修行者達以外。
誰もその秘境を知らないのだ。
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北壁大山脈の西側には、決して雪の積もらない崖がある。稀に雪崩が落ちる事はあるが、長くはもたず散らされ、崩れて川に流されてしまう。
山中に隠れた膨大な地下水に押し流される川沿いの崖、その上に。
知る人ぞ知る、狭く隠れた登山道が中腹近くまで続いており。
冷たい風と吹雪の吹き込まない、比較的暖かい空気だけが流れ込む境界際にある大洞窟へと、辿り着く事が出来るのだ。
「ここだ。ここが世界で最も武闘派の神官達が集まる聖地。
〔デルドラの神官房〕だ。」
眼前にそびえる巨大な洞窟の入り口を前に、アレスは後ろの面々に告げる。
今回アレスに同行した中に、最近共に行動する事が多かったヴェルーゼ皇女達は居ない。アレスの副官としてスコールランドで代理を務めているからだ。
その代わりと言っては何だが護衛として騎士アラン、エミールに本命スカサハ、そしてカルヴァン王子と何故かスカサハ妹の軍医マリルが同行している。
「武闘派の神官達、ですか?
しかし神官達は魔力を高める修行を主とするため、どうあっても力は疎かになると聞いていますが……。」
「良い質問だカルヴァン王子。勿論ここでも魔力修業はやっている。
だが此処では主に戦場で生き残るための武術を教えているんだ。
詰まり、スキルの修得だよ。」
ゲームでは村でデルドラの神官房が北の山の何処かにあるという情報を聞けるだけで、特に手掛かりは無かった。単に山中に色違いのマスがあるだけだ。
その上にキャラを移動させるとあるキャラが仲間になり、同時にマスを訪れた者が僧兵に鍛えられて『反撃』スキルを習得する。
ぶっちゃけスキル数が二つしかないカルヴァン王子を鍛えて貰うのも、今回目的の一つだったりする。
「ほう。中々詳しい様だが、どうやら招かれざる客人も居る様だな。
一応、歓迎するとは言っておこうか。」
洞窟の陰から筋肉隆々の、如何にもな空気の一人の若者が姿を現す。
「おや、こちらの素性は聞かないのかな?」
「名乗りは僧王の前で充分だ。義勇軍代表アレス王子。」
どうやらこちらの来訪は察していたらしい。それはそれはと素直に同行するが、他の面々の反応は興味深げな兄妹と不安げな騎士達か。
洞窟内はまるで宮殿の様に広々と整えられており、一方で殆ど手の加えられていない洞窟もある様だ。掛け声が響く部屋はかなりの人数がいるらしい。
どうやら想像以上に栄えている聖地の様だ。
「こんな秘境で暮らすなんて、一体どれだけの貯えが必要になるんだ?」
「生憎、大部分は自給自足でな。農業も家畜の世話も修行の一環。
ここでの暮らしに金など殆どかからんよ。」
気まずい顔で口籠るアランに非難の視線が集まる。恐らく独り言の心算だったのだろうが、洞窟の中は意外に響く。
実際軽口を叩きたくなるくらいに長い通路を抜け、奥に築かれた石造りの宮殿の中に入っていく。
通された部屋は、巨人並に大きな石像のある広間だった。
「良く参られたアレス王子。貴殿ならきっと、ここを訪れると思っていた。
私がデルドラの神官房のトップ、僧王ガンディハーンだ。」
「義勇軍総大将ダモクレス王国第二王子アレス、お初にお目にかかる。
何故、とお尋ねしても?」
「何、大した理由などない。強いて言うなら予感さ。
何故だろうな、ここは神官以外の立ち入りを拒んでいるというのに。」
長い一枚布を巻いた様な服を纏い、鋼の様な筋肉の片半身を晒す初老の男と握手を交わして丸い茣蓙座布団に座る。
【僧王ガンディハーン、LV32。アークビショップ。
『心眼、神速、反撃、連撃、必殺、必中、鉄壁、完全回避。』~略。】
……いや、ヤバいわこの人。技術系スキル殆ど体得しているじゃねぇか。
『鑑定眼』は特殊な魔導具が無いと使われた事に気付けないとヴェルーぜ皇女に教わって以来、初対面の相手には大抵使う癖を付けている。
だがスキル数8個など自分以外で見たのは初めてだ。
「それで、君達がこちらへ来た目的を聞かせて頂いても?」
「〔竜の盟約〕に基づき、デルドラの神官房に参陣をお願いしたい。」
竜の盟約。アレスの一言に室内にいた筋肉質の神官達が全員ざわつく。
どうやらこの部屋にいた神官達は全員中枢に近い存在のようだ。
ガンディハーンもほぉ、と大袈裟に驚いてみせたものの目の色は明らかに本気で見定めるものに変わっている。
「失礼だが、あなたは竜の盟約についてどの程度ご存じかな?」
「邪龍大戦が終結した際に交わされた、初代僧王が掲げた盟約です。
『来る未来、魔龍ヨルムンガントが蘇った際は、デルドラの神官房はかの者の前に立ち塞がる者と共に戦うべし。』
デルドラの神官房とは、万が一復活した魔龍ヨルムンガント相手に戦える神官団を揃える為に設立された組織です。
何か勘違いがあるようでしたら、ご教授頂ければ有り難く。」
「「「なっ?!?!」」」
固く口を結んだ神官房の一同と相対する様に、驚愕冷めやらぬ顔で後ろの全員が必死で口出しを控えている。
済まぬな。流石に安易に広めて良い話ではないので。
「……確かに、かの帝国は国名にヨルムンガントの名を掲げ、世界に覇を唱えんと侵略を進めておる。だが、勘違いしないで頂きたい。
我々は同時に、俗世の政治には一切力を貸さぬと定められている。
そもヨルムンガントの封印は、神の力によるもの。人が望んだくらいで破れる様な代物ではないのですよ。」
敢えて冷静に返す僧王の言葉にアレスは不敵に笑みを浮かべる。
「〔暗黒教団〕が帝国に協力しています。」
「っ!それは、間違いなく暗黒教団だという証拠がありますかな?
単なる自称、はったり等では無く?」
暗黒教団は魔龍ヨルムンガントの信奉者達だ。邪龍大戦の時にも暗躍し、彼らがヨルムンガント復活の手段を発見しているのは間違いないだろう。
最もゲームでは、その辺の細かいところまで語られていなかった。
「証拠はありませんな。けれど闇神具なるものを持っているという証言までは得られています。
これ以上の情報が欲しいのなら、実際に闇司祭と遭遇して討伐する必要があるでしょうな。彼らが帝国外にまで出て来るとは限りませんが。
それで、そちらはどうします?
あくまで証拠を第三者が掴むまで何もする気はない、と?」
なので、ここで敢えて決定権を彼らに委ねる。
そちらは黙って見過ごすのかと。
黒だと誰かに突き付けられるまで、確かめようともしないのかと。
これが発破になるのか、否か。
「……成程、そう来ましたか。では我々も本気で見極めさせて頂こう。
伊達に百年を超す武練の頂点、糧とは言わん。だが仮にも僧王が力を貸すに足る器だと見せて貰えねば、足手纏いを抱える事になる。」
「「「っ!?」」」
「へぇ。」
変貌した気配がまるで空気を塗り替えた様な威圧感を放って、初老の男を人成らざる化け物の様に強く巨大に見せる。
アレスの他は剣鬼スカサハ以外、一人残らずその圧に委縮してしまった。
だが、逆に言えば現時点で二人は合格点。
「では、腕試しと行こうかアレス王子。
紹介しよう。次期僧王候補の一人、僧兵バルザムだ。」
ガンディハーンの紹介に従い立ち上がったのは、案内人を務めた長身の若者。
「この男と戦い、見事勝利して見せよ!」
場を改めて案内されたのは、床板が磨かれた木材で出来た訓練用闘技場だった。
原作には登場しなかった魔導具〔メイルリング〕を装着し、説明を受ける。
「勝利条件は相手を戦闘不能にするか、致命傷となる急所に武器を突き付ける形で決着だ。この腕輪を外さない限り、敗者は負けても致命傷は負わない。
但し効果が有効なのはこの闘技場、当事者同士のみだ。
使用する武器が結界の効果を突き破る物かは付けた腕輪に武器を添えれば判別が出来るから確かめておけ。」
「随分親切な設計だな。ダモクレスの城にも欲しい位だ。」
「高価だが中央部と交易しているなら金次第だろう。
試合が決着すると強制的に最初の立ち位置に戻される。因みに対戦相手を殺した場合は問答無用で敗北だ。自制が効かない未熟者に勝者たる資格はない。」
割と本気のアレスの軽口に、バルザムは試合自体に不服そうな顔とは裏腹に案外親切に答えてくれる。但し闘技場や魔導具のお値段は全く優しくなかったが。
「試合で使えるMPは開始前に腕輪に注いだ分だけだ。それ以外は阻害される。
全てのルールを把握し契約に同意するなら、腕輪の宝玉に自分の血を付けて魔力を注ぎ込め。それで次に結界から出るまで術式が発動する。」
「契約が済んだら双方自分の円の中に移動する様に。
立ち合いはこの僧王ガンディハーンが務めさせていただく。」
アレスの武器は〔片刃の名剣〕を選んだ。威力はそこそこの鋼製だが、幾ら自由とはいえ武器の性能で勝ったと言われる気はない。何より。
「それが噂に聞く〔僧兵の盾〕か。実物を見るのは初めてだ。」
〔僧兵の盾〕。
盾として使える半円の握り斧。デルドラの神官房の神官達が身を守るために造り出した、選ばれし者の武器。
類似の物と言えば、カタールと誤用されたジャマダハルだろうか。確かあれは、欧米に紹介された際に挿絵が逆になっていた所為だったか。
名品ではあるが、一級品ではない。魔剣の力で勝つのは流石に無粋だろう。
「始め!」
【僧兵バルザム、LV12。クレリック。
『心眼、反撃、必殺、必中、完全回避。』~略。】
掛け声に従い、両者同時に円から飛び出す。
アレスの『神速』の踏み込みに勝る一撃はバルサムに無い。
不意打ちに近い袈裟斬りに対して双斧を両肩に抱えたバルサムは、しかし真横にブレる様に飛び退いての『完全回避』から片斧を切り払う『反撃』を返す。
(読めていたさ!)
「っ!」
重心を追尾させての『連撃』。バルサムの一撃よりも先に掬い上げる一閃が振り抜かれ、攻め手を中断させられたバルサムの腕に衝撃が残る。
片やアレスは、最小の反動で仕切り直して再び切り込む。
瞬く間に交錯する剣戟が十合を数える頃には、明らかに優劣が付き始めている。
僧兵バルサムは本来、『領土争いに加担せず』の信念を貫くデルドラの神官房に不満を抱き、本来は独断で義勇軍に参加する逸れ者だった。
だがそれは義勇軍が竜の盟約を知らないが故。ゲームではデルドラの神官房とは距離を取り、特に縁が出来ぬままに東部戦線を終えて設定だけの間柄で終わる。
竜の盟約の詳細は設定資料集を見て初めて判明する事柄だ。
(けど、それは流石に勿体無いよなぁ!)
バルサムの片手が視界から消え、剣戟を捌いたアレスの首筋に死角から〔僧兵の盾〕が迫る。アレスの『見切り』が殺気や構えによる技の力みを捉え、これぞ彼の『必中』の一撃だと理解する。
「何っ!」
間に合わない筈の太刀筋が翻り、弧を描いて切っ先と鍔元で続け様に切り弾く。
狙う位置が正確に見抜かれていたかの如き反応に、バルサムは自分の癖が見切られている事を理解する。
(くそ!ここまで圧倒されるのは、僧王様以外初めてだ!)
アレスが姿勢を崩すために放った【ラッシュ】に対して、あくまでスキルで対抗しているだけのバルサムでは防戦に回るしかない。
如何に鍛えようと肉体強化が可能な分、基礎クラス同士ならファイターに対してクレリックは不利なのだ。
決闘の最中で回復魔法を使う隙を与えるほど、純粋な戦士は甘くない。
であれば奥の手を以て決着を図る以外、バルサムに勝機は無い。
慢心していた心算は無いがと、バルサムは腹を括った。
更なる追撃によって崩された姿勢から立て直す余裕は与えない。
アレスの『神速』の足捌きに気付きバルサムは、双斧を重ねて持ち上げ後ろ足を下げて、一秒にも満たぬ距離を稼ぐ。
一見してそれは重心を立て直すための後退と錯覚する動作。だが彼の視線と四肢に漲る筋肉の発条が、これぞ『必殺』を狙う一撃の構えだと悟らせる。
常人であれば気付く頃には頭蓋を打ち砕かれる、剛腕の唐竹割りが一閃。
故に【奥義・魔王斬り】がその一撃の威力を完全に捌き、削ぎ落とす。
「なっ!」
「遅い!」
秘剣【奥義・武断剣】を届かせる、更に踏み込んだ『神速』の跳躍。
『神速』とは錯覚の足捌きではなく、重心と反動、その極意は自らの全身の支配にある。加速したと錯覚させて狙いを狂わせるフェイントもまた『神速』。
翻る三連撃を凌ぐには、バルサムの体勢はあまりに崩れ過ぎていた。
バルサムに衝撃が突き抜けると同時、両者は最初の円の位置に引き寄せられる。
これが決着の証かとアレスが感心しながら一息を吐き、最初の立ち位置で体勢を整える。そして違和感を覚えて顔を上げた。
巨大な木像がゆっくりと立ち上がり、アレス達を見下ろした。
「「??????」」
木造の瞳が魔力で赤く輝く。意味が分からない。
※前後編、前編です。続きは明日16日土曜に後編が投稿されるので御注意下さい。
※本編17は今週3/20日祝日投稿予定になります。
本編の続きではありますが、本筋には絡みません。本編だけを読みたい方は+記号付きの話数を飛ばしてお読み下さい。