16.第四章 スコールランド島の見えない戦場
※2/24日投稿分からの続きになります。
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帝国軍による破竹の快進撃が、大陸東部で遂に止まる。
大陸全土に大勝を轟かせた義勇軍はしかし、ベガード他各地を守る最低限の守兵以外の姿を霧の様に隠し、主戦力大半の行方を晦ませた。
驚きはしかし、全体の戦況に影響を与えない。何より冬が近付いているのだ。
北部程では無いにせよ、東部の冬もまた深い。元々帝国東部軍が主力を動かさなかったのも、既に収穫期を過ぎ秋風が吹いていたからだ。
帝国東部方面軍は同時進行で進めていた制圧軍の合流を目指し、春の決戦を見据えて足場を固める道を選ぶ。
周辺各国の予想もまた、義勇軍は主力を北部に一時帰国させたのでは無いかという方向で、概ね納得し鎮静化していく事になる。
「と、いう訳でやって来ました東部最北の地、スコールランド島です!」
テンション高々と別動隊を動かし、東部周辺の傭兵団を雇って帝国軍を蹴散らした義勇軍総大将ことアレスは、居城の外を眺めて喝采を上げていた。
此処には一体何があるのか。そう、ダンジョンです!
東部戦にて初めて解禁されるLV上げのメッカ、ダンジョンです!
ダンジョンとは言わば本編とは関係無いランダムモンスターの多発地帯であり、廃墟や洞窟など様々な秘境魔境の総称を指す。
一人で只管戦い続ける闘技場と違い、部隊戦であるため、複数武将を繰り返し鍛え続けられる点が利点。つまり回数制限は存在しない。
何度でも経験値が獲得出来て、時に様々なアイテムが入手出来る。
欠点はダンジョンの意義は最低LVの底上げであり、高LVより低LVを鍛える場所と言う点かな?
敵に上限LVがあるし、何より原作では物語が進むと来れなくなる。
だが戦争においては最重要!新兵など幾ら集めても役に立たんのです!精鋭が、熟練の部隊こそが戦力である!
ようやくここに上陸出来るだけの戦力が揃ったぜぃ!
「し、しかしアレス殿。東部を放置しても良いのですか?」
「良いどころか、このまま正面対決したら冬を越せずに負けますよ。
敵は何処に主力がいるか分からないから動けないんです。主力と正面対決したいのは帝国軍の方ですから。
とは言え城攻めしたいなら数は必須。向こうは消えた主力を警戒し、自分達から攻めるために必要な兵を編成するまで動けません。
春の決戦までに新兵と我々を、可能な限り鍛え上げねばならんのです。」
本音を言えば冬を口実に帰国したがっていたジミー団長も、戦略的な展望を指摘されては沈黙するしかない。
実際アレスの戦術眼が無ければ東部北東を制圧するは不可能だったと言う点は、北部諸侯全員の意見が一致するところだ。
(まあ、実際間違った事を言っている訳でも無いしな。)
ヨーグ砦戦で千五百前後まで減少した義勇軍は、新兵と傭兵を補充した事で総勢三千を超えた。
しかし戦力面で北壁制圧以前より高いかと言われれば、正直疑問も残る。
「だから周辺に最低限の情報しか洩れぬ、東部の者でも知る人ぞ知る秘境〔白蛇の大洞窟〕で魔物退治という訳だ。」
バルコニーに現れたのは北方最強と名高い傭兵、〔剣鬼〕スカサハ。
スカサハが軍略話に加われるのは、獅子の牙団長ナゲッタが引退して団長を退いたからだ。本来兵卒に戦略が漏れれば、その場で口封じすべき責任すらある。
元々後継者探しは難航しており、スカサハが義勇軍に長期雇用されたのを契機に団長の座だけスカサハに譲り渡し、副官として裏方を担当する事にしたのだ。
「ああ、傭兵団の連携訓練もしたいしな。
この際デルドラの神官房を訪れて神官達も勧誘しておきたい。外交で時間が取れるのは今だけだろうし、春までにやる事は幾らでもあるぞ。」
「だがそれだけだと退屈だろう?身体も鈍ってしまう。」
ふ。とお互い悪い笑みを浮かべて視線を交わす。ジミー団長は巻き込まれない様に場を後にして、残ったヴェルーゼ皇女と神官マリルが揃って溜息を吐く。
事情が呑み込めないカルヴァン王子だけが首を傾げる。
因みに本名はエミール・カルヴァン。騎士エミールと同名でややこしい事この上ないので、今後もカルヴァン王子としか呼ぶ予定が無い。
「おいおい、言いたい事なんて決まっているだろう?
ここに居る俺達義勇軍主力一同で、〔白蛇の大洞窟〕の視察へとしゃれ込もうって話だよ。」
「え、えぇ~~~!」
LVを上げておきたいのはアレスだって同じなのだ。
見たいよね!ゲームに登場した絶景と噂される秘境とモンスター!
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帝国軍東部方面軍拠点、イストリア城。
春までに東部軍集結の通達を受けた帝国諸侯が、異議を唱えにブリジット伯爵の元へと集っていた。
「納得いきません!南方はもう間もなく陥落する!
なのに必要数の守兵を置いて、全軍を弱卒揃いの東に向けるなど!」
「北部など所詮は寄せ集めまぐれ勝ちの軍隊!
中央の兵力だけでどうとでもなる筈だ!」
未だ手柄争いを優先したがる諸侯に呆れた態度を隠そうともせず、深々と溜息を吐いたブリジット伯爵が口を開く。
「その中央軍五千を揃えたヨーグが陥落したのだ。
何も聞いてはおらんのか?」
「な!で、ではゴドルー将軍は……。」
「義勇軍に討たれた。義勇軍の兵は二千そこそこだったと言うが、東部の連中を吸収した連中の兵力がそれ以下だなど、私には信じられんな。」
第一報が早いのはあくまでイストリア首脳部だけだ。
地方ともなれば情報が数日単位で送れるのは常識の範囲。常であれば責められる程の話ではない。
ブリジットが遠回しに非難しているのは、軍議を待たない癖に下調べ一つしない無礼者達の準備不足だ。
およそ理屈に合わなかろうと、言質さえと取れば構わない程度の動機だろう。
「で、ですが伯爵旗下にはまだ余力があります!そちらを先に……。」
「戦力の小出しは愚策だ。何より主力を下げた義勇軍を、拠点放棄して討つのか?
敵主力が此処を狙っていたら間に合わんな。」
「な、なら我々が南方を討ってからでも……。」
「春を待って出陣するおまえ達が、夏頃に戻ってくるまでか?
貴様はまさか敵軍が、我々の尤も守りの厚い中枢軍狙いで時間を無為に潰して、自ら全滅するまで何もしない愚将集団とでも思っていたのか?
私がアレス王子なら、中枢軍と決戦を挑む前に可能な限り手足をもぐだろうな。
そら、そう言えば今、一万前後の軍を分けて手柄を競い合わせている南方攻略軍などという手足があったな?」
「な!ま、まさか我々を先に狙うと……!」
「敵の主力がいないと言ったぞ。立て直しに時間を使っているのでなければ今、狙われている可能性があると何故気付かなかった?
さぁ答えよ!!」
ブリジット伯爵の怒声に、己が失策を悟った諸侯達が竦み上がる。
ブリジット伯爵とて本気でアレス王子が冬前に動くとは思っていない。
冬を前に南方で交戦と知れば、ブリジットは即座に全力で北壁まで落とす。
イストリア城を一時明け渡したとしても、冬の間城中に釘付けに出来れば春には兵糧が尽きている。
「戦略に意見があるなら軍議で聞く!
お前達は横紙破りに報告を後回しにしておきながら、何故最低限の情報確認すら怠って私を非難しに来た!
貴様らはそこまで万全の戦略を用意して私の前に現れたのか!」
「も、申し訳ございません!」
「下がれ!今直ぐ報告事項をまとめて部下に提出させろ!
そして皆の前で馬鹿を晒す前に本陣に出揃っている情報全て、軍議前に頭に叩き込んでおけ!」
大慌てで執務室を逃げ出す南方諸侯達。
ブリジットは質の低さを嘆きながら地図に目を戻す。
(やはり帝国は短期間で手を伸ばし過ぎた。
お陰で今や、戦略家気取りの文官共が大手を振るって武将気取りだ。)
如何に帝国と言えど、真の精鋭は西部諸国を制圧した本国防衛軍ぐらいだ。それ以外は基本帝国に恐れをなした旧従属国の軍隊が中心となっている。
兵の質より物量で圧倒する戦が続き過ぎて、まともな将が育っていない。
それがブリジット伯爵から見た帝国の問題点だ。
(とは言え、嘆いてみても始まらん。一歩間違えば私も彼らの二の舞だからな。)
溜息を吐いてアレス王子への対策をもう一度振り返る。
帝国にとって一番厄介な方針は、万全な状態で春を迎えられた時だ。
今迄は北部も腰が引けていたかも知れないがこれだけの戦果を聞けば腰を上げ、総力を率いる国も現れる恐れがある。
加えて兵糧が滞る春明けは、どう足掻いても動きは鈍くなる。春を待って南部を動かせば、確実に先手を打たれる羽目になる。
故に、冬の間に全軍を集めるのだ。そうすれば、敵は北東部奪還の危機を無視出来なくなる。今の義勇軍は、要所以外を守護出来る状況にない。
故に決戦をベガード近隣という、帝国の物量が活きる戦場で挑む事が出来る。
「これで問題は無い、筈だ。
だが、もしアレス王子が我が軍を突き崩すならどうする?
決戦を避けるか?北壁まで撤退戦を選ぶか?」
やはり、考え難い。どちらも逆転の眼は無いように思えるが、そんな甘い相手だとは思えない。
「……全く持ってやり辛い。
戦場で相見えさえすれば、斯様な悩みとは無縁なのだがな。」
ブリジット伯爵は溜息を吐いて戦の準備を優先する事にした。
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北部が冬に閉ざされ、やがて東部にも雪が積もる。
娯楽が減れば余計な事を考える者がいるもので、兵糧の定期的な確認は皆が考える以上に重要な意味を持つ。
故にヴェルーゼは今日の確認結果を記した書類を持って、スコールランド城の執務室で頭を捻るアレスの元を訪れた。
「随分と精が出ますねアレス王子。
皆は暇潰しを兼ねて頻繁に〔白蛇の大洞窟〕へ潜っていると言うのに。」
理由は分かっている。改善を試みてもいる。
だが一国が中核を担いながら混成軍としての実態を持つ義勇軍は皆が思っている以上に歪で、アレス一人のカリスマによって強引に束ねられている。
だからこそ基本方針はアレス一人で立てた上で軍議に望むし、何より他の将兵達に戦略に対する理解を持つ者が少な過ぎる。
軍略地図を前にしても、もう少し縮尺が小さい地図を使うべきだと意見が出る様な有様だ。彼らにとって戦場とは、全て現地で視界に収まる程度に過ぎない。
「東部軍は海岸沿いのノルド王国攻略に動くかと思いましたが、南方軍を束ねるだけで済ませましたね。少し意外でした。」
「ああ、そりゃ南方攻略軍が手柄争いをしているからだよ。
中枢軍が城攻めを続けたら、南方軍は春まで合流を先延ばしにするさ。」
ヴェルーゼが話を誘導したのが伝わったアレスは、これも頭の体操かと現状の方策を口に出す。
実際問題、この手の戦略話に正しく付いて来れるのは彼女一人だ。
北部の面々は外征の経験が浅く、東部から合流した将兵は大半が若手だ。
「うーん。相当手堅くて手強いよ、東部総大将のブリジット伯爵様は。
というかこの段階で全兵力を束ねるって戦略がガチ過ぎるでしょ。」
(と言うかゲームでは次の義勇軍の戦場は南部だったよ。)
実際に春南部へ攻め込んだが最後、派手に蹂躙されそうだがなぁ!!
「春になって南方から攻め込む気でしたか?」
「東で戦えば平原で三万と対峙するからね。城は今より後の為だよ。」
「確かに南方から攻め込めば山地は多い。
情報によると帝国の推定兵力は三万。全てを相手取る事は無いでしょうが、消耗戦に持ち込まれるのは同じでは?」
ヴェルーゼの問いに、アレスは正に、と天井を見上げる。
帝国軍が破竹の快進撃を続けられた理由は、従来の戦術と質で戦う戦場に、相手の数倍数十倍と言う非常識な物量差を実現出来た点にある。
例え精鋭であろうとも十の敵を討つ間に拠点が落ちる。二つ三つ部隊を退けている間に後衛が全滅し、退路の無い戦いを全滅するまで続けられる。
多くて数千の戦場に万の単位を用いた包囲網。
焦りが敵を大きく見せ、新兵や弱卒は生き残りさえすれば将来の歴戦になる。
「分散させる策自体はあるが、確実性は低い。若しくは強硬手段、ですか?」
驚いたアレスは、今日初めてヴェルーゼに視線を向ける。
まさか悩みどころの要点を突かれるとは流石に思ってなかった。
(漸くですか。この人はいつも気楽な態度を装って本心を隠す。)
自分達はそんなに頼りないのかと思う。だが、事実その通りだろう。ヴェルーゼではある程度察する事は出来ても代案を出すには至らない。
けれど、せめて話を聞き悩みを共有する程度なら出来る。そう、思っている。
「……良く分かるね。実際東部軍の質は悪くないんだ。
だから主力とぶつかる前にどうにかして分断させたいんだけど、その為には南方軍しか候補が無い。」
「南方軍?ああ、手柄争いしている、でしたか。
成程。となると我々が無理をしなければ、どうにかならなそうですね。」
※次回3/15日金曜と16日土曜に番外編的な間章を投稿予定。前後編なのと番外編なので連日投稿する予定です。
時系列は本編の続きですけど、本筋に関係があるかと言われると……。
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