12.第三章 東部戦線の幕開け
※振替休日投稿。次の投稿日は土曜日の予定です。
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――東部帝国軍駐屯地、イストリア城。
東部方面軍総大将ブリジット伯爵は、悲報続きの戦況に溜息を隠せなかった。
ヨルムンガント帝国は先頃、遂に宿敵聖王国ジュワユーズの王都陥落に成功して以来、今や破竹の勢いで連戦連勝を繰り返していると言って良い。
帝国軍は今、四つの軍が組織されている。
一つは言わずと知れた、本国防衛軍。帝国近衛を中心とした最精鋭だが、一部の少数部隊が他の戦線に援軍として派遣されている。
二つ目は聖王国ジュワユーズを陥落させた中央軍。最も戦力が投入されている最前線であり、聖都こそ陥落させた今最も勢い付いている軍勢だ。
三つめは南部軍。ほぼ大国しかないが、最大の役目は聖都への援軍を送らせない足止めが目的の長期戦線。
四つ目がブリジット伯爵率いる東部方面軍。大国と言うより中堅国、但し連携はそれなりに取れているので侮れる程では無い。
元より帝国にとって北部は取るに足らぬ小国群。東部へ増援を出されると面倒なので、北壁砦さえ落とせば当分放置で構わない。
序に難民の通過許可を与えておけば勝手に疲弊する。その程度の認識だった。
東部方面軍にとって最大の目的は、聖王国の背後を脅かす事だ。まして聖都が陥落した今、窮した敗残軍の救援先を断つ意味合いの方が強い。
だからこそ、東部完全制圧後は北部方面軍に変更される旨が通達されたのだ。
だが、ここへ来て北部が一つにまとまり始め、北壁陥落の危機が迫っている。
「大分苦労している様だな、ブリジット伯爵。」
「問題ありません。本来の予定では東部完全制圧は来年の予定、聖都が思いの外手応えが無かっただけの話。
こちらの予定まで前倒しにしろと言うのは筋違いですよ。」
秘密裏に来訪した本国の部隊に便宜を図るよう命じられたのは数ヶ月前の話。
理由が明かされなかったのは不満だが些細な事。
ブリジットにとってはこちらの動向を監視されてる気分だったが、訪れた指揮官が気安い相手だったのが幸いした。
他の誰かであったらそれこそ指揮に口を挟み、己の手柄にせんと指揮権に介入しかねない。帝都は今、後継者争いの真っ最中でもあるのだ。
「生憎だが、そうも言ってられん。北壁は遠からず陥落すると見ておけ。」
――第三皇子ベルファレウス。
弱肉強食主義の帝国で皇帝直属の三大近衛が一角、漆黒騎士団の先代騎士団長に勝利して最年少で団長の座へ昇り詰めた帝国の鬼才。
魔法剣士としての腕は一流で、既に並の騎士達では歯が立たない程だ。
帝国では今三つの派閥が次期皇帝の座を競い争っており、既に成人していた第一と第二王子はそれぞれが現在進行形で方面軍の指揮官を務めている。
当時未成年だったベルファレウスはそれ故に両派閥からは明確に後れを取った、所謂弱小派閥として扱われる事が多い。
だが実態は違う。年齢というハンデのあるベルファレウスは敢えて両王子と同じ舞台では競わず、自由度の高い帝国の裏方部門と繋がりを強めた。
今や両王子の後方支援を請け負いつつ、両者に無視出来ない存在感を放つ。
何故なら裏方は諜報部門をも司る。詰まり両王子を出し抜く情報が集う部門こそが諜報部だからだ。つまりベルファレウスとは両王子共に無碍には出来ない。
それこそこの関係は、代替わりしても変わらないだろう。
(皇帝が帝位を退く時期が分からないのに、現段階での年齢差を理由に見下す連中の何と愚かな事か。)
そして一方でスタートダッシュという明確な弱点を持ったまま軍略家として非凡な才を示し、未だに帝位を狙えるだけの権勢を維持している。
それがベルファレウスという皇子の現在の立ち位置だ。
帝国の全ての貴族が旗色を明らかにしている訳では無く、何より一番を皇帝陛下御自身に据えている以上、次期皇帝に対し口を挟む事自体が不遜という立場を貫く貴族達も一定数居るのが帝国の現状だ。
表でも旗色を明らかにしているのは、実際のところ半分程度。他の貴族達は水面下で密かに協力し、牽制し合っている。
ブリジット伯爵も表向きは現皇太子である第一皇子派だ。
だが最も帝位に相応しいのは彼の様な人間では無いかとは思っている。
その彼の忠告であれば容易に看過出来ない内容ではあったが、同時に言葉通りに受け止めるには、ブリジット伯爵は北壁砦という難所を知り過ぎていた。
「北部の争乱ですか?上納金の確保で交戦があった様ですが、あの額で右往左往する小国の集まりに二千を追加した北壁が落とせるとは思えません。
あそこは我が東部軍が、文字通り本腰を入れねば落とせなかった要害です。」
東部軍三万五千の内、三千を犠牲にした要害は伊達では無い。
地図を目にした時の皇帝が何故先に北壁を落とせと命じたか、心から納得した程の難所だった。
はっきり言ってもう一度落とせと言われれば御免被る。
「並の将ならな。
だが今義勇軍を率いているアレス王子は、私が仕留め損なった相手だ。」
「で、殿下の一撃を凌いだと?」
信じられない話だった。はっきりってブリジットには自信が無い。
だが相手は剣腕で名を馳せたベルファレウス皇子。LV差で慢心する様な方では無く、自分の失態を隠すために誇大報告する愚者共とは訳が違うのだ。
「そうだ。まぐれじゃないぞ、何らかの秘宝を盾の如く用いた必然だ。
奴は私の一撃に躊躇無く反応して見せたのだ。貴殿は兄上の臣下だが、無為に散るには惜しい相手だ。
不正確な情報に踊らされ、慢心で敗れるのは見ておれんよ。」
「……本心とは思えませんね。むしろその王子とやらに勝って欲しいのでは?」
ブリジット伯爵の探る様な指摘にしかし、当の第三皇子はニヤリと笑う。
「は!だから卿は惜しいのだ。
実際貴殿に負けるのなら所詮その程度の相手だ、執着する価値も無い。」
それはブリジッド伯爵は評価しているが、絶対に欲しい相手ではないと明言しているに等しい。だが別に動揺もない。自分は彼の様な天才ではない。
突然、激しく扉を叩く音がして、殿下に同意を得て伝令を部屋に招き入れる。
だが流石に非礼を咎める眼差しを向けてしまうのは必然だろう。
「も、申し訳ありません!緊急です!北壁が、北壁が陥落しました!!」
「…………は?」
殿下に気付いた伝令が己の失態に気付き咄嗟に頭を下げるが、ブリジット伯爵はその伝令内容に理解が追い付かない。
「あっはっはっはっは!!もうか!もう落としたか!
だから貴様は面白い!!」
そう。ダモクレスの第二王子とやらは、あの北壁を障害にすらしなかった。
「こ、これがアレス王、子……。」
彼の王子を賞賛するベルファレウス皇子の笑い声が、ブリジット伯爵の動揺を鐘の様に揺らし続ける。
自分の様な凡人が、彼らの様な麒麟児と本気で渡り合わねばならないのか。
圧倒的な数の差を持ってしても尚、伯爵は身震いせずにいられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
北壁砦の即日陥落は、帝国増援部隊にとっても動揺を禁じ得ない大打撃だった。
増援部隊に千近い大軍が襲撃してきたのも驚きだが、増援部隊にとって最悪なのは義勇軍の配置が北壁と挟撃になる位置で迎え撃たれた事だ。
ここで強引に北壁に進軍すれば、北壁の隘路が大軍の利を殺す。そうなれば挟み撃ちした義勇軍相手に勝ち目はない。
彼らは迷わず北壁到達を諦めた。そして北壁陥落の一報を受け、己の判断の正しさと、逸った際の末路を知る。
北壁から増援として派遣された筈の敗将は既に己の手勢の半数近くを失った所為で自身の進退がかかっており、頑として指揮権を譲らず揃って奇襲部隊を強行突破するには連携が極めて心許無い。
そして義勇軍はどうやら、船で北壁を使わずに東部へ上陸したらしい。
北壁からの進軍を封鎖しただけでは、義勇軍を止められないという事だ。
かといって北壁残存部隊の彼らだけで北壁を封鎖させるには兵も少なく、愚将の配下故に心許無い。
『くそ!閣下の返答によれば、戦力の逐次投入は有り得ぬ、との事だ!
我々はヨーグ砦と合流し、東部再編成までを凌げとの御命令である!』
要は各個撃破されなければそれで良いという意味だ。戦術的勝利は諦めたという意味だが、指揮官としては奪還という無茶を命じられずほっとしたくらいだ。
東部は既に大半を手中に収めて戦力も若干目減りしたとは言え、高々二千三千の兵など歯牙にもかけぬ余力を残している。
現地徴兵軍を掻き集めれば、直ぐに元の兵力以上が揃うだろうと増援軍大将は自分を叱咤して移動を命じる。
だが同時に、東部軍を各個撃破出来る隙を義勇軍が逃す筈も無かった。
北壁を落とした翌日。
帝国増援軍が最短距離であるベガード城を避けてヨーグ砦に行軍した結果、義勇軍は別動隊と合流し、一切の抵抗を受ける事無く入城する事が出来た。
そしてその会議場で初めて、アレス王子の提案に諸国武将達が真っ向から反論する事態が起きていた。
「納得出来ません!いくら何でも横暴が過ぎる!
北壁を含めたこのベガード領を全てダモクレス領に組み込むなど!
我々はダモクレスの属国でも無ければ、貴国に従属した覚えも無い!」
他国軍武将の一人がテーブルを叩き、多くの武将達が賛同を示す。
「ではどうする?ベガード領を北部諸侯で均等に分配するか。
戦火で荒れ果てた復興待ちの町全てが、遠い北部本国の許可無くば通行出来ない牢獄に変わるぞ。
ベガード王家は帝国に滅ぼされたという状況下で、な。」
「それは……。」
「ですが!北壁をダモクレスだけで落としたと主張なさるか!」
「ここにカルヴァンの王子が居る事をお忘れなく。
陥落時に彼を救出したのはダモクレスです。ですが彼が若過ぎるのは見ての通りであり、何より側近貴族も凡そ半数が失われた。
北壁の経済状況は支援者無しには復興も侭ならないのですよ。」
「し、支援なら共同ですれば良い!」
「一時なら良い。ですがベガードを確保した以上、北壁の防衛力に意味は無い。
お忘れですか?我々の進軍には、北壁よりもこのベガードを中継点にする必要がある。補給に毎回北壁を経由すれば、時間も退路も限られる。
このベガード城を守り切れない時点で我々の敗走は確定する!自国の防衛を無視出来なくなり、北壁守護どころでは無くなるのだぞ!」
「「「ッ!!」」」
語気を荒げるアレスの指摘に、自分達の見落としに気付かされる武将達。
そこにアレスが更に言葉を畳みかける。
「ベガードを名も聞かぬ近隣領主に預けるか?
小国の総軍なら帝国の軍船一つで落とせそうだが、一体何千の兵をここに残す?
そもそも我々の軍を置く許可を、独立国が平気で出せるか?
東部攻略中、大量の兵糧を置く場所はここ以外の何処だ!
北壁の防衛網は後回しにするしか無いのだ!
年若い王子が金も力も無く復興も侭ならぬ独立国の不満を解消出来るとでも?!
だからカルヴァンとベガードを統合し、一つの領地として管理するのだ!
ベガードに不満を言わせる余裕も我々には無い!全ての土地を北部の管理下に置くしかないのだ!」
沈黙が軍議に参加した一同の間に降りる。反論したくてもベガードの重要性を否定出来る者も、また独力で守り切れると断言出来る国も、共に無かった。
「そもそも貴国らのどの国に任せても不満が出よう。次は東部相手に侵略戦争でも始めるかね?
東部諸国は我々に並び立つ資格は無いと。只の北部の領土であると?」
「「「…………。」」」
反論は出ない。これは侵略戦争では無い。あくまで領土的野心の無い義勇軍だからこそ、他国軍の自国通過を許可出来る。
義勇軍外の同盟国軍には、今でも通行許可を出す義理は無い。
そして北壁砦を陥落させた今、もし空中分解すれば単独で帝国に対抗する手段は無いと全員が理解している。
自分達は既に、帝国が見逃せる限界を超えたのだと。
「この地の領主はカルヴァン王子を任命する予定となっている。
だが敗戦国だったカルヴァン王国にこの土地全てを譲り渡すのは諸君らの立場上同意しかねるのでは無いか?
もし王子に皆が認める手柄を立てさせたいなら、前線に出す必要がある。
どっちみち何処かがこの地を代理で納める必要があるのだ。
諸君が疑心暗鬼に駆られる理由を、君達で払拭出来るのか?」
「……いえ、ありません。」
強硬に反対していた武将の一人が承諾の意を示すと、他の諸侯達も止むを得ないと渋々承認という結論に達する。
(ぃよし!セーフ!!分裂の危機回避!)
ふはははは!ゲームでは一切気にする必要有りませんでしたね?
そう、兵站です!補給線です!ゲームでは、全て部下がやってくれてました!
そんな夢物語、アリはしないんだよ…………。
正直今回の話はアレス発案ではない。何せダモクレス的にはココ、飛び地過ぎて領土的美味しさは皆無なのだ。
ベガード城も正直海岸線から遠過ぎる。今後の補給線確保のため港の拡張は必須になる。これははっきり言って、北部の協力を仰げない。
何故なら北部に戦後の利益が無いからだ。北部が交易するなら陸路で行ける隣接国に高い船を利用する必要はない。
北部の経済力は商隊で余るほどの大量輸送を必要としていないのだ。
そしてそれは、今後の商談相手としてベガードは財力不足という意味だ。
はっきり言えば港分の元が取れる程度に交易出来ればよい。
では何故現地人に任せられなかったか。王族の居ない領地だからだ。
それは則ち、今領地を持っていない同行貴族の方々には生唾ものの代物だという意味だった。そう、独立国である!独立が出来るのである!そして義勇軍は祖国の主流派以外が多数派を占めている!
先日の様に独断で手柄を求めて暴走するくらいには飢えているのである。
指摘されると誰に任せても問題起こしそうであり、放置すると何処かの国が勇み足で領主を名乗りそうなくらいにはまとまりが無い。無いのだ。
事前に全体で合意を確保しないと、最悪この地の所有を認めて貰うために帝国へ下る可能性をヴェルーゼ皇女に指摘されると反論の余地がある筈もない。
止む無く苦しい身銭を切るための、本日の議題へと至った次第である。
ふふ。疑われるだけの貧乏くじって、こんなに苦いのね。。
「さて。という訳で今日の本題である東部増援軍だが、ヨーク砦に逃げ込まれると東部方面軍の再編成まで持ち堪えられる恐れがある。
なので最低一回は野戦を挑むべきだと考えるが、如何かな。」
アレスは如何にして復興費用の一部を義勇軍から捻出させるかに思い悩みながら次の進軍方針を議題に上げた。
正直、明日には進軍しないと完全に機を逃す。というか早朝に進軍したい。
会議全てがようやく終わり、アレスが天幕に戻れたのは日が沈んだ後だ。
今この場にはアレス直属の武将達が揃って食事を取っている。
本来であれば身分が異なる者が同席するのは好ましくないが、今は皆の意志疎通を図る方が優先だ。明日の進軍に差し支える訳には行かない。
「という訳で、当分ベガードの統治にはグラットン将軍を残す事になると思う。」
「な、何故です!後方なら其処の女に任せれば良いではありませんか!」
「客将に任せるのは流石に問題では?」
後方支援はお前の仕事だろうと言わんばかりのグラットン将軍に、呆れた口調でヴェルーゼ皇女は溜息を吐く。
そもそも彼女を一番信用出来ないと言っていたのは将軍自身。何故生命線を預けるのかと、軍略知識のある彼女はアレスの苦労を察してしまう。
真の身分を明かせないヴェルーゼ皇女は、表向きは中央の亡命貴族という名目になっている。家名を伏せているのは次期当主の生死が不明のためとなっている。
要は当主争いを避けるため、一介の魔法使いとして参加しているという設定だ。
偽りの身分とは言え、仕事を任せるためには高貴な出自の方が都合が良い。
「我々護衛騎士では代行としての身分が足りません。
それにルーゼ様は新設した魔術師部隊の指揮官です。前線から外すのは新設した意味が無くなってしまいますので……。」
変わりは居ない旨を控えめに告げる護衛騎士エミール。相方のアランはと言えば素知らぬ顔で固い味付きパンを刻んでいる。
彼らは騎士爵ではない只の騎士だが、ダモクレスでは十分重役に属していた。
ダモクレスは小領地であり百人以上の貴族が居る大国とは違う。町長は騎士が任命され、爵位すら無い。将軍職は多い時ですら三人、今は二人だ。
もう一人の将軍は本国の統治代行に就いているため今は動かせない。
「グレイス卿なら後方に回す余裕は無いぞ?現状情報鮮度は我々の生命線だ。」
アレスが上げた遠征軍の同格武将の名は、グラットン将軍が唯一頭の上がらない相手だ。彼にこの場に参加されたら反論の余地は無かったと思い、口籠る将軍。
将軍自身はアレスのお目付け役を自認しており、何より前線から外されれば手柄を立てる機会を失ってしまう。
「申し訳ありません将軍。
ですが国を失った私が実績一つ無いままベガードを治めるのは、流石に荷が勝ち過ぎるのです。どうか、今暫くの猶予を頂きたいのです。」
「わ、分かっています。……止むを得ませんな。」
謝罪させてはならない相手に頭を下げさせたと気付いて慌て、深々と溜息を吐いて承諾するグラットン将軍。
申し訳無さげに頭を下げたのは、正に先程まで話題に上っていた渦中の人物。
亡国カルヴァン唯一の王子エミール・カルヴァンその人だった。
因みに作中ではカルヴァン王子としか名前が出ない。アレスも紛らわしいので右に倣わせて貰っている。
尚、帝国占領前に彼を脱走させたのは、当時北壁潜入中だった密偵頭のグレイス宮廷伯とアレスの二人組だ。
以来ダモクレスで匿い続けていたが、今回漸く表舞台に連れ出す事が出来た。
「それで、北部最強が増援軍と合流したのは間違いないのですか?」
頃合いを見計らっていたヴェルーゼ皇女が話を戻す。
因みに先程のルーゼというのが彼女の偽名だ。彼女の素性を知っているのは護衛達全員の他はグレイス伯のみ。
アレスに恩義を感じているカルヴァン王子は兎も角、グラットン将軍はこの件に関しては全く信用出来ない。
「ああ。実は北部の山賊連中を裏から支援していたのが帝国軍だったんだ。
で、捕虜の話によると本来なら彼等も一部が山賊団に加わって、我々を撹乱する予定だったらしい。
だが義勇軍の進軍速度の速さに慌てたマゲッタ卿が、独断で城の防衛に回させたのが事の真相だ。」
「え?じ、じゃあ何で兵を分けたんですか?!」
理解出来ないと言った顔のカルヴァン王子に、苦笑して肩を竦める。
「そりゃ偵察隊の半数は私やグレイス卿の部下に入れ替えてたからな。
『分隊で運用して誤魔化しているが一度に動かせるのは五百人以下』って報告が繰り返し入ってたら『所詮義勇軍も遅るるに足らず』って心境にもなるさ。」
「「「……。」」」
埋伏の毒は日々繰り返してこそ結果に繋がるんだぞ。
「殿下にかかれば既に東部戦線の攻略手筈も整えてそうですね。」
「ん~、まあ伊達に帝国本土まで密航して無いからな。
聖都付近はまだ間に合って無いが、東部の事前情報なら大体揃えてるさ。」
伊達に転生以降ずっと準備していた訳では無い。大人に混じっての調査や偵察も相当に大変だったが、見えてる地雷に備えるのは当然だろう。
「「「…………。」」」
「というか、北部最強はこっちで雇う心算でずっと探してたんだがな~。」
溜息吐いて背筋を伸ばし、見つからなかった真の理由にようやく納得する。
とはいえゲームと違い、実際の北部最強のLVは北部兵では勝算が無いレベルで高かった。スキルまで踏まえるとアレスでも厳しい。
対処出来る余裕があるだけマシかと、徒労感に苛まれた自分を説得する。
「だが北部最強が隠れ蓑にしていた傭兵団は獅子の牙だと判明した。
よって、獅子の牙は我々が担当するぞ!」
可能なら牙ごと雇う!と息巻くアレスを傍目に。
一同は本当に出来そうだと顔を見合わせ、揃って溜息を吐いた。
※振替休日投稿。次の投稿日は土曜日の予定です。
少々ややこしいですが、帝国の増援軍は二部隊派遣されてます。
イストリアから派遣された東部増援軍と、北壁から派遣された北壁増援軍です。
前回壊滅したのが北壁増援軍で、今回ベガードから北壁側に追い込まれると気付いて西北方向に撤退したのが東部増援軍です。ベガードは北壁の南側になります。