111+1-2.間章 とある一日2改め・聖戦軍剣豪五番勝負
※次は、23日秋分の日投稿です。
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「ヘイ〔剣姫〕っ!模擬戦やろうぜェッ!!」
無意味に跪いて差し出された薔薇の花束は、渾身の一突きで散らされた。
その一閃は間違いなくバラごとアレスの顔面をぶち抜く軌道だった。
「早朝から嫁まで連れ出して人前でやる冗談がそれかいっ!!」
「ふははははっ!最近このワシの側室に君の名前が挙がっていると聞いたのでな!
噂を否定するつぃ!でにぃ!立ち膝回避の有効性を披露したかったのだっ!!」
膝を付いて見える姿勢のまま、繰り出される高速突きをかわし続けるアレス。
まさに限界に挑戦だ。両手は腰に当てながら、会話と回避に全力を注ぐ。
あと勿論側室は絶対全然考えてない。というか二人で十分手一杯だ。
私の自制心は臨界です。生殺し火力しか増えんのですが?
「冗談にしか見えない躱し方しといて本気で誤解が解けるかぁっ!!!!」
「ごもっともッ?!」
突き出した姿勢からの切り上げ払い。お見事。
避け切れない以上は直撃せねば不作法というもの。感触で真剣だと気付き冷や汗が溢れたが、幸いにも切らずに殴り飛ばして貰えた。
「という訳で、審判を勤めさせて頂くヴェルーゼです。
両者、遺恨は全てアレスに叩き込むように。」
「あれ?!嫁が全力で敵に回ってる?!」
事情を説明したら嫌々ながらに承諾してくれた。
場所は砂地だと流石にアレスが有利過ぎるので、岩石砂漠という堅い足場の砂が溜まっていない辺りに確保した。
「そもそも私相手なら、新しい切り札なんて無くても負けないと思うけどね。」
「まあ半分はそこだな。随分卑屈になっている様だが、【星奥義】使いが才能無いとか凡人とか贅沢過ぎて絶対に認めねぇからな?」
「あんたがそれを言うか……ッ!」
あ、ちょっと私怨漏れた。だが向こうもやる気になってくれた様子でなにより。
というか、いきなり先制で切り込んで来た。抜刀と同時の掬い上げを、まるで幻の様に距離を詰めて。
翻りと回り込み、腰だめから背後に切り払う。
『神速・霞』。緩急自在な足捌きを用いた無音の踏み込み。
重心移動を感じさせない身軽さと切り替えの巧みさで成立する、まさに霧か霞の如く視界から消えてしまうのは、何も姿形に限った話では無い。
アレスは即座に真横へ跳ねつつ、切り弾き流された斬撃を翻して重ね合わせる。
まさに流麗。〔剣姫〕の斬撃は常に独特の金属音を奏で、武術に縁の無い者すら魅了する美しさがある。
どれほど激しく打ち砕こうとしても滑り、しなり、奏でて翻る。
尚。義勇軍改め聖戦軍方式では、開始の合図は合っても無くても良い。
というか合図必須だと先制『奇襲』スキルが使えない。なので合図有りは、世界全般で実戦形式扱いされないのがコッチ世界常識だったりする。
(そもそも下手にハンデ付けると普通に負けるんだがなぁ!)
思った以上に初太刀が鋭かった所為で、下手に動き回る事も、更には足を止めて斬り合う事すら迂闊に出来なかった。
細かく半歩から一踏み、僅かな動きで重心を揺さ振り狙いを躱し続け。
一瞬の隙を縫って距離を取った瞬間、【秘剣・真空跳ね鼬】を振り払う。流石に追撃の余地無く捌き流すと同時に、今度はアレスが『神速』で距離を詰める。
付かず離れずの『霞』を『見切り』、今度は背後に回り込むくらい大きな跳躍で斬り合い続ける。
「……その、足捌き、は……!」
「お察しの通り、そっちの『霞』を参考にさせて貰ってるよ!」
跳ねる様な跳躍と無重力と錯覚する反転。『神速・霞』の要は重心の高さと膝が浮く程のしなやかな跳躍に極意がある。
一般的な深い踏み込みは重心が低く重く、鋭さと引き換えに機動力が死ぬ。直線であれば加速に繋がるが、曲線には中々対応し切れない。
細かい足捌きや体重移動はこのために用いられるのだが。
『霞』はこの重心を少しだけ高く、しかし直立よりも少しだけ低い位置を僅かに上下するだけに留め続ける。
そして膝をすこしだけ高く浮かせ、足を伸ばして走る代わりに跳躍し続ける。
これこそが『霞』の神髄にして極意。
半歩のずらしで真後ろや真横に跳ねる空間が、浮いた膝と重心によって常に確保され続け。しかし体を傾けても大きくは揺らがない重心位置により、常時全身を捻り回せる姿勢が維持出来る。
腕を伸ばす様に剣を振う空間を確保して、剣を腕をしならせる間合いを保てる。
位置取りの妙と視界の錯覚。急激な方向転換、爪先による跳躍。
どれ一つをとっても長年の修練と磨き上げられた巧みな洞察が、安易な猿真似や強引な接近を容易く封じて見せる。
故に。アレスは只管にその足捌きを見習うと同時に、真逆の『神速』。
力尽くの急加速と急制動を極端に変動させる、重心移動と全身運動で可能とするもう一つの神速。
『神速・跳弾』の強引さも同時進行で取り入れた。
離れての急な方向転換と加速には『跳弾』の姿勢変動を、至近距離での斬り合いや体捌きには『霞』の軽さと柔軟さを。
そして片方に慣れさせず、適度に双極を織り交ぜて。
それが体系化し、完成に至ったアレス独自の『神速・天舞』。
凡そ常人では不可能な状況からの接近を可能とし、間合いを取らせぬように距離を詰め、跳ね続ける。『霞』の間合いを、保たせない。
故に剣戟からはどれほどしなやかに捌こうと反撃の余地までは残せず、間合いと距離を封じたまま余裕と体力を奪い続ける。
アレスの優位を粘り強く、丁寧確実に押し付け続ける。
であれば仕掛けるのはレフィーリアの方からであり。
剣戟の『完全回避』に賭けた、斬り合いに紛れての死角移動。
その刹那を狙い澄ました『必殺・紫電』が、射抜き貫く。
「っ!?!?!……あなた、今のは……。」
「流石に気付くか。
君の『必中・陽炎』による盲点突き、傭兵四極が一つ『必殺・迅雷』による反射速度の加速を使って強引に再現させて貰った。
何せ単に動きを『見切る』だけじゃ、盲点までは狙い切れなかったんでね。
その代わり、『心眼』の察知力を振り切る速度は出せる様になったが。」
添えられた刃の切っ先は、首筋。
聖戦軍剣豪五番勝負、二本目。剣姫レフィーリア、勝利。
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深々と溜息を吐いたレフィーリアが、肩を解して剣を佩く。
結局【封神剣】すら使わせて貰えなかったかと愚痴る彼女に、アレスはそれこそが敗因だと彼女の癖を指摘する。
「君は要所要所で必ず【封神剣】を使いたがる。
確かに身体能力や膂力を覆せる【封神剣】は強力だが、使い時が決まっていればその分備え易くなっている。
何せ単なる斬り合いでは、十中八九使ってこないからな。」
唇を噛み悔しそうに口元を歪めるが、やがて諦めて小声で呟く。
「……そう簡単に、拘りは捨てられないわよ。」
「シャイターン王子は君の上位互換。」
「っ!?」
「やっぱりスランプの原因はそこか。
前から思っていたがレフィーリア、君の剣は既に完成されている。
それ自体は別に悪い事じゃないが、きみは格上相手に負けるのは仕方ないと諦めてないか?」
「……そんなの、勝てるなら苦労しないでしょうが。」
(ここで自制しちゃうのは重症だなぁ。というか絶対コレ根深いぞ。)
流石に彼女クラスのエースに自暴自棄になられると、先々ものっそい困る。
「実戦にそんなのは関係無い。諦めたら死ぬんだぞ。」
「っ!そんなの、解っているわよッ!!」
「分かってその剣筋なら傭兵を続けたりはしない。そもそも剣腕だけならアンタの方が上だって気付いて無いだろう?」
「はぁッ?!」
圧勝しといて何をと言わんばかりの剣幕だが事実は事実だ。
「俺の見立てでは聖戦軍で一番『見切り』に近いのは君だよ。
そもそも『霞』は完全再現出来る目途が立たないし、『陽炎』だって『必中』に出来ないから魔力加速で強引に『必殺』の域に持って行ったんだ。」
厳密な意味では未だ諦めていませんけどね?未だ諦めていませんけどね?
「アンタならそんなの全部時間の問題でしょうが……っ!」
「いや。多分今のままじゃ無理だ。
君が『見切り』に至らない理由と俺が『心眼』に開眼しない理由も多分同じだ。
どっちも今の戦闘スタイルに必要なスキルじゃ無いんだよ。」
必要としていないから育たない。使わずにどうにでもするから。
多分それが今二人の間に存在する障害、限界の壁だ。
「アンタの言い分通りだったら、まるで私がその気になればどうとでもなるみたいに聞こえるんだけど?」
「勝てる自分を想像出来てないだろ?だから駄目なんだ。
勝てないから次が無い、じゃあない。何が足りなくて、何を穴埋めするかだ。」
「それは……。」
「〔剣姫〕の戦闘スタイルは自分の優位を押し付ける、だ。
だから相手を『見切る』が必要無い。『心眼』で異変さえ察知すれば事足りる。
というか今、自分には何が足りないって思ってるんだ?」
「……そりゃ一撃必殺の殺傷力じゃない?」
聞く体勢にはなってくれたようだ。
でも多分この返答が正にスランプの原因だな。
「いやねーヨ。
【武断剣】を参考にしてるからかもだけど、【封神剣】で火力不足は絶対に有り得ないからな?絶対に火力じゃないからな?」
「ちょっと?その目付き止めてくんない?」
おっと失敬。
「こほん。短期決戦は俺の『連撃・翻り』系の手札じゃないと無理が無いか? 」
「っ?!」
「精々が『必殺』くらいじゃないか?それも見せ札か【封神剣】を囮にするか。
自分のペースを乱されるなら、流れを引き戻すための手札を増やすか、逆に相手が乱れるまで持ち堪えるか。
火力よりも守りと反撃の手数が不足している様に見えるんだが……。」
「「…………。」」
あ。いつの間にか嫁がレフィーリアの横で同じ目で見てる。
「ねぇアレス。あなた彼女の問題点を確信して無い?」
「え?え~と。え、これじゃ駄目?
ぶっちゃけ理想がシャイターン王子なら適性無視してると思います。
あっちは本質火属性でレフィさんは水、ギリ風属性でしょ?
鋭さと手数で来るなら、只管息切れするまで受け流す忍耐力の方が重要では?」
「あぁ……。だから手数で、気持ちの問題なのか……。」
顔を隠すレフィさんの背中をヴェルーゼ姫がさする。
心成しか今ワタクシ、乙女達にでりかしーを責められてる気がしますよ?
「……あ、あ~。実はだね?次はシャイターン殿下に模擬戦をお願いするんだが。
いっそ許可貰えたら君に審判お願い出来ませんかね?」
「……その流れでオレに拒否権あると思えないんだが?」
シャラーム第一王子、シャイターンです。
色々お世話になってる聖戦軍の軍師殿に、模擬戦を求められました。
要約すると自分に憧れ過ぎてる異母妹の、スランプ解消のためだそうです。
「……鬼畜め!」
「何でッ?!」
◇◆◇◆◇◆◇◆
聖戦軍というか、アレスは模擬戦用の天幕を一つ持っている。
厳密に言えば会議用の予備なのだが。周囲に被害を出しちゃいけない戦い方や、人目に付かない場所が無い時にも鍛錬したい際に使っている。
「つまり今回は【魔剣技】の類は禁止って事か?」
「壁破壊したり観客を巻き込まないなら構わないけどな?
折角だから〔スカラベル宮殿〕に攻め入った心算で勝負しないか?」
只今町の外で待機中。
外は砂嵐なので、門を開く許可が下りなかったのだ。
レフィーリア戦の時とは既に、若干状況が変わってしまっている。
〔砂弾きの杖〕は希少品なので、流石に町で見せびらかす訳にはいかない。
事情を知らない者達の前では聖戦軍別動隊ではなく、表向きの顔である傭兵団として振舞わねばならない。何かと作戦に差し障るのだ。
出来た空き時間を利用して、シャイターン王子に模擬戦を申し込んだ。
「で。あちらさんは。」
「パパの応援!」
「ッ?!?!?!?」
こふ。
「義妹と婚約者が応援に来てくれました★」
地味に義母様の視線が痛いです。
義兄弟ならぬ義妹の母って、中々微妙な立場だよなぁ。
当然ながら、結婚前に再婚の予定は御座いません。法的にも何もありません。
まあ要は観客がヴェルーゼと交代になり、ミレイユ王女と義妹リリスと魔女シュトラルになったのだ。
審判はレフィーリアに頼んである。
「ま、いいさ。この際〔無敗の英雄〕の実力も知りたかった「あ。〔聖王の剣〕でお願いね?コレ重要だから。とっても重要だから。」……ああ、うん。」
初手祖国陥落から始まる〔無敗の英雄〕時代は終わったんだよ!
もう二つ名を聞く度心に傷を負う時代は過去のものなんです!昔の、話です!
名声の為に、心に傷を負い続ける必要は無くなったんだッ!!
「さて。オレとしちゃあ親父の顔色を気にする必要も無くなったし、異母妹として公表しても全然構わないんだが……。」
「王位継承権が出て来るでしょ、今更よ。
私は一介の傭兵レフィーリア。」
澄まし顔のレフィーリアだが、少しだけ表情が硬い。
全員気付いているし、リリスも不思議そうな顔をしているが誰も敢えて指摘する程野暮じゃない。
実際少し残念そうな辺り、本心では妹として認めたかったのだろう。
「それじゃ公式には王家とは縁の切れた分家の誰かって事で。
それで、スランプ解消を兼ねて本気の剣を、だったか。」
互いに意識を切り替え、模擬戦に集中し始める。
「それって、別にオレが勝っても構わないって意味だよな?」
剣戟音。ほぼ同時に五連。
「ッ!?」
「へぇ!流石にこれぐらいは凌ぐかよ!」
アレスが距離を離した瞬間にも剣戟音が弾ける。
威力こそ軽め、速度では流石に【武断剣】には及ばない。だが観客の目にそれが見分けられるのは、レフィーリア唯一人。
両者の間に、荒々しくも鋭く速い剣戟音が鳴り響き続ける。
両者は一度として立ち止まらず。しかし縦横無尽に視界の端から端へ。
『神速・縮地』並びに『完全回避・縮地』。
どちらも同一の技術ながら、使いどころで分岐した二つで一つのスキル。
踏み込みを魔力強化して一歩、無音で最高加速に到達する重心移動を含めた諸々の体捌きを指す絶技。
『神速』としては間合いの広さと連続使用の妙。
『完全回避』としては僅かな姿勢変化による跳躍と視界外への移動の妙。
シャラーム随一の剣士であり、スルタン大王の息子としては最強の剣客。
誰が呼び出したか〔灼熱〕のシャイターン。砂漠の王国の希望。
原作公式設定では、もう一人の天才。最強の片翼。
※次は23日、間章ですが話の展開の問題で、五番勝負の続きでは有りません。
勝負の決着は本編との兼ね合いで進みますのでご容赦を。
※しゃいたーん王子視点。「君が気まずさを解消したい異母妹(※側室候補の疑惑あり)のスランプ解消を手伝ってよ!」
尚当事者はおうじの承諾前に同行させておりますw
ハイ、皆さんご一緒にw「鬼畜め!」
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