9.第二章 皇女殿下との密談
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ふぅ。くたびれた。
翌朝、というか徹夜明け。
先刻まで罠に使われていた村で諸侯軍に再建を手伝わせる傍ら、アレスは事務的な後始末に終始していた。
昨日と今日の論功行賞を整理し、一定水準以上の活躍をしたものに金一枚の追加褒賞を配らせる。更に戦利品の武防具の優先的選択権もセットだ。
他国軍であれば戦利品の権利は交戦部隊ごとに分かれるが、本件の反省により財宝回収を優先して作戦に反する者の出ない様、全ての財宝は一括で回収して義勇軍全体で管理を行う方針に改められる。
以後は全ての評価が終わった上で、手柄に応じて分配される形式になった。
常に監視するのは不可能なため多少の目溢しはするが、戦況に影響する遅延等は明確に罰則対象になる事が本件で正式に決まった。
目安も一通り羊皮紙に記入し、全将校に配るため複写を命じる。
後回収した弓矢は戦利品扱いせず、全部補給物資として一律管理。必要に応じて補給するのは今までと同じ。
「――それで、お話はあとどれ位待てば?」
「あ、後半日お待ち頂ければ……。」
天幕を訪れたヴェルーゼ皇女に昨日の朝から休み取ってませんよね?と笑顔で指摘されれば、これ以上待たせるなという意味以外には聞こえない。
身内の恥の後始末で待たせた自覚もあるアレスは脂汗を浮かべ、渋々終わらない雑事を後回しにした。
「文官が少な過ぎませんか?」
「利害調整がね?一応連合軍だったので今まで個別にやってたんですよ。
で。今日一つに纏める事になったら想像以上に余所の管理が杜撰で。」
彼等の文官全部取り上げる訳にも行かないから、先に指針とマニュアルを作り終えるまでほぼ一人です。全員纏めて方針を指示するとか無理。
形式の違う書類を同じ書類に纏めさせるよう、人員を徐々に入れ替えて書き方を指導しながら逐次揃えていくしかないかな、と。
ま、まぁ今回でマシになるのは確実なので、今だけだと泣こう。あ、辛い。
「ま、まあ今日は流石に話が終わったら休んで下さい。
今日明日は絶対何事も起きないと貴方が断言出来るのなら、今回は先に済ませてしまっても構いませんが。
……いや。悪かったですから泣くの止めて下さい。」
ふふふふ。何で休みなく働いてるかって?
規則を守らせるためのルールを今、作っているからだよ。
「だったら人の胃を苛めんで下さい。
それで、ヴェルーゼ・ヨルムンガント第三皇女とお見受けしますが、帝国の聖女様が何故帝国から逃亡する事態になったのですか?」
まあこれ以上気を使わせるのも悪いと、意識を切り替える。
実際これ程の美少女と話せるのは悪くない。少なくともむさいおっさん方と胃袋を削る会議を繰り返すよりは、ずっとず~っと癒される筈だ。
(まあ若いったって彼女を子供扱い出来る男は居ないだろうけどネ?
長身って程でも無いけど小柄でもしないし、何より全体的に色っぺぇわ~。)
歳はアレスと同い年。グラマーという程に露骨では無く、しかしスレンダーとは到底言えない静謐な魅力を備える凛々しい姫君。
かといって堅苦しい訳ではなく、上品な柔らかさを兼ね備えた時に可愛らしいとすら感じさせる絶妙な相貌。
(――失伝しかけていた3LV回復魔法の再発見者であり、作中唯一の『浄化』スキル所持者。登場時点で既にハイクラスのドルイド到達者。
知性と品格を兼ね備えた、帝国の聖女――か。)
帝国にとっての広告塔であり、帝国穏健派の代表でもある彼女は、決して状況に流されるだけの無力な女性ではない。
彼女は祖国と真っ向から敵対し、そして最後まで義勇軍の側に立つ帝国民の味方でもあった。
さて裏事情だ。ゲーム知識では把握しているが、割と結構ズレはある。
原因は色々予想が付くが、どの道絶対視出来るほど確実な情報では無い。
何を言い出すかと待ち構えていると、やがて観念して口を開いた。
「……やはり油断のならない御方ですね。
生憎とその事情は今すぐお話は出来ません。何よりあなたには問い質したい事が多過ぎる。」
「ほう?正直そこまで縁があったとは思えませんが。」
と言うか聞きたい事があるのは此方の方では?と首を傾げるアレスに対し、ヴェルーゼ皇女は真剣な眼差しで真っ直ぐに目を射抜く。
「あなたは一体何者です?『浄化』スキルは本来人の身で宿す事は出来ません。」
ピシリ。
私が宿されたのも尋常な手段では無い、とアレスを睨むヴェルーゼ皇女。
(これ、そんな厄いスキルだったんか……い。)
あ。今満面の笑顔が凍り付いて深くなったわ。
胃が痛い。超痛い。もしかしなくてもワシが警戒されている理由、このスキルが原因なんですね?神様に貰いました、信じられるかーい!。
「おやその『浄化』スキルを何故私が持っていると?」
「惚けないで下さい、あなたにも『鑑定眼』スキルがあるでしょう。
それに、あなたも今感じている筈です。私の『浄化』スキルとの共振を。」
「……え?コレ、浄化スキル持ちの気配なんですか?」
言われてみれば今も、例の何故か人だと確信出来る謎の気配がしていた。しかも凄く目の前の姫殿下から。コレもしかしてオフに出来ない奴?
えぇ?しかも鑑定眼?私だけじゃなくて?
慌ててヴェルーゼ皇女のステータスを確認すると、ああ確かにあるわ。スキル欄に『鑑定眼』が。他のスキルは全部原作通りなのに。
『鑑定眼』スキルは原作では主人公限定スキルだった。けれど裏設定では複数修得者がいるという扱いだったので、実のところ所持していてもおかしくは無い。
ゲームではプレイヤー以外が持っていても話がややこしくなるだけなので、言われてみれば省略されていてもおかしくはない要素だ。
因みに鑑定で分かるアレスの所持スキルは、
『1鑑定眼(ステ看破)、2浄化(解呪他)、3鉄心(異常無効)、
4見切り(一部スキル無効)、5神速(技%先手)、6連撃(技%再攻撃)、
7奥義・魔王斬り(技%全攻撃回避)、8奥義・封神剣(技%必中防御無効)、
9奥義・武断剣(技%三連撃)、10竜気功(全ダメ半減)。』
となる。ぶっちゃけ十個埋まってるだけでも十分ヤバい奴だなぁ……。
(た、確か原作的には天稟や紋章は対象外の筈……。)
「後、私の『鑑定眼』は特別製でして。」
種類までは分かりませんが、紋章を五つ持っている事や、特殊な血筋で天性の資質を開花させている点まで分かっています。と付け足すヴェルーゼ皇女。
あ、紋章の識別は流石に無理なのね。でもある意味自分の場合、血筋がバレる方がヤバいけど。
尚。アレスの天稟諸々の内訳は。
『1半神の血統(成長速度)、2半魔の血統(魔法系強化)、
3怪人の資質(防御)。』
……データ的なものは知らない、知っている方が少数派か?どっちにしろ体質的なものだとは分かるか。天稟は完全にステ強化体質だし。
……うん。資質じゃなくて血統の時点でアウトですね。役満レベル。
因みに血統は三種、半魔、半竜、半神の三種のみで、半神とかガッツリ神の子の先祖返りって意味だ。比較対象がヘラクレスやギルガメッシュです。
この上で紋章五つかぁ~。冷静に見たら絶対親が厄ネタの塊じゃん。
父神、母魔神かな?それとも逆?絶対両親を疑うべき組み合わせでしょ~~?
まさか人に説明する必要があるとは思わなかったんだよ!クソがッ!!!!
(うん。白旗上げよう、そうしよう。)
「生憎ですが、私は孤児出身です。
一番古い記憶でも五歳前後で、素性とかは問われても解らないんですよ。」
「孤児出身者が王族になる。信じろと?」
不審感たっぷりに睨まれても、事実この手の話は間違いなくアレス本人より彼女の方が詳しいのだ。
ぶっちゃけ全ダモクレス王族以上に彼女の方が詳しいと断言出来る。
「逆に聞きますが、五つの紋章を持てる王家が辺境の田舎で燻っていると?
私がダモクレスの養子になった理由は王が私を評価したのもありますが、ダモクレスの紋章を最初から所持していたからです。」
う。と素で言葉が詰まったヴェルーゼ皇女は想像以上に可愛い恥らい方をする。
この世界の王侯貴族は力が物を言う所為か、腹芸が苦手というより感情を隠す者が少ない。言動も直球の方が好まれる傾向にある。
一方反論する根拠を探すも、自国の王族と同じ紋章を持つ者が市政に居る危険性なら玉座を争う立場にいる彼女の方が身に染みているだろう。
困っている姿を堪能し続けるのは流石に紳士では無いので。
「と言うより、『浄化』スキルって天然じゃ誕生しないんですか?」
アレスの指摘に驚愕の表情を浮かべ。そこで不意に別の可能性に気付いた結果、自分が機密を漏らしていた事にヴェルーゼ皇女も気付いたらしい。
はっきり言って彼女、アレスを怪しむあまり知ってる前提で話し過ぎている。
「……ええ、お察しの通り。
私はとある秘宝の力でスキルを宿された、人為的な聖女です。
尤も、聖女の基準を考えれば私でも天然の聖女なのかも知れませんが。」
そもそもヴェルーゼ皇女の聖女という呼び名はヨルムンガント帝国が付けたものではない。唯一神と精霊を崇める組織〔教会〕が浄化スキルを宿した彼女に与えた称号こそが〔聖女〕になる。
実の所帝国随一の要人であり、他国人にとってはトップクラスの著名人だ。
出回っている一般的な情報は絶世の美女である事と、稀代の神聖魔法の使い手という部分だけ。強いて言えば、帝国では絶大な支持を得ている事までか。
ぶっちゃけヨルムンガント皇帝の名前は言えなくても、知識階級なら彼女の名前は知っている。そのレベルの有名人である。
TVの無い世界でこの名声ははっきり言ってヤバイ。
まあかなりの美人で目立つ筈の彼女が今迄隠れ遂せていたのも、想像が想像を呼んでいる所為で誰も本気で聖女だとは思わなかった所為なのだろう。
まあ帝国最高峰の要人がたった三名で北部入りとか、相当に非常識な話だ。
(ん?秘宝?そう言えば彼女が盗み出したのって……。)
「……え?まさか【聖杖ユグドラシル】が『浄化』スキルの鍵って事?」
「な!何故それを!」
「……私の故郷をベルファレウス殿下が襲撃した理由が、神具捜索だったので。」
「では辺境の王子がどうやって聖杖の盗難まで特定出来たと?」
物凄い不信感バリバリの目で睨まれてます。いやん、癖になりそう。
分かるけどね?分かるんだけどね?正直私も君の立場なら全力で警戒する。
「負傷しなければ本来ここに居る予定だったのが私の義理の兄、アストリア第一王子でした。そもそも私自身が代役です。
そして私は本来、次期密偵頭として育てられていたので、帝国で何らかの秘宝が盗まれたまでは事前に把握していました。」
そこで今と同じく思い付きを口に出したら、ビンゴでしたぞ?
言外に視線で伝えると、ヴェルーゼ皇女も別にアレスは知っていた訳ではないと気付いたらしい。
「【神剣ウロボロス】は皇帝が所持していて、聖王国から【神剣アヴァターラ】が奪われ、【聖杖ユグドラシル】は行方不明というのが公式見解ですよね?
【アヴァターラ】なら聖王国を疑うべきです。ダモクレスへ来たのは犯人の追跡だと考えても不自然過ぎる。一番【ウロボロス】が盗難難易度が高い。
もし帝国が聖杖を秘密裏に入手していた場合、一番可能性が高いのは。」
※ネタバレ。ゲームでもこの方が帝国から聖杖を奪取して義勇軍入りしました。
今の推理は全て後付けで御座いま~す。
「な、成程。同じ手に引っかかった私に否定は出来ませんね。
……でも、そうか。あなたが孤児という事は私の前の失敗例があなただったという可能性もあるのですね。」
「え?」
ちょ、ちょっと待って?そう言えばワシ、何処で拾われたか知らない。
マジで?本気でそういう事?そういう辻褄合わせになっているの?
慌てるアレスに皇女様が、溜め息を吐いて口を開く。
「……実はですね。
帝国では浄化スキルと紋章には密接な繋がりを疑われていた時期がありまして、先代皇帝は名簿に載せない側室を多数集めていたんです。
産まれた子供達は今も全員行方不明であり、私はその側室の子、若しくは側室の孫が何らかの魔術実験に用いられていたと睨んでいます。
でなければ、私一人成功例が現れたくらいで浄化スキルが人造以外の方法が無いと断言出来る筈は無い、とね。」
成る程。皇女様自身も浄化スキルを宿す人体実験の経験者であると。
そして私が異母兄弟である可能性を疑っていると。いや血統的には拾い子を実験台にした方かな?紋章に気付いてたら捨てられる筈無いし。
……って、え?
反応を伺われているのは理解しているが、脂汗と胃痛が全然止まらない。
そもそも紋章の中に三神具が眠っていたからこそ、初期選択欄にも浄化スキルがあったのでは?と思い至ったからだ。
最悪私のバグスペックと現状、全て裏で説明が付けられているかも知れない。
(え?もしかして初期選択が此処まで響いていたの?え?ええ?)
「あ、あの?落ち着いて下さいな?
今あなたの胃がもの凄い音を立ててますよ?」
あ、これ誰かの鼾じゃなかったんですね。この耳障りな異音。
「あ、在り得ませんよこんな奇怪な鼾。
それに何で天幕の外の音がこんなに響いてるんですか?」
だが実際胃痛の音は、外にまで響いていたらしい。
エミールがノックしながら様子を見に来る。
「あ。うん、箝口令敷きたいけどそもそも教えない。」
「分かりました。今日の音は一段と酷いので、早めにお休み下さい。」
慣れた顔で引き下がったエミールに。うわぁ、ヴェルーゼ皇女が物凄い気まずい顔で色々考えてる……。
「あのですね?もう正直にぶっちゃけますと、ヨルムンガント皇帝は魔龍復活の鍵が神剣ウロボロスであると確信しているみたいなんです。
なので魔龍復活を阻止するため、あなたの軍に同行させて頂きたいのですが許可を頂けないでしょうか。」
もう腹芸は止めようと決めたらしく、腹を割って本音を打ち明ける皇女。
ハイ。ゲームのシナリオに大筋変更は無いと見て宜しいですね。多分ゲーム通りに既に魔龍の僕なんやろなぁ……。
「分かりました。あなたには客将としてダモクレス軍の一部隊を預けます。
なので色々相談序でに打ち明けさせて頂きますよ?」
吐けた方が幸せだろうなと思いながら、激痛が収まるのを只ただ待つアレス。
おかしいな。生まれ変わった自分はどうしてこんなにも胃が弱いのだろう。
「ほほほ。斬新な脅し文句ですわね。
では信用の証として書類仕事を手伝わせると良いでしょう。なので今日は流石にお休みなさいな。」
スゲェ罪悪感が滲み出た引きつった笑顔してらっしゃる。
ヲホホホホ。どうやらワタクシ自身には裏が無いと理解して頂けたようで。
お察しの通り、自分の出生の秘密が厄ネタだけで出来ていたかも知れない捨て子の王子、たった今過労満載の状況で現実を突きつけられただけの男にございます。
「……ちょっと仕事に没頭してからにしたいなぁ~。」
「流石に顔色が死にそうです。諦めて寝て下さい。」
嫌な意気投合の末、ヴェルーゼ皇女は全面的な協力を約束して貰えた。
尚、外にも漏れた胃の音のお陰で、彼女の身の上に対する追及どころか反対意見すら碌に出なかった事も付け足しておく。
浄化スキルで分かる距離はかなり雑です。ただ方角と高低差が分かるので、山みたいな場所にいると割と見当が付けやすいというだけ。
気配に慣れたら近付くか意識しないと分からない上、障害物で遮れます。
自分が浄化スキルを持っているから同じ気配だと分かる程度の判別具合ですので、事前に誰が浄化スキルを持っているかまでは分かりませんでした。