107.第二十五章 外法の極み
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正直な話、今回の一件は聖戦軍としての作戦の一環ではあるが、利益が聖戦軍内で分割出来ない諜報部隊の増員だ。全体の賛同を得る事は不可能だろう。
単なる傭兵雇用も考えたが、先々の事を考えると不都合もある。
そのため軍事行動としてはダモクレス単独で動くしか無く、使える戦力もそれに付随せざるを得ない。つまり自国戦力扱い出来る者のみだ。
元々ミレイユ聖王女、守護騎士エルゼランド卿は移住組になるため今回の主戦力であり、ヴェルーゼ皇女も外す事は出来ない。
ジルロックは論破された。
護衛騎士のアランとエミールは同行こそさせているが、正直一線級との戦いでは後れを取るだろう。
スカサハ、レフィーリアは元々傭兵なので機密を教えない参戦に問題は無いが、正直酷使し過ぎている面もある。
他の前衛戦力が欲しいと悩んでいると、意外な者達が名乗りを上げた――。
アレスと八咫童子が剣戟を交えた時、忍頭コジロウは背後に迫る気配を無視し切れず参戦が出来なかった。
「……久しいな、火車よ。だがまさか、お前如きがこの俺に勝てると驕ったか?」
「まさか。お頭と同格の方相手に斯様な油断などは。
……ですが、〔四凶〕の中で足止めが出来るとしたら、やはりワシ以外には。」
深緋の忍者装束の上から、全身を燃え盛る炎が膨らむ。
「――〔火達磨〕の火車、推して参る!」
「そちらの役目は、どさくさに紛れた要人の暗殺。
出来れば戦力となる長老衆を倒せればいい、という事ですか?」
「……私に気付いた事は誉めてあげましょう。
ですが、別にお前を先に狙ったところで何の問題もありませんよ?」
千歳緑の忍者装束の影に二つの直刀脇差こと忍者刀を構えるのは、くノ一と呼ぶには余りに飾り気の無い暗殺者〔鎌鼬〕の胡蝶。
「出来るものなら試してみると良い。
〔北壁の剣〕カルヴァンのエミール、その首貰い受ける!」
立ちはだかった若武者の剣戟が、一瞬で距離を詰めた胡蝶の剣戟を弾く。
背後からの『縛り首』を躱し様に切り返すが、鮮やかなバク転で頭上を飛び越え屋根の上に降り立つ。
「は、アンタもてっきりオレを無視していくかと思ったがね。
それとももう諦めたかい?」
「自惚れるな。オレは元より聖戦軍の武将を一通り調べてある。
本来名将だけが大将首では無い。手柄目当てに欲張らず、中堅処を着実に落とすのが本来の忍の在り方よ。」
構え直す小柄な鉄紺色の忍者装束男が【口寄せの術】で呼び出したのは、アレスも操る【土蜘蛛】を用いた、凡そ殆どの手傷を半減させる糸の守りだ。
刃や術を鈍らせる手管は、使い方次第では思わぬ不覚を取る事もある。
「言ってろ負け犬、仕留め損なった歯軋りが聞こえてちゃ意味が無いぜ。
それに〔四凶〕だったか?辺境砂漠でも聞かん二つ名よりは、〔北の餓狼〕の方が余程有名なんだよ世間知らず。」
軽口は相手の隙を誘う。しかし自分に隙が出来たら世話は無い。
(全く、稽古の度に余裕を見せてくれちゃってまぁ。無敗様はよぉ。)
油断はしない。だがレギル王子にとって、敵将はいつだって前座止まりだ。
「〔無敗〕相手に一度だって挑んで見せたら、お前の言葉にも少しの説得力くらい感じてやれたかもな。」
「若造がほざくな!貴様の知る最強が如何に浅いか教えてくれるわッ!!」
叫びに紛れる様に【葉隠れの術】が両者の視界を遮る。
〔激情〕の水鏡。二つ名の由来は、〔四凶〕一の広域殺傷力を誇る術師。
獲物の視界から消える術も、四人の中で誰よりも長けている。
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ミレイユの周りには機動力に劣る、重装甲系の騎士達が集まっている。
理由は単純で、【退魔陣】による足止め戦力が中心だからだ。
僧兵バルザムは政治的な事情とは無関係に動くので、死霊忍獣とやらの対策部隊以外に配置すべき場所は無い。
本来であれば、彼らだけでも十分だと予想したくらいだ。
「まさか我が奇襲を防ぐプリーストがおるとは思わなんだが、まあ良い。
この〔鉄塊〕の土行孫、一介の将兵如きに負ける様な鍛え方はしておらん。」
全身を髪と区別が付かぬほどの毛皮に覆われ、無音と怪力を謡う巨獣の如き野性と沈黙の暗殺術を兼ね備えた〔四凶の土〕。
「――ではお前のいう一介の将兵とは、どの格を指すのだ?」
周囲が太陽を背にまとったが如く、明るく輝く。
「――え?」
【落雷剣】を宿した【☆奥義・天動剣】。
強大な雷の渦が驚愕する土行孫の反応を凌駕し、聖王国最強騎士の剣戟が守りの構えをすり抜けて切り伏せる。
当然、油断などしていない。忍者にとって不意打ちは一番の敗因だ。
単に警戒が追い付くよりも、早く鋭く切り込まれただけだ。
単純な技量差は、如何なる対策をも超えて上を逝く。
「な、ななな。き、貴様。まさか聖王国の守護騎士……?」
「まるで他に敵が居ないかの如き振舞いだな?」
神速の踏み込みなど無くとも、懐に入り込むのは誰にでも出来る。
鍛え抜かれた技と速さ、更には『心眼』に至る観察眼。
常に他者の上を往く代物では無くとも、僧兵バルザムが『必殺』の隙を逃す程に甘くは無い。
「っ!貴様こそ侮っては困る!我が秘術『鉄塊の法』をっ?!」
尚、ゲーマには良く誤解している者が居るが『必中』スキルには『鉄壁』『魔障壁』が有効だと書かれているが、『必殺』スキルには書かれていない。
これは誤植では無い。
必中が相手の隙を突く技術であり、必殺は相手の急所を狙うスキルというスキルの本質に違いがあるからだ。
つまり『鉄壁』で防げる場所を狙う『必殺』攻撃など存在しない。
更に言うなら、『鉄壁』が有効な時に『必殺』は発動しない。
実際には絶対防げないとは言わないが、ちゃんと攻撃を見切れる時に限るのだ。
あと土行孫が守護騎士に注意を割いている間に、彼はきっちり【高位防御膜】と【高位減退膜】を二重掛けしてる。
――率直に言って。
〔鉄塊〕の土行孫とこの二人の組み合わせは、死ぬ程相性が悪い。
「え?」
決して弱くは無いのだが。
一対一でも、割とツライ相性差なのだ。
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カルヴァン王子は今でこそダモクレスの庇護下にあるが、いずれ一国の王として立たねばならない立場にある。
本来であれば次期聖王リシャールの元で手柄を立てる方が、王族としては正しい対応だろう。だがカルヴァンは今、自分で思わぬ程の名声を得ていた。
〔北壁の剣〕。共に北部代表としてアレス王子の元で戦い続け、半数近くが後衛として脱落した北部の中で今も最前線に立ち続ける事で得た名声だ。
今やカルヴァン王子は、北方最強格の武将として語られている。
だが。その名声とは裏腹に実態はアレス王子の後に必死に追い縋り、アレス王子の影で露払いや後続として追従し続けた結果に過ぎない。
率直に言って、アレス王子のお零れ抜きに上げたと思える手柄が全く無かった。
(別にアレス王子に勝てるとは思ってない!だが、小さくてもいい!
自分一人で将を討ち、確かに自分の力だと言える証が欲しい!)
アレス王子が剣の師を望んだと聞いて、心の底から驚いた。
彼が誰かに頭を下げた事も意外だったが、あの貪欲さを振り返れば確かにと飲み込む事は出来た。だが自分も同じ師に学ばせて貰えるとは思わなかった。
『アレの真似をしようとは思うな。
奴はお前の立場なら、絶対に自分の持ち味を活かす方を優先する筈だ。
奴の一番質が悪いところは、奴は粘着質なまでに基礎を徹底して磨き続けているところだ。しかもそれが第三者には全然伝わらん。』
いや。それはあの謎の高速ダンス諸々の所為。
足捌きや体捌きの練習と言われてもアレだけは。絶対に、無理……!
アレス王子の見た目に対する配慮不足は、あれも一種の才能だと思う。
実際アレの真似は間違いなく無理だ。けれど今迄自分の持ち味を確信出来る様な機会など、正直言って心当たりはない。
だから。新たな師カーディアンの元で、兎に角実戦を重ねる事を選んだ。
そして恐らくは。
「ぐぅ!」
【土遁の術】がカルヴァン王子の【落雷剣】の衝撃を相殺するが、凌ぎ切れない斬撃圧が鎌鼬の胡蝶に生傷を刻む。
自分より早い相手など、カルヴァンにとってはいつもの事だ。
それでも重心と間合い取りを意識し続ければ、一瞬だけなら『神速』の一歩で敵よりも先に切り込める。
『反撃』の隙を逃さず着実に。
それが〔北壁〕の堅牢さを連想させる、カルヴァン王子の剣技だ。
故に。
「ば、馬鹿な……!我が『必中・胡蝶』を見破っただと……?」
「剣戟が手前にあると思ったら一呼吸遅れて、迎え撃った刃をすり抜けるのか。
もし最近『必中・朧』っていう似た技を見ていなければ、実際かなり危なかったかもね。」
同じ光の魔力を使った秘剣だが、単純に消えるより一瞬でも防げると錯覚してしまう分こちらの方が凶悪かも知れない。
だが『心眼』を開眼する洞察が、踏み込みと構えから違和感を感じ取った。
「感謝するよ。これで少しは、私も自分に自信が持てそうだ。」
至近距離で放たれた【水遁の術】が『連撃』で放たれる。
〔激情〕の水鏡はその名の通りの激情家で、その術の精度も威力も感情の影響を著しく左右される。
距離を取り、隠れている時の凡そ倍。
距離を詰め追い詰める程に、『反撃』で術の威力が跳ね上がる。
まるで己の攻撃が跳ね返って来るかの様に錯覚する、それが水鏡の由来。
(かと言って距離を離せばそれは単に、〔ポーション〕で回復する隙を与えるだけなんだよなぁっ!!)
【魔力剣】で常に後を追い『反撃』し続け、伸縮自在の間合い変化で逃げ回る隙を与えない。
『連撃』に至る、絶え間無き攻め技を繰り出し続ける。
迎え撃つなどレギル王子の性に合わない。
あくまで自分の本質は皆が噂する、北の寒さに逆らい続ける〔餓狼〕なのだ。
レギル王家の者として、ダモクレスだけが得をする状況を本来許すべきではないというのは理解している。
同行するなら利益をもぎ取るべきだし、そもそも次期聖王の元よりアレス王子の下を選んだのは、兵の手柄では他の諸侯に埋もれると確信したからだ。
北部で有数如き、東部では良くて中堅。質では完全に聖王諸侯の下位互換だ。
今後も田舎の大将を気取るならそれでも良かった。
だがレギルは自分だけならもっと上を目指せると確信してしまった。
英雄の頂点には届かないだろう。だが未だ限界に届かせた訳じゃない。
諦観してそこそこの出来で納得するには、共に戦う英雄達の背中が眩し過ぎた。
レギルは彼らと肩を並べたと、心から誇れる証が欲しい。
上辺だけの、誰かが論評する様な勲章や金銀財宝じゃない。
大陸最強達に勝てると慢心した訳じゃない。だが己の手で勝ち取った、最後まで戦い抜いた先にある、己が誇れる記憶が欲しい。
「どうしたどうした!お前の激情はビビりの悲鳴か?!」
「ぐぅ!」
火力で圧す。再び現れた【土蜘蛛】が傷を浅くする。それがどうした。
『二度』重ねられた【破壊剣】が直撃に等しい深手を与える。
気付く。『反撃』すれば距離を取る隙が失われると。
にぃと口元が揃って歪む。
「先に死ねぃッ!!!!」
「いい加減くたばれェッ!!!」
互いの必殺が繰り出され。
激情の水鏡は真っ二つになって果てた。
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正直言ってアレスが最高戦力を連れて来なかったのは、元々交戦即ち決裂であり撤退戦しか想定してなかったからだ。
シナリオの変革は予想していたし、コジロウを仲間にする段階でその復讐に走る元凶を叩ければ、とも期待していた。
だがそれは主力を呼び寄せた際の話であり、協力を申し出た後の話だ。
本来であれば救援を呼ぶ時間はあると予測していた。
だが結局呼ばなかったのは、原作での末路にアレスが気付いたからだ。
恐らく死霊忍獣を封じる術は里にある。浄化手段が無いだけだ。
かつてアレス達は〔デルドラの神官房〕を訪れた際に、死霊を封印する呪具の存在を見せて貰い、物は試しと実際に幾つか買いもした。
時間さえあれば〔蛇腹兜〕や〔甲殻装〕にも気付くのだろう。
里の民が減り、しかし敵の秘術は最終的に対策されながら総力戦となる。
忍頭コジロウは生き延び、しかし八咫忍軍では無くシャラーム王家に復讐を誓うのは恐らく八咫童子が本編に登場しない理由に関係がある。
例えば忍大将サイゾウが八咫童子を相討ちで仕留める、等の理由が。
故にコジロウの目は、後に〔西部〕や〔南部〕で登場する忍者達より。
忍者と対立している暗殺教団よりも。
繋がりがある程度のシャラーム王家に向かう。
これは何かの証拠無しには不自然だ。
例えば、暗殺教団はシャラーム王家を主として居るか。
〔死霊忍獣〕の研究が王家の助力によって完成した、等の証拠が。
故に。原作で〔忍者の里〕が名前しか登場しなかった理由の一つは、里が滅んだ可能性も想定せねばならない。
その一方で現状の利点は二つだ。
一つは言わずと知れた、里が大打撃を受ける前に介入出来る点。
二つは、聖戦軍の動きを考慮させない限り里と八咫忍軍の戦力は五分か、高確率でそれ以下だ。敵は準備段階にあり、総力戦を挑んでいない。
だからアレスは追加戦力の介入を最低限に留めた。
今ある戦力で勝負が出来ると、アレス側が本腰を入れる前に決戦を挑みたくなる戦況を揃えた。
果たしてアレスは八咫童子と一対一で武器を交えるに至り――。
――実は今回の中で一番の大ポカは、この一騎討ちにあった。
(……もしかして〔忍者〕の秘術って。
別に【忍術】だけを指している訳じゃないのでは……?)
『そっちの逃げ足以外、大体全部かなぁ?』
ぶっちゃけ正面対決で対処しないと、対策が他に思い付かない。
アレス王子がカルヴァン王子に言うのを我慢している台詞その1
「その気持ち分るよ。」
「信じられるか?俺現状維持したら絶対死ぬ殺されるって、確信持ちながら異世界チートしているんだぜ……?」
書類地獄に溺れかけてる男が、見た目を気にして鍛錬に費やす暇など塵芥一偏も存在しないのだ……!
あ。分かり辛かった人のために補足。
仕切り直されたらアレス君詰みますw里を守る防衛戦力どうしよって話になるw
つまり一騎討ちに持ち込む唯一の策が『余裕ぶっこいた態度で勝利宣言』ですw
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