103+1.間章 亜人等という種族はいない。
※本日8/9~/11日までの間、夏休み三日連続投稿開始します。本日初日。
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異種族に対する差別はレジスタ大陸に於いては少数派だが、確かに存在する。
田舎程あぁん?異種族ってのは盗賊の事だべ?同族ってのはおら達と村を守る気のある連中だけだぁ?等という常識が罷り通るが、これは差別とは別物だ。
(というか多分、種族を理解してくれてない。)
これはヒューマン程強い傾向があるが、どっちも生息環境の違いもあって相手を見下す者達が一定の割合で現れるのは避けられない。
要は自分達の縄張りに於いては、自分達の種族以外を見下す者がいる。
それは自分達が縄張りの中心であるという自負と、異なる縄張りからの侵略者を嫌う、一種の防衛本能と言えるのかも知れない。
だが基本的に、殆どの種族の差別的思想が問題になる事は案外少ない。
何故なら差別的な者達は、大抵自分達の縄張り以外に住みたがらないからだ。
何故快適な自分達の縄張りで余所者に譲歩せねばならないのか。詰まるところ、彼らの差別意識はそこが根源であり、上限なのだ。
外を求める者達は、必然的に差別意識は薄い。
故にこのレジスタ大陸に於いて差別が問題となるのは、大抵の環境で生息出来るヒューマン種くらいなのだ。
「亜人の定義?聞くだけ野暮だぞ?
そもそも神話を参考にすれば巨人や竜だって人扱いになるし。」
「いやそういう話をしてるんじゃなくてだな?」
他種族との差別が〔中央部〕に於いてどの程度不利になるのかを聞いて来たのは同じく北部出身で、年齢も近くて婚約者が居ない。
〔北の餓狼〕ことレギル王子だ。
「子供の話ならリザードマンやバードマン、バンパイア種族とも作れる。
マーメイド族は外見的にも一番障害が少ない種族だろ。」
この世界で異世界あるあるなハーフ種族は基本誕生した記録は無い。必ず親の種族片一方に限定されていた。恐らく生息環境の問題だろう。
隔世遺伝すら起きない様で、異種族を挟んで《紋章》が継承された例も無い。
「ま、マーメイド族に限定した心算は無いッ!!」
あれだけ積極的にマリリン王女に話し掛けといて何を抜かすか。
今だって語るに落ちていると言うのに。聖戦軍では既に公然の秘密だ。
「まあ確かに〔中央部〕貴族は他種族を獣扱いしたり、それこそ観賞用と称して檻の中で家畜扱いする連中もいるよ?
でも昔からその辺は、聖王国の法律では禁じられていた訳だし。」
はっきり言えば奴隷は全部一律で只の誘拐扱い、間違いなくアウトだ。他領との交易が薄い状況だったから、秘密裏に売買が成立していただけだ。
ぶっちゃけ大公家が奴隷売買に関わっていると知られたら、それだけで名誉は地に落ちる危険な橋ではあったのだ。
まあ実際は金だけが目当ての、いつでも切り捨てられる程度の薄い関わりでしかなかったのだが。
「今一番種族差別してデメリットがデカいのがマーメイド族だからなぁ……。
ぶっちゃけ〔東部〕や〔北部〕より亜人差別が活発だったかと言われると……。
そもそも亜人を見た事の無い貴族の方が大半だったんじゃない?」
「え、そうなのか?」
「そもそも亜人と接触するのって、大体その種族の生存圏だけじゃん。
バードマン傭兵は色々な国に雇われてたけど、雇う国が差別してたら従う訳無いじゃんよ?
傭兵全般が見下される傾向にはあったけど、バードマンだけが特別見下されたかと言われると……。
ぶっちゃけ下手な傭兵団より目立つし影響力が大きいから、色んな地域で恨みを買ってただけじゃね?」
ぶっちゃけアレスの知る限り、バードマンを見下す国は傭兵も一緒に見下していたと思う。東部では嫌われていたが、中央部は逆だった気がする。
「その辺どうなの?中央部の〔弓聖〕さん。」
「って俺かい!」
通りすがりの〔弓聖〕ことシンクレアは中央部の宮廷子爵、その辺の裏事情にも詳しそうだ。奴もマリリン王女には丁寧に接する独身だ。
レギル王子と違いあわよくば程度の反応だが、偏見は感じられない。
「て言ってもなぁ。比較対象がマリリン王女じゃどう足掻いても高根の花だろ?
今下手な宮廷貴族が逆らっちゃいけない一番の相手じゃないか?」
軽薄に振舞ってはいるが、今宮廷のマーメイド株は急上昇中という事か。
その辺の政治的センスは結構重宝している。
「え?評判良いのか?」
「良い悪い以前に、別格。だって唯一の海底王国だろ?
他種族で一番デカいかも知れない相手で、聖王家が正面から認めたんだぞ?
今更亜人扱い出来る格の貴族って、それこそ現二大公でも難しいだろ……。」
ふむ。つまり宮廷では亜人差別が時代遅れになりつつある、と。
だがシンクレアはふ、と影のある笑みを浮かべ。
「マリリン王女の美容法を何としてでも聞き出してくれって依頼された。
一応本人にも聞いたけど、海中で化粧文化とか無いって言われたんだけどさ。
……コレ、絶対役立たず扱いされる解答だよな……。」
あぁ、うん。今宮廷でのブームがマーメイド族なんですね?
そういや聖都奪還の祭典では参列した側近も美形揃いだったっけ。確か「マーメイド族では束ねた長髪と水の抵抗が少ない容姿が好まれます」だったか。
そういや前世で美形ってのは、万人受けするほど特徴の無い顔になるって聞いた覚えがあるな。あれ?でもその割に……。
「マリリン王女って、割と出るとこ出てるよな?
もしかして地上の人間好みなだけで、人魚としては微妙?」
「それ、実は私に聞いてます?」
振り向くと満面笑顔のマリリン王女が居た。
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取り敢えず別室まで引き摺られたアレスは、小一時間ほど親衛隊にマリリン王女の美貌に対し説教をされた。まぁ冗談を挟む空気じゃ無かった。
よって割と早い段階で褒め殺しされた王女様が、顔を真っ赤にして逃げ出した。
ふむ。造形美的にバランスが完璧。流線形が大事で小さ過ぎてもダメ。彫像映えして上体と魚体が揃って美しいのは文字通りの別格だと。
適度な丸みが重要だと。地上以上に人魚としては丸みを重視するのだと。
「むしろおかしいのはヴェルーゼ皇女の方ですからね!?
あの大きさで長身で何で美しいんですか!有り得ないでしょう!」
人魚的には頂点だと思っていたマリリン王女にまさかの対抗馬じゃったか。
「ヴェルーゼ皇女は清艶とか清雅とか、存在感が凄いタイプだからねぇ。
マリリン王女は可愛いとか可憐な感じで、庇護欲をそそる別タイプだし……。」
まさにカルチャーショックというか、一目で美人と判る存在感に驚いたと。
他種族にも通じる美貌の頂点だと思ってたお姫様が負けるとか、寧ろ世界の広さに打ちのめされた気分だったそうですぞ?
「ねぇコレ、私が貶されてるの?
それともミイラ取りがミイラになった感じ?」
「い、いやあ。種族間の美意識の違いについてですね?」
「「「いや、言う程違いませんから。」」」
居場所の問題?そっかー。
「まあ折角ですからマリリン王女の好みとか、好きなものを聞きたいんだけど。」
「それレギル王子ですよね?絶対あの方絡みですよね?」
「いやあ、聞かれる前に確認しておこうと?何が失礼とか揉めない様にさ。」
見張りが一丁入りました。うん、実は居てくれた方が話し易いの。
デリカシー的な問題は種族的な習慣や差異に気付くところから始まるから。
アレスは茶菓子を用意させながら雑談の態度で非公式感を強調する。
「一応王族同士だからねぇ。悪い縁では無いと思うけど、衝突だけはちょっと。」
「話を進める前に都合を聞かせろって?」
「……正直言って、私の場合は地上なら直系王族が望ましいです。
貴族との婚姻を進めるくらいなら同族の融和派と婚姻すべきというのが、我々の都合だけを考えた解答ですね。」
王女が直接地上に、というのはやっぱりそういう事か。直系唯一を送り出すとは思い切った事したなあと思っていたら。
揃ってジト目で睨まれた。あ。
「……もしかして、第一候補って俺だった?」
「側室限定になるので今はこちらが無理ですけどね?
レギル王国って港町はありますか?最低条件がそこからなので。」
おおぅ。そりゃ義勇軍総大将で最有力交易相手だもんな。
本人の好みを抜いたらそうなるか。
「小さいのはあったけど、拡張とかはちょっと判らないな……。」
この辺は国益を無視出来ない王族ならではの話だ。お互いに利益の無い国には嫁にやれない。これは嫁自身の安全にも繋がる。
利益の無い相手との婚姻なら、幾らでも切り捨てる事が出来る。後ろ盾が自国の経済に関われば、当然粗雑に扱うのは難しい。
「それに私は海の種族です。装飾品は海水に耐えられるものが必須なんですよ?
そういう意味でも珊瑚系の贈り物が私達の間では最適なんです。」
ああ、うん。ダモクレスと友好が維持出来ないと高値が付く品で。
次点が骨や鱗を加工した生物素材か。こっちは地上でも高額とは中々いかない。
「ん?もしかしてそれ……。」
「ご想像通り、地上で我々に最適なのは竜素材になると思います。
あの方には言わないで下さいね?北部の方には特に厳しいでしょうから。」
「本当にあの方にとってはダモクレスが最上の相手だったんですね。
宝石の加工技術もダモクレスなら当てがあるでしょう?」
「当てというか、ウチは従兄弟か親だから。
まあ装飾を引き受ける事は出来るけど、色んな意味で協力し辛いな。」
「改めて聞くとホントにヒドイわね、職人王族。」
茶会が終わって執務室に戻る前にヴェルーゼが紅茶を口に含み、今だから話せる話は無いかと視線で問われる。
「さて。向こうの立場上こっちにおんぶに抱っこは難しいだろうし。
まあ強いて言うなら彼女が甘党って分かったのが収穫かな?」
ピリ辛や塩味、酸味の聞いた茶菓子は余りお好みじゃ無かった様だ。
ふわふわ系が好きなのは如何にも見た目を裏切らない。
「……うん。まあ、海だものね。その手の駆け引きは経験無いか。」
親しくない相手からの出し物は均一に食べるのがコツだ。
好みを悟られると体調や口に合わない等の穏当な断り文句が使えず、何かと断り辛くなる。何を食べるか分からなければ、毒殺なども遣り難い。
「そこはまあ、悪用しない我々を信じて頂けたという事で。」
そもそも茶会で出す茶菓子というものは、必ず余る程出すのがマナーなのだ。
食べ切れない程の美食を用意しましたという歓迎の証であり、残された分は侍女達に下げ渡されるので無駄にはならない。
むしろ完食する程がっつく等普段飢えている証の様なもので、茶菓子を残す余裕すら無いのは貴族にとって恥なのだ。
茶菓子はあくまで、会話を弾ませるための菓子でしかない。
勿論マリリン王女が完食出来る量では無いが、作法に疎いのは察せられる。この辺のフォローは友好国の王妃となるヴェルーゼ達がすべきだろう。
序でに言うとここまで茶菓子が多彩なのは、流石にダモクレス限定だ。
〔中央部〕では価格的見栄で、種類こそ豊富だが甘味しか出ない。〔南部〕にも同様の傾向があるが、多彩とは言えない分地元名物で補っている。
〔東部〕と〔西部〕は逆に、宣伝を兼ねて地元名物だけを並べている。
〔北部〕には茶会という習慣が無い。持て成しは常に肉の物量だ。
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侍従共々客室を後にして、マリリンは軽く溜息を吐く。
事務的に話して貰えるし率直な聞き方はとても話し易い。と同時にアレス王子はどんな時でも遣り辛い相手という苦手意識が拭えなかった。
あの二人と話していると、マリリンは自分がいつもフォローされる側になる。
気を使って貰えるのは有り難いし、友好的な関係を築けているのだから文句を付ける理由など無い。とても良くして貰っている。
だからこそ、今の自分には対等な交渉が出来るとは思えなかった。
裏の意図に罠があれば、自分ではきっと見破れない。
地上の王族は常に裏の意図を踏まえて会話する。それは立場上仕方の無い事だとマリリンも理解している。
今聖戦軍として共同歩調を取っている間柄ですら、一部の者達は敵同士で敵同士なのだ。むしろ同じ釜で食事を取っているのが違和感だらけ。
内心では敵意を隠している者同士が、敢えて牙を隠して手を繋ぐ。
そんな歪な関係を維持出来るのは、偏に圧倒的な利益が約束されているからだ。
名誉も、金銭も。あるいは経済すらも。
聖戦軍での貢献は、容易く彼らの力関係を一変させるだろう。
その確信があるからこそ、彼らは内心を隠して手を取り合う。
殴り合いの許可はガス抜きだ。多少の嫌味の応酬は拳で解決して良い。
アレは敵同士を同じテーブルに並べるための、ある種の儀式めいた駆け引きだ。
水中の本音で話す遣り取りが既に懐かしくすら感じる。このままではいけないのだと理解していても、マリリンの双肩に種族の命運は重く圧し掛かる。
本来であれば長老衆の子はもっと沢山いる。マリリンの父が崩御した以上、本来なら他の長老達の子等、マリリンの親世代が王になる筈だった。
だが両親が帝国に殺害された事で、海中は地上に対し嫌悪感を抱く者が増えた。
中には地上に対し、戦争を仕掛けるべきだという意見も多かったのだ。
だが駄目なのだ。海中の民は、地上に絶対大打撃を与える事が出来ない。
かつての古代王国との衝突がそれを証明した。古の時代、人魚達は竜の側に味方した種族なのだ。
彼等は確かに水中であれば不利だ。機敏には動けない。
けれど地上では百に対して万、百倍以上の戦力差が存在する。
その上でかつての古代王国の民達は、人魚達の集落に毒を落とした。
深海の水圧で解放される毒液は、地上に届く頃には消えている。
けれど人魚達の集落を滅ぼす程度の物量は容易く用意出来る。人魚達は遥か上空から落とされる猛毒に対し、当時は全く打つ手が無かった。
地上の者は集落を発見さえすれば、一方的に人魚達を滅ぼせたのだ。
聖女ジブリールによってもたらされた浄化の秘宝。今は〔濾過の杖〕という日用品となった魔導具の原型によって人魚達は危うく滅びを免れた。
故に長老達は、穏健派の中からマリリンを選んだのだ。
友を、家族を失った悲しみに、流されぬ者を次代の王族として。
だからこそ。マリリンは地上の者と婚姻を結ぶ事が望ましい。
人魚は人の子も人魚の子も等しく産む事が出来る多産の種族だ。双子が容易いとまでは言わないが、半年に一度は子を残せる。
マリリンは皆に愛されている。自覚がある。
事実、少数派である筈の穏健派な自分の即位に、反対らしい反対は無かった。
だからこそ、自分の生死は容易く種の存亡に関わる。
重いのだ。自分の双肩が。自らの決断が。
だからこそ。自分の裏を掻き導けるあの二人が、マリリンは苦手だ。
あの二人が敵に回った時、マリリンは間違いなく無力だから。
二人に甘え切るには、マリリンの立場は重過ぎる。
「い、嫌だ!死にたくない!書類に埋もれて死にたくな~~~~いッ!!」
「往生際が悪い!いつまでも休憩出来る立場じゃないでしょう!!」
…………アレス王子が、ヴェルーゼ皇女とミレイユ聖王女に引き摺られていく。
あれで絶妙に暴れて引き摺り易くしているのは、割と皆が気付いている。
実際大変なのも事実なので、王子の甘えた駄々を恥ずかしいとは思いつつも拒めないのだ。二人共頬が赤く、けれどつい許してしまう。
……あ、ああいうのも惚気って言うんでしょうかね……。
特殊例なのは分かっている。でも真似したくはない。
何と言うか、スゴク。肩の力と気力が小削げ落ちる。
「や、やあマリリン王女。アレス王子との用は済んだのか?」
「ああ。アレス王子というより、ミレイユ様の方だったんですが。
ちょっと聖王国の法に関わる本を貸して頂ける事になってまして。」
アレス王子に限らず聖王家の《紋章》は本棚ごと本を収納出来る。
ミレイユ聖王女が持っていた物より詳しく書かれた解説書を、アレス王子が所有していると聞いたのでそちらに借りる事になったのだ。
彼らとの交易を進める上で、自分は地上の常識を知らな過ぎる。
マリリンの返事に、少し顔の赤かったレギル王子は表情を改め。
「そうか。マリリン王女、宜しければ書名を聞いても?
その手の本は、私も幾つか買っておきたいと思っていたのでね。」
「あ、そうか。そうですね。そういえば買うという手もあるんですね。
勿論構いませんが、それなら折角ですから。聖王家の方々にお勧めの本を聞きに行きませんか?
私と求める本の方向性が違うかも知れませんし。」
「っ!ああ、そうだな。それも良い。
誘っていただけるなら同行させて貰おう。」
王族というのはお互い面倒臭い。誰かと話すだけでも立場の違いが邪魔をする。
けれど自分は、未だ未だ教え合える間柄の方が接し易いのだ。
今のマリリンに彼らの様な、駆け引きめいた振る舞いは重過ぎる。
※本日8/9~/11日までの間、夏休み三日連続投稿開始します。本日初日。
気付くと当たり前な裏設定。共通点は鱗。後は解るなw?
物語的な重要度はまぁ低いですw
マリリン王女視点で言うと、婚姻問題は冗談と私情の余地が一切ありません。
人魚唯一の国家ですので、彼女の扱いが文字通り種族全体の価値です。加えて時期が時期なので、今回付いた評価が子々孫々の待遇に繋がる可能性は低くない。
奴隷にされかかった心優しい王女が、小国の王族と婚姻出来るかと言えば。
望むという事は、身分を超える何かを証明させるという事にも繋がる訳です。
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