99.第二十四章 邪龍の聖域
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予想外の方向で一筋縄にはいかなかったが、思わぬ収穫があった末にやっと目的地が発見出来たと人知れず溜息を漏らす。
移動したオアシスでもアガペラ支部を到着と同時に奇襲で潰し、案外あっさりと現地人を味方に付けながら補給を済ませて、目的地の神殿跡を目指している。
例によって例の如く、本命の隠し神殿のある地下までは観測出来ないが、今回は砂嵐に紛れて進めるという幸運には恵まれなかった。
「ワイバーンかぁ。竜素材にならないんだよなぁコイツ等……。」
アレス達〔グレン傭兵連合〕は岩石砂漠を進む中で野生の飛竜に紛れる盗賊達と遭遇し、返り討ちにしながら進軍していた。
厳密には〔竜の遺骸〕だが、ゲーム設定的には鱗の強度や魔力が全体的に足りて無いらしい。因みにどの属性の竜を倒そうが等しく〔竜の遺骸〕だ。
当然竜装備も属性別だったりはしない。
まあそもそもこのゲームは敵がアイテムを落とす方が珍しい。冷静に考えると敵は殆ど人族なので、敵の装備を手に入れるという事は追剥では無かろうか。
まあ敵武将の装備を奪うって事は、奪う価値ある名品を持っているという意味で恥じる事ではないという文化もあるのだが。
止めに言えばこのワイバーン達は『ドラゴンブレス』を放つ。
騎乗用の飛竜とは別種族となるので、騎乗用に調教する事は出来ないのだ。
本命の竜よりは弱いが同LVの部隊より強く、経験値に差異が無いため実入りも少ない。これが属性竜なら経験値も5割増しとなるのだが。
「何でこの盗賊達はワイバーンを使役出来るんだ?!」
悲鳴を上げているのは弓聖シンクレア、今日の過労枠だ。
「ありゃ使役してるんじゃない、迷彩でワイバーンに紛れているんだよ。
要は火事場泥棒の類なのさ。」
だがまあ。彼の苦労もここらで一区切りだ。
これからは地下、屋内戦に突入する。弓兵の出番は控えめになるだろう。
地下道を進むと流石に暗黒教団も警戒していた。もう近隣で暗殺教団狩りが行われている事は把握しているのだろう。
尚、〔グレン傭兵連合〕は表向き暗黒教団と暗殺教団アガペラの違いを把握していないので、堂々とアガペラ狩りを宣言しながら襲撃している。
デュフフフ、お陰様で今迄の暗黒教団の対応は半端なものが殆どでござった。
何せ殆どの場合初手アンデッド達を使って逃亡という手を使わない。
追い詰められてやっとアンデッド達を使う程度だ。
お陰様で先日、【嵐天巨人伝承】の試し打ちする機会にも恵まれた。
「戦場で使う日が実に楽しみでござるなぁ、同志諸君。」
「然り、然り。閉所でしか使わぬなど勿体無い。
この魔法、明らかに密集した大軍に放つための魔法でござるよ同志諸君。」
「しかしこの魔法を逃げ場の無い密室で放つのも実にイイでござるよ同志諸君。
あの日の我々の様に、必死で走り回る姿を見るのはそう。
えも知れぬ、何とも言えないあの日の恐怖がこう。ねぇ?」
「それはトラウマでござるよ同志諸君。」
「馬鹿言ってないで真面目に戦いなさい。
この神殿、明らかに今までとは防衛戦力が違うわよ。」
勿論分かっている。そしてこここそ目的地だ。
既に機会を作って《治世の紋章》で確認してある。
地下神殿の正式名称は不明、マップは二つ。第一に〔闇神具の精製神殿〕。
第二に〔聖杖ユグドラシル争奪戦〕。
〔暗黒教皇〕アルハザードによって、リリスが操られるステージだ。
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ゲームでも事前に接触した情報は無かったが、今の今迄リリスに誰かが接触する気配は全く無かった。
嫁二人にも事情を説明した上で常に傍に居る様に心がけて貰ったが、寧ろ現状はリリス本人が積極的にアレスの傍で過ごしたがり、暗黒教団に介入の機会は全くと言って良い程訪れなかった。
【邪竜司祭リリス、LV28。アルケミスト。
『鉄心、心眼、反撃、魔障壁』『魔神の紋章3』『半竜の血統、魔人の資質』】
この短期間でここまでLVを上げられたのは、一重に彼女の並外れたMP量によるものだ。だがそれでも〔暗黒教皇〕と対峙する気なら不足だろう。
となると恐らく、リリスが操られる事は避けられない。
出会う前の段階でこちらに発見出来ない何らかの細工が施されている、と見るのが正解だろう。
実際問題、赤ん坊の段階で心臓に何か埋め込まれたとか言い出したら確認しようが無いし、全ての実験の痕跡を排除する事など出来る筈も無い。
何を以て〔邪竜司祭〕と呼ぶのかすら、結局確認出来ていないのだ。
第一関門、〔闇神具の精製神殿〕の特徴。それは生贄救出マップと言う点だ。
単に生贄を助け出す、というだけなら今迄のマップと変わらない。
だが今回のマップは二つに分かれており、第一マップで隠し通路を発見出来なければ自動的に生贄救出は失敗する。
そして〔リビングドール〕化した闇騎士が無限かつ大量に出現するマップに変貌する。もう一度言うが、無限かつ大量に出現するマップに変貌するのだ。
この場合、特殊裁定として敵の数が増え過ぎる事で、マップ後方が敵に埋め尽くされて消失する。ボスを倒さない限り、いずれ敵の列に押し潰されて全滅する羽目になるのだ。この際消失扱いの敵は背景と化し、攻撃自体が届かない。
無限レベルアップは絶対に出来ない仕様だ。
対して隠し通路を発見した場合。誰を隠し通路に居れるかを選択出来る。
ここで密偵職以外を入れると生贄は大多数が敵に討ち取られる。救出に失敗したとてデメリットは無いが、クリア報酬は救助者数で激減する。
『伏兵』持ちだけで揃えれば、救出班が敵を攻撃する等の余計な事をしない限り全員救助が可能だ。接触するだけで救出扱いとなり経験値が入る。
全員救助に成功すると非売品の〔マナリング〕を持ったリビングドールが援軍として出現し、倒せば入手出来るボーナスイベントが発生する。
因みに本来このマップで【双槍王ウォルリック王】が他のリビングドールと一緒に、その他大勢として登場する筈だった。
無論時期は大分ズレている筈なので今生贄がいるのかも、そもそもイベント通りに進むのかも不明だが。
隠し通路を発見して《治世の紋章》で中を探るという手順は決して、再現して損は無い。むしろ倉庫と迷路を融合させた様な、升目状の通路と部屋を組み合わせた神殿の中では。安全確保のため推奨すべき行為だろう。
碁盤状とは言い難い途中で敢えてずらされた通路を、目測で測量して地図を描く作業も随分慣れた。既に職人芸と言える程に手馴れた手順だ。
「この記を付けた部屋は罠、こっちは伏兵だな。
だから隠し通路を掘る余地があるとしたら、外周以外はこの一角だけだ。」
この世界、転移魔法は存在しても転移陣は存在しない。
使い手が身近に居ないので確証は無いが、数値的な座標よりイメージの方が重要だからだと考えられる。
「罠が分かっている分追い込み方が単純だな。
こっちの通路から突撃させろ。後はこの一帯を制圧すれば詰みだ。」
地図があるのは教団も同じだろう。だが適切な手を打つには戦況に合わせた対応が必要だ。どうやら敵大将は、持久戦以外は想定し切れていないらしい。
(さて。無尽蔵のリビングドール生産技術、実際にあるのかどうか。)
ゲームならではの仕様なら問題無い。リビングドールなら【退魔陣】の餌食なのだから、多少の物量ならどうとでもなる。
問題は多少の物量では済まされない生産法が、実在している場合だ。
原作と同様の位置に待機し、隠し通路は開く前に《治世の紋章》を使う。
下手に開いて何かの仕掛けがあったら事だ。
(ふむ。通路は換気口も兼ねているのか、風が上階に流れているな。)
換気口の上昇先は上階に在った屋内菜園に繋がっているらしい。階下の音を吸収出来る様に何ヶ所か、魔力だけで育つ暗闇向けの植物が植えられていた。
つまりこの隠し通路自体は神殿側も把握し、管理している訳だ。
原作通りの手順で下の階に出る。最初に観測出来た場所も発見し、改めて全体像が確認出来た。地図にも狂いはない。
敵は多少慌しいが、こちらを迎え撃つ準備は出来ている様だ。配置も想定通りで狂いが無いのは、どうやら事前に計画された防戦案だからか。
ある意味で防災訓練と同じ、つまり敵戦力的には万全なのだが……。
(やはりここに非戦闘員はいないな。宿泊施設も簡易なものだった。
という事は、教団にとっても重要施設で間違いなさそうだ。)
教団としては研究用だけの施設を造る場合、他で生産品を確保せねばならない分負担が増える。要は常備軍と同等以上の負担が研究班分追加されるのだ。
それだけ【闇神具】の製造は重要なのだろうが……。
(しかし気になるな。オレなら絶対〔闇騎士〕量産施設の方を重視するぞ。)
ゲームでリビングドールが大量に登場した辺りには、倉庫と思しき部屋の中央に魔法陣と、所狭しと並べられた呪具で出来た祭壇があった。
兵力は決して多くない。むしろ少数ですらある。
ここでは戦力確保を優先し、他で【闇神具】を製造すれば良さそうなものだが。
何故どっちつかずにするのやら。
一方で敵大将がいると思われ、原作で生贄が居た区画へ飛ばすと。
(おんやぁ?)
リビングドールとは別種の祭壇と魔法陣が用意された一室で、原作のマップボスだった闇司祭ベルデハが捕らわれの令嬢を蹴り起こしていた。
因みに他の生贄候補は一切見当たらない。
というか令嬢は祭壇脇におり、生贄候補かも怪しい状況だ。
「さて、そろそろご了承願えますかな、リーゼロッテ宮廷伯令嬢。
我々はただあなたに忠誠の証を見せて欲しいと言っているだけなのです。」
「あなたに名前で呼ばれる筋合いはありません!下賤の者は爵位すら知らぬか!」
「おっとこれは失礼、マギリス宮廷伯家令嬢。
ベルファレウス殿下の婚約者ともなれば、相当に気位が高くていらっしゃる。」
(?!?!?!?)
え、誰それ知らない。ていうか皇族全員の家族構成まで設定ある訳無いし。
「所詮は世間知らずの平民ですね。マギリス宮廷伯家当主が誰か、知らずに口を聞いているとは全く以て嘆かわしい。
所詮教団の権威を笠に着るだけの下郎ですか。」
わぁ。可愛い顔して言う言う、皮肉だとは分かってたろうに。周囲に闇騎士達を並べる奴にこれだけ強気に出るとは大したものだね。
闇司祭ベルデハの表情が忌々し気に歪み、錫杖で殴りつける。ほう。
「ふん。ここから無事に帰れるかは俺次第だというのに、随分と強気に出る。
能書きは良いからさっさとあなたの拝領地の者達を、我らが神の生贄に差し出しなさい。選別は我々の手の者がします。」
「我が領はベルファレウス殿下の拝領地!貴様如きの好きにさせるものか!
殿下に直接言えぬから貴様はこの場に居るのであろう!」
ほほぅ?つまり暗黒教団と第三皇子殿は良好ではない?そして宮廷伯の代官職となると腹心一族からの婚姻で、コレ帝国直轄領の有力貴族って事じゃね?
「だからどうした!今更殿下が気付いたところでここは既にシャラーム王国!
従えぬというのなら【闇呪縛】をかけるまでだ!そうすれば貴様の意思など無関係に、面従腹背の密告者に仕立て上げる事とて可能!
そう、これは貴様への善意なのだよ!
貴様が我が教団に自主的に貢献出来る、好機を与えてやろうというのだ!」
……あれれ?何というか、思い付いちゃったよ?
そもそも選別が必要な生贄を、暗黒教団はどうやって集めているのかと思ってたけど。表舞台に出て来た教団が各地の領主を無理矢理協力させてた訳か?
【闇呪縛】を手当たり次第にかけまくって。
(……やっべ。もしかしてして原作の生贄達って、ココで彼女が【闇呪縛】の餌食にされた結果だったりとかするの?)
正直計画性が悪過ぎて棄却した可能性だったが、暗黒教団が予想以上に閉鎖環境で拗らせていたのは伝わって来た。
案外世間知らず過ぎて、己の計画性の無さを気付けなかったのかも知れない。
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こうなると長々術をかけられるまで見ている時間は無い。場合によっちゃ呪いをかけた後直ぐに【転移魔法】で本国に戻すかも知れないのだ。
ゲームとシナリオがかけ離れている以上、どんな負債が噴き出すか分からない。
即刻アレスは《紋章》を解き、大慌てで体を起こす。
周りには既に前線指揮官以外の全員が顔を揃えている。こっちは順当に進んだのかと内心で安堵し。
「作戦を一部変更します!救助対象は要人一人!
急務のため俺が直接救助に向かうが、そのまま敵将戦に繋がる可能性が高い!!
階段の奪還部隊は制圧後即座に下の階へ突入して頂く!
先行突入を待つ余裕は恐らく無さそうなので、多分二面作戦が精一杯ッ!」
救助人数には幅を持たせていたが、流石に強行突入が必要な要人を想定している筈も無い。罠は無いだろうが突入班の密偵隊は二部隊に増やすべきか。
「また美女の救出ですか?」
「え?」
ふはははは。言葉とは裏腹な嫉妬の欠片も無い表情、有り難うゴザイマス!
どうやらアレスの慌て振りで人質が女子供だと察したご様子。
でも少しくらい疑ってくれても良いのよ?お隣の聖王女様みたく。
「ハイ!御想像通りな未来の人妻美女です!
つきましては正妻様にはもう一つの《シーカーリング》を使い、御同行して頂けますようお願いしまッす!」
45度の角度で頭を下げながら腕輪を差し出すと、諦観の溜息でお借りしますと腕輪を付け換えるヴェルーゼ皇女。
実の所『伏兵』だけなら【救国の御旗】がある。恐らく密偵隊に限らずとも大丈夫だとは思うが、発見された後に再度試みる場合は必要だ。
「突入班の指揮はミレイユ様にお願いします!専属の護衛はエルゼラント卿で!
リリスはレフィーリア嬢に!第三者の介入は必ずあると思って、優先順位は自分の護衛対象を第一にする様に!」
「「「はっ!!!」」」
さあて、多分絶対に味方にならない御令嬢の救出作戦。頑張るぞぅ~?
原作知識がある分有利になっている事が良く分かるマップw
知らないで突っ込むより遥かにマシですよ?
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