97.第二十三章 吸血宮殿
※公式規格「2025年夏のホラー」に合わせて短編を一作投稿しました。
7/3日20時に予約していますので楽しんで頂ければ幸いです。
◇◆◇◆◇◆◇◆
全身バキバキだった謎の激痛は回復魔法も多分効果は無く、ぶっちゃけ膝枕未満の影響力だった。反面、殲滅が終わる頃には嘘の様に回復していた。
むしろ今、体が軽いの。
嫁を心配させないためとはいえ、遠慮した膝枕が今更ながらに惜しくなる。
まあ嫁達には酷く心配されたが、正直今なら原因も分かる。
多分自分は無自覚に体内のエネルギーを限界まで注ぎ込んで、肉体や五感を強化していたのだ。故に負荷が全身にかかり、同時に体内エネルギーが枯渇した。
(多分そんな無理が出来たのは『竜気功』の所為だ。)
アルスが用いた体内エネルギーは恐らく魔力ではなく、竜力。
仮称ではあるが、魔力とは別質の力があるのだ。それを強引に体内に引き込んでしまった結果、肉体に反動が弾けた。
その竜力の正体が分からないと同じ事は出来ないし、出来たとしても安定した制御は出来ないだろう。理解するまでは無理に使うべきじゃない。
「うぅん、アガペラの資金源や支部はある程度分かるけど、流石にここに在るので全部じゃないか。」
「分かるのか?」
レオナルド王子の質問にアレスは幾つかの暗号書類を取り出して頷く。
「ああ、暗号で機密をまとめているんで逆に分かり易いね。
資産と支部構成員の情報に明らかな欠けがあるんだ。多分他の支部にも分散して管理してあるんだろうね。」
機密保持を優先したのだろう、暗号そのものはその道に詳しい人間なら一発とは行かずとも割と簡単に解ける筈だ。
特に隠れ里の随所にある、教団の紋章を見ながらだと割と直ぐに。
「彼らはシャラーム領内で拾い子を集め、現地で訓練を施して試験に合格した者をここで本格的に鍛え直していたんだ。
要は精鋭と幹部候補の育成所だね。後は情報を分散させつつの全体の統括。」
あの本陣を襲って来たリビングドール〔殺戮者〕アモルは、暗殺教団の創設期に居た宗主の一人だったと判明した。
当時の暗黒教団の魔法研究頼みな方針に反感を持ち、武闘派を中心に独立したというのが暗殺教団アガペラ設立の経緯だった。
だが余りに苛烈な性格が災いし、暗殺されて魔法で封印。
地下に潜伏する際、邪龍復活に備えて死体を保管する試みが行われた。
ここもアガペラの中枢なのは間違いないが、主目的が暗殺による裏社会の影響力確保なため、活動は各地の支部単位で行われる。
あくまでここは後衛、裏方なのだ。
完全殲滅はこれからの調査次第だが、この岩盤洞窟に関しては資料と財宝全てを持ち出せば今は後回しで良い。
大事なのは隣の遺跡神殿の方だろう。
「成り立ちはどうあれ暗黒教団との関係は良好の様だな。
少なくとも暗黒団側の密偵は、ここで鍛えられた者達が出向しているらしい。」
砂漠だらけのこの国は調合を行うには植物が少な過ぎる。生物毒以外は碌な毒物が揃わないので、人的資源との交換は寧ろ望むところだっただろう。
各種暗器他の生産に、外国貿易は必須だった様子が伺える。
「基本機密は他所で管理している分、ここは資産管理に特化している様です。
時間をかけてもあまり大した情報はなさそうですね。」
リシュタイン姫が困った事、と溜息を零す。
実は先日。今回の別働部隊に於いては、敢えて互いに敬語を使うのを止めようという話になった。互いに気心が知れて来たし、何より今後連携が必要となる。
家柄の上下を気にして意見出来ない方が問題だという訳だ。
◇◆◇◆◇◆◇◆
既に伝わっているかも知れないが、熱砂のアドバンテージは失い難い。
半日休息を取りつつ、熱砂が止んでいないならと。そのまま遺跡神殿の方を襲撃する方針を固めた。流石に殆どの部隊は夜目が利かない。
夜中の進軍で利を得るのは教団側だろう。
夜明け頃の砂嵐は熱砂では無くなっていたが、直ぐに途絶える様子も無い。
そのまま進軍して暫し。
「一見すると只の廃墟にしか見えないな……。」
待ち伏せなどの歓迎があるかと思いきや、見張り一つ見当たらないとは流石に思わなかった。
「こりゃあ空振りかねぇ。」
「何言ってんだ、向こうは地下があるんだぞ。
地上の見張りを全て引き上げたって事は、敵はアガペラが壊滅したと判断した上で待ち伏せしてるって状況だろ。」
誰かの独り言を一蹴したスカサハの声が耳に届く。
暗殺教団が壊滅する相手だ、罠も解除出来ない脳筋に負けた等とは考えまい。
あの砂嵐の中をこの短期間で全面撤退出来た筈も無いから、全戦力を地下に集結させたと見るのが妥当だ。
手順は前回と大きく変わらないので早々に即席の陣地を構築する。今回は砂嵐も晴れたので天幕は寧ろ邪魔になる。故にここは単なる休憩場。
範囲魔法で一網打尽と部隊単位の逃走は阻止せねばならないので、広く兵を配置しなければならない。今回はアレス自身も後発で突入班に入る予定だ。
「いや、多いわ!この地下神殿に暮らしている者には平信者もいるんだぞ!
数千人の軍隊に攻められる想定とか、幾ら何でもしとらんわぃ!!」
地下神殿を管理する闇司祭は、部下の報告を聞いて怒鳴り散らした。
熱砂の中で近くの暗殺教団アガペラから緊急連絡があったが、結局その内容までは届かなかった。その後間違いだったのかと思うほど音沙汰は無い。
正直敵が人か野生の魔物かの区別すら付かなかったので、念のため地上の人員を全て地下の隠し神殿に配置換えして様子を見る事にしたのだが。
隠し扉を開けて一気に軍隊が流れ込んで来た。
アガペラが壊滅的被害を受けた可能性を想定したのだ、守備隊もそれなりの戦力を配置したし非戦闘員も武装して待機させた。
けれど相手は明らかに訓練された精鋭だった。数も下手したら遺跡の総人口より多いんじゃないかというくらい。
神殿を改造した隠れ里だ、隠れられる人数しか生活していない。
暗黒教団は世界に対し、肩身が狭いのだ。
「くそ!何で年寄り連中はあんなに殺意高いんだ!
せめて迎え撃つなら居住区の外だろ!?逆に里が焼かれてるじゃねぇか!」
こうなったら逃走しかない。元より外に出るため移住準備は進めていた。
帝国が暗黒教団のものとなった今、こんな荒れ地に用は無いのだ。
神殿の教団幹部達を集めて共に隠し通路からの脱出を図る。彼らも戦況の危うさを察し、世間知らずな里の者達の暴走には付き合い切れないと賛同した。
何より己の命がかかっているのだ。
「おい、この地下道は安全なんだろうな?
待ち伏せとかされてるんじゃないか?敵の数は多いんだろ。」
「一番遠くへ出る道だ。待ち伏せされてない事を祈るしかない。
それとも他の道へ行きたいか?別にお前達だけで行くのは構わないぞ。」
「い、いやあ。そんなまさか……。」
絶対安心な脱出路があるならこっちが知りたいのだ。
闇司祭とて先頭を進みたくないが、把握している脱出路には個人差がある。
上級幹部のみが閲覧出来る情報に記載されたこの道は、秘匿性が高いために数年近く点検すらされていない隠し通路だ。
何せここ数年は暗黒教団が表舞台に立ち始めたため、人の出入りも多かった。
優先順位の高い隠し通路ならともかく、幹部しか使う予定の無い通路を管理する者は、当然ながら幹部達しかいない。
まあ流石に簡単に崩れる様な場所では無いので、塞がっている事はあるまい。
……そう思っていたのだが。
「お、おい。これ、崩落して無いか?」
「い、いや。でも、塞がってる訳じゃないし……。」
嫌な予感はするが、進まない訳にも行かない。何より来た道を戻る勇気など既に大分挫けている。
だが残念ながら、嫌な予感は当たってしまう。
目的の通路は壁に大穴を空けて崩壊し、道が塞がれていた。
闇司祭は思わず壁に拳を打ち付けようとして、不意に大穴という点に疑問を以て横穴を覗き込むと。
「こ、これは!まさか、ここにも神殿があったのか?」
近寄って確認する。間違いない、これは様式こそ違えど神殿だ。
砦の特徴を持たず、開かれた建造物でありながら〔城塞術式〕での強化痕跡。
術式は今も健在で、それ故に長年の風化に耐えられたのだろう。
まさか自分達の隠れ里に、自分達の知らない神殿があるとは思わなかった。
だが一体いつから有るのだろうか。元々ここは遥か昔、暗黒教団の創設初期から存在する隠し神殿だ。故に神殿を造ったのも昔の教団の筈。
その当時の記録を引き継ぐ自分達が知らない神殿があるなど……。
「まさか、古代王国期?それとも、幻の竜帝国?」
いや、流石に竜帝国は有り得ない。そもそも竜が世界を支配したというのは巨人族没落による迷信という説が有力だ。
何せ竜は知性こそ高いが数が少なく今も野生に棲んでいる。そんな半獣達が国家の様な統制を取れたとは思えない。
精々が武力による隷属、脅迫程度の屈服だろう。
実際には洞窟など、人の体格なら幾らでも抜け道が存在する。
支配というには余りにもお粗末な統治が限界だったというのが、現代における竜帝国の実態、その推論だ。
「おいおいこの神殿、どうみても人のサイズだろうが。」
「それもそうか……。って、待てよ。」
そこでふと気付く。神殿は神を讃える宮殿だ、自分達なら魔龍ヨルムンガント。
そして古代王国期は人が神を恨んだ時代だと、それ故に暗黒教団が生まれたのだと教わって来た。教会はヨルムンガント封印以後に出来た組織だ。
「まさかこれは、人の作った神殿じゃない……?」
「半分正解。ここは神殿ではなく、宮殿だ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
どうやら期待していた闇神具神殿では無かった様だ。
元々このシャラームではサブイベントで幾つも暗黒教団の隠れ里絡みのイベントがあり、正直原作知識だけでは正確な位置が割り出せなかった。
といってもこの辺が暗黒教団発祥の地だったりはしない筈。
原作で語られた範囲だと教団は邪龍誕生によって誕生して、〔西部〕の何処かに教団発祥の地があったという話だった。
恐らくは単純に、隠れ潜むには砂漠地帯は都合が良かったという話なのだろう。
正直隠れ里で迎え撃たれた時は正気かと思ったが、非戦闘員の筈の年齢層の方が教団に狂信的らしい。
あと子供を逃がすために里に火をつけたのは許されない。何故なら〔爆裂玉〕の製造庫に引火したせいで自分達の避難施設を吹き飛ばしたからだ。
どう考えても孫を殺したのはお前達だったからな?何でそこに避難させた?
「悪党共の手籠めにされるくらいなら自決するのは当然だろう!」
あ。知らなかったんだ、そうですか。ていうか捕虜の虐待なんで皆見て見ぬ振りしないでくれます?え、家族による反撃は虐待じゃない?そうかも……?
「いえ。彼らの口を軽くするためのそう、これは戦略的撤退って奴ですよ。
里の中枢に関わる人間は逃げたんだろ?先ずそっちの追跡に必要な部隊を再編成するのと。あ、捕虜さん人の嫁口説かないでくれます?
何でも喋ったって君が彼女と仲良くなれる未来はありませんよ?」
「男なら、今の美女の為に未来を売り渡して当然だろうッ!!」
「馬鹿野郎!美女の為に未来を生きるのだ!!」
「即答?!ていうかアレス様何か意味違いません?!」
「く、オレが間違っていたぞ好敵手よ……!
お詫びに我らを見捨てた畜生の逃げ道を売ろう。」
あ、嫁1が頭抱えた。嫁2が嫁1を慰めながら冷たい目を向けてる。
膝を折っていた闇神官が、満ち足りた表情で隠し通路の開け方を自白する。
ちょ、仲間?井戸に蹴り落とさないで?え、浮気者?そ、そう……。
「ね、ねぇ。オイラこの里の倫理観判らないよ……。」
「さっきまで適応してませんでした……?」
何か誰も里の機密を隠そうとしない現状に戦々恐々としつつ集まった文書をまとめると、どうも里の中では余所者の襲撃という感覚の方が強い様だ。
聖王国に対しても、敵の総大将程度の印象としか聞こえない。
集まる資料は大体住民の生活記録関係で、機密とは思っていないらしい。魔龍を崇めるだけの、ちょっと風習の変わった里という感じがする。
魔龍復活についても何となく吉事が起きた、程度にしか認識していない。
だがその様相は、神殿に入るとがらりと変わる。
彼らは医療行為として日常的に人体実験を行っていた。
罪人に反省を促すための拷問器具もあり、外から浚って来た者達を実験台にした資料も残っている。この辺がアガペラとの繋がりに結びついている様だ。
「何々、苦痛を与えた方が強い呪いの力を得られるらしい?
じゃあこの呪いの刻印を自分に刻んで痛めつけて貰えば最強になれるという事では無いか。私はこの仮説を検証するために、毎夜妻に苛め抜いて貰う事にした?」
パタン。
……いや、呪いの刻印はマジな代物で合っているのが何故としか。
「くぅ。理解に苦しみ過ぎて、調べるのが進まない……。」
「いや、制圧が大体終わったならそろそろ《治世の紋章》で隠し通路の調査を始めて頂けませんか?」
「何でそれをもっと早く言ってくれなかったんですか?!
それ物凄く大事な提案じゃ無いですか?!優先順位高く無いですか?!」
「あ、アレス?!あなた本気でソレ忘れてたの?」
あ。うん。そんなに意外だった?俺だって万能じゃ無いんだよ?
ていうかまさかコレと同類扱いはしてないよね?
※公式規格「2025年夏のホラー」に合わせて短編を一作投稿しました。
7/3日20時に予約していますので楽しんで頂ければ幸いです。
暗黒教団視点で言うと、東部や海賊さん達すら都会ですw
周囲が砂漠だと里に籠ってる方は完全に閉鎖環境過ぎてて、世間を知る機会とか完全に無いよね、という罠。
神殿側は割と世間と接しているけど、鞭と蠟燭でパワーアップしろとかどう考えても呪いの紋章さんが拒否りますw
作品を面白い、続きが気になると思われた方は下記の評価、ブックマークをお願いします。リアクションや感想等もお待ちしております。