94.第二十二章 砂漠の国の王子
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魔法都市ガンダーラに到着して数日。
実の所初日に闘技場へ向かったのはアレスだけではない。
元より別動隊の武将達は邪龍ヨルムンガントとの交戦を目的とした最精鋭達だ、異国で腕を磨く機会があるのなら当然皆が貪欲に挑戦する。
そもそも参陣メンバーからして錚々たる顔触れが揃っているのだ。
最近〔傭兵最強〕の二つ名が加わった〔剣鬼〕スカサハに〔剣姫〕レフィーリアの二枚看板を始めとして、〔帝国の聖女〕ヴェルーゼ姫に〔聖王女〕ミレイユ姫。
〔僧兵〕バルザムに続き、既に若武者とは言い難い〔北壁の剣〕カルヴァン王子に〔北の餓狼〕レギル王子。
〔翼人の若長〕ネルガル、〔マーメイド王女〕マリリン。
聖王国最強の騎士〔守護騎士〕エルゼラント卿に、〔魔法学者〕が定着し始めたジルロック。
〔騎士王国〕クラウゼンからはレオナルド王子、〔天馬王国〕ドールドーラからはリシュタイン姫。
ここに新顔として魔狼王国ハウレスの英傑〔韋駄天〕カルロットに、聖王国の〔弓聖〕シンクレア。
東央イストリア王の右腕で代理、恐らく原作戦死枠なブリガム将軍等が加わっているのだ。はっきり言って精鋭中の精鋭。
北部、東部、中央部の英雄が揃い踏みと言って良い。
……現実逃避は止めよう。割と闘技場は申し訳ない事になっている。
聖王国の闘技場では比較的マシだったが、東部での大惨事が再び起ころうとしている。闘技場覇者の連敗記録が続々と増え続けているのだ。
いや。全員が全員、ぶっつけ本番で勝った訳では無いのだが。
そもそも弓兵は魔法使いの天敵とも言われているし、聖王国最強の騎士が他国の闘技場で簡単に敗れる筈が無い。ブリガム将軍に至ってはナイトジェネラルだ。
極論、星奥義を封印したアレスで勝てる程度の闘技場なのだ。
今帝国が敗走して聖王国から流れて来た傭兵連合であり、正式部隊名は未だ未定という建前で駐屯している別動隊は、今ガンダーラ中の話題を独占していた。
これは大丈夫なのかという視線から逃れる様に、アレスは諸々の雑務の傍ら近くの噴水広場から少し離れた、都市が管理する庭園で寛いでいる。
ここはオアシスの保護と拡大を目的とした緑地で、噴水も誰彼構わず水を汲みに来る事が無い様常に監視が待機しており。
税を支払っている市民証を持つ者以外は利用許可が下りないという、厳しい制限と罰則が定められていた。
一方この庭園は町の顔でもあるため、園内には随所に長椅子が置かれ、小規模の売店が点在し。案内板まで用意されており。
園内の植物を採取せず傷付けないという条件で、自由に休憩や散歩が出来る。
と。暑さにダレているかに見えるアレスの元へ、人影が一つ歩み寄る。
「よう。中々やる事が派手だねぇ、異国の客人方は。」
「そっちこそ中々荒れているそうじゃないか、シャラームの第一王子殿下。」
「なっ!!」
飄々とした素振りだった浅黒の優男から、長身と相まって全身に漂わせていた軽薄そうな空気が一瞬で霧散する。
腰に手を回すその仕草は、間違いなく一角の武人そのものだった。
「こりゃ参ったね。一体いつから気付いてたんだい?」
「そりゃ、ずっと物陰から見張られてるしな。中々慕われている様じゃないか。
人払いは済んでいるかい、シャイターン殿下。」
「ああ、色々と偽装させて貰った。それと殿下は止してくれ。
同じ名前はこの辺じゃ珍しく無いが、尊称を付けられたら言い訳が利かない。」
ああ、うん。だから原作も偽名使って無いんだ。
そうだね、現実が先だもんね。
シャイターン王子は肩を落として開き直り、アレスの隣にどかりと腰掛けた。
要件を聞こうかとアレスから切り出せば、王子も軽薄な仕草で本題に入る。
曰く。今のシャラーム王宮では噂通り、王に反対した王子達が次々と粛清の嵐にあったらしい。既に半数近くが処刑され、残りは恭順している。
彼は正統な正妻の子で、間違いなく最有力の後継者だったが今や身の危険を感じて部下共々出奔している真っ最中だ。
「シャラームとしては聖王国に反旗を翻せる、絶好のチャンスだと聞くが。」
「そんな甘い話だとは誰も思ってないさ。
シャラームは長年幾度も他の国々の領土に侵略を仕掛け、その度に聖王国の仲裁で賠償金を支払っている。」
それこそが砂漠の王国シャラームが抱える構造的な問題。
国土面積では聖王国に次ぎ中堅国扱いされてはいるが、その実人口、特に国力は〔中央部〕で最弱と言って良い。圧倒的に人が住める土地が足らないのだ。
人口が増えねば先細り、増えた人口を今のオアシスでは賄えない。
結果緑地がある他国へ安定した食料と水を求めて侵略を繰り返し、他国の住民を浚って自国の民として組み込みながら敗走によって数を減らす。
他国視点では同列に並べられる事すら腹立たしい蛮族国家。碌な産物も無い侵略し返す魅力すらない、管理の手間が惜しい野蛮な国だ。
魔術国家としての地位も、所詮は古代王国の研究にしがみ付いた過去の産物頼みの代物。もし莫大な利権が望めるならそもそも他国が殴り返して奪ってる。
だが現実は調査に手間がかかり過ぎてトントン程度。それなら寧ろ留学を通して交流により成果を吸い上げ、程々に金を落とした方が無価値な戦も防げる。
「親父殿の言い分も理解出来る。だが無理だろ。
はっきり言って我が国は、最果ての辺境国にすら劣る程度の経済力だ。
聖王国と全面戦争だけは絶対に避けなきゃならん。向こうはトップを入れ替えるだけで、オレ達がどれだけ涸れようと関係無いんだ。
何処の国だって貧乏くじは引きたくない。砂漠に水を注ぐのは御免なんだ。」
――その最果て、今や世界有数の経済大国です。
「……まあ、それ程でも?」
冷や汗を漲らせて胃を鎮めるアレスに気付かず、ああ本国だったなと苦笑しつつ謝罪を返す。実際マシューの一件はかなり助かっていると肯定すらした。
「だが本当にそれだけか?スルタン大王が本当に手を組んだのは帝国じゃなくて、暗黒教団なんだろう?デメリットがデカ過ぎる。
何故素直に帝国越しの付き合いで済ませなかったんだ?」
シャイターン王子ははっと驚き、そして力無く笑い。
「……そこまで掴んでいるのか。だがオレにもそれは分からないんだ。
親父殿は肝心なところは一切部下と相談せずに自分だけで決める。本音を知っているのは本人だけさ、国の全情報を把握しているのもな。
所詮オレも、替えの利く駒の一つに過ぎないんだよ。」
「【星奥義】の継承国家とは思えない言い草だな。
そもそもシャラーム王家の秘剣なんだろう?【奥義・封神剣】は。
いずれ魔龍ヨルムンガントを討伐する日に備えて、敢えて砂漠という過酷な地に赴いたっていう建国伝説があるそうじゃないか。」
「それを知っているという事は、やはり彼女はレフティネスなのか。」
「本人は明言して無いが、関係を聞いても?」
「異母妹だよ、但し認知はされていない。
というより親父殿の態度がある時期から変わり始めてね。
本当の妹として認めさせるために【封神剣】の手解きをしたんだけど、その途中で何者かに暗殺されかけた。
正直、出奔先で体得するとは思わなかったよ。」
「じゃあそっちも認知されない理由は知らないのか。」
原作では合流以後、顔見知りとして軽口を叩き合う関係であり続け。互いに関係性を明言しない点から血縁、恐らく隠し子ではと疑われていた。
「ああ、母親は正しく側室だ。正直王宮に置いておきながら認知せず、【星奥義】を修得し掛けたら暗殺とか、訳が分からんよ。」
ん?星奥義を修得しかけたら?
いや言いたい事は分かる。星奥義を教える前は無関心だったというのなら、自然変わり始めた時期は既に手解きを始めている事になる。だが。
(いや、先入観だな。手掛かりが少な過ぎる。頭の片隅には置いておくか。)
「それでそっちは何処まで考えているんだ?
聖王国に亡命を求めたいのか、或いは内乱に関わって欲しく無いのか。
まあ推測で良いなら大王の退位に協力して欲しいって話だと思ったんだが。」
「理由は?」
「聖戦軍がマシューに拠点を築いているのは既に掴んでいるんだろう?
直接じゃなくて別動隊と察して接触を持ったなら、期待しているのは戦力だけだとは思えないな。方針が定まってても同じだ。
先ずはワンクッション置いて、聖王国側の政治的な本気度を確認してから動きたかったってところか?」
この辺の情報はアレスにとっても推測を重ねる以外に無い。
ゲームではスルタン大王を討伐する際に初めて素性を明かしているが「ある時期を境に独裁的な政策に走る様になり、後ろ盾に帝国や暗黒教団と繋がり出した事で義勇軍の手を借りる決意をした」という話だった。
この件に関して言えば、ゲームの方が事前調査で分かった事より情報が少ない。
「う~ん、実にやり辛いな!コレもう大体全部読まれているだろ!
まあぶっちゃけオレに味方してくれる連中も聖王国が確実に味方になってくれる保証もない状況で帝国を捨てられないってのが本音なんだ。
オレが王位継承者として親父殿を蹴落とすためには、聖王国の後ろ盾っていう身の保証が必須なんだよ。
だから確約を得るために素性を隠して聖戦軍に入って、それで功績を立てて信頼を得てから頼む心算だった!
現状で聖王国にオレが裏切らないって、納得させられる根拠あるかねぇ?」
ハハハ、と乾いた笑いを浮かべるシャイターン王子。何か微妙にすれ違っている気がしないでもない。
「いや、別に根拠は要らんだろ?信用されなくても逆らえない理由があれば良い。
ぶっちゃけお前さんが傀儡になる覚悟があれば十分だし、展望があるなら打算を前面に出すだけで問題無いと思うぞ?
国家間で信用だけで成立する取引とか有り得ないし。」
そもそも大王スルタンは邪魔で、代わりの正統性として掲げる価値が第一王子にはある。第一王子の目的が聖王国の利益になるなら無駄金を注ぐ必要は無い。
シャラームはそもそも、奪いたい土地では無いのだから。
「ハッハッハ!どうやらオレは随分と考えが甘かったらしいな!
そうか、聖戦軍は既にシャラームを潰す気で動いているんだもんな!
便乗するだけでもある程度目的は果たせるのか!」
「俺としては潰すだけ潰して放置されないように、ちゃんと制圧後の方針を考えて話さないと何の成果も得られないと思うがね。」
そもそも聖王国としては、シャラームが内乱になっても困らない。
いや実に参考になるな!と強引に笑うシャイターン王子に、アレスは内心で首を捻り続ける。何だろう、一体何にこの王子様は追い詰められているんだ……?
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まあシャイターン王子の目的から言っても裏方に回るなど有り得ない。
ゲームと違い早い段階で政治的なアピールが必要なのだから、参戦するなら本隊の方だろう。ぶっちゃけ味方を率いて聖戦軍に参加するのが一番早い。
ていうかその方がヴェルーゼ皇女を公認する根拠が増えて、聖王国的にもアッシらにも有り難いんですけどね?へっへっへ。
という訳で、両義兄様に紹介状という名の「この方神剣使用資格満たしてます」と爆弾を同封。後は自分で説得頑張ってね、と伝えて送り出す形となった。
げふふふふ、えぇ彼、魔龍討伐戦力の常連です。
ゲーマー的にはレフィーリアの上位互換なんだよね。彼が仲間にならなかったりスルタン大王を倒す前に戦死すると、彼女が神剣所有資格者になります。
……多分、本名明かして《聖王の盾》を使う流れなんだろうなぁ。
それはさて置き。
無事にシャイターン王子を引き入れたアレスの下に、グレイス宮廷伯が別荘へと報告に訪れる。アレスの私室にはヴェルーゼとミレイユの二人が共に居た。
「……宜しいのですか?」
「ああ。今後は二人にもダモクレスを優先して貰うという条件で、話を聞かせる事になった。まあ、全部を一度に覚えて貰うよりはな。」
リリスは今侍女(という名の護衛兵)達と勉強中だ。
一応貴族達が大勢いるので、彼女にも最低限の礼儀作法は覚えて貰うしかない。
現在のリリスの立場は傭兵ではなく養女、預かり子だ。しかもゲームと違い彼女の問題は一生付き纏う。LVが低ければ暗殺される危険もある。
承知しましたと頷き、グレイス伯が地図を差し出す。
地図の現物は数年前に《治世の紋章》で確認したとある遺跡の地図だ。そこには原作情報を基に割り出した、暗黒教団の隠し神殿がある筈だった。
当時は移動されても困るため発見だけに留めていたが、今回は改めて突入の為に調査隊を派遣していた。
地図には遺跡地下への侵入経路と鍵の解除方法、周囲の見張り等の機密が一通り書き記されている。
但し、差し出された地図は二つ。
「近くの岩石砂漠に〔暗殺教団〕という組織の隠れ里を発見しました。
そちらは洞窟を主体とした構造物の様で、隠密性を重視して外部観測に留めております。どちらもこの町で食料を調達している素振りがあり、我々の存在には気付いていると思われます。」
尤も聖戦軍を認識しているかどうかは微妙な線でしょうが、と注釈を付ける。
そこは何方でも構わない。ゲーム原作でも最初から気付かれていた。
ただ魔法都市ガンダーラにはシャラームの砦がある。
シャラーム王国には基本全てのオアシスを砦で囲み国が管理しているため、聖戦軍ならそちらを狙うと思われていた。
「距離は。」
「この町からは半日。遺跡と隠れ里も同程度です。」
それは両者に関係性があった場合、片方を落とせばもう片方には進軍するより先に伝わる距離だと思っていい。
「兵を分けますか?」
「いや、元々少数精鋭だ。殲滅作戦を目的としていて穴だらけでは意味が無い。」
「では重要度の高そうな神殿を先に?」
「……いや、暗殺教団の情報をもう少し詳しく。名前は教団か?」
「は、暗殺教団〔アガペラ〕と。シャムールでは有名な裏組織の様です。
歴史は古く、噂ではシャムール王朝より古いと称しているとか。」
元より暗黒教団幹部には【転移魔法】の使い手もいる。機密文書を持ち出されるというのなら、神殿内に突入した時点で手遅れと成り得る。
と、同時に。ゲーム画面に登場するのは内部への突入後。
「では。」
「ああ。丁度ここに書き終わった紹介状がある事だしな。
王子殿下も教団に関わる理由は欲しいだろう。」
表向き無関係な暗黒教団の情報を、シャムール王族が興味を持つのは裏を探ってくれと言っている様なものだ。
聖戦軍とて一枚岩では無いし、敵国の王子に最初から軍機に触れさせる事は出来ない。裏切りを警戒するのは当然の義務ですらある。
彼が白だと知っているのはアレスに原作知識があるからだ。
「我々別動隊は、暗殺教団アガペラ討伐を決行する。それも『シャイターン殿下の依頼』でな。
連戦になるぞ、何せ制圧先で暗黒教団との繋がりが発覚するのだから。」
警戒されるのはどちらも同じだ。討伐する必要は両方にある。
なら少しでも別の口実があり、兵卒の逃げ足が速い方を優先して殲滅する。
先に狙うのは、騙せる口実のある方だ。
おうじ派「聖王国を味方に付けないと諸共滅ぼされるし……。」
聖戦しょこく「帝国派は潰すけど後そっちの問題だよ?」
あれす「帝国派潰した後も他国攻める戦力残るの?」
勝手に涸れてくれる分には敵対する余裕とか無いし、というお話。
聖戦諸国は支援しない方が得なのです。
「あ、俺等モブ傭兵団として王子の名前で暗殺教団に喧嘩売るから。
戦後は君の功績にして良いよ。」
「ふぁ?!」
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