92+1.間章 北部でダモクレス王族を知らんとかモグリです。
最近ちょっとまとめ切れて無い気がする……。
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その日聖戦軍では、北部でも珍しい有力王族同士の会合が開かれていた。
そもそも北部王国は決して仲が良い訳では無い。
元々北部は人が住める土地が少なく簡単に食料不足に陥る土地柄であり、冬期間が長いため栽培にも向いているとは言い難い。
よって食料が不足すれば安易に他国を侵略するのが常であり、事情はお互い様と言えど安易に同盟を組むと攻める時に困る、というのが一般常識であった。
――北部に於いて、あらゆる意味でダモクレスは参考にならない。
閑話休題。
義勇軍結成当初であれば最低限。高くても将軍や騎士団長クラスの参加に留めていた北部諸侯達も、今では帝国の目を気にする意味は無い。
むしろ聖王国が再興し復権の兆しを見せ始めた段階で、彼らは国力差を意識せねばならず先手を打った貢献が求められた。
とはいえ自力はどうにもならない。
殆どの北部諸侯は後方支援を貢献に含むという提案に乗り、輜重隊の護衛という形を選び。自国からの支援物資は断念し。
東部の護衛を肩代わりする事で、己の存在感をアピールする方を選んだ。
大した影響力じゃないとは言ってはいけない。
彼らの国力は元々遠征が不可能な諸国が殆ど、元来が影響を与える力など無い方が普通なのだから。
けれど彼らは己が東部に劣るとも思っていない。
祖国で戦うなら東部にも勝てる。それが北部の常識なのだから。
実際北壁を破れずとも北壁を迂回した東部諸侯の侵略は幾度もあり、一度として成功していないのも事実なのだ。
……だが。ここで北部人が東部で戦うとなると、話は変わる。
LVだけなら間違いなく、盗賊だろうと東部の平均の方が高い。
北部の民は負けん気が他国より高いので、当然負けたままでいる筈も無い。
まして今は聖戦参加諸侯は合法的に〔白蛇の大洞窟〕を始めとしたダンジョンが調練に使用可能であり、北部諸侯は挙って自国戦力を駆り出した。
しかもクラスチェンジ費用まである程度肩代わりして貰える。こんな機会に全力を出さない北部諸侯など皆無だ。
貴族主義、権威主義が横行する東部や中央部と違い、北部では強いだけで偉い。
民を食わせられる者が正義だ。むしろ権威がゴミだ。
今の北部は王侯貴族が挙って派遣され、前線に最精鋭が投入されていた。
故にかつて前線を張っていた各国騎士団長達は全員自国に戻っている。
ジミー団長所属、プルシン国王。職業ナイト。
マイルズ団長所属、ベスタ―国王。職業魔騎士。
モブソン団長所属、ザコナ王子。職業プリースト。
……此処にコラルド王、レギル王子、カルヴァン王子等が参加する。
「諸君、この面々がこうして一同に会するのは恐らく初めてであろう。」
間違いなく、北部最高峰の最高権力者が揃っている。
何せ彼ら全員が用意出来る合計総戦力は一万を超える。
「此度の会合は北部代表諸侯との事ですが、ダモクレスを外した理由は何故?」
「「「いや、ダモクレス基準で話されても我々が困るだろう?」」」
ダモクレスの旧総戦力は自称千なのだから、文字通り桁違いなのだ。
え、バーランド併合後?海もあって国防戦力が他国より遥かに必要だから!
走り鶏とか魔狼とか天馬とか飛竜とか、数万規模の家畜を管理するだけで既に手一杯だから!!ダモクレスに万を超す軍勢負担とか、絶対無理ですよ!
「いや、まあ。うん。それは。
あの国は既に、世界の中心なところありますしね。」
北壁代表カルヴァン王子が思わず頭を下げた。
「それにダモクレスはどうとでもするだろうさ。
今回の話し合いは、今後の北部全体についてだからな。」
(そうか、前線側諸侯と兵站側諸侯の違いか。)
顔を合わせる頻度に疑問を抱き、そういえばと思い至る。
アレス王子の近くにいると大体何かしら仕事があり、顔を合わせる頻度も高い。
「あれ、ザコナ王子?失礼だが貴殿は確か、五男殿では無かったか?」
国王以外を国号で呼ぶのは何かと問題がある。
国王の場合はその国の王権を認めているという意味を持つ。
親しい関係以外は国号で呼んだ方が礼儀正しいくらいだが、王子王女は普通一人じゃない。当事者国が認めない限り、勝手に呼んでいい肩書じゃ無い。
要は王が王太子、次期国王と認める者にのみ許される称号的呼び名なのだ。
レギル王子だってド本命の筆頭第一王子だし、カルヴァン王子に至っては他の王族が全滅している。彼が次期国王だと周知する意味もあるのだ。
「ああ、先日兄が戦死したので繰り下がりしまして。
今は私がザコナ王子になりました。」
尚、この時代北部に限らず案外王族は戦死する。
後継者筆頭ほど最前線に出て武威を示す必要があるので、北部は特に次期国王の交代率が高い。
レギル王子が有名な理由の一つは、第一王子が死んでない国だからだ。
「あれ?第三王子殿は如何した?」
「兄は既に宰相職を得ておりますので。」
腕に自信が無い場合、玉座よりも文官職の方が人気あったりする。
「そういえばプルシン王、この度はナイト昇格おめでとう御座います。」
「なぁに、貴殿こそその若さでプリーストとは。中々にハードだったであろう?」
「私も久々に若い頃に戻ったようでしたよ。」
ザコナ王子の件を皮切りに、お互いの情報交換も兼ねて雑談という名の近況報告に花が咲く。
これが案外馬鹿にならない。他国の正確な内情など中々手に入らない。
密偵の役割は普段の雑談では手に入らない機密調査であり、所謂専門家達による虎の子だ。何処かの国みたく日常使い出来るほど数は多くない。
((……ハード?たかがハイクラス成り立てで?))
(御二方、我々は北部。北部ですよ。義勇軍感覚に毒されてますよ。)
ああ、うん。基礎クラスが常識だもんな。
昇格は金がかかるんだった。危ない危ない。
ハイクラス部隊だって雪崩や土砂崩れで簡単に全滅する。
それが北部基準。レベルより地政学と騎乗技術。それが北部。
「さて。貴殿達は最近中々国に帰れていないらしいな。
では今ダモクレスがバーランド併合によって拡大した領土を管理するため、旧領の境界地点に新都を開拓しているという話は聞いているかな?」
「?ええ、勿論。アレス王子も自分の宮殿なんだからと、新築前に一度は帰りたいとボヤいておりましたよ。」
正直戦時中は無理だと思う。
多分普通に町が完成する方が先では無かろうか。
「ああ、それなら帰国直後は客間を使って、帰国した後で新しく設計した部屋を増築する設計にするそうですよ。」
「そんな簡単に増築出来るの?」
「ダモクレスですから。」
「本丸だけ後回しにする計画もあったそうですよ?」
「倉庫の場所が決まらないから断念したと聞いてます。」
詳し過ぎる気がするのは気のせいだろうか。実の所カルヴァン王子は俄か北部なところがあるので、ダモクレスの評判は余り詳しくない。
何せ同じ北部でも西の壁、東の端なのだ。
元より諸侯は周辺諸国としか付き合いが無い方が一般的であり、西の果ての海際の情報など。東部寄りの北壁には先ず届かない。
「だが別におかしな話では無いだろう?
あの国は今、北部で最も勢いがある国。実際昔の城は大分小さかったと聞く。」
「小さかったと云えば小さい……かったか?」
「頑丈さを抜きにすれば間違いなく小さかったぞ?中堅一ではあろうが。」
「元々遺跡を魔改造した城だったらしいからな。
設備がやたら充実していただけで、居住区の規模は狭いくらいの筈だ。」
レギル王子はちょっと腰が浮いて来た。何だろう、え、皆知ってるの?
「まあ普通の規模なら別に、好きにやればと言えたんだが。」
「ちょっと他所の職人に募集をかけるくらいだとな?」
「勝手に引き抜いている訳でも無いし、一時的な物ではあるが……。」
「ちょっとどころでは無い、と?」
どうも、ダモクレスに不満を抱いているという話なのか。
「「「新都面積の半分は王城で出来てる。」」」
「新都?!それホントに新都?!」
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「いや疑ってる訳じゃ無いんだ。でも流石にね?
だってダモクレスに侵略されるとホラ、色々立場があるじゃない。」
北部は基本、昨日の友でも今日は殴る。
敵が巨大な城作ったら普通邪魔する。
それをしないのは今が聖戦中だからだ。
今の状況で後の戦争準備をするのは、休戦協定違反では、という話もある。
「ああ。単に元々城を新築する方が目的だったんです。
昔の城は一応焼け落ちてしまいましたし。それなら折角だし、港町を増やす序でに城を便利な位置に移転させるべきでは、という話になったんです。
新都と言えば新都ですが、港町への移転だったのでバランスが少々……。」
「ああ、港と城しか国は関わって無かったのか……。」
アレス王子の公式回答を聞き、再び会議室に戻って来た。
流石に落城した城なら再建するのも分かる。というか金があるなら新しくする。
出来ないと自分達も困るので、差し止めの要望は出すべきじゃない。
「しかしそれでも港町と同サイズの城とは。
いやはやダモクレス王族の技術力には、目を見張るものがありますなぁ。」
「いやいや、そこは王国の技術力はと言うべきでしょう?
それでは王族自身が実際に技術力を持っているように聞こえます。」
安堵したレギル王子の口もつい軽くなる。流石に王子のみでは無礼だったかと己の失言に軽く慌てたが。
「「「????」」」
常識の外からツッコミが入った様な顔をされた。
「「「え?そう言ったが?」」」
「「「????」」」
全員が首を傾げる。
え、何処がおかしいのだろう。ていうか何処がおかしくないのか。
「え?ちょ、ダモクレス王族って技術者が居るんですか?」
思わず席を立ち上がったカルヴァン王子に視線が集まる。
「ん?違うぞ?」
「あ、何だ。そりゃそうですよね。」
「ダモクレス王族は全員一芸持ちだ。あらゆる分野の職人が揃ってる。
だから過半数が技術者で職人だ。残りは従者やら農業やら畜産やら、まあ様々な分野に従事する専門家だな。」
「「……え?」」
「工房王族ダモクレス。
ダモクレスに揃っていないのは医者だけだと言われていたな。」
「「何やってんのあの王国王家っ!?!?」
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「いや。まああの国北の果てだから、大体全部自分達でやる必要があったって云うのが事の始まりらしいんだがな?
国に王族を全員抱えて置く余裕は無いから、王族を貴族から平民にする為の制度や手職が発達した結果なんだ。」
確かに、田舎貴族では平民と貴族の垣根が低いのは良くある。
むしろその傾向は北部全体に共通する気質だ。
「だが王家なんだから最先端技術は国で管理するだろう?
そうすると自分達でも実践してみたくなる。指導制度は最も発達した国だ。
土地が防衛向きで侵略には向かないのも大きい。更に北の端なので、他国の難民が最後に辿り着く場所でもある。
意外に人と技術が集まるんだ、それも戦いに疲れた連中がな。」
「「「その結果産まれたのが王族職人衆。
あの国の王族、玉座は押し付け合うもので、還俗は勝ち取るモノ。」」」
「「その常識はオカシイ。」」
「まあ話を戻そう。
今ダモクレスの建築王族達は、長年悩んでいた【錬金魔法】の指導者不足問題が解消され、全員が修得に成功したらしい。
なんで趣味に走る連中が自腹で資材生産に励んでいて、相当な大規模工房が多数建設されているみたいだな。」
「王族が率先して魔法で資材を量産してるって事ですか?」
「中には練習用に作って壊した資材が多過ぎて、ゴミ処理の方が問題になる程だと聞いている。
まあ流石に後処理をしない奴には新築権も無いらしいが。」
「新築権。」
「不勉強で済みませんが、ダモクレスはそんなに堅牢なのですか?
それだけ価値が高い物を作れるなら、略奪も頻繁に行われたのでは?」
これに関しては諸侯の見解も若干別れた。だが近場としては単純だった。
大体は隣国バーランドを略奪する方が早いからだ。ダモクレスは地理的に侵入が難しい割に、昔は特に食料が豊富とは言えなかった。
「我らは安物なら自国で生産出来るだろう?
金属製品が必要なら質に拘らない限り、バーランド一択だ。狙う必要が無い。」
「で。工芸品が欲しいなら、普通に注文した物を他に高く売った方が儲かるぞ?
別にダモクレスから買った物を余所に売って、何か悪い訳じゃないしな。」
この世界に転売を規制する法など無い。むしろそれが一般的な貿易だ。
王家の印が押された特注品等は流石に問題になる事もあるが、単なる産地や工房保証なら転売で高値が付いた方が地元の価値が上がる。
「実際私も以前ダモクレスに注文した腕輪を余所に売った事があってな。
それを東部諸侯が十倍の値で買った事を自慢しているのを見たと、当の王族にも話した事がある。」
「え?それ大丈夫だったんですか?」
それは自分が買い叩いた事を自慢する様なものではないか。
「奴は酒杯を掲げてこう返したよ。
『良い買い物したろ?』とな。」
「職人過ぎやしませんかその反応っ!?」
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「まあ抗議する意味も無いだろうし、城については放置で良いんじゃないか?
我々としては自分達の経済力の方が気にかかるだろう?」
この言葉には兵站側諸侯に限らず、満場一致で頷き合った。
何せ現在の特需、LV向上手段と交易利益は聖戦軍あってのものだ。
大戦が終われば他国間の移動には制限がかかるし、ダンジョンの使用も自分達の手に届かないものとなる。
そうなれば北部の経済は、ダモクレス以外全ての国が衰退するだろう。
「しかしそんなに問題かね?戦後の話が。
確かに戦争が終わったら、他地方との交易は途絶えるかも知れん。
戦力強化は難しくなるが、それは昔に戻るだけだろう?」
コラルド王の言葉にしかし、兵站側諸侯はやはりという顔で見合わせる。
そしてベスタ―王が首を横に振りながらそれは無理だ、と口を開いた。
「生憎聖戦軍の影響は東部だけに留まっておらん。
兵站部隊が派遣される、そなた等の故郷を含む北部全域にも及んでいる。」
「それはどういう事だ。」
彼ら兵站側諸侯によると、ダモクレスが提案した補給制度によって今迄は交易路の問題などで往来の無かった街道が一通り通り易く整備されている。
つまり進軍し易さや他国の事情も、以前よりお互いが詳しくなっているのだ。
「それだけなら大きな影響とは言えん。街道はいざとなったら塞げるしな。」
コラルド王の言葉に兵站王族達は首を振る。それは高位貴族だけの話だと。
だが一旦交易を経験した民は違う。他国の良い商品が気軽に手に入る様になり、今迄入手困難だった品が、略奪せず金だけで得られる利便性を知った。
「特に食糧事情の変化は劇的だった。
何せダモクレス産兵糧は、長持ちする上に美味過ぎる……。」
「「「ああ……。」」」
単に美味いだけなら未だ良かった。だが長く持つのだ。冬を越せるのだ。
貯め込んでおけば無理に戦う必要が無い。交易が始まって、餓死者が減った。
「分かるか?輜重隊の往来で金が稼げる内は良い。
だが金が稼げなくなった我らの民が、挙ってダモクレスに移住する様が目に浮んだりはせんか?
最近ワシは繰り返し夢に見る程でなぁ……。」
「「「うっ!」」」
バーランドを併合した今、北部最大国家は間違いなくダモクレスだ。
安易に略奪すれば痛い目を見るし、何より最前線国家と兵站国家の質が、同程度な筈も無い。
聖王国の姫君が嫁ぎ帝国の聖女が正妻を飾る国に、喧嘩を売る度胸など無い。
そしてダモクレスの経済力は下手したら中央部の各国に匹敵し、或いは上回る国があるかも知れない。無いと良いなぁ。
止めに技術力は元々北部有数で、今や大陸中から難民を掻き集めてる。
それこそ聖王国から連れ出した、手職持ち家族も大勢居るのだ。
まあ要は、ダモクレスに勝負を挑むという選択肢は端から無い。
「現状は理解出来たようだな。つまり戦後はダモクレスの一人勝ちだ。
かつて東西南北の優秀な人材が中央部を目指した様に、今後ダモクレスを目指す民衆が続々と現れるだろう。
その後我ら故郷の地に、どれだけの民が帰って来るやら……。」
どれだけ人材を育てても、全てダモクレスに吸収されたら意味が無い。
そもそも国境など、街道の関所以外では目印すら存在しない。
お互いに都合の良い主張しかしないので、境界は地図上でしか判らないのだ。
民が本気で出奔を図ったら、止める手段がある国など無い。
言われて気付く現実に、北部諸侯達は揃って頭を抱えた。
「……だ、ダモクレスに技術支援を求めるとか?」
「他国に自国産業の要を教えてくれると?」
レギル王子が自分なら絶対嫌だと机に突っ伏す。
昔の彼なら絶対にやらなかった態度は、間違いなく聖戦、いや義勇軍の影響だ。
「た、対価次第で何とかならんもんかね?
ホラ、アレス王子はアレで意外とバランスとか気にする方だし……。」
ベスタ―王とて言ってて苦しい自覚はあるのだろう。
彼とて一国の王子で、しかも利益には聡い。感情で自国に隙を作る様な甘い性格だとは誰も思っていない。
「ダモクレスを説得出来るような対価って、何かあるかね?」
プルシン王の指摘に、全員が遠い目をする。
あの国に売れる様な代物、絶対手放しちゃいかんと思う。
「いっそ北部全域で臣下入りしたら、自国扱いして産業分けてくれるかね?」
この場の最大国力持ちが、王として言っちゃあならん泣き言を漏らす。
だが。
「「「…………。」」」
「え、何この沈黙。」
割と全員、目が据わってた。
「数万越えの家畜を管理するのにどれだけ人手が居ると思ってるんですか?
我々は戦力以上の貢献をしていると思いますよ?」
「「「ま、まあ。兵糧生産にも人手を回してくれて、る。なら……?」」」
(正気度判定失敗)
俗説ですが、中世の王侯貴族は人口の5%が維持出来る限界だったとか……?
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