90+2-2.間章 死霊渓谷の罠2
※GW連続投稿4日間、3日目です。
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初日夜の天幕では、方針の再検討のため軍議が開かれたのだが。
「どういう事だアレス殿!あれ程の数が溢れているなど聞いてないぞ!」
「責任取り給え!貴殿は我々を捨て駒にするお積りか!」
「話が全く違うではないか!主力を出す必要は無いと言ったのは貴殿であろう!」
悪い意味で深刻である。全く軍議にはなりゃしない。
今大声で抗議し続けているのは大体聖王国諸侯達で、他の参戦諸侯達は寧ろ呆れた顔で耳を塞ぎ続けている。
因みに兵の損害は軽微であり、まあ命令違反した連中以外は損害を出してない。
もっとはっきり言えば連携の取れてない部隊だけが犠牲者を出したのだ。元義勇軍諸侯達の眼差しが冷淡になる理由も分かろうというものだ。
アレスも先程から沈黙を貫いているが、理由は単純だ。口を開かせないのも彼ら自身であり、要は全く聞く耳を持っていないのだ。
「いい加減にせんか貴様らぁ!!そもそも喚く程の損害を出したのはどの部隊だ!
偉そうに言う前に名乗り出ろ!!」
「「「も、申し訳ありませんッ!!」」」
切れたパトリック第三王子殿下の罵声に、慌てて頭を下げるが誰と名乗り出る者は一人も居ない。
何より一旦頭を下げた後に視線を周囲に巡らせる様からは自分達が悪いとは欠片も思っていない本音が伺える。
(全く、早めに別行動させて良かったぜ。)
この場の将兵は全てハイクラスで構成されている。
歴戦の武将達と言って良い筈の彼らがここまで醜態を晒す理由は、本質的に聖王国諸侯という枠組みにあった。
彼らは代官であると同時に領主貴族だ。そして宮廷貴族も兼任する。
このややこしさは、聖王国という政治形態に原因があった。
そもそも聖王国は、全て理屈の上では一つの領地であり。言い方を変えれば聖王直轄領の事を指す。
直轄領周りに大公領や諸侯貴族が居るのではない。
直轄領の一部を大公や諸侯が代理統治しているのである。
何故なら聖王国は本来、元々全大陸を統治している扱いだ。
実際は碌に干渉していないとはいえ、各地王家を承認するのは聖王国。
聖王家にとっての陪臣貴族こそ、世界に散らばる王族の事なのだ。
詰まり本質的な陪臣達こそ聖王家にとっては直臣、家臣であり宮廷貴族になる。
聖王家にとっては大公すら、公的には一代官という扱いだ。
尚、王拝領も別に存在する。ある意味ここが中世的直轄領に相当するが、聖王家は中央集権国家であり、領地はあくまで聖王家が管理する。
極論大公を含め、彼らの領地は聖王家が自由に差配して良いのだ。
諸侯に反論する権利は表向き存在しない。とはいえ大公や大貴族の領地を気軽に変更するなど現実的では無いが。
だがこれが城領主に町領主、村や砦単位となると話が違って来る。
そもそも聖王国は、他国の様な国境争いがほぼ存在しない。
それは地形的な制約に加え、聖王家に実質他国が存在しない事に起因する。要は他所の土地に攻め込むという事は、その地が他人のものだと認める事になる。
元々聖王国は、大陸一裕福な土地だ。故に他国へ手を伸ばす臣下など不要と出世争いから脱落し、あっさり排除されて終わる。
故に他国の様な戦火は殆ど存在せず、従って騎士や兵士達の死傷率は他所と比べて桁違いに低い。
貴族達の人口は常に増加傾向にあり、一方で聖王国は他国との調停役として常時一定以上の武力が求められる。
つまり聖王国は諸侯を頻繁に入れ替えて、競わせた方が都合良かった。
引継ぎのノウハウを発達させ、全てを一度ではなく順番に定期的に。大領主なら困難でも小領主、宮廷貴族ならハードルは下がる。
騎士見習い達には武者修行を推奨し、支援と評価する制度を制定。
各地に点在する小ダンジョンでの間引きを推奨し、各領主達には仕事と引き換えに宿や食事の手配を保障させる。
無論タダ飯食らいをする者は報告され、公職から遠ざかる。往来の活性化により不正への相互監視は必然活発化する。横暴な領主は簡単に噂となる。
別に武芸だけが騎士の道では無い。試験による選別は宮廷貴族達の競争も加速し領主家が文官職を得る事もあり。
役職の流動化によって階級の境界は、必然として曖昧となる。
故に聖王国諸侯とは。
上は数百人、下は一桁まで。一族単位で役職を奪い合う豪族集団の総称なのだ。
集団ごとの総数も戦力も安定せず、数が揃えば家族単位で拝命される。
これが平和な時代であれば、或いは最初期の聖王時代であれば即戦力として馳せ参じる、連携の取れた軍勢として機能したのだろう。
だが世代が進むにつれ規模が拡大し、顔見知り同士の連携は成立しなくなり。
大貴族であろうとある種のライバル意識を抱き、独立意識を持つ。
彼らが頭を下げるのは唯一聖王家のみという、忠誠心とプライドが暴走した様な集団へと成長していた。
彼らにとって聖王家以外の命は、逆らって良い。
むしろ許される範囲で、逆らうべきなのだ。
如何に味方として困った存在か、解ろうと云うものだ。
彼らを如何に諸侯と連携取れる集団にするかは、今後の聖王国の影響力に関わる重大な問題だ。各国諸侯が頼れぬと思えば戦後の聖王国は荒れる。
更にアレスが次期聖王として期待される確率も上がる。上がってしまう。
彼らには断固として、精鋭になり聖王国の盾となって貰わねばならない。
(幸いにして彼らは集よりも個、決して弱い訳じゃない。)
「落ち着かれた様なので先ずはご説明を。
そもそも我々の目的はアルサンドル大渓谷で発生し続けている死霊問題の解決を目的として出陣しており、死霊の討伐は過程であり第一段階です。」
「ふざけるな!だ「説明の邪魔をするのが君の忠義かね?」……く。」
「我々は原因の調査をしに訪れたのです。
あなた方の中に、この死霊発生の原因を突き止めた方はおられるか?
おられるなら御報告を。知っていて黙っている者が、聖王国に忠を尽くしているとはまさか思われまいな?
無辜の民の犠牲を、諸君らは望んではおるまいな?」
冷たくも高圧的な視線に、歯軋りしながら沈黙する聖王諸侯方。
よしよし、流石にこの段階で逆らわれると本当に処罰が必要になる。セーフ。
「事前報告で数千体程度という報告は何も、我々の手勢に限った話ではない。
あなた方の中にも同様の報告を上げた方がおり、その上で敢えて言わせて頂く。
これは不測の事態では無い。明確に人災だと判明した、進展であると。」
「なっ!我々が被害を出したのが進展だと申すのか!」
「被害を出した部隊が、命令を守ったかな?」
「ぐぬぅ!な、生意気な口を……!」
「はっきり言わせて頂くが聖王諸侯の各々方、貴殿らは私の指揮下である!
指揮に従えぬものが従軍しているとほざくな!貴殿らは逆らっているのだ!
違反しているのだ!足を引っ張っているのだ!恥を掻いているのだ!
その程度が理解出来んものが、忠義を理解出来ていると思うな!」
(ハイ失言頂きましたー。君が代表者です鴨葱さんいらっしゃ~い。)
「「「なっ!」」」
「もう一度言う!命令違反して損害を出したのだ!恥を知れ!
諸侯が従っているのは誰だ?私か、義勇軍か?何故私が軍師という役職に就いているのかを真剣に考え給え!
お前達は、殿下以外の言葉に従えぬか?殿下以外の発言はゴミか?
つまりお前達は、殿下に伝令も書類仕事も作戦指揮も兵糧の手配も、全て殿下だけが行うべきであり、全ての下働きは殿下にさせるべきだと言いたいのか!」
「「「ッ?!」」」
あれす君は言葉の緩急で相手の理解を誘導するのがトテモ得意である。
如何に口を挿み辛い話術を用い、言いたい事だけを言い切るかにかけてはいっそ芸術的だとすら囁かれている。
あ、今悪魔的とか付け加えた人。先生怒らないから手を上げなさい?
「「「ふ、ふざけるなッ!!!!」」」
「だから恥を知れと言っておるッ!!!」
「「「ッッッッ!?」」」
「我らの敵は、帝国であるッ!!」
「「「ッ?!?!」」」
「お前達の隣にいるのは誰だ!敵か?味方か?
関係あるかッ!!お前達は聖王諸侯だろうがッ!!
聖王の命に従い、聖王の盾、剣となって動く!それがお前達の誇りだろうが!
お前達は、あの程度の敵に怖気付いたのかよッ!!」
「「「ふ、ふざけるなッ!誰があの程度の相手にッ!!」」」
「好機が来たのだ!手柄の群れが来たのだ!!
お前達の、日々の成果を証明する機会がやっと訪れたのだッ!!」
「「「っ?!」」」
空気が変わる。
「お前達が帝国に臍を噛んだのは何故だ?辛酸を舐めたのは何故だ?
お前達が聖王家の旗の下に、馳せ参じられなかったからでは無いのか?」
「「「そ、それは……っ!」」」
「わぁ。」
誰だ今の。
「総力を結集せよ!聖王諸侯ッ!!これは前哨戦である!練習台である!
お前達の隣にいるのは敵ではない!同じ苦労を共にした同胞だ!!
お前達は、やっと聖王家の旗と共に、戦える日が来たのだ!
この程度の雑兵、刀の錆で丁度良い!」
彼らの眼差しの不満が色を変える。そうだ、自分達は無能ではない。タダ飯食らいでも無い。自分達の誇りを、証明しに来たのだ。
「たかがアンデッド風情、どうとでもなる!
此度の戦いで必要なのは、原因の排除と、貴殿らの腕試しだ!」
そうだ、あの程度の相手に恐れを為す筈も無い。
「錆を落とせ、刃を研げ!数世代振りの集団戦だ、連携に必要な手順を思い出せ!
お前達が集団戦でどれだけの事が出来るか、罪悪感無く蹴散らせる、実戦形式の訓練相手だ!一切の呵責無く叩きのめせ!
戦え!連中は、我々の踏み台になるために牙を剥いたのだッ!」
「「「おぅッ!!!!」」
「幸いにも敵さんは、正面に無策で並んでいる。
先ずは地均しだ!交代で前線を削り続けるぞ!
先ずは若手を中心に鍛え上げる!実戦経験の劣る者を前に出せ!
ベテランは後方に構え、援護に徹し手本を見せろ!
戦場で躊躇わぬ戦いを指導せよ!」
「「「承知っ!!」」」
「敵が焦れて次の動きを見せた時に戦況を動かす!
策を仕掛けて来るか、奥に退くか。果敢に攻め立てるか、敢えて下がるか。
全てを説明して動く心算は無いぞ、振り回すべきは敵だ!
将を信じ、同胞を信じよ!勝つのは我らだ、焦らず仕留めよ!」
「「「「「おぉぉッッッ!!!!」」」」」
高らかに。そう、高らかに鬨の声が上がる。喚声が上がる。
我らは勝ちに来た。たかが死霊、何するものぞ。
軍議は一致団結して士気高らかに進み、昼夜問わぬ防戦と交戦の手順を決めて、翌日の再進軍までの手筈を確認して終わる。
指揮官たる彼らの熱は、天幕に戻った彼らの手で一族郎党全てに伝わる。
「なあアレス王子。本当にコレ、ミレイユで不足か?
コレ俺、別に要らなかったんと違うか?」
「はっはっは。何をおっしゃる。
先程ミレイユ姫が何処にいらっしゃったか気付いておられで?」
休息用の天幕に戻ったアレスの傍で、ひたすらに絵を描き殴っていたミレイユ聖王女様がぎくりと肩を竦める。
何となくパトリックは妹の絵を覗き込むと。
アレス王子を囲み喝采を上げる、先程の天幕の景色が描かれていた。
「だ、だって!旦那様の凛々しい姿を残したかったんだもん!!」
「……うん。もう良いから、ここに兄さんの姿も忘れないでね。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
アルサンドル大渓谷のダンジョン〔死霊渓谷〕。
ここはゲームではサブイベントを熟す事で解放されるダンジョンマップだ。
初回のみ使用されるマップは二エリア分、単に最深部とその直前を繋げただけ。
イベントとしてはそれで問題無かったのだろう。
画面の端に到達した義勇軍は、マップでアンデッドが自然発生する事が在り得るのかと疑問を抱いて進軍。
それを最深部の砦の闇司祭達が発見する。
アンデッドの群れを死霊魔法で召喚して退路を断って、ボス砦から放たれる超遠距離魔法の射程内に追い込むという作戦だ。
ボス砦の周辺には明確な罠も無く、強いて言うなら物量の壁こそが罠。
進軍を遮っていれば一方的に討伐出来るという、戦力を甘く見た上での作戦。
まあゲームでやったらめったら捻っても話が分かり辛くなるだけだ。作戦として甘いところがあっても気にはされない。
「……来ないね、聖戦軍。」
「ああ、戦っては居るぞ。陣地を少しずつ進軍させている。」
「後どれくらいかかりそう?」
「まあ、明日の夜に到着するくらい?多分夜には攻めて来ないだろう。」
「じゃあ、明後日か。」
「そうだな、多分。」
待ち惚けしているボス達の日常は、話題に上らない。
※GW連続投稿4日間、3日目です。
ゲームでマップクリアせず、延々と湧き出る敵でLV上げ。
あなたもやった覚え有りませんかw?
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