90+2-1.間章 死霊渓谷の罠
※GW連続投稿4日間、2日目です。
※今回テンポ重視でちょっと長めです。
※25/5/5 誤字修正。
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アルサンドル大渓谷のダンジョン〔死霊渓谷〕。
こはかつて聖王国が帝国に総敗北を喫した因縁の地であり、今も尚死霊が徘徊し続ける悪夢の地として知られている。
本来この地では霧が発生する事は稀だったが、今はむしろ定期的に霧が広がる。
例の帝国と聖王国の一大決戦以来、この辺りは完全に昔の常識が通じなくなってしまっていた。
「けれど不思議な事に、この地は未だに苔も殆ど生えない乾燥地帯。
以上の事からこの地の変化は人為的、魔術的な代物だと推察出来るんだ。」
今アレスが率いるのは、今迄の様に義勇軍中心の部隊では無い。逆に義勇軍とは縁の浅く、繋がりが薄かった聖王諸侯軍を主力に据えて進軍していた。
調練を兼ねているのは間違いない。彼らは連合軍に慣れていないのだ。
未だに諸侯が独自裁量で動く感覚で戦場に出られては、大軍戦術が成立しない。
だが素直に君達の訓練が足りないと言えば、角が立つし反発は強まる。
なので今回は『聖王国の因縁の地を解放するので、聖王国諸侯主体の軍隊で解決しておきたい』という建前で編成軍を選別していた。
「成る程な。けれど良かったのか?兄上の方じゃなくて。」
今天幕で説明を受けているのは実質既に身内となっているミレイユ聖王女、その兄であるパトリック第三王子だ。
裏事情を説明するために今は第三者を排し、口調も腹を割ったものに変えた。
「まあぶっちゃけ聖都より優先出来ないし、この程度なら片手間で終わらせないと今後が困るしね。
かと言って殿下抜きだとここぞって時に命令無視して開き直るかもだし。」
「ミレイユだけでは重しとして不足か?」
「ミレイユ様がリシュタイン姫並に戦場へ出てたならともかく……。」
「女だてらにとかいう連中が、一番戦場を知らないってな。」
苦笑してそういう事かと相好を崩す。実際性別程度でLV差は覆らない。
魔法使いが戦士より弱いというのは腕力だけの話だ。適性を無視して自分優位の状況でのみ事を語る連中に、戦を語る資格など無いのだが。
「なんにせよ、この地が解放されるのは素晴らしい事ですわ。」
ダンジョンの破壊。これはゲームでは不可能な試みだ。
本件は、アレスにとっても特別な意味を持つ。
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〔死霊渓谷〕は6階層の直進6マップで、大きな障害物は無い。
ちょっとした岩場が点在するだけで、後はボスを倒さないと先へ進めない。
何故なら雑魚であるアンデッドは、倒す度に所定の位置から無限に追加され続けるからだ。
勿論これはゲームの話だが、現実の中でその現象が再現されるかは確認必須だ。
それともう一つ。
このダンジョン、初回だけボスが登場して以降ボスが登場しない。
初回だけ義勇軍を待ち伏せした、闇司祭が襲って来るのだ。
出陣総数は精鋭、銀装備ハイクラスに限ってはいるが最精鋭部隊以外は戦力的には若干普段より劣っている、凡そ一万部隊。
義勇軍とは言い難いが、果たして原作通り襲撃があるのか否か。
あるとしたら是非とも、初回のみ披露される限定魔法。その術式は原作でも類を見ない程特殊な代物で、非常に興味深い代物だ。
何としても敵に破壊される事無く入手し、解析したい魔法だと云える。
「【昇天魔法】ッ!……うんうん、先ず先ずの結果だね。」
ジルロックが披露している魔法は原作に存在しない。
何故ならアレは、彼が独力で開発成功したオリジナル魔法だ。
範囲としては個体狙いであり、劣化【退魔陣】に過ぎないが、【退魔陣】より大分射程が長いという利点がある。
だがそんな些細な事を気にする者は、この場には存在しない。
何よりこれは、単なる新呪文の開発以上に有り得ないとされた事態なのだ。
「そ、そんな、まさか……。
神が授けた神聖魔法を、人の身で再現出来る筈が……。」
驚愕に打ちひしがれているのは〔デルドラの神官房〕出身の僧兵バルザムだ。
今まで回復魔法を始めとした一部の魔法は、神聖魔法として神が授けた魔法だと云うのが従来の常識だった。
特に浄化魔法は神の御業の象徴とも言われる秘儀。
彼らにとっては神の奇跡という看板、信仰の証を否定された気分なのだろう。
だがジルロックは事も無げにバルザムの悩みを否定する。
「多分それ、違うんじゃないかな。
そもそもボクはさ、神聖魔法の中身自体に疑問があるんだよね。
君らは変だと思わなかった?従来の回復魔法を全部並べてみて。」
「何が言いたい!」
衝動の侭に噛み付くバルザムを抑え、しかし疑問に思う部分はあるアレスも首を捻りながら会話に参加した。
「補助魔法に【退魔陣】が含まれる理由か?」
一般的には術の難易度が頭一つ高いからと言われているが。
実際補助魔法はハイクラスでしか習得出来ない点も、この説を裏付けている。
「もう一つ、回復魔法側にも違和感がある魔法が無い?」
「【飛行域】、いや【光縄魔法】の方か?」
ゲームでは【飛行魔法】があるのに何故、と思ったが。
一応怪我人の搬送用と考えると、意義は理解出来なくも無いのだ。
だが【光縄魔法】は何故か『本来は登攀用の移動魔法』という、謎の補足が存在している。まるで別の用途で開発されたかの様な文面だ。
「その通り。しかもオーブはともかく魔導書に記載する呪文の文字は、神聖魔法と基本的に同じだ。まるで揃えたかの様にね。」
それ自体は別におかしな話では無い。教会も特に魔法を邪悪なものとは定義しておらず、闇魔法を使う事も禁じていない。
教会が否定しているのはあくまで、死霊魔法等の人の理に反した魔法だ。
だが今の文脈は別の意味に聞こえる。
「お、お前は神聖魔法が全て人の手で創られたとでも言いたいのか?!」
「いや、それだと三神具やらの存在が説明出来ない。
神の実在は間違いないとボクは思っているよ。けどさ。【昇天魔法】ッ!
別に人が創ったものを、神が利用したっておかしい事じゃないと思うよ?」
「そ、それは……まぁ。」
だが実の所、神官は一般的な魔法使いを嫌う傾向がある。
その理由の一つが、神聖魔法には攻撃魔法が存在していないという点だ。
彼らの教義には「神々は争いを助長する魔法を与えなかった」とあり、光属性の攻撃魔法は全て神聖魔法には分類されていない。
だが回復魔法系以外にも神聖魔法とされる魔法がある。つまり神聖魔法とは、光属性の非攻撃魔法全てだと言われているのだ。
そして状態異常系の補助魔法も神聖魔法には含まれない。
補助魔法の中で唯一神聖魔法に含まれるのが人にダメージを与えない【退魔陣】になるのだが。
「正直ボクは【退魔陣】が神聖魔法という説に疑問を抱いているよ。
だって現実問題として、ハイクラスになる伝手の無い高LVクレリックはLV3の神聖魔法を覚えられるって言うじゃない。
本当の神聖魔法はクレリックが修得出来る分だけなんじゃない?」
「ば、馬鹿な!神々が死霊の跋扈を認めたというのかッ!」
バルザムが今度こそジルロックの襟首を掴んで黙らせようとするが、当の本人は全く気にした様子も無くまるで講義の様に話を続ける。
「君は神聖魔法がいつ神々から授かったのかを知っているかい?」
「神話の時代の話だ、知る訳が無かろう!」
「じゃあ【神聖魔法】を授かった頃、未だ【死霊魔法】が存在して無かった可能性もあるよね?それとも不死者が誕生した時期は知っているのかい?」
「い、いや……。それは……。」
流石に反論出来ず、バルザムが勢いを失う。
「多分だけど、【光縄魔法】は神が改良した魔法なんだ。
そして他の回復魔法全般が神聖魔法――神が人にも扱える様に開発した魔法。
【退魔陣】は神聖魔法を参考に、【死霊魔法】対策に後世の人間が開発した魔法なんじゃない?
だから補助魔法分類で、ハイクラスにしか使えない。」
因みにゲーマー的にはゲーム会社の設定ミスか、難易度調整だと言われてた。
アンデッドにも復活するものとしないものがあるため、両方とも鎧袖一触に撃退可能な【退魔陣】はゲーム難易度的にハイクラス登場まで使わせたくなかった、という説だ。ゲーマー的には中々説得力のある答えなのだが。
【光縄魔法】はプログラミング段階での担当部署が違ったための凡ミスで、辻褄合わせに入れ替えたんだろうという解釈だった。
今考えると、結構な風評被害だったかも知れない。
まあそれはさて置き。
「おいお前さん達、そろそろ仕事を再開してくれませんかね!
ここ戦場なんですよっ!!」
今や其処ら中で乱戦が始まっていた。既に前線を一部突破されている。
現状間違っても講義や口論をしている場合では無いのだ。
何より途中から彼らの会話に加わらなかったのは、アレス自身がアンデッド討伐に参加していたからだ。今回の敵は、とにかく多い。
どうやら今の今迄、アンデッド達を討伐出来る人員は殆ど来なかったらしい。
今いるアンデッドの数は後続が次々と参戦し、尚も溢れ返る位数が多かった。
推定総数ン万前後。幸いLV的には初期クラス止まりが大半。
だがぶっちゃけ十倍近いと、数を減らすまで調査どころじゃない。
◇◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョン〔死霊渓谷〕の最深部は何処か。
それはアルサンドル大渓谷の中心部にある、崖際の小山だ。
厳密に言えば元土砂崩れの跡地だが、既に長年の風雨で固まり終えており。
開戦前は比較的安全な旅路のための宿泊砦が建造されていた。
だが聖王国敗戦前に帝国が殲滅し、今は死霊達の巣窟となっている。
……筈だった。
周囲を死霊達に守られた砦は、死霊達の使役者にとっては安全な要害となる。
〔渓谷砦〕に集った闇神官達は、本来代表者であるたった一人の闇司祭に傅かねばならない立場の筈だ。
だが不思議と彼らの間には、遅れて訪れた闇司祭相手に敬う気配は見られない。
それどころかやっと来たかと弛緩した、気安い空気が流れ出す。
「やあやあ同志諸君、遅くなったが喜ぶがいい。
ここ数年左遷同然の日々を過ごす羽目になったが、漸く我ら全員に栄達の好機が訪れたようだぞ。」
「遅せーよリーダー、もう聖王国軍は突入を開始しているからな。」
「まあそういうな、本国の許可は得た。
現段階の成果を報告すれば、自信があるなら迎え撃って良いとな。」
それもその筈、この場の全員は同期であり同年代。彼らは新たな闇魔法の開発に勤しむ同じ研究班という間柄だ。
闇司祭に昇格した一人も彼らにとっては代表者という意味しかない。リーダーと呼ばれた闇司祭自身、彼らと離れた栄達など考えられない。
ある意味この扱い辛さこそが、彼らが左遷同然にこの砦で研究を続けていた要因の一つだった。
「そりゃ朗報だ。つまり負けるって思われてんじゃねぇか。」
「全滅するまで戦えって言われるよりマシでしょ。
渓谷北側の閉鎖は終わったし、出荷予定だった封印済み死霊達も一通り倉庫から解き放っておいたわ。」
「助かる。如何に聖戦軍とて、数万の死霊を相手に苦戦は免れまい。」
普段この渓谷に溢れていたアンデッド達の数は数千程度だ。
多少の逸れは出るとしても、基本的に彼らは渓谷から出られないし互いを仲間と認識していない。
それはアンデッド同士で争わせ、より強力な個体を産み出すためだ。
渓谷内で破壊されたアンデッドは渓谷中に張り巡らされた結界によりやがて復活するが、成長したアンデッドが弱体化する事は無い。
一定以上に成長したアンデッドは戦力として封印し、帝国に出荷するのが普段の任務であったが、聖王国軍と渡り合える戦力はあると自負していた。
本命の研究で中々成果を出せない今、手柄を挙げる好機は逃せない。
「【遠望雷嵐】班が成果を出して全滅したせいでこっちは無能扱いだからな。
全く、やってられないぜ。」
「あっちは遺失魔法の解読、こっちは新魔法の開発だってのに。
難易度の違いが分かる奴らが全滅したってのがお寒い話よね。」
互いに上司が違い、本来であればライバル同士の間柄の筈なのだが。
その敗れた理由が研究とは無関係、独断で戦場参加を強要していた無能中間管理職の所為と聞けば、同じ研究者の身の上では同情するしかない。
ある意味明日は我が身だと思えば尚の事、いい加減出世せねばという焦りが彼ら全員を焦らせる。まして聖王国は今、殆ど奪還されつつある。
これは逆境であると同時に、チャンスでもあるのだ。
何より自分達は、隠れ潜めとは言われたが脱出の許可は下りてない。
つまり本当に、明日というか今日の我が身になりかねない。
「幸いにも聖王国軍はアレス王子が率いてこそいるが、総大将はパトリック第三聖王子の方だ。つまり主力は未だ聖都に待機中。
今なら文字通り、大金星も夢ではない!」
おぉ~。と軽いノリの拍手が叩かれる。リーダーの勝算は自分達の勝算。
歓迎しない筈はない。
「さあかかって来るがいい、我らが魔龍ヨルムンガント神の怨敵共よ!
貴様ら全員、我らが秘術【逢魔降雨】の餌食にしてくれよう!
やるぞ!マイケル、ボブ、ジュディ、イアソン!」
「あ。ジャギー、ちょっと良いか?今伝令が届いたんだけど。」
ふははははっ!と高笑いする脇でトイレ中座していたイアソンが戻って来た。
一斉に椅子を立ち上がった三人は拳を振り上げずに座り直し、ジャギーは黙って席を立っていたイアソンに非難の眼差しを向ける。
「何さ。」
「いや。聖王国軍が南の渓谷出口に防衛線を引き終えたから撤退したって。
これ多分、先にアンデッドの壁を削ってから突入する気じゃないかな。」
「「「…………。」」」
そりゃそ~だ。思わず全員納得する。
考えてみれば敵は無理して混戦を維持する理由は無い。何せ相手は知性無きアンデッド、全滅させる心算なら焦らず長期戦を睨んで消耗を避けるべきだ。
奥に深入りするなら、壁を削った後にするだろう。
「……おい!どうするんだ!いきなり虎の子の物量が空振りしたぞ!」
「だだだ、大丈夫だ!未だ連中は強いアンデッドと戦って無いじゃないか!
イーブンイーブン!未だ慌てる様な時間じゃない!」
「本当に大丈夫なんでしょうね!ていうか今からでも強い奴は再封印した方が良くない?!蟲毒術式はちゃんと解除しているわよね?!」
「ていうか敵の精鋭なら普通に強行突破出来るでしょぉ!?
今更虎の子を再封印したら、解放だけで俺ら力尽きるでしょぉッ!?」
皆揃って、振り上げた拳はジャギーに振り下ろした。
彼らは全員研究職。戦術素人の集まりである。
※25/5/5 誤字修正。
※GW連続投稿4日間、2日目です。
全滅したサンダーストーム班については、本編クラウゼンの猫雪崩を参照にw
あれはどっちにも嫌な事件だったね……。
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