90+1-2.間章 師匠を求めて三千里2
※GW連続投稿4日間、1日目です。後編。
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〔闘将〕ハーゲストの紹介で訪れたのは、聖都ジュワユーズの外。
小さな森の中に存在する、これまた小さな庵だった。
何でも彼は聖王国の最精鋭ナイト騎士団が一角、迅雷騎士団長だったという。
加齢を理由に職を辞した後は実子に家督を譲って楽隠居しながら、見所のある子を養子として引き取って弟子として育てているらしい。
闘将ハーゲストも、彼に見込まれた弟子の一人という訳だ。
「……成る程。言われてみれば納得出来る面もあるか。
剣聖殿は『傭兵四極』を体得していなかったと聞いていたから、無意識の内に除外していたようだわい。
確かに、発展前。開発過程と見れば修得価値はありそうだの。」
「では。」
「対価として、こちらも一秘剣で構わんからコツを教えて貰いたい。
だが生憎、直ぐに同行出来るとは言えない状況でな。」
それさえなければ直ぐにでも、と言いたいのだがと頭を掻き。
はて何か問題がと、今集めている最中の近隣トラブルの情報を回想するが。これと言って思い当たる節も無い。
「実はこの近隣で、謎の失踪事件が持ち上がっていてな。
最初は盗賊団か何かかと思ったが、逆に盗賊団が丸々失踪した痕跡が見つかってから事件の風向きが変わったのだよ。
失踪者は全て、この辺りの森に入った者達に限られていた。」
そこまで言われれば離れられない理由も見当が付く。
「つまりあなたも容疑者に上がっている、と?」
「まさか帝国がこの手の事件を捜査してくれるとは思うまい?
奇襲には相応の術が必要だが、素人には理解されんのだ。実際儂なら失踪者全員殺せる自信があるしのう。
だがこの庵にも数名弟子がおる。普段なら任せても良い者が居るが……。」
成程。しかも当分聖都から調査隊が送られてくる可能性も低い。実際それどころでは無いと、アレス自身が知っている。
「確認します。カーディアン殿の目的は失踪事件の解決と、疑惑の解消。
それさえ叶えば同行と伝授には承諾して戴けるのですね?」
「無論だ。しかし当てはあるのか?」
「当ては無くとも手段はあります。
アサシン昇格済みの密偵部隊百人を動員し、この一帯の山狩りを行います。
別に私だけで調査する、と言った条件は付いてませんよね?」
「あ、うん。そういや君、王子だったな。
……え、百人?ハイクラスを?」
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百人と言ったな?あれは嘘だ。
結局近場の村を拠点に騎士団が三百人、密偵部隊を二百人の計五百人部隊で捜索する事になった。
まあ半分はオイラの護衛兼監視らしい。聖戦軍重鎮のやる仕事じゃないって割と本気で怒られちまったい。
仕事はちゃんと他の連中に分担させたのにね?
ともかく伝令待ちである。一応わたすも『探索』手段持ちですが、物量で調査をするなら周辺警戒に努めた方が堅実だからね。
大人しく《治世》だけの捜索に努めます。
「殺害現場?なのに推定?」
奇妙な報告に現地へ向かうと、成程と散乱する馬車の残骸を見て頷いた。
馬は無い。死体も無い。だが血飛沫の跡は複数ある。恐らくは致死量のものも。
何より奇妙なのは、馬車の荷台が中から破裂した様に砕け散っている点だ。
荷物も驚くほどに少ない。だが残骸を見るに、食糧を積んでいたのか。
「成る程、こりゃあ推定になるわ。」
地元民しか知らないであろう獣道で、状況だけ見れば獣に襲われた可能性が一番高そうだが、問題は足跡の類が見当たらない点にある。
何より人や馬を丸呑みにする様な生物など……。
キャスパリーグ以外に心当たりが無い。竜?馬は……ギリイケるか?
だがアレならば毛が落ちる程度の痕跡は出るだろう。そもそも丸呑み想定の巨大生物が痕跡を残さないなど有り得ない。
単純に考えれば偽装された人間の仕業だろう。だろうが。
しかも問題は、数人単位の人が居た痕跡は全て残っている点だ。
被害者のものと一致しているが、人間なら犯人側が殺人を隠蔽せずにいる理由に全く見当が付かない。
だが念のため。手掛かりを調べる間念のため。
《治世》で近場の洞窟を中心に探るも、普通の動物の痕跡しか見当たらず。
天幕を出て肩を解すと、遠目にこちらに近付く二つの蛇目と目が合った。
「て、敵だァ~~~~~~ッ!!!!」
暗がりから長い鎌首をもたげるその姿はまさに巨大な黒蛇、その頭部だった。
アレスが慌てて剣を抜く傍ら、向こうも気付かれたのは予想外だったらしい。
鎌首を引き絞って即座に体をくねらせて距離を詰める黒蛇に対し、アレスは視線を離さぬままに周囲が開けた場所へと走り出しつつ。
『鑑定眼』で標的を確認し乍ら、現在位置を周囲に知らせるため【中位落雷華】の雷を一直線に叩き付ける。
【三尾黒蛇、LV35。モンスター。
『神速、反撃、必殺、魔障壁、連段』。『怪人の資質、巨人の資質』。
『潜伏、物見。』『毒牙、~】
(ん?三尾?ていうか連段?)
ぱっと見頭部一つしかない大蛇が鞭の様にしならせた尾が頭上で弧を描き、まるで蹴り飛ばす様に突き刺さる雷球を『叩き弾く』。
理解が追い付かないアレスの視界がいやにスローに見えて。
不意に通り過ぎてる最中の筈の尻尾がこちらを狙っている気がして。
まるで影が卍の文字を連想させる捻り具合に(三尾?)と脳裏を過ぎり。
「うぁわをッ?!」
回転蹴りの様な袈裟切りならぬ袈裟蹴り、いや袈裟薙ぎを全身怯える様に傾けて避けるアレスの脇で。
地面が破裂しそうな音が弾ける。
だがそこへ燕返しよろしく三本目の尾が二つの尾を回転軸に角度を捻り、宙に浮いたまま首筋を狙い澄ました分厚い尻尾を、【魔王斬り】によって切り弾く。
(え?蛇が『魔障壁』をやるの?尻尾で?)
丸太の様な尻尾が姿勢を崩し、滑る様に地響きを立てながら螺旋の様な蜷局を撒くと遠近法で突然巨大化したように錯覚する。
全身が伺える様になれば、成程確かに巨大な三本の尾が胴の辺りで一本になり、長い鎌首を支えているのが見て取れる。
視線がアレスと重なったのは、こちらの様子を伺っていたからか。
地響きと雷光で事態に気付いた周囲が慌しく動き出し、副将として参戦していたスカサハも指揮を任せてこちらに駆け付ける。
「う、うぉおおお?!なんだこのデカ過ぎる大蛇モドキは?」
「分からんが魔法は弾く!あと『毒牙』持ちで見た目よりずっと素早いぞ!」
とにかく仕掛けて見なければ始まらないと、蛇の死角を意識しながら切り込むとぎょろりと目が追尾しアレスに鎌首と尻尾を狙い定める。
だが踏み込みの間合いをずらして距離を詰めると即座に『連撃・翻り』に繋げて弧を描いた二の太刀を重ねる。
傷口こそ近かったが両断には至らない。
何より渦巻く尻尾が『反撃』にとしなり、薙ぎ払いの一閃を叩き付ける。
「何のぉっ!」
『反撃・削り鶴瓶』。
ブリジット将軍が見せた必殺『薙ぎ削り払い』の要領で抉る鱗を受け流し、切っ先を徐々に傾けて刃を滑らせ。
攻撃を凌ぎ切った瞬間に刃を跳ね上げて切り落としへと繋げ、斬撃を見舞う。
場所こそ違えど三太刀目。それなりに流血を強いたがこの程度では怯んでもくれない様だ、流石は野生というべきか。
三尾のどれかで重心を翻し、思わぬ角度から襲い掛かるこの巨大毒蛇は思いの外合理的な体躯であるらしい。
存外隙の無い動きにアレスとスカサハ以外は碌に近寄れず、手を拱いている。
自分達とて迂闊に斬り合えば重量負けして容易く弾き飛ばされる有様だ。受け身こそ取れているが厄介この上ない。
「おい!こいつが行方不明の元凶なのか?!」
「さっぱど分からね!ていうかぅええええ~~~~~?!」
足跡がまるで残っていない違和感に気付き、何より空き地では不利と悟ったか森の木々を盾にするように下がると。
目の前にいるにも拘らず木々の影に同化するかの様に溶け込み、全員の見ている前で姿が消えた。
「な?ぎ、擬態?ていうかあの巨体で?」
保護色なんてチャチな話じゃない。隠れ切れる筈の無い巨躯が見事に闇に紛れて眼前で見失ったのだ。アレスとスカサハが、警戒している中で。
(はっ!『潜伏』?!
そういえば技能名が『伏兵』じゃない?!)
少なくとも一旦発見された状態では『伏兵』技能は効果を発揮しない筈だ。
だが『潜伏』。忍術【葉隠れの術】は『潜伏』と呼び分けられていた。意味的に同じとゲーマー的には差異が見当たらなかったが。
(まさか違う効果なのか?『潜伏』は目の前で隠れる事が出来るのか?!)
このまま逃げられては拙いと慌てて森の中に踏み込み。
不意に景色へ違和感を感じて咄嗟に視線を横に向けると。奇妙に分厚い影が差していると気付いた瞬間、狙い澄ました『毒牙』がアレスに迫る。
「チュィンッ?!」
思わず謎の効果音を叫びながら、『神速』で間合いを外して躱し切る。
「【落雷剣】ッ!!」
狙い澄ましたスカサハの一撃に怯んだ黒蛇が、体を捻って追撃の間合いから逃れて周囲へも警戒を向ける。
そして気付く。先程まで暴れていた場所には痕跡が沢山残っているが。
奇襲してきた今の間、今も体躯の下は草木一つ抉れていない。
例外は、スカサハの【落雷剣】で薙ぎ払われた真下辺りだけだ。
「っ影だ!コイツは影の上を這う限り、痕跡を一切残さない!
この黒蛇は、影に溶け込む能力を持っているんだッ!!」
「「「ッなぁ、何ぃっ!!!」」」
初めて聞く魔物の特殊能力に、周囲から一斉に驚愕の叫びが上がる。
アレスが思わず声の方を見ると、兵達が全員盾を構えて観戦モードに入ってた。
「貴様ら、後で訓練倍な。」
「「「イエス、マイロードッ!!」」」
犯人がコイツで当確した今退路を断つのは重要だ。
自分に言い聞かせながら再び隠れられる前に距離を詰め、『必中・疾風』による加速斬りへ繋げる。
空気の渦による思わぬ加速に反撃の機会を見失うも、三尾による渦巻き払いは左右から挟み込む二人にとっても十分な圧力だ。
だが実際の一撃は両者を同時に狙えないと、既に間合いを見切っている。
『多段』攻撃を活かすには一人に攻撃を集中させねばならず、硬い鱗と言えども金属鎧と比較すれば絶対的な強度とは言い難い。
何より【奥義・封神剣】は鱗の強度をすり抜ける程の精密斬撃だ。
だが次の瞬間、毒牙を煌めかせた黒蛇の頭部が高速回転しながら伸びて貫く。
「っ?!」
咄嗟に攻撃範囲のみを『見切って』躱し切るが、間合いの外から攻撃の正体を伺い抉れて砕けた大木を前に、何をしたのか把握する。
(三尾を回す回転を跳躍の勢いに変えたのかッ!)
人に例えれば今までは足払いの様に手を床に付きながら両足か頭突きを噛ましていたところを、手足全部を使っての頭突きに切り替えたのだ。
実際には蛇の身体なので、地面を抑え込む三尾の捻りが正位置に体を戻す勢いで頭部が回転。毒牙による捻り噛み砕きとして殺傷力を高める一役を買った訳だ。
差し詰め今のがあの三尾黒蛇『必殺』の一撃か。
「だが、見切られてしまえば大した種じゃないな。」
再び影に潜み、小さ過ぎる筈の藪の中へ紛れる三尾黒蛇だが。
そうと分かって『物見』の観察眼を駆使すれば、陽炎の如き動きで藪を移動する影がアレスには見破れる。
跳躍に合わせた【魔王斬り】が、巨体の『必殺』を斬り払う。
跳ね上げられた頭部が勢いを失い、無防備な胴をアレスの前に晒し。
九度の斬撃が黒蛇を切り刻む。
背中へのスカサハの【武断剣】二連撃に、アレスの腹部への【武断剣】だ。
全身から飛び散る血飛沫と弛緩した巨躯の倒れ込む振動が、力尽きた黒蛇の生命力を物語る。
勝利の歓声を上げる兵士達の視界の外で、頭部に弾かれたアレスは咄嗟に枝の端を掴んで墜落を免れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆
庵へ報告に訪れたアレスはカーディアンの一言で思わず息を呑んだ。
「成る程ねぇ。とするとここが『四極』発祥の地っていう噂も強ち嘘とは言えないのかも知れねぇなぁ。」
アレスの記憶に三尾黒蛇なる魔物が出現したイベントは無い。
そもそも『傭兵四極』自体無かったのだから当然と言えなくも無いが、ゲーム化されていないだけで全て『必殺』スキルに統合されていた。
ゲーム内でも『四極』が存在していた可能性が在り得るとは言え、未知の巨大生物まで存在していたとなると話は別だ。
益々ゲームに語られていなかった情報が、存在しない証拠とは言えなくなる。
だが今はそれよりも、集中すべき話がある。
「それはどういう意味でしょうか?」
「ちょっと見てな。」
カーディアンは短剣を引き抜くと、刀身に魔力を這わせる。
すると刀身が揺らぎ、陽炎の様に刃の向こう側の景色が揺らいで映る。
「これを切り合いの中で実践したものが『必中・朧』だ。
どうだ?お前さん達が見た黒蛇の『潜伏』手段とやらも、これに似た感じだったんじゃねえか?」
「ッ!?……そうですね、確かに似ています。」
そうか、単純に光を屈折させるという話では無かった訳と深い溜息を吐く。
取り敢えず黒蛇は他にも一頭発見したが、倒すのはその一頭までであると報告をしておく。恐らく繁殖しているだろうが、魔物の撲滅までは仕事じゃない。
そういう存在が居ると、告知した上で現地の者に任せる。
それが統治者の仕事というものだ。
「ま。生態系を変えるまで責任取れとは言えねぇな。
約束通り、習得まではきっちりと面倒を見よう。そっちも対価を忘れるなよ。」
「勿論、これからよろしくお願いしますよ師匠。」
固く握手を交わすアレスの背後で。
移動中に処理させる書類を抱えた文官達が、無言でにじり寄る。
※GW連続投稿4日間、1日目です。後編終了。次回から三話完結短編。
ゲーム性を否定する解決策、国家権力を躊躇無く用いるアレス君w
当然ゲームでは発生しないイベントですw
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