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89.第二十一章 聖都奪還・終局

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 尖塔の上から見下ろした戦場は、既に大部分が集束に向かっていた。


 聖都城下での戦いは既に、敗残兵とそれ以外の乱闘でしかない。

 逃げ場を失った兵士達が稀に民家へと押し入るが、その成果は当人達が望む様な恵まれた代物では無かった。


 帝国兵にとって聖都の住民とは、死に怯え互いに庇い合う弱者でしかなかった。

 だがそれは全て昨日までの話だ。今の彼らは味方がいる。助けてくれる知人達がいる。駆け付けてくれる騎士達がいる。

 だから今だけ立ち上がればいい。そうすればきっと家族は助かる。後ほんの少しで全てが解決する。

 その希望が、彼らをそっと後押しした……。


「はっはぁ!帝国兵も武器が無ければ哀れなもんだなぁ!」


「止めて!謝るから!もう謝るから!」


「うるせぇ!お前らが今まで止めた事あったかよぉ!!」


「はい程々にしてね~?

 そいつ等には死ぬよりつら~い強制労働が待ってるんだからぁ。」


「えぇ~?せめて一本!腕か足の一本!」


「駄目だよ~?搾り取るなら徹底的に搾り取らなきゃ損でしょ~?」


「あ、悪魔!お前達の血は何色だ!!」


「「「お前達と同じ色だよ?」」」



……止めよう。ちょっと続きが気になるけど多分ずっと終わらない。

 城の中では統率が取れている分、外ほど興味を引く光景は無かった。


 兵をまとめ、順番に敵を掃討し、捕虜を捕縛した上で運び出す。

 強いて言うなら余程手慣れているのだろう。


 極めて機械的かつ冷静に分担し配分して、侍女や従者等の非戦闘員は捕縛こそしないものの、別個の部屋に集めて待機させて食料等を配りながら監視する。

 非戦闘員に紛れた者達が窓へと逃げ出したところを、網を張った籠に気付き必死で踏み止まった上の階から長槍で突き落とす。


 後はそのまま網を丸めて引っ張れば捕縛完了だ。毒針を刺して麻痺させてから、身動き出来ない敵兵を引きずり出し……。



……いや、だから何だこの軍隊。何でこんな変な所が手馴れてるんだ。窓の下に並べられた籠とか、あ!食料輸送に使ってた奴かってだから何でじゃい。


 本命の闇竜が暴れていた筈の方角へ視線を巡らせると、戦場近くの屋根の上から微かに魔力の気配が漂っている。

 素顔を隠す〔物見の仮面〕に魔力を注ぎ、迷彩の痕跡を探ると。


 空から降り注ぐ雷が弾けた。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 前線に出る四人が交互に、若干雑な対象方向から切りかかる。

 正確な対角線は時々で、時に時間差で切り込めば前後同時に反応しても、片方は空振りする羽目になる。

 狙われた側が回避に専念し、反対方向の者が手傷を重ねる。


 武将戦力のみで立ち向かったアレス達一同は、ダークドラゴン相手に真っ向から挑み続ける。既に戦局は彼ら優勢に傾き、次第に圧倒しつつあった。


 連携訓練まではしてないが全員がある程度気心の知れた仲であり、一流と言えるLVにまで上り詰めた武将達だ。

 互いの得意不得意ぐらいは把握しており、状況に応じた最善手も察しが付く。

 即興だろうと連携を取る上で不足は無かった。


「【中位破邪柱(アレイスター)】ッ!」


 ガァッ!!と怒りの鉤爪を振り上げたダークドラゴンが光の柱に呑まれる。

 隙を埋める形で三人の魔術師から代わる代わる放つ光の魔法が、『魔障壁』を用いた直後を狙って突き刺さる。

 半死半生に追い込まれた闇竜の首に、レオナルド王子が距離を詰め。


「【遠望雷嵐(サンダーストーム)】ッ!」

「「「なっ!!」」」


 ()()()()()()向かって、アレス王子が嵐の如き放電を叩きつけた。

 驚き周囲を警戒しようとするレオナルド王子に、屋根から視線を外さずアレスは彼の背後に立つ。


「先に止めを!」

「ッ分かった!」


 動じた闇竜も反応が遅れ、『必殺』の【落雷剣】が首の根を断ち切る。

 彼らに背を向けたまま見上げるアレス王子の視線の先には、『魔障壁』で雷撃を払った人影があった。


「……驚いたわ。密偵職以外に【魔法潜伏(ハイドマント)】が見破られるなんて。

 一体いつ気付いたのかしら。」


 外套を後ろ手に払い、朱色の髪が炎の様にたなびき人影が立ち上がる。

 魔力が霧散し、傾く夕日が屋根に反射した瞬間。虚飾を剥ぎ取った邪悪な気配が見る者の背筋に寒気を這わせた。


「俺はいつだって止めを刺す瞬間の横槍を最大限に警戒しているよ。

 初めましてと言うべきかな、暗黒教団のお姉さん。」


 良くない流れだ。原作に赤髪の闇司祭など登場しない。人を竜に変える手段など存在しない。『伏兵』の効果を有する魔法など聞いた事も無い。


「あらご丁寧にどーも。闇司教クトゥラカ、お初にお目にかかりますわ。

 我が弟子が随分と世話になったわね、アレス王子。」


 これは原作では起こりえない局面、未知の状況。

 バタフライエフェクトかイレギュラーのどちらかあるいは、その両方だ。


「ふむ、生憎弟子と言われてもね。

 生憎切った闇司祭達が全員名乗った訳でも無し。」


 皆が臨戦態勢を維持する中、アレスは努めて軽口を交わす。

 『鑑定眼』は彼女の肩書が偽りなく司祭の上、司教であると証明する。


「まぁあなた達に分からなくても無理は無いわね。

 私が手塩にかけて育てた我が弟子シャパリュはクラウゼンで戦死して、その研究成果キャスパリーグは私の研究を一段高みへと押し上げてくれたわ。」


「あの「はっ!まさかあのクラウゼンに居たやたら有能っぽかった研究員?!

 今まで遭遇した教団員の中で一番地獄見せてきた恨み骨髄、敵じゃなかったら物凄い勧誘したかったあの猫の王の事かっ!!」……子が。」


「え?まさかあの研究資料だけで一緒に仕事出来たら絶対旨い酒が呑めるって確信させたあの画期的且つ機知に富んだこの〔雷の結晶眼〕の持ち主の事かい?!」



「 落 ち 着 け マ ッ ド 共 。」

「「はい。」」


 剣姫様、目が据わってます。



「あらあら、思ったより評価高かったのねあの子。

 まあ良いわ、どうせ恨みでどうこうなんて私の柄じゃないし。」


 毒気を抜かれたか見開くようだった金壺眼から勢いが抜けると案外整った明眸をしており、黒いドレスで強調される肉体美は豊満で色気に満ちている。

 これほどの美女でありながらここまで警戒心を煽るのも珍しい。


 冷や汗を隠したアレスは、時間稼ぎの傍らハッタリを兼ね挑発的に口を挟む。

 致命傷はいないとはいえ軽く無い怪我を負った者達は、今も治療を受けている。彼らが戦線復帰出来れば最低限の安全は確保出来る。だが未だ駄目だ。

 今の戦力では確実に何名かは死者が出る。


「あんたがダンタリオン皇太子をダークドラゴンに造り替えた張本人。

 新しい《闇神具》の開発研究者だな。」


「「「っ?!」」」


 作中に登場しない大幹部など限られる。《闇神具》はストーリーの進展によって強化され、新しい物が登場した。

 それは作中で誰かが研究していた事を意味する。


「正解よ。あの闇神具《邪竜冠》は間違いなく私の作品。

 人格が残せなかったのは今後の課題だけど、人をダークドラゴンの依り代にする実験は一応の成功と見て良いわね。」


 《闇神具》は邪龍の力を分け与えられた物だ。貸し与える対象は選別されているのに、誰彼構わず研究する許可が下りる筈も無い。

 故に、相手は相応の大幹部以外には有り得ない。


「き、貴様ぁ!なんという外道な真似を!!

 お前は人の命を何だと思っているッ!」


……おかしいな、オイラ敵の命は晩飯以下って連呼させられたぞ?

 ちょっと北部の常識に疑問を抱きながら、レオナルド王子の叫びに空気を読む。


「あらあら、彼を討ち取る気でいたあなた達が言うの?

 私は単にチャンスを与えただけよ?別に彼で実験する必要は特に無いもの。」


「……アレス王子、顔が煩い。

 言いたい事があるなら言ったらどうだ?」

「ごめんなさい。」


 いや真面目にやってはいるんだよ。単に良識ある意見を久々に聞いただけで。

 慌てて頷きかけた頭を下げて、咳払いして仕切り直す。


「ダークドラゴンは邪龍ヨルムンガントの眷属だ。邪龍が自在に眷属を産み出せるなら必要の無い実験の筈。

 今の不完全な状態で新しい眷属を増やすための実験ってところか。」


「あら?じゃあ以前聖都を攻略する際に用いられた眷属達はどうしたのかしら?

 あなたの推測通りなら、私達は未だ闇竜を呼び出せないんでしょう?」


 クトゥラカを名乗った魔女の口元が、裂ける様に笑みを形作る。


「今の依り代に無理をさせれば多少は力を振るえるんだろ?さもなくば断片的とはいえ《闇神具》を用意出来た理由が分からない。

 まさか全部〔邪龍大戦〕時の使い回しだけじゃない筈だ。」


 むしろ邪龍が力を振るえるなら直接力を与えた方が良い。《闇神具》の必要性は下がる。彼らが《闇神具》を増やそうとしているなら。


「そうか!《闇神具》はあくまで邪龍復活のための足掛かりなんだ。

 《闇神具》が増えれば増える程、邪龍の復活は早まるって事か。」


 ジルロックに頷くアレスの指摘に、堪え切れなくなったクトゥラカは嘲笑の様な甲高い笑い声を響かせた。


「あなた面白いわね!推測だけでそこまで《闇神具》の本質に迫れるだなんて。

 なら《闇神具》の正体も既に見当をつけているんじゃない?」


 突然の事態に目を白黒させていた一同にも、屋根の上の魔女の立場が理解出来るにつれ、二人の会話の重要性が理解出来てくる。

 それと同時に、アレスが情報を聞き出そうとしている事も。

 闇司教クトゥラカが、承知の上で好奇心を優先させている事も。


「ああ。本来封じられて振るえない筈の力を、断片的に引き出す依り代的存在。

 そんなもの、邪龍の肉体の一部しか有り得ないだろう?」


 一拍のタメを作りニヤリと笑い、軽く息を吸い込み。



「帝国皇帝ルシフェルの肉体を奪い取り、邪龍の一部を用いた闇神具【魔龍冠ヨルムンガント】!

 それこそが全ての《闇神具》の大本!邪龍ヨルムンガント復活の要だ!!」

(by()()()情報!)



「「「はぁっ?!」」」


「く。あははははははははははははははははははッ!!!!

 驚いた!まさか!まさかその名前を知っているだなんて!!

 そうか、そういう事なのね?あなたは既に、帝国領内で皇帝の姿を『鑑定』した事があるのね?

 聖王国が滅びる前から、あなたは既に帝国へ探りを入れていたのね!!」


 反り返り、むせ返る程の嘲笑に、皇帝が既に人間では無いと言い当てられて尚。

 心の底から楽しんでいると伝わる不吉な笑い声が木霊する。


「ええその通りよ、まさにあなたの言った通り。

 もはや皇帝ルシフェルは、既に我らが神ヨルムンガントそのものとなった。

 神々の封印は、いずれ遠からず破られる!」


 おっし確定!《闇神具》の効果まで確定させる手段は無かったけど、攻略情報が一部でも有効なら話が大分楽になる!


「何、今度は封印だなんて手緩い事を言わずにきっちり討伐してやるさ。

 そっちこそ首を洗って待っているがいい。」


「ええそうね、その時を楽しみにしているわ。」


 笑いを収めたクトゥラカは、満足したと《闇の錫杖》を取り出し屋根を突く。


「ま、待ちなさい!このまま逃がすとでも思ってるの?!」


 え?ちょ、この距離で届くの高機動姫プリースト。

 ぶっちゃけ届いちゃうとこっちが困るんだけど。正直この人と戦うのは最低でも万全かもっと強くなってからにしたいんですけど!


「あらあら威勢が良いわねお嬢さん。

 でもそうね?だったらこういうのはどうかしら?」


(あれは……《カースデットオーブ》?

 確かリビングドール召喚用のイベントアイテムの筈!)


 クトゥラカが胸の谷間から取り出した赤い水晶球に見覚えがあったアレスが慌てて弓を取り出すより早く。

 しかし屋根の上には意識を失った、子供二人と女性が転がり出る。


「な!まさか、その子達は?!」


 アレスが疑問に抱くより先に、彼女らの顔に見覚えのあったヴェルーゼが慌てて声を上げる。クトゥラカは話が早いと口元を歪める。


「えぇお察しの通りよヴェルーゼ皇女殿下。

 貴女のお兄様ダンタリオン殿下は、自分の敗北の責任でこの子達を処刑させないために《邪竜冠》を使ったの。

 勿論この子達が屋根から突き落とされようと、落下死する前に目が覚めるだなんて奇跡は期待しない方が良いわよ?」


「き、貴様ッ!」


 説明が終わるや否や、全員を一息に蹴り飛ばし、クトゥラカは全身に魔力を漲らせて呪文の手筈を整える。

 こっそり屋根下に近付いていたアレスより先に、天馬に乗ったリシュタイン姫が飛翔して三人を全身で受け止める。


「【転移魔法(ワープ)】ッ!!」


 エルゼラント卿の投げた槍が空を切り、転移を終えた筈のクトゥラカの嘲笑が辺りに木魂する。


『次に会える時を楽しみにしているわ、聖戦軍御一行。』


「くそっ!逃したか!」


 声が途絶えると残っていた気配も完全に消える。

 念のため『伏兵』の確認をした上でようやく一息を吐くと、改めて床に降ろした三人の容態をミレイユ聖王女が確認する。


「呪いで無理矢理仮死状態にされている様ですが、死んではいません。

 解く手段さえあれば直ぐにでも目が覚めると思います。」


「だったら安全な場所へ運び出すまでこのままでいて貰おう。

 今目を覚まされると敵将の妻子として扱うしかない。」


 色々と聞きたい話もあるのだ、誰彼構わず処刑したい訳でも無い。

 この際単なる救助対象の一部として扱おうというアレスの意図に、この場の面々だけでも同意してくれた。


「それじゃ、これでようやく聖都奪還は達成だ。

 早速皆の前で、勝利宣言と行こうか。」


「「「おぅッ!!」」」

 次回、終章。



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