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87.第二十一章 聖都奪還・邪竜冠

 玉座の決戦。

  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 白月城ジュワユーズ随一の大広間〔聖王の玉座〕。

 今迄一度として戦火に晒された事の無い宮殿は邪龍との戦を想定したがために、皮肉にも今帝国中央軍を守る陣地として比類なき堅牢さを発揮していた。


 それは質と量共に中央軍を凌駕し始めた聖戦軍を以てしても突き崩せぬ程で。

 けれどアレス王子は決して攻め急がず着実に退路を断ち、無理な進軍を徹底して控えさせて両端の防衛線奪取に専念させた。


 持久戦の構えに対し、数に劣る帝国軍は強行突破の術も無く着実に数を減らし。


 両端の確保が終わった聖戦軍には続々と増援が到着し、負傷者は後方に退き続け前面の圧力は全く変わらない。

 聖戦軍は徹底して戦力を減らさない戦いに終始していた。


「喰らえ、【高位爆炎噴火(テラルボルケイノ)】ッ!!」


「下がっていなさい!【高位爆炎噴火(テラルボルケイノ)】ッ!!」


 徐々に距離を詰め始めた聖戦軍に向けて、ダンタリオンが頭上に極大の業火の渦を産み出し解き放つが。

 殆ど同時に放ったヴェルーゼの業火が一面に拡散する前にダンタリオンの業火を受け止め、渦を砕いて逆に火花を散らす。

 多少なりとも手傷を負うのは高LVのダンタリオンより、魔術師として卓越した実力を有するヴェルーゼの魔力が上回っている証だ。


「くそ!聖都制圧以来ずっと【高位魔法】の流通には制限をかけていた筈だ!

 貴様、一体何処で魔導書を手に入れた!!」


 怒鳴るダンタリオンに対し、貰い物を受け取っただけのヴェルーゼは何それ知らないと咄嗟にアレスの方を振り向いた。


「そんなもの、帝国の敗残兵からに決まっておろうよ!!」


 勿論嘘だ。大嘘だ。

 帝国の規制はここ最近まで、それこそ魔法都市ガンダーラですら抗い難いほどの圧力と化しており、今は帝国領内でもお目にかかる事は難しい。


 事実今回入手した3LV魔導書は今帝国本土で蔓延する飢饉による、借金と食糧密輸の対価としての横流し品だった。

 例え圧力の元となった帝国兵が敗走したところで、未だ聖王国内での流通網まで復旧した訳では無い。


 流石に一般兵多数のこの現場で、帝国内に居るダモクレス密偵商達を危険に晒す様な発言をする心算などアレスには無い。


「お、おのれぇ!どいつもこいつも儂の足を引っ張りおってからに!!」


「殿下、冷静に!敵の口車に乗ってはなりません!

 今は向こうの【高位魔法】を封じられているだけで妥協すべきです。」


 全体の指揮を代行しているリヒター将軍が自制を促すが、将軍自身も未だ有効な隙を作れぬまま圧し潰されようとしてる現状に焦りを感じていた。


(くそッ!このまま突入させてもアレス王子には届かん!)


 アレスは後方での指揮を優先しており、大将を狙うにも間の兵層が厚過ぎるる。

 向こうもそれを承知しているからこそ、武将戦では無く兵卒による損耗を強いているのだろう。

 加えて壁となる兵士達が失われていく過程で、帝国側は武将達すら乱戦に加わる羽目になり、既に随所で消耗を強いられ始めている。


(さて、そろそろかな。)


 兵卒はどれほど討ち取ったところで戦は終わらない。

 アレスが気にしていたのは自軍の損耗だけであって、敵兵については配置以上の関心を抱いてもいない。

 出した指示も全て最初から敵部隊長や武将を孤立させ、各個撃破するためだ。


 LV差による身体能力格差が成立するこの世界、極論将一人を倒し切れなければいずれ負ける。そして将が背後にいる限り、兵も矛を収める事は出来ない。

 兵卒の犠牲は優勢劣勢を演出するだけで、勝敗には起因しないのだ。


 広く浅く戦線を広げ、局所的に傾いた戦況を立て直すために動いた将を討つ。

 将さえ討てば近隣の兵はこっそりと降伏し始める。武装を解除したら戦死扱いにするのは、兵の忠誠心を鑑みた現実的な判断だ。

 極論兵がどれだけ残っていても、将が居なければ戦場は瓦解する。


「ミレイユ王女、ヴェルーゼ皇女、同時にお願いします。」


 アレスの周囲にしか聞こえない声での呼びかけに、二人は無言で頷き返す。

 二人が〔エーテル〕の小瓶を傾けMPを回復させたのを確認し、アレスが合図を出すと同時に配下の騎士達が一直線に道を空ける。


 凡そ一瞬の『神速』で最前列に躍り出たアレスは【炎舞薙ぎ】で帝国兵の圧力を退けて兵達の突撃する間隙を作り出し、高らかに声を張り上げた。


「総員、前進!このまま敵将まで一気に道を切り開く!!」


 アレスが動く。それは勝算があるという意味だ。積み重ねた実績が自然と兵達の雄叫びとして沸き上がり、帝国軍をたじろがせる。


「狼狽えるな!【高位爆炎噴火(テラルボルケイノ)】ッ!!」


「「【高位爆炎噴火(テラルボルケイノ)】ッ!!」」


 ダンタリオンの巨大な火柱を迎え撃ったのは、同時に放たれた二つの灼熱流。

 今迄の単独による迎撃では無く、迎撃と追撃を同時に行う二つの【高位魔法】。


「ぐ、ぐぉおおおおおッ!!!!」


 只でさえ魔力圧で圧し切られ続けた相手に、今更片手間で対抗出来る筈も無い。

 ダンタリオンは配下諸共業火の渦に呑み込まれ、阿鼻叫喚の悲鳴が熱流越しにも漏れ聞こえる。だがその姿は真っ赤な炎に掻き乱されて碌に伺えない。


「だ、ダンタリオン様っ!!」


「【落雷剣】ッ!」

「っ?!」


 動揺し、慌てて駆け付けようとしたリヒター将軍の目前へ向けて落雷の如き電撃の奔流が突き抜ける。兵が割れ一直線の血路が開かれる。

 開いた張本人たる〔剣姫〕レフィーリアは、しかし間合いには少々遠い。

 将軍が疑問を抱く前に両脇から切り込んで来たのは、二人の王子。


「「【吸血剣】ッ!!」」


 戦線を支え続けた二人とて無傷では有り得ない。

 だからこそ先を見据え続く剣戟にも備え、他者の命を貪り自らの癒しへと変える魔導の斬撃で己の不調を立て直す。

 事実、リヒター将軍は《鉄血の紋章》に《不死身の紋章》を抱く重甲冑のジェネラルナイトだ。並の剣戟では掠り傷同然に捻じ伏せる。

 カルヴァン王子の強襲には鎧で急所を庇い、衝撃に耐え抜き『必殺』に足る重みこそ加え切れなかったものの、『反撃』の一閃はレギル王子のガードを弾く。


「下がれ若造共!貴様ら如きが帝国の大将軍と渡り合えるものかよッ!」


 このまま二人で抑え込む気か、とは急に目紛るしく動き出した戦局内では常識的な判断ではあっただろう。

 何より『鉄壁』の守り無くばこの若武者二人を相手取れると、将軍の実力あってさえも信じ切れなかった。



「……ぁ?」


 〔剣姫〕から放たれる鎧破りの弧月斬撃【奥義・封神剣】。

 〔無敗の英雄〕が牙を剥く瞬きの三連剣舞【奥義・武断剣】。



 だが老将軍は、『神速』の切り込みを得意とする二人の英傑が一瞬で詰められる間合いを知らずにいた。

 己の『鉄壁』では反応出来ぬ領域の極技を、今初めて目の当たりにした。


「ば、馬鹿、な。」


 反撃の余地を奪われたリヒターが、両王子の追撃により倒れ伏す。


「敵将リヒター将軍、聖戦軍が討ち取ったり!」


 アレスが拾い上げた紋章入りの盾を前に喝采が上がり、煙の渦から立ち上がったダンタリオンが呆然と見下ろす。

 何だこれは。敵は、聖戦軍は殆ど将を失っていないのに。

 これが指揮官の差だというのか。凡人と天才との差だというのか。


「さぁ!残るはお前一人だ、帝国皇太子ダンタリオン!!」


 玉座に向けて突き付けられた剣は、勝利宣言か。




「そんなもの、認められるかよ。」




 兜を脱ぎ、黒い拉げた王冠の如き歪んだ冠《邪竜冠》を、深く被り直す。

 驚く程淀んだ声を出した自分に対し、奇妙な感慨深さと共に肩の力が抜ける。

 この冠の使い方は簡単だ。ただ付けて、魔力を注げばいい。


 冠の魔力が弾けて黒い茨の様に広がり、爆風の様な魔力圧が周囲を弾き飛ばしてダンタリオンの全身を串刺しにしながら、そびえ立つ様に膨れ上がる。

 凡そ一呼吸で巨人並に膨らんだ魔力の塊が頭の回りで渦巻いて巨大な蜥蜴の様に伸び上がり、頭に引きずられる様に浮かび上がった身体を肋が形成される様に渦巻いた漆黒の魔力が覆い隠す。

 背中を突き破る様に弾けた骨格が翼を形成すると、黒い魔力の長首が絶叫の様な咆哮を上げて角の生えた頭部を硬質化させて。


 実体の伴った鱗姿を瞬く間に全身へと波及させる。


 それは突然の風圧に耐え忍ぶ間に起きた、階段を駆け上がる程の暇もない少しの間の出来事で。分かるのは帝国皇太子が何らかの魔導具を用いた事だけ。

 近場に居た帝国兵は哀れにも爆風か或いは巨大な翼に弾き飛ばされ、運の良い兵も転がる様に駆け下りて傍から離れた。


 荒れ狂う暴風が収まり、大広間に全員の沈黙が訪れて。

 玉座を踏み潰すのは、黒く巨大な、翼を広げた竜の姿。


「だ、ダークドラゴンだ……。」


 古の聖王時代に地上から駆逐された筈の、邪龍が産み出した眷属の姿だった。


  ◇◆◇◆◇◆◇◆


 闇竜ダークドラゴン。

 それは魔龍王の影から産まれた魔龍王ヨルムンガントの眷属竜。

 竜の肉体を持ちながら雌雄は無く、繁殖能力も無い。竜の生態とは全く異なる、自然界の理に反したドラゴン達の呼び名だ。

 獣程度の知性しか持たずに数多の魔法を操り、四属性全てに対して高い防御力を発揮する反面、光に弱いという弱点を持つ。



……基本的に他の竜族より優れているので、〔中央部〕では出て来ない。

 〔南部〕で他の竜族と戦い竜装備を整え、帝国のある〔西部〕でボス以外の敵として出現する様になる。終盤戦用の強敵だからだ。


 具体的にデータを並べると。


【闇竜ダンタリオン、LV38。ダークドラゴン。

『飛行、竜気功、四属性耐性、光弱点、ドラゴンブレス』

『反撃、必殺、魔障壁』《鉄血の紋章、魔王の紋章》《不死身の紋章2》

 『闇竜24攻撃力「54」、体格15、竜鱗LV3防御力「30」』~】


…………ちょっと待とうか君。


(え?何、もしかして竜になる前のスキル使えるの?『魔障壁』って何?

 紋章四つってこれ、今ダークドラゴンとしての《紋章》に皇太子様の紋章が付け足されてるの?)


 貴様ぁ!こちとら力30以上とか十人おらんのやぞ!

 そういうの40LVクラスのスペックだからなッ!!ダメ半減の『竜気功』持ちを出すとか一桁ダメージしか喰らう気無いやろがぁッッッッ!!!!!


「だ、ダンタリオン殿下……?」


 間近で風圧に煽られ、又は迫力に腰を抜かした帝国兵士達の呟きが届いた様子は無いが、まさか義勇軍の味方である筈もない。

 いくらデータは目安だと言っても防御力すなわち硬度なのだ。ゲームでは強度差など関係無かったが、現実では反動という武器破損要素もある。

 下手したら魔法の武器ですら、強度不足で壊れる事も有り得るだろう。


「おいしっかりしろアレス王子ッ!

 あれがヤバいのは分かったからいい加減百面相してないで、その地鳴りを止めて何がヤバいのかを説明しろっ!!」


 地鳴りと言われて今日の胃潰瘍かと思い至る自分も相当だが、臨場感溢れる効果音は周囲の兵士達の不安を注目という形で集めていた。

 レギル王子の叫びで我に返ったアレスは、慌てて戦局に意識を戻す。


 と、同時に何が不満か怒りの咆哮を上げた闇竜は、何故か足元の帝国兵へと瘴気のブレスを叩きつける。

 どうやら既にダンタリオンとしての理性は失ってるらしい。


「アレ、邪龍の眷属竜ダークドラゴン!

 並の竜より硬いから対竜装備持ってないこの場の大部分戦力外!

 弱点光魔法だけ!四属性耐性持ち!超タフ!飛ぶ!」


 敵味方から悲鳴が広がり、兵達に一旦下がらせながら簡潔に要点を伝えると横合いからアレスの声を掻き消す様な怒鳴り声が響く。


「ふざけるな!我々を侮るのも大概にしろ!」

「あ、ちょっ!」


 言うが早いかラッドネル王太子が部下の制止も振り切り、兵卒の波を突っ切って竜の足に切りかかる。

 【落雷剣】による放電が迸り、竜の鱗に確かな傷と出血を齎す。

 だが上がりかけた歓声は、彼が弾き飛ばされる轟音によって遮られた。


「お、王太子殿!」


 彼を弾き飛ばしたのは傷を負わせた筈の前足だ。これが巨人だったなら今の一撃で切り落としてたかも知れない強烈な斬撃。

 魔力攻撃と化した雷撃斬り、火氷風土の四耐性に該当しない最良の選択だろう。竜麟はあくまで物理的な代物だ。

 だが『竜気功』はあらゆるダメージを半減させる。その生命力は《紋章》と同等の扱いをされる程に並外れている。



 あらゆる意味で桁外れな竜族の頂点に君臨する怪物。

 それが邪龍の眷属、ダークドラゴンだ。



 竜の口元に黒い魔力が集束する。

 竜族は今でこそ数は少ないが、かつて地上を支配したとも言われる最強種族。

 無敵の盾たる〔竜麟〕と『竜気功』の双璧。彼らを頂点に押し上げた、あらゆる守りを貫通し標的を貫いた最強の鉾。

 『ドラゴンブレス』がラッドネルと助け起こそうとしていた者達に牙を剥く。


「………間に、合ぇぇぇええ~~~~~ッ!!!」


 慌てて広がろうとする人波の隙間を走り抜け、アレスが全力で駆け付ける。

 盾を翳すには遠く、けれど諸共に飲み込まれる間合い。

 瘴気の息吹が一同を呑み込み。



 【奥義・魔王斬り】。

 文字通り死地に突っ込んだアレスの斬撃は、ブレスの先からその根元まで。

 竜から放たれた息吹を左右に引き裂き、根元まで両断して掻き消した。



(ヤッタッ!切れた!切れたよ真っ黒いブレスが真っ二つッ!!)


 流石ボス限定星奥義!あらゆる攻撃を切り裂くという肩書は伊達じゃない是!

 出来れば一生知りたくないけれど、魔龍と戦う前に一度は試しておかないと安心出来ない対ドラゴンブレス奥義の有効性ッ!!


 だが最高峰の対竜装備に身を固めている最大戦力アレスに選択の余地など無い。

 息を呑み、呆然と見つめる東西太子達に振り返り。


(あ。コレ自力撤退が期待出来ないやつだ★)

 羨望の眼差しと嫉妬の歯軋りの諸々と、何かを悟った生暖かい視線が映った。


「ぅうおおおおおっ!!!

 【奥義・封神剣】ッ!からのかち上げ【バスター】ッ!!!」


 『神速』で一気に間合いを詰め、力尽くで玉座から降りるのを阻止しながら強引な切り上げで体を浮かせ、天井近くに羽ばたかせる。

 降下攻撃をその場で足止めして動きを封じながらアレスは声を張り上げる。


「30LV未満の将と全兵士は聖都の制圧に回れ!

 闇竜に有効な【星奥義】使いと中位以上の光魔法の使い手は中庭直行!

 それ以外で中庭に来た奴は命の保証は無いと思えッ!!」


「「「「「は、はいィッッッ!!!」」」」」


 言い終わると同時に【魔力剣】で棒高跳びの要領で『ブレス』から逃れて天井際の窓枠を蹴り砕く。

 中々歴史のありそうなステンドグラスが外に落下するが、構う暇も無くアレスは【剣】を縮めながら次の呪文を唱え切った。


「【光縄魔法(ホールドロープ)】ッ!!」


 拘束能力を持った光の縄がダークドラゴンの首に巻き付き、アレスは躊躇する暇無く窓の外へ飛び出した。

「ブレスを両断した直後から王太子に振り向く中、まるで走馬灯の様に視界に映る全員の表情が、ゆっくりと隅々まで把握出来ました。」byあれす。

 これが、死の恐怖……っ!!



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