85.第二十章 白月城決戦・最強の傭兵
※迷った末の春休み投稿。年度末連続投稿二日目。最後は4/1予定。
欠けていた役者は、今。
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〔聖王の玉座〕での一大決戦が始まる傍らで。
先陣を切るのは旧義勇軍の中核を担う最精鋭――ではない。
奇襲部隊の主力はいる。アレス王子を始めとしたミレイユ、ヴェルーゼ両王女に加えて護衛たる剣姫レフィーリア、アストリア王子にマリエル王女等。
北部諸侯のレギル王子、カルヴァン王子、コラルド王等に加え、東部諸侯の有名どころではワイルズ東央王にラッドネル東西太子も含まれる。
だが僧兵バルザムに剣鬼スカサハ、食客魔術師ジルロック等。
個人戦力ではトップクラスを誇る面々が、アレス王子とは別行動を取っていた。
「アレスによると奇襲には、必要な条件ってのが決まっているらしい。」
スカサハは軽口序でに一同へと簡単に講釈する。
「一つは地の利。もう一つは時間帯の利。
物陰や森を使うのは地の利、夜襲や朝駆けは時間帯の利だ。
まあ大抵の奇襲は如何に気付かれずに不意を討つかだからな。殆どの軍師が考え出す奇襲は、この二つのどちらかか両方に分類される。」
戦場に居る以上武器も構えているし、油断もしていない。実の所この講釈自体が一種の心理的な罠だ。
「だが奇襲ってのは極論不意さえつければ目の前にいても良い。
要は心理的に有り得ないと思ったら奇襲が出来るってのが、アレスの持論だ。」
講釈を止めようとする者は誰もいない。
「まあ目の前にいる場合は離間の計、内通の利ってところか。これが三つ目だ。
その心理的な罠でも乗り越えられない壁が一つ。兵を隠す場所だ。
目の前だろうと何だろうと、兵が隠せないなら奇襲は出来ない。」
スカサハが率いているのは傭兵部隊。
但し大部分が将来的に復興したストラド王国か諸各国への編入が内定している、所謂半正規軍だ。
故に荒くれ者は多くとも、必要な時に統率を乱す者は既に居ない。
「聖戦軍に対し、白月城で帝国側に地の利は無い。
壁をぶち抜いて通路を付け加えるにも白月城の〔城塞術式〕は二重三重に重ねられた数百年物、無茶が過ぎる。
時間帯も攻め手次第の側面があり期待は出来ない。主導権は聖戦軍にある。
内通の利は既にグラッキー公が失敗し、むしろ帝国側が仕掛けられる側だ。」
「では帝国が聖戦軍に仕掛けられる奇襲に必要な条件は何か。
一つは高低差の罠。基本兵を突入させるなら正門からの一階、それが一番数を投入出来るからな。
地下からの奇襲は構造上無理でも上階の兵を階段以外、窓から降下すれば深入りした敵の背後に部隊を送る事は可能だ。
ブロンコ将軍とやらがやろうとして失敗した作戦だな。
作戦が読まれてしまえば奇襲は成立しない、分かり易い例だ。」
帝国兵に動揺が走る。そろそろ長々と解説される理由も薄々察して来た。
というより、初めから何故見破れたのかを説明し、動揺を誘っていたのだろう。
「最後は時間差の罠だ。
兵を進めれば当然、その場にいた兵が減る。兵力ってのは分散させる程弱まる。
勝負時をずらす名将は居ても、勝負所に兵を集めない名将はいない。
つまり兵が動いた後になら、兵を隠せる空白も生まれる。」
義勇軍最強の一角。常勝不敗の片翼。最も最強に近い傭兵。
太刀打ち出来るとしたら、一体誰か。
敵味方全員の視線が、掲げられた刃の先に集う。
「もう分かるよな?伏兵は如何に隠れるかだ。
後方に残るためには、後方になる前に討ち取られたら意味が無い。
逃走経路を塞いだ聖戦軍が、調査を後回しにする場所とは何処か。
元々は自分達の物だったからこそ末端の兵卒に略奪されたくない、信頼がおける部隊が空くまで後回しにしたい場所。
――答えは一つ。お前達が出て来た、宝物庫だ。」
――大陸最強の傭兵団〔鮮血魔狼団〕の団長、ルトレル。
あらゆる戦場で生き残り続けた剣士が引き連れる、槍使いと魔導士の二人組。
彼らたった三人こそが、今帝国側の奇襲部隊を率いる武将の全てだった。
貴重品よりは金銭や換金用資産を管理する、金庫に近い倉庫部屋。
大広間突入を魔導具の点滅で把握し、背後を突くため中廊下を抜け躍り出た庭に広がっていた光景は、ざっと倍の兵力による包囲網だった。
奇策が失敗した戦場で傭兵達の士気を持ち直すには、大将戦以外に有り得ない。
「……随分とまあ、手の込んだ真似をしてくれたな若造。
まさか正面対決なら俺に勝てると思い込んじゃいないよな?」
「違うだろう?お前はもう逃げ道を探している。
お前は戦略と大将の差で負けたって言い訳しているだけの、逃げ足と兵力で最強を自称している只の広告武将だ。
武装解除して降伏しろ。〔鮮血魔狼団〕の看板を捨てるなら生かしてやる。」
「「「っ?!」」」
勝負する必要すら無いと一蹴する。お前達の首は手柄にならないと。
傭兵としてではなく、兵士として負けを認めるなら見逃してやると言われ。
「舐めるな若造ッ!!」
「「ルトレルッ?!」
40LVにまで鍛え上げた裏切り剣士の剣戟を、スカサハは真っ向から受け止め逆に鍔迫り合いを制して斬り払う。
驚愕に歪むルトレルだが、それでも鎧に傷を付けた程度で収めて見せた。
「傭兵の最強はお前じゃない。ああ、傭兵の指揮官としては優秀だろうな。
だがそれだけだ。身の程を知れよ、腰抜け剣士!」
『神速』の一突きが、肩甲を砕く。
咄嗟に弾いても鎧が割れる手応えに、最強と呼ばれた傭兵団長は本気で死の気配を感じ取り舌打ちする。
「血の気多いねぇ〔剣鬼〕さんは。
で、ぶっちゃけこっちが戦う意味は無いと思うんだけど、その辺どうなの?」
ジルロックが二人の将兵に様子見を促す。
奇しくも二対二の構図だが相手はドルイドとナイトの組み合わせに対し、あくまでこちらはドルイドとプリースト。
やたらプリースト側にスキルが豊富だが、二人のクラスは決闘に向かない。
二人の傭兵達はお互いの顔を見合わせて。
「悪いがこっちの勝算は、武将戦の方が高いんでね。」
「そもそも俺たちゃ全員はみ出しもんだ。
アレス王子の作る平和な世の中って奴に、俺達の居場所があるとは思えねぇ。」
武将戦。つまりは一騎討ちに命運を任せる気は無いという事だろう。
勝った方が援護に駆け付けるという話なら、研究者であるジルロックは確かに穴だろう。何より最初から一対多で挑む場合と違い、条件は同じだと主張出来る。
「心配するなジルロック、前衛は俺が仕留める。
お前は後衛の横槍に専念しろ。」
「あいあい、まあ給料分は働かないとねぇ。」
◇◆◇◆◇◆◇◆
自分が天才じゃ無い事は百も承知だ。そもそも剣腕だけで頂点が取れるなら自分は〔裏切り剣士〕なんて悪名で呼ばれていない。
帝国に、暗黒教団に膝を折り。
ダークナイツになった時からルトレルは既に、未来永劫の敗北者だ。
何せルトレルは自分達が生き延びるために、帝国と内通して祖国を売り渡した証としてダークナイツの力を得た。
非道な帝国に死して尚も抵抗するべきと主張した父王達に対し、ルトレルは付き合い切れないと国を一時出奔。
自分達が生き延びる手段として、自分に従う騎士団丸ごと傭兵団として帝国に雇われる道を選んだのだ。成功すれば帝国の追っ手に怯える必要は無い。
だがその代償、信用の証として祖国を滅ぼす戦に参戦させられた。
何よりダークナイツの力はナイトや魔騎士を凌駕するが、反面【闇の錫杖】相当の〔使徒〕となり、闇司教以上の相手には一切逆らえなくなった。
祖国から連れ出した〔鮮血魔狼団〕の中核メンバーは、度重なる転戦で既に大半が戦死している。特に先のベンガーナ戦は手痛かった。
だがそれでも四肢欠損などの理由で戦力外とならない限り、今のルトレルは仲間の離脱を裏切者として処刑せねばならない。
旧臣達には可能な限り戦死しろとも伝えてある。だがそれでも二人は戻って来てしまった。裏の意図を理解した上で。
(は!随分怒らせちまったようだな、〔剣鬼〕さんよォ!!)
スカサハがルトレルを挑発したのは万に一つも無く仕留めるためだ。降伏する気を奪うために〔鮮血魔狼団〕の名を否定したのは気付いてる。
だがそれでも、ルトレルが〔鮮血魔狼団〕を否定するのだけは無しだ。
「オレは大陸最強、〔鮮血魔狼団〕の総大将ルトレルだ!!
お前如き北部の三下傭兵が、勝てる様な相手じゃ無いんだよっ!!」
恵まれた体躯から繰り出される剛剣は、如何なスカサハとて容易に凌げない。
実際本当に口だけの男なら、大陸最大規模の傭兵達を率いれる筈も無いのだが。
「伝わらなかったか?勝って見せろと言ったんだ!
お前の攻撃が俺に当った様に見えたか?手傷を負っているのは、誰だ!」
だがそれはあくまで後の先を狙った場合の話だ。
スカサハの得意とする柔剣は守りを重視した、いなし主体の剣技ではない。
先読みを駆使しての超絶技巧、動き出す前から剣戟を読み切る先の先の上書きの蓄積。渾身の力を振う前に、全力の一閃が牙を剥く。
元より膂力は勝らずとも劣らず、剣速に至っては明確に勝る。
流して躱していなして切り返し、一度斬り合えば終わりなど、致命の傷を与えた決着の一撃にしか有り得ない。
止まらぬ剣戟の渦は、刻一刻と傷を増やし気力を削ぎ続ける。
〔剣鬼〕スカサハは間違いなく、時代を代表し得る剣の天才だ。
「何だ何だ、昔の女でも殺しちまったかぁ?!復讐だってんなrッ!」
「生憎お前の事など肩書しか知らんよ!
俺が気に入らないのは剣を舐め切った三下が、剣客の頂点面して暗殺者の真似事を自慢している無様さだ!」
スカサハはルトレルの嘲笑を切って捨てる。
元より主義主張を聞き届ける心算は無い。単に弱者の戯言が気に食わないだけだと、一切の反論を取り合わない。
「はぁ?!奇麗事を語ってんじゃねぇよお前だって、「弱いッ!!
弱者の分際で地面を転げ回りながら威張り散らすな!」ッ?!なぁ!」
弾かれて後ろに下がる。反論が剣戟に潰される。
「小金目当ての負け犬風情が、傭兵の代表顔をするな!
勝って見せるから傭兵だ!敗北を引き分けるのが傭兵だ!
雑魚が傭兵を騙って自慢するな!火事場泥棒の真似事は、傭兵稼業じゃねぇ!」
互いに隙を伺っていただけの空気が変わる。この場に居る多くは傭兵だ。
敵味方に関わらず。雇い主に違いがあれど。
戦場にいるのは傭兵なのだ。
「傭兵が恥知らずの代名詞になったのは、お前が傭兵だと自慢したからだ!!」
実の所ルトレルが〔鮮血魔狼団〕の名を捨てられるなら、別に倒すまでも無いと思ってはいた。
だがアレスによると〔ダークナイツ〕というクラスは、魔騎士以上の力を邪龍に与えられた代償として高位の暗黒教団幹部には逆らえないらしい。
だから本当は降伏を要求する意味は無いのだ。けれど。
(祖国を裏切っといて仲間が大事とかほざいてんじゃねぇよ!)
ある意味でスカサハもストラド王国の名を捨てた者だ。
実を優先し村の守護を優先し、国の復興を諦めた者達の集落。けれど誇りだけは決して捨てず、秘伝を保ち続けた末裔。その後継者。
スカサハから見れば、ルトレルは全てにおいて半端だ。その半端さが身内を危険に晒し、滅ぼしている。
そもそも国を捨てといて、敵国に頭を下げるとはどういう事だ。
素直に王族を捨て他の地方に逃げ出せば、帝国とて滅んだ国の王族に執着しないだろう。なのに結局帝国の走狗として、守った筈の身内を使い潰している。
半端に地位を捨てられず、半端に命を惜しんでいる。
実力を磨く事に専念せず、指揮官として大量の身代わりを雇う形で身内を守った気になっている。
何もかも半端で、全てが自業自得だ。全部自分で背負った気になっているのも気に食わない。それで周りに迷惑を振り撒くな。巻き込むな。
(お前の不幸は、全部お前が招いたものだ!)
「部下頼みの分際で最強を名乗るな!傭兵の代表面をするな!
貴様という存在は、剣士にとっても傭兵にとっても害悪だッ!!」
二太刀振るう度に三太刀が翻る。切っ先を狙い落し、鍔元で反撃を封じる。
崩れた斬撃を強引に立て直そうとするなら、一歩脇に離れて間合いを掻き乱す。
剣閃の鋭さが甘い。斬撃の殺し方に幅が無い。
立ち位置の誤差で剣戟を活かすも殺すも自在だと、騎乗戦に慣れた太刀筋は理解出来ていない。そもそも斬撃に意識が半ばしか載っていない。
「どうしたどうした!一騎討ちじゃあ碌に戦えないか?!
どうせ乱戦に持ち込んで、仲間の援護を当てにして生き延び続けたんだろう!」
この男は常に計算で戦っている。常に退路を考えている。
自分に不退転の踏み込みが無いから、計算尽くで躱した気になって必ず何処かで競り負けるとは気付かない。
迷う程に踏み込みは乱れ、立ち位置間合い取りから関心が薄れる。
深い斬り合いを避けて、踏み込み過ぎを期待して攻め手が減る。
形だけの重みで膝が浮き、引けば追撃に気を取られて前のめりに受け過ぎる。
「はっ!そっちこそ随分と口数が多いじゃねぇの!
お前こそ一撃が軽過ぎて腰が引けて来たんじゃねぇかぁ?!」
白々しい。
剣は口先以上に物を語る。
余裕の全く無い剣戟が少しの踏み込みも認めたくないと、反撃よりも防戦を優先する。仕掛ける覚悟など後回しだ。
「なら、自分から踏み込んでみたらどうだ?」
「あん?」
間合いギリギリに下がれば、戸惑いと疲労が足を止めている。
スカサハが下がったのをこれ幸いと。迷った振り、悩む振りで時間稼ぎしている自分が、気付かれていないと思っている。
「踏み込みが浅いんだろう?そのお前の言う深い踏み込みって奴を見せろよ。
御自慢の剛剣が、役に立ってるって証明して見せろよ。」
「時間稼ぎか?そんなの……ッ?!」
溜息を吐いて肩に剣を担ぐ。間合いの外とは言え、露骨な隙。
こいつは、剣に魂を込めていない。
優勢か劣勢かは察する事が出来ても、相手の本気や自信の程を理解する事が出来ていない。
剣戟で何も、感じ取ろうとしていない。
「お前の本気じゃ本物に届かないって、分かり易く証明してやるよ。
逃げるなら止めを刺す。手持ちの小道具で誤魔化したいなら好きにしな。」
最初っから正々堂々は期待していない。
だから鼻で笑って、これが最後の機会だと追い詰める。
※迷った末の春休み投稿。年度末連続投稿二日目。最後は4/1予定。
宝物庫の中でも重要度の低い、どっちかと言えば装備倉庫的な場所。
もしココが聖王家伝来の秘宝庫とかだったら、少しでも何か持ち出される前に信頼出来る精鋭を送りますし送ってますw
替えが利く物しか保管しないけど、兵士達にとっては一財産が揃ってるので下手に鍵を渡して中を確認させる方が危ない場所なら?
というある程度博打気味な奇襲作戦でした。
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