84.第二十章 白月城決戦・獅子と狼
※年度末連続投稿初日。明日も投稿します。
決着は徐々に、刻一刻と。
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戦場に緊張感が広まり、次第に喧噪が止む。
勇猛なる聖王国の第二王子パトリックとシャラームの猛将アミール将軍。
互いの魔剣を構えて対峙する二人に対し。
いつでも割り込める様に慎重に囲みながら、両軍が示し合わせた様に【魔剣技】二人分の間合い外へ距離を取る。
円が広がり切ると必然、音と動きが止まる。
誰かが息を呑む。風が両者の間を吹き抜ける。
何も起こらない。
人馬一体。一瞬で距離が埋まる。
二人の名将は名馬ならぬ一流の乗騎を乗りこなし、アミール将軍は走り鶏越しに『神速』を体現する。
対するパトリックのガルムが得意とするのは、『鉄壁』を可能とする踏み固め。
弾けた衝突音が号令となって、鋭く鼓膜を打つ。
初檄が不発に終われば『反撃』による乱打を得意とする双方、機動力で走り回るよりも足を止めての上体を駆使した剣打が弾け合う。
それもその筈、得意とするのはどちらも剛剣。
丁寧に斬り捌くよりは渾身の膂力で振り抜く方を選ぶ。必然切っ先よりも鍔元をぶつけ、振るい合う。
両者の武器は、どちらも魔剣。容易く砕ける筈もない。
「「ふ、フハハハハハハハハハッッッッッッ!!!!!」」
互いの一撃が金属を打つ衝撃を響かせ、腕に反動と痛みを重ね合う。
百合を越えて打ち鳴らせば、最早単純な『必殺』の一撃では勝負が付かない。
元より両者共に『鉄壁』の守りの体現者なのだ。長らく腕に痛みを残すくらいならと、事ある毎にと衝撃を打ち払う。
【炎舞薙ぎ】の火柱が両者を切り払う。【真空斬り】の烈風が地面を打つ。
【魔力剣】の長さがお互いの離れた距離を埋め合うが、不思議と両者合意したかの如く【破壊剣】や【落雷剣】を振るう事はない。
だが二人の立場になれば当然だ。
それらは必殺の威力がある分、消耗も大きい。
『鉄壁』の守りは【魔剣技】にも届くのだ。必中必殺の好機無く振るえる程に、軽い一撃では有り得ない。
(く、流石は今も続く聖王家の血統か。
《三紋章》持ちと噂される相手に大したLV差もなく、身体能力で勝てるとは思わなんだが。)
迷う余裕も無く剣戟が打ち鳴らされる。弾け合う。
《紋章》は身体能力を高め、成長の限界を引き上げる。
貴族であれば誰もが知っている常識。無論全ての《紋章》が身体能力を高める訳ではない。
肉体強化以外の特性を持つ《紋章》が有るのは他ならぬ、《鉄血の紋章》のみを継承するアミールが一番良く知っている。
だが《紋章》の種類は精々が十種といわれ、複数持つ者は鍛えれば鍛える程超人的な肉体に成長する。《紋章》無しが王家と認められない理由に誰しもが納得する程に、高LVの《紋章》所持者は理不尽を体現する。
ましてハイクラスに到達する程鍛え抜いた王族が、未熟者である筈も無い。
そして聖王家が継承する紋章は全王家の中で最も多く、直系はほぼ例外無く三つ以上を継承する希少な存在だ。
正確な紋章数を秘匿し合う王族間ですら、最早公然の秘密となる程に。
(行けるな。このまま将軍が力比べを続けるなら、最終的に勝つのは俺だ。)
アミール将軍の戦い振りを例えるならば、鷹。
大地の獣よりも、空を翻る猛禽類の鋭さこそが相応しい。
元々砂漠の民は体力を温存するため軽装の鎧が殆どだ。故に鎧を克ち割る膂力は要らず、弾かせず貫く鋭さの方が重要となる。
武器も強度より繊細さが要求され、必然的に速さに比重が傾く。
同じ剛剣であっても、要求される業に大きな差異があるのだ。
(だがその程度で終わる玉じゃ無い、俺と張り合える程の使い手だ。
当然あるだろう?隠し玉の一つや二つ。)
そもそもパトリック相手に、真っ向勝負が出来る者の方が希少なのだ。
大抵の相手は身体能力だけで十中八九パトリックの方に軍配が上がり、膂力だけに限らず反応速度でも譲らない。
幼い頃に体格差に勝る相手との戦い方を叩き込まれ、体躯に勝る相手とて力負けした覚えは余り無い。
故に自分が、肉体に恵まれている自覚は間違いなくある。
だからこそ殆どの相手が、奇策や駆け引きで挑んで来る。
結果、捌きの技を捻じ伏せる膂力こそパトリックの得意分野だ。
仕掛けてこない筈はない。
何も考えねば負けるのはアミールだから。
それを確信したパトリックは尚更に僅かな隙も罠も見逃さぬと、意識を集中して着実に剣を振るう。
邪道を捻じ伏せてこその王道だ。
(恵まれた身体能力任せの剛剣か、型に頼った正道剣術か。
どちらかであれば未だやり易かっただろうにな。)
獅子の如き剛腕が唸りを上げる。薙ぎ払うのではなく、叩き潰す。
敵を斬って捨てるのではなく、牙を剥いて打ち砕く。
正道にして王道。
獅子の狩りを連想させる、剣戟による包囲網。
正直これ程とは思わなかった。何より本人の戦闘センスが並外れている。
ゴリ押しに見えて隙成らざる隙、押し所引き所の見極めが絶妙に巧い。
死線を前に滾る血を抑え切り、心に余裕を以って対処する。
故に心理の毒を蝕ませる。慣れる程に、覚えて馴染む程に繰り返す。
老獪の域には達せないが、命取りになる間隙は用意した。
(いざッ!)
〔達人の剣〕による『必殺』は、急所との距離を正確に捕らえる。否。
魔剣は適正無き者が幾ら振るったところで扱えない。それは感覚だけでは理解が追い付かないから。
必要なのは、一閃が急所に届く完璧なる立ち位置と間合い。
牙を剥く一瞬を〔神憑りの太刀〕が、『心眼』の冴えを宿らせて軌道を弾く。
それこそが予定された罠。狙い澄まされた一瞬。
鍔元を添えられたパトリックの刃が、アミールの剣に導かれ垂直に跳ね上がる。
『反撃・弾き落とし』。
跳ね上げた剣戟の下に、踏み込んだアミールが唐竹割りに刃を滑り込ませる。
伝わるのは『鉄壁』の手応え。
裏拳による武器弾きが致死の一撃を打ち据え、『袈裟斬り』の一閃が立て直す隙を断ち切り、捻じ伏せる。
「ぐ、ぐぉおお!」
踏み止まれただけでは間合いから出られない。
続け様の『連撃』を受け止める膂力は即座に引き出せるものでも無く。
翻った横薙ぎが遂にアミール将軍の首を刎ね飛ばす。
「シャラームが将軍アミール!その首討ち取ったりっ!!」
聖王子パトリックが高らかに上げた勝利宣言こそ。
聖都外の戦に終焉を告げる合図となった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
退路の無いダンタリオン皇太子が最終防衛線を引いたのは、白月城最大の大広間〔聖王の玉座〕だった。
城内で最も多くの客人を参列させる大広間は、一方で最大規模のダンスホールであり。玉座との間に同一階とは思えぬ程に高低差のある吹き抜けであり。
非常時に王を守る、城内最大の籠城拠点として設計されている。
両脇の天窓付近には窓の修繕を兼ねた弓兵通路が隠されており、その下には音楽隊を並べる一段高い、狭間付きの段差がある。
玉座周りは階段になっており、最上段は二階並の高低差があり。
伏せれば下から覗けぬ、絶妙な勾配が存在している。
天井を支える支柱は容易に破壊出来ぬ強度と太さを誇り、時に盾としての役割を果たせる頑強さだ。
その全てが、千人以上の敵兵を迎え撃つ事を想定された大広間に備わっている。
どれ程優雅で数え切れない程の宴が催されようとも変わらない。
この〔聖王の玉座〕は、正に最終防衛線のための空間だった。
「やはり聖王家の者共は我が前に立たぬか。
所詮聖王家と言っても義勇軍の英雄頼みのお飾りでしかないという事か。」
苛立たし気に玉座に座りつつも挑発的なダンタリオンに対し。
「お、嫉妬かね?ワタクシ聖戦軍の軍師アレス・ダモクレスは!
この度ミレイユ・ジュワユーズ第三聖王女と婚約させて頂きしました!
総大将リシャール・ジュワユーズ聖殿下に代わって、皇太子殿の御祝福にお礼を申し上げます!!」
「「「っ?!?!??!」」」
挑発の返し方が斜め上過ぎて、帝国軍の将兵が揃って動揺する。
勿論聖戦軍の脳裏にも疑問が過ったのは間違いない。
「総大将が最前線に立つ羽目になったのは、本陣まで攻め込まれた貴殿の失態!
大人しく自分の敗北を認めたらどうかね義兄さん!!」
「は、はぁ?!だ、誰が義兄さんだと!?」
堂々と勝ち誇るアレス王子の爆弾発言に、帝国将兵は全員がアレスから目を離せない。そもそも状況が、発言の意味が理解出来ない。
狂人にしか見えない王子の後ろで続々と。
静かに入口を固めている、余りの動揺によって聖戦軍の動きを見逃してしまう。
必死で口をへの字に噤む、彼らの耳にもアレスの声は良く響く。
「勿論貴方ですよヨルムンガント帝国第一皇子ダンタリオン義兄さん!
私この度、聖戦軍の軍師アレス・ダモクレス!
ミレイユ聖王女との婚姻と聖王家王位継承権の放棄と聖都奪還を条件にッッッ!
帝国の聖女ヴェルーゼ・ヨルムンガント元第三皇女ことヴェルーゼ・トールギス王女殿下との婚姻を!
聖王家に認めて頂きましたよぅ義兄さんんんんッ!!!」
「「「「「ほぁぁぁぁああああああ?!?!?!?!?」」」」」
最っ高に輝いた笑顔である。
帝国最高の美姫にして聖女として名高いヴェルーゼ皇女の結婚。
義勇軍に寝返ったとはいえ帝国人にとって、聞いて平静でいられる程に軽い人気ではない。そもそも彼女が帝国に敵対した事すら本国では疑問視されている。
だがこれは。
「世界最高の美姫二人との婚姻が約束されて!
張り切って最前線に突っ込む事の、一体何がおかしいのかねッ!!
帝国にはこれ以上の褒美が出せるのかね?!」
両手で盾と剣を掲げ、全身で人生の勝利を宣言する。
「い、いや!お前は、女のために戦をしているのか?」
否定したいが言葉が見つからない。何より張本人二人がアレスの後ろにいる。
顔を赤くして頭を抱えているが、否定しようとする気配が全く無い。
いよいよ本当だとしか思えないが、尚の事この男の何処が良いのか分からない。
「この勝利の半分は我が二人の花嫁に捧げようッ!!
結婚式場は当然この、白月城ジュワユーズの中心〔聖王の玉座〕だ!!
世界が平和になるという事は、結婚生活が幸せになるという事だ!!
私は世界を平和にする事で、我が花嫁に幸せな人生を送ってみせるッ!!
無条件降伏する気はありませんか義兄さんッ!!!!
武王国トールギスの参列者は多い方が良いですよ義兄さん!
今なら恩赦が期待出来てお買い得!武王国を選ぶ気はありませんか義兄さん!」
「おま、お前は世界の命運を、一体何だと心得るッ!!」
「嫁以外の大事などッ!!
聖王家の総大将に、訊かんかいぃぃぃッッッッ!!!!!!」
「貴様はさっき、半分だと言っただろうがぁぁぁぁあああああッ!!!!」
(((コイツ、全く否定しやがらねぇ……!)))
一周どころか周回して殴りたくなって来た。理屈抜きに殴りたい。
玉座から駆け下りて、あの満面で勝ち誇った笑顔に握り拳を突き立てたい。
(殿下。残念ながらあの者の言葉は、政治的には全て真実かと思われます。)
右腕の老将リヒター将軍が、アレス王子を睨み付けながらダンタリオンに囁く。
殺意は同じだ。未だ自分達は冷静さを失っていない。
(分かっている、あれは政治ピーアールだ。
聖王国はトールギスであれば認めると、帝国の者に聞かせるための演説だ。)
帝国の聖女が間違いなく聖王国に付いたという宣言に加え、婚姻の祝着という解り易い降伏時の恩赦への期待。
これは離間の計なのだ。
生還への期待を、兵達に分かり易く植え付けた。最早この場の兵士達は、生還を諦めた死兵には成り得ない。
あの無性に殴りたくなる演説が、皆に共感と理解を促してしまった。
今の演説が如何に効果的だったか理解出来る程に、心の底から腹立たしい。
あの男、本気で嫁自慢するのが一番効果的な作戦を練りやがった。
実際。アレス王子の功績が桁外れなのは事実だ。
皇女の結婚相手として、実績、能力、顔。全てが揃っている。
もう、諦めて認めて良いのではないか?そうすれば自分達は助かるのだから。
冷静さを保とうとすればするほど、現実が見えてしまう。
そんな屈辱が将兵達の中に広がり始め。
「帝国軍人を舐めるなッ!!祖国を捨てた裏切者に何の価値がある!
貴様の物言いは体よく故郷を捨てさせようとしているに過ぎん!「共に故郷を奪還しませんか義兄さん!」喧しいわッ!!」
怒鳴り返して気付く。今ダンタリオンの口から奪還案を否定させたと。
これで武王国案を蹴ったのは帝国側という公式見解が、生じた。
今更帝国と武王国を同一に扱ったところで既に、慌てて口先で対抗しようと取り繕った態度にしか思われまい。政治的な意図は末端の兵に届かない。
武王国の肯定は帝国の肯定とイコールにはならないと、公式に確定させられたと気付き、歯軋りが顔に出る。
「貴様が何と言おうと帝国は裏切りを許さぬ!
我々は家族を供物にする心算は無い!そもそも聖戦軍とやらの要は聖王子等では無い!アレス王子、貴様だ!
貴様さえこの場で討ち取れば、聖王国に帝国の勝利は覆せん!!」
「その場合、俺の後に聖王子二人との三連戦になるがなッ!!」
「「「っ?!」」」
一瞬の逡巡。敵討ちの連戦が帝国軍の脳裏を過り。
「出来るものならやってみろ!
聖戦軍の壁の分厚さを、この場で証明してくれようぞっ!!
攻撃開始っ!!」
「ッッッッ!誘いに乗るな!包囲しているのは我々だっ!!」
危うく空気に呑まれて突撃を命じかけた。
だが前進は間合いの外で止まる。
聖戦軍の兵は両脇の狙撃部隊にのみ攻撃を集中しており。
前列の部隊は槍衾を構えただけで、ほぼ前進せずに待ち伏せていた。
(くっ!只の話術で一体幾つの罠を仕掛けている?!)
次の指示に迷うダンタリオンを、リヒター将軍が肩を叩いて膝を付く。
そしてまた天才に張り合おうとしていた事に気付き、歯軋りしながら頷き返す。
「リヒター将軍!見事兵を差配し、アレス王子に目にものを見せよ!!」
(成程。政治的には有能、軍事には無能。噂程に暗愚って訳じゃあ無いか。
やるねぇ。この状況で一番の正解を選べている。)
アレス王子は冷静に、はしゃいだ笑顔の裏で分析する。
役者が一人、欠けていると。
※年度末連続投稿初日。明日も投稿します。
歴史に残る大舞台で、道化の顔で罠を張るクソ度胸こそが本人視点で一番の取り柄ですw
机上の空論を現実に変える、一番の武器は何ですか?
そう、役者魂でs(顔面に拳)ッ!!
ルビと強調は本当に大事ですw
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